
ハイランド王国軍の大将軍は二人いる。一人はアークの父、ベクルックス=ウィザム。将爵の爵位を持つ貴族でもある。もう一人はラードガ=スペイサイド。スペイサイド家は人魔大戦前からハイランド王国に仕える騎士家で、幾人もの将、そして大将軍を排出してきた武の名門だ。
ウィザム将爵家と並ぶハイランド王国軍の二巨頭、といっても格はウィザム将爵がかなり上。爵位を持っているだけでなく、武力の比較でも優っていると見られている。それでも「並び立つ」という表現を使われるのは、ラードガ大将軍を支持する軍閥貴族家が多くいるからだ。絶対の忠誠を向けているわけではない。成り代われる機会があれば、すぐに裏切るような家も多い。それでもウィザム将爵家一強状態を許さない為に、対抗勢力を形成しているのだ。
「ラードガ大将軍閣下。この度はお招きいただき、ありがとうございます」
カテリナたち、ポラリスのメンバーはそのラートガ大将軍からも招待を受けた。公式には大将軍からの招待ではなく、スペイサイド騎士家からの招待だ。
「こちらこそ、招待に応じてもらえたことを感謝する。勇者ギルドの期待の新星に会えて、光栄だ」
「そんな……光栄に思っているのは私たちです。スペイサイド家といえば、ハイランド王国軍を支える武家の名門。こうしてご招待を受けたのは、少しなりと私たちの戦いを認めてもらえた結果だと思うと、とても感激しております」
このような受け答えにも、かなり慣れてきた。こういう機会を得られても、結果、相手の機嫌を損ねては意味がない。合わないほうが良かったということになってしまう。
決して奢らず、謙遜を忘れず。常に相手を立てる。招待はしても、それは興味本位か何らかの利を得る為。勇者候補をかなり下に見ている貴族、富豪相手には絶対に守らなければならないことだ。
「交流戦での戦いは観戦させてもらった。見事な戦いだった」
「ありがとうございます」
だがその戦いのすぐあとに、カテリナたちの活躍を霞ませるような戦いがあった。それについては口にしない。わざわざ話題にすることはない。
「カテリナ殿は珍しい光属性の魔力を持っているとか? 出身はどちらなのかな?」
「王国の北部にある小さな村です」
出身地の具体的な説明はわざと避けた。詳しい情報を与える必要はない。利jになることはなく、逆に害になる可能性はある。こうして招待に応じても、相手を信用しているわけではないのだ。あくまでも上客、上客になる可能性のある相手として見ているだけだ。
「身内にも同じような魔力を持つ人物がいるのかな?」
「いえ、おりません。私だけです」
この質問はもう数えるのが面倒になったくらい聞かれている。質問の意図はおおよそ分かる。光属性魔力を持つ者を自家に引き入れたい。仕えさせたいのだ。勇者候補の引き抜きは禁じられている。法律があるわけではないが、勇者ギルドとの関係性が悪化する。そういう事態を作り出してしまうと、仕える国から何らかの理由をつけて罰せられることになる。だが家族であれば問題ない。その家族がいないかを確かめる質問だ。
「そうか……血筋に関係なくカテリナ殿だけに与えられた力。運命的なものを感じるな」
「仮にそうであれば、人々を救う力になれるのですが……進む道の険しさを感じております」
勇者になる才能。それをカテリナは否定することをしない。実際に自分の力は勇者になる為のもの、こう信じているのだ。
「焦ることはない。カテリナ殿のパーティーはまだ皆、若い。これから更に様々な経験を経て、成長していくのだろう」
「はい。人々の役立つ仕事に、これからも取り組んでいきたいと思っています」
「ふむ……良い心がけだ。ただ、たまには私の為の仕事も行ってもらいたいものだ」
「……どういう意味でしょうか?」
モードガ大将軍の為の仕事。はたしてそれはどういうものなのか。カテリナは良い意味であって欲しいと願っている。ただ、初体面でいきなり、こういう話を持ち出してきた人はこれまでいなかった。それがわずかに不安を生んでもいる。
「勇者ギルドに頼みたいことがあれば、ポラリスにお願いしたいという意味だ」
「指名依頼ということですか?」
「そうだ」
望んでいた通りの答え。モードガ大将軍はカテリナたちが求めていた結果を生んでくれた。ポラリスへ指名依頼を出してくれる上客になってくれることを約束してくれた。
「ありがとうございます。大将軍閣下のお役に立てるように、これからも頑張ります」
「最初は物足りない依頼になるかもしれない。だが成果をあげ続けてくれれば、より良い仕事を任せられる。私の他にも頼む者が出てくるだろう」
「どのような依頼であっても、私たちは常に全力で取り組んできました。その姿勢を変えるつもりはありません」
喜びで顔がほころびそうになるのを堪えて、カテリナは真剣な表情で応えた。これ以上ない良い話。モードガ大将軍の言葉は、他にも客となる人を紹介してくれることを示唆している。大将軍である彼には、それが出来る繋がりがあることをカテリナは知っている。
「そうあってもらいたい。さて、仕事の話だけでは疲れるだろう。軽食を用意している。軽くつまみながら、もう少し砕けた話をするとしよう」
「お心遣いに感謝いたします」
実際にこれ以降は仕事の話はなし。だからといってくだらない話だけでも終わらなかった。ハイランド王国を取り巻く状況。魔人族の動きだなど、カテリナたちにとっては、普段耳にすることが出来ない貴重な情報を知ることが出来た。実に有意義な時間となった。
◆◆◆
勇者ギルド ハイランド王国支店の支店長室でモードラックとホープは打ち合わせを行っている。打ち合わせの内容は洞窟調査の結果について。アークたちは同席していない。シェイドとルミナスもいない。他の参加メンバーが誰もいない、二人だけでの話し合いだ。モードラックは勇者ギルド本部が発した指名依頼の結果以上のことをホープから聞きたい。それには他のメンバーは邪魔なのだ。特にアークとミラの二人は。
「結論から言うと、魔人族がいる形跡は見つからなかった。見逃した可能性も低い」
「そう言える根拠は?」
まずは依頼結果の詳細報告から。ホープからの報告を、今度はモードラックが本部に伝えなくてはならない。報告書を作成するに必要な情報は、しっかりと得ておかなければならないのだ。
「ゴブリンが調査に協力的だった」
「……はっ? どういう意味だ、それは?」
いきなり本部にどう伝えれば良いか分からない情報。モードラックは話し合いの最初から戸惑うことになった。
「言葉通り、ゴブリンが調査に協力してくれた。あの洞窟は広いが階層はひとつ。通常の入口から見て、もっとも奥がゴブリンの村だ」
「そうではなくて、何故、ゴブリンが調査に協力する?」
「洞窟内のゴブリンの村はオークに襲われて、壊滅寸前だった。そこに俺たちが現れ、襲っていたオークを全て倒した。それだけでなく、しばらく村を守ることになった。それに対する御礼だ……多分」
実際にどうかはゴブリンと会話出来ないホープには分からない。ただ、言葉が通じなくても、なんとなく相手が何を考えているのかは分かる。少なくともアークに感謝していたのは間違いない。
「……それで?」
「俺たちが洞窟内の調査をしていることを理解したようで、案内をしてくれた。もちろん、それだけを信じたわけではない。隠されている通路がないかは、きちんと調べたつもりだ。それもまったく邪魔されないので、実にスムーズに進んだな」
下の階層に降りる通路は見つからなかった。一層だけとなれば、かなり広大な洞窟だったが、調査にはそれほど時間はかからない。始めの頃こそ、オークとの戦闘があったが、それもやがてなくなった。オークも知能がないわけではない。勝てない相手に歯向かって死ぬよりは、逃げて生きるほうを選ぶ。妖魔は本能的に人を襲うは、まったくの嘘ではないが、正確でもないのだ。
「……賢いゴブリンだな?」
「ああ、おそらくこいつがゴブリンロードとして村を治めるのだろうってのがいた。俺はゴブリンには詳しくないが、かなり賢いのではないかな? 交渉することまで知っていたからな」
「交渉? どのような交渉だ?」
「オークを倒したアークにお宝を渡して命乞いをしてきた。アークがそれを受け入れた後も、言ったように協力的。アークとミラ、それとルミナスには本気で気を許してたかな? 子供まで出てきていたから」
御礼を受け入れたアークたちはお返しに食料を渡した。これについての報告をホープは省いた。いくら親しいモードラックでも、支店長という立場では、この件は怒るだろうと考えたからだ。
「……どうして、その三人に気を許したのだ?」
「アークとミラは……命の恩人だと思ったからじゃないか? ルミナスも同じだ。オークに襲われて怪我をしたゴブリンを治してやったからな」
「お前たち……何をしに洞窟に行ったのだ?」
通常討伐対象であるゴブリンの怪我をヒーラーが回復魔法で治す。長く勇者ギルドで働いているモードラックでも初めて聞く話だ。
「俺だってそう思っている。ただ依頼は果たした。あの洞窟では魔人族が活動している痕跡はなかった。これが結果だ」
その調査よりもゴブリンとの交流に時間を使ったのは事実。ただ、もっとも交流していたアークとミラに遊んでいるつもりはない。ゴブリンが協力してくれると、洞窟の調査は進む。だから仲良くした。下手に関係をこじらせて、戦いになるのが嫌というのが本音だ。普通の暮らしを見て、その普通の暮らしをしていたゴブリンを殺すのは、やはり躊躇われたのだ。
「一応聞いておこう。洞窟内にいた妖魔の種類は?」
「ゴブリンとオークだけだ。ゴブリンはしばらく洞窟の外に出ることはないな。ゴブリンロードとして覚醒して、数を増やすにはまだ時間が必要なはずだ。オークは、確認したのはオークナイトまで。ただオークも数を減らしただろうからな……」
「常時依頼はまたしばらく受付停止か……」
「それが良い」
さらに数を減らしてしまうと、繁殖に必要な数を下回ってしまうかもしれない。少しでもその可能性があれば、依頼は受付停止だ。貴重な素材となる魔獣や妖魔の絶滅を防ぐこと。これは勇者ギルドの義務なのだ。
「……それで二人は?」
ここから先は勇者ギルド本部に報告する必要のない話題。ただモードラックにとっては、こちらの情報のほうが重要だ。
「常識から外れている。今はもうオークナイトの群れも脅威にはならない。実戦経験を積んだとかそういうことではなく……根本的な強さが変わっているように感じる」
「根本的な強さ……ホープ、魔人族の魔力は成長するという話を知っているか?」
「魔力が成長? それはどういう意味だ?」
ホープは耳にしたことがない情報だ。魔力が成長するという言葉の意味も理解出来ない。
「魔人族は生まれた時から桁外れに強いわけではない。体の成長と共に魔力も成長する。それが魔人族の強さの根源と言われている。実際は魔人族だけでなく、亜人、妖魔、魔獣も同じだ。」
「根源……根本的な強さか」
魔人族は鍛錬を行わなくても強くなる。人族を凌駕する魔力量、魔力の質。体力と同じような基礎能力で人族を圧倒的に上回ってしまうのだ。それは程度こそ違え、獣人族などの亜人も妖魔も魔獣も同じだ。人族だけが持って生まれたままの魔力なのだ。
「魔力が成長しないのは人族だけ。だから人族は体を鍛え、技を磨き、経験を積み重ねて強くなる。そうしないと強くなれない。唯一の例外を除いて」
「その例外というのは?」
「……勇者だ。勇者ウィザムは最初から強者だったわけではない。戦いの中で強くなっていった。人族の常識からはかけ離れた成長を遂げた。だから魔王を倒せたのだ」
「…………」
ある意味、予想していた答え。だがモードラックにここまではっきりと言葉にされると、やはり動揺してしまう。勇者の資質を持つ者が現れた。勇者ギルドがずっと待ち望んでいた存在。それが身近にいるのだ。逆にホープは現実味が湧かなかった。
「聞いた話だ。真実かは分からない」
「……本部の動きは?」
「今のところは何も。恐らくはハイランド王国の動きを気にしている。ハイランド王国も同で。お互いに牽制しあって動けない状態だと見ている」
アークはウィザム将爵家の人間。ハイランド王国にこの点を主張されると勇者ギルドとしては痛い。一方でハイランド王国も、ウィザム将爵家の人間であることを理由にアークの帰属がハイランド王国にあることを安易に主張出来ない。アークは家出の身。アーク自身に否定されると、その先、動けなくなっていまうのだ。
「……だが、今の話を知っていれば、いつまでも静観はしていない」
「今の話は私とお前、あとは教えてくれた人しか知らないはずだ。だから勇者ギルドもハイランド王国も確証を持って、動くことは出来ない」
勇者ウィザムの話は身近にいて、魔力に対して敏感な魔族であるカミーユだからこそ、気が付いたこと。他は誰も知らないとモードラックは聞いている。気付いていた仲間がいたとしても、もう生きていない。勇者ギルドとしての、初代マスターであるセイクリッドは気付いていて、その事実をギルドに残したかもしれない。だが、アークが同じ資質を持っているかもしれないことは分からない。モードラックが報告しなくては。
「ひとつ聞いて良いか? どうしてアークを隠そうとする?」
「勇者とその仲間たちは幸せな人生を送ったわけではないから。魔王が現れたとなれば、さすがに隠しておかないが、そうでなければ話す必要はないと思っている」
「……そうか。そうだな」
勇者の最有力候補。それもかなり確率が高いとなれば、そのまま勇者に祭り上げられる可能性がある。政治の道具にされる。Sランクまで昇ったホープは、それを少し経験している。その経験はホープにとっては屈辱。まるで玩具のように扱われている。そんな印象を持って、それだけで勇者になんて頼まれてもなりたくないと思うようになった。
アークとミラに同じ想いはさせたくない。まだ若い二人は、そこから逃れられなくなってしまうかもしれない。自分よりも嫌な目に逢うかもしれない。なんだかんだで可愛がっている二人を守りたいとホープは思った。
結果、ここでの二人の会話の内容が公になることはなかった。アークへの注目がそれで消えるわけではないが、勇者の最有力候補と見られるのに比べれば、普通のこと。力ある勇者候補であれば誰でも向けられる程度の目だ。