
指名依頼の内容は盗賊討伐。十人ほどの盗賊が森の中にアジトを築いて、近隣の村を襲っている。その盗賊の討伐を行うというものだ。人族を殺すという点については不安があったカテリナだが、逆に言えば、その点にしか不安を覚えていなかった。倍の数とはいえ、たかが盗賊。自分たちに抗う力はないと。
だがそれは間違いだった。盗賊は想像を遥かに超える強さだったのだ。依頼情報の不備。そうかもしれないが、全ての責任を依頼主に押し付けるのは違う。戦闘力のない二十人程度の盗賊討伐が指名依頼になるはずがない。そもそも盗賊は無力ではない。戦う力があるから村を襲える。それも領主軍に追われても逃げ切れるだけの強さが。
力のある人が全て騎士や勇者候補になるわけではない。悪の道に進む者もいる。元勇者候補という経歴を持つ悪人は珍しくないのだ。その可能性をカテリナたちが考えなかったのは世間知らずだから。勇者候補として働くに必要なこと以外で、無知だからだ。
「魔法防御は私に任せて!」
大した警戒もせずに盗賊のアジトに近づいたカテリナたちは、魔法の一斉攻撃を受けた。それに慌てて、一度は後退。体勢を整えて、再度接近を図ろうというところだ。
「入口はなんとかならないか、ミレット!?」
「一撃では無理よ!」
アジトにこもられての戦いでは、魔法士の数に勝る盗賊側が有利。魔法の一撃でやられるほどポラリスのメンバーは迂闊ではないが、一方的に攻撃を受ける状況は望ましくない。
「それでも何とかしてくれ!」
「私が替わるわ! ミレット、防御魔法を展開して!」
「分かったわ!」
魔法から味方を守る役目を交代。良い選択だ。ミレットは水属性で対魔法防御は得意なほうだ。最初からそうしていても良かったくらいなのだ。詠唱が紡がれ、空中に巨大な盾のようものが展開される。
ミレットの魔法が敵の攻撃を妨げている間に、カテリナは攻撃魔法の詠唱を始めた。
「行けぇええええっ!!」
正面に延ばされたカテリナの両腕から眩い光が伸びていく。そのまま、まっすぐにアジトの入口の門を直撃。激しい衝撃音が響き渡った。
「もう一発!」
門の扉は歪みはしたものの、まだ閉じられたまま。カテリナはさらに魔法を扉に向けた。再び、衝撃音。眩い光がおさまると粉砕された門の様子が見えた。
「開いたわ!」
カテリナの声に応えて、最初に動いたのはフェザント。あらかじめ入口に近づいていたフェザントがアジトの中に飛び込んでいく。
「侵入された!」「押し返せ!」
盗賊たちの焦りの声が聞こえてくる。その時にはカテリナもアジトの中に踏み込んでいた。
「うぉおおおおっ!」
群がる盗賊たちを剣を振り回して、追い払うフェザント。彼の役目は入口の確保。後から続く仲間の為に、入口が塞がれるのを防ぐ役目だ。そのフェザントの脇を抜けて、カテリナは前に出る。セーヴィングもほぼ同時に飛び出した。
「眩い光、正義の光、その輝きにで我を守り給え。フラッシュシールド!」
カテリナの詠唱の声。光の盾が宙に浮かぶ。盗賊たちが放った魔法がその盾に阻まれてはじけ散った。
「清き水、猛き流れ、その流れよ、刃となりて敵を討て、ウォーターカッター!」
さらにミレットの魔法が敵に向かう。盗賊側も防御魔法で対抗するが、その間に一気に間合いを詰めたセーヴィングとピジョンの剣が襲いかかる。
「一気に押し込むわよ!」
戦いの流れはカテリナたち、ポラリスにある。それを感じ取ったカテリナは一気に勝負を決しようと仲間に声をかけた。
「ミルファ!?」「ここは危険だ! 下がれ、ミルファ!」
ポラリスが更なる攻勢をかける前に、盗賊たちの焦った声が聞こえてきた。
「何……? ミルファって?」
何かが起きた。それは分かる。だが、「ミルファ」と呼ばれている人が何者なのかは、この時点では分からない。そんな名は依頼書の中にはなく、その後の説明でもカテリナは聞いていない。
「私も戦います!」
「駄目だ!、下がれ!」
「戦います!」
さらに盗賊たちは何やら揉めている。何をしているのかは非常に気なるところだが、傍観しているわけにもいかない。大きな隙である可能性が高いのだ。
真っ先に動いたのはピジョン。後方にいた盗賊たちに近づき、剣を振り上げた。
「ぐあっ!」
だがそのピジョンは剣を振り下ろす前に、大きく吹き飛ばされることになった。
「……あの子……子供?」
「油断するな! その女、おそらく魔人族だ!?」
「なんですって!?」
フェザントの言葉に驚くカテリナ。魔人族がいるなんて情報はなかった。まったく予想していなかった。子供に見えるが、魔人族は見た目からは年齢が分からないいことをカテリナも知っている。勝てるのか、という不安が心に広がる。
「うわぁああああっ!」
魔人族の登場に驚き、動きを止めたポラリスの面々。そこに盗賊たちが襲い掛かってきた。
「体勢を立て直せ!」
またフェザントが仲間たちに声をかける。いち早く魔人族に気付いた彼が、立ち直りも一番早かった。後方にいて広い視野を得ていたという理由もある。フェザントの指示を受けて、動き出す仲間たち。カテリナの側にセーヴィングとピジョンが集まり、前衛を形成した。
その彼らに襲い掛かってきた盗賊たち。
「この!」
カテリナたちも迎撃に移る。近接戦闘の技量ではカテリナたちが上。総合力でも上だろう。なんだかんだでずっと攻勢をかけていたのはポラリスの側なのだから。群がりくる盗賊たちは次々と斬り払うカテリナたち、だが。
「……やらせん! 貴様らに殺させない!」
地面に倒れた盗賊がまた立ち上がって、剣を振るってきた。その男だけではない。他の盗賊たちも受けた傷に構うことなく、襲い掛かってくる。
「な、何だ!? 何なんだ、こいつら!?」
盗賊たちの鬼気迫る表情に怯えを隠せないセーヴィング。
「落ち着け! 確実に殺せば良い!」
ピジョンがなだめようとうするが。
「そうしている! こいつら、どうして立ち上がれるんだ!?」
セーヴィングも手加減しているつもりなどない。全力で群がる敵を斬り払っている。そうであるのに盗賊たちは、また立ち上がり、襲ってくる。盗賊程度が何故、ここまで戦おうとするのか。セーヴィングには理解出来ない。理解出来ないものに恐怖を感じてしまうのだ。
「……まさか……バーサーカーか?」
「なんだ、それは!?」
「死ぬまで戦い続けることを強いる魔法だ! 狂戦士とも呼ばれている!」
ピジョンはバーサーカーの魔法についての知識があった。世襲騎士の家に生まれたものとして、一通りの魔法について学ぶのだ。バーサーカーは軍と軍との戦いにおいては、とてつもない脅威になる。そういう魔法が存在するということだけ学ぶのだ。
「……では、あの女を殺せば良いのか!?」
その魔法を誰が使っているのか。あとから現れたミルファと呼ばれる魔人族に決まっている。こうセーヴィングは考えた。
「ミレット!」
カテリナが名を呼んだ時には、すでに宙を魔法が飛んでいた。ミレットは自分がやるべきことを分かっている。
「私に任せて!」
ミルファと呼ばれた女が魔人族であれば、ミレットの魔法の一撃だけで倒すことが出来るとは思えない。カテリナも魔人族の女を倒すために動いた。
◆◆◆
いつかはこんな日が来ることを彼らも予想していた。勇者を夢見た彼らは、現実を知り、将来を見失い、道を踏み外した。生まれ持った力を、勇者候補として得た戦いの経験を、人から金品を奪うことに使うようになってしまった。
彼らのような存在は珍しくない。自分は人よりも優れている。生まれ育った町や村では圧倒的な力を誇っていたりするのだ。そう思うのは当然で、実際に戦闘力においては、普通の人よりも優れている。
だが勇者ギルドで働くようになると、優れている人の中にも優劣があることを思い知らされる。どう足掻いても勝てない。そんな存在を知り、前に進む気力を失う。依頼達成ポイントを得ることの意味を失い、金銭だけが目的となる。金銭を稼ぐだけであれば、もっと楽な方法があることを知ってしまう。
そうして彼らは盗賊に堕ちた。ただ彼らが少し他の盗賊と違ったのは、言い訳を求めたこと。弱い、貧しい人たちからは奪わない。自分たちが奪うのは貴族や金持ちから。義賊を気取ったのだ。
そして彼らは出会った。本当の意味での、正義の戦いを行う理由に。
「ミルファ、アビス。お前たちは逃げろ」
「嫌です! 私たちも戦います!」
「あれは騎士ではない。勇者ギルドの人間だ。勇者ギルドが動くということは目的はお前たちだ」
人族の盗賊相手に勇者ギルドが動くことはない。王国軍や貴族が抱える騎士たちの仕事だ。そういう切り分けがされていることを、元勇者候補である彼らは知っていた。
「だったら尚更、私たちも戦います!」
自分たちのせいで、彼らが戦う。、それも「逃げろ」と言うほど強い相手と。そうであれば自分たちも戦わなければならないとミルファは思った。
「お前たちがいると争いになる。お前たちが、魔人族がいないと分かれば勇者ギルドは手を引くはずだ。元勇者候補である俺たちはそれを知っている」
「…………」
自分たちはここにいるから戦いになる。こう言われてしまうと「自分も戦う」とは言えなくなる。
「山の中で少しの間、隠れているだけだ。危険がなくなったら戻ってくれば良い」
「……分かりました」
「良し、じゃあ、すぐに行け。時間がない」
こう言われて二人は、裏側にある出口から外に出た。そこは鬱蒼と草木が茂る山の中。逃亡口として用意されていた出口なので、裏側は正面のように切り開かれていないのだ。
山頂に向かって歩を進める二人。だが、すぐにその足は止まることになった。ただ事ではない大きな音。何者かの叫ぶ声も聞こえてきたのだ。
「……戦っている?」
「お姉ちゃん……」
戦いが始まっている。そうであることは明らかだ。自分たちがいないと分かれば、戦いは止むのか。二人には判断出来ない。
「……アビル。貴方はこのまま上に向かって」
「僕も戦う」
姉のミルファがどうしてこんなことを言うのか、アビルにはすぐに分かった。周囲から子ども扱いされ、実際にまだ子供であるアビスだが、これくらいのことはすぐに分かる。
「様子を見に行くだけだから」
「だから僕も一緒に行く!」
「……アビス、貴方にはまだ戦う力がない。まだ子供なの」
魔人族は生まれた時から強い。これは事実だが、それは人族の赤子と比べての話。生まれた時から人族の大人に勝てるわけではない。年齢の差が意味のないものになるのは、成人した後。成人をきっかけに魔人族は、種族にもよるが、飛躍的に強くなるのだ。
「でも……」
「大丈夫。皆、強いもの。おじさんたちは私たちを悪い人から救ってくれた正義の味方なのよ?」
貴族に捕らわれ、奴隷として扱われていた二人を彼らは助けてくれた。助けただけでなく、ここに連れてきてくれて、ずっと守ってくれていた。二人にとって彼らはヒーローなのだ。生死定かではない親の代わりでもある。
「そうだけど……」
「はい。いつまでも我が儘言っていないで、行って。様子を確かめたら、私もすぐに追いかけるわ」
「…………」
本当にそうなのか。疑う気持ちはアビスにある。だが、ついて行く、と言い張ることは躊躇われた。何も言えず、立ち尽くすアビス。その彼に、安心させようと笑みを向けてからミルファは歩き出した。戦う彼らの元に向かった。自分も彼らと一緒に戦う為に――
我が儘を言い続けなかったことをアビスは後悔することになった。
「……僕に……僕がもっと強ければ……」
戦いの喧噪は止んでいる。どちらが勝ったのか。戻って確かめる必要はない。空に向かって立ち上がった炎が、黒い煙がそれを教えてくれた。
それでも姉は戻ってくるかもしれない。姉だけでなく、他にも一緒に逃げてくる人がいるかもしれない。こう思って彼は待ち続けた。だが、いくら待っても誰も来てくれなかった。
「……ちきしょう……僕に力があれば……僕がもっと強ければ……皆を守れるくらい強ければ……」
もう姉が戻ってくることはない。こう思うしかなくなるほどの時が経過した時、彼は決心した。
「強くなる……奴らを皆殺しに出来るほど、僕は強くなる……絶対に殺す……」
復讐を。大切な姉と大切な家族を殺した者たちへの復讐を彼は誓った。