
王都からグレンオードに戻ったアークとミラは鍛錬の毎日を過ごしている。新しく仲間に加わった従魔獣、クッキーとの連携を鍛える為だ。クッキーの役目はミラの護衛役。常にミラの側にいて、近づく危険を察知して、その脅威からミラを守ることだ。
これが中々上手く行かない、というか上手く行っているのか、そうでないのかが分からない。三人ではクッキーに危険を感じさせることが出来ないのだ。クッキーは命じられた通り、常にミラの側にいる。これはまったく問題ない。だがアークが敵役でミラを攻撃しようとしても、すぐに相手がアークだと認識するクッキーはまったく攻撃しようとしないのだ。
「困ったな。どうしようか?」
「まったく困っているように見えないけど?」
二人と一匹の連携訓練は上手く行かない。だがアークはクッキーと二人で出来ることがある。クッキー相手の立ち合いだ。ぴょんぴょんと飛び跳ねているクッキーは立ち合いではなく、アークと遊んでいるつもりなのだろうとミラは思っている。同じように飛び跳ねているアークもミラには楽しく遊んでいるようにしか見えない。
「困っている。これだと相手してくれるのにな。連携訓練になるとクッキーはまったく俺を相手にしない」
「確かに……何が違うのかしら?」
別に本気でアークと戦う必要はない。ミラに危険が迫った時にきちんと反応する。それを分からせてくれれば良いのだ。まだ小さいクッキーには、二人はそれほど期待していない。ミラに危険が迫っているのを吠えるなどしてアークに伝える。まずはここまでと考えているのだ。
「誰かに協力を頼むか?」
「クッキーが味方だと思っていない人ね。ペンタクルの皆に相談してみる?」
「そうだな。相談出来るのはあの人たちしかいない」
アークたちが親しくしている別パーティーはペンタクルだけ。協力を頼める相手は彼らしかいないのだ。
「俺で良ければ相談にのるぞ?」
「ホープさん? いつ戻ったのですか?」
声を掛けてきたのはホープ。ペンタクルのメンバーとギルドの職員以外でアークたちに話しかけてくる数少ない存在の一人だ。カテリナたち、ポラリスも話しかけてくるが、彼女たちに関しては、アークが求めていない。ミラもあえて話したいとは思わない。
「今さっきだ」
「そうでしたか」
「それで相談というのは? こっちも頼みがある。だから先に聞いてやる」
ホープが訓練場に現れたのはアークたちに用があるから。彼もまた話をする相手が限られている。Bランク以下となればアークたちしかいない。避けているわけではない。相手のほうがSランク勇者候補であるホープに近づくのを躊躇うのだ。
「じゃあ、良いです」
「おい!?」
さらにこんな態度を向けるのはアークくらいしかいない。
「絶対に面倒な頼みですよね? 引き受けたくないから、こちらの相談も聞いてもらわなくて良いです」
「お前がどう思おうが、また指名依頼になる」
「ええ……指名依頼、軽すぎませんか?」
指名依頼を乱発するのはどうなのかと思ったアークだが、彼が思うほど指名依頼は特別なものではない。彼らが知らないだけで、結構、指名依頼はギルドに届いているのだ。
「軽くはない。それに今度はきちんとした依頼だ。今まではきちんとしていないというわけじゃないけどな」
「何が違うのです?」
「必要な依頼があって、その依頼を遂行するメンバーとして俺たちが選ばれた。三人だけじゃない。他にもいる。五人のフルメンバーで行く」
これまでは作られた依頼だった。ADUの協力者を炙り出す為。アークたちの実力を他の勇者候補に知らしめる為。だが今回はまず依頼があり、それを実行するマンバーとして選ばれた中にアークたちがいるのだ。
「どうして俺たち? Aランクの人たちは駄目なのですか?」
ホープが参加する依頼だ。かなり難易度が高いに決まっている。普通であればAランクの勇者候補が選ばれるはずだ。
「駄目じゃない。だが俺と他の二人の参加は確定だ。そこに二人だけ加えるとなると他のパーティーでは残りの三人が稼げなくなるだろ?」
「ちょうど二人だったからですか……」
二人だけのパーティーなんてブレイブハートしかない。他は基本、五人パーティー。そこから二人を引き抜くと残りの三人で依頼をこなすことになる。まず残った三人だけで依頼を引き受けようなんて考えるパーティーはいないので、二人抜けている間は休みだ。稼ぎは無になる。
ホープの説明は納得するものだった。
「ということでお前らはこちらの頼みを聞くしかない。だからそっちの頼みも聞いてやる。何だ?」
「以前、ホープさんに言われた通り、従魔獣を購入しました」
ホープの頼みというか依頼は引き受けないわけにはいかない。そうであれば自分たちの相談も聞いてもらったほうが得。アークはお願いしてみることにした。
「……そのちっさいの魔獣……いや、待てよ……なんて魔獣だ?」
「クッキーです」
「はっ?」
「可愛い名前が良いかと思って。それに呼びやすい。呼ぶときは緊急時なので短い名前のほうが良いと思った」
色々と考えた結果、名前はクッキーに決めた。ホープが聞きたいのはこれではないが。
「そうじゃない。魔獣の種類だ。店の人間はなんて言っていた?」
「……そういえば聞いていない。何だろう?」
「お前ら……なんだか分からない魔獣に大金払ったのか? いや、今回はそれは良い。それは良いが……赤い目は珍しくない。となると、そいつの尻尾、どうなっている?」
「尻尾? どうなっているって……普通の。おおっ!? 蛇!?」
小柄なクッキーは尻尾も短い。普通の、犬に比べれば長いが、尻尾にしか見えなかった。だがホープに言われて、注意深く見てみれば口があるのが分かった。その口からチロチロと出入りしている、さらに小さな舌らしきものの存在も。
「勇者ギルドで鑑定してもらえ、恐らくケルベロスかオルトロス。かなりやばい魔獣だ」
ホープはクッキーがどういう魔獣か分かっている。完全に判別出来たわけではないが、もし彼が思っている通りの魔獣であれば、とんでもなく狂暴で強い危険な魔獣なのだ。
「へえ……クッキー、お前強かったのだな? 凄いな」
どうやらクッキーは店主が言った通り、強い魔獣。これを知ったアークは嬉しかった。無駄な買い物ではなかったことが分かったのだ。
「凄いなって……どうやってその魔獣は……買ったのか。とんでもない店だな」
ホープには、こんな危険な魔獣を売りつけた従魔獣屋は悪徳業者にしか思えない。買い手を危険に晒す、危険どころか多くの場合、死なせてしまうことになるはずなのだ。
「どんでなくはないです。安くしてくれた良心的な店です。それよりもクッキーはどれくらいで大人になるのですか?」
「それはもう大人だ……それ本当に従えているのだろうな?」
「従えてと言うか、良く懐いてくれています」
そうであることを証明しようとアークはクッキーをまたじゃれ合って見せる。二人で飛び跳ねている様子は、とても危険な魔獣と対峙しているようには見えない。ホープにもそう見えた。
「……分かった。じゃあ、万一の時は頼むぞ」
「万一?」
「これだ!」
腰に差していた剣を抜き、クッキーとの間合いを詰めるホープ。クッキーはその殺気に反応した。その反応を見て、ホープも動く。逆に大きく後ろに飛んで、クッキーとの間合いを開けた。
「アーク、押さえろ!」
「……すぐに成長って、こういうこと?」
クッキーは大きくなった。アークよりも大きいくらいだ。それだけではない。どこに隠れていたのかまったく見当もつかないが。、頭が二つになっている。双頭で、尻尾はさきほどよりもはっきりと蛇であることが分かる動きを見せている。
「クッキー。今のは練習。あの人、敵じゃないから」
「……ぐる?」
「だから、あの人は大丈夫、少し試しただけだ。クッキーにもミラにも危害を加えるつもりはないから大丈夫」
「ぐる♪」
クッキーは元の姿に戻った。戦闘態勢を解除したのだから、アークの言葉を理解しているのは間違いない。
「殺気にちゃんと反応したってことか……やっぱり凄いなクッキーは!」
これであればミラの護衛を任せても安心だ。きちんと相談する前にホープは相談に応えてくれたことになった。
「……本当に言うことを聞くのか……ああ、そいつはオルトロスだな。他の特徴はまったく同じだけど、頭が二つなのはオルトロス。三つだったらケルベロスだ。役に立つか分からないが覚えておけ」
「分かりました。こちらの相談はもう終わりました。ミラを守る力があるのかを、今のようにして確かめたかったのが相談なので」
「そうか。じゃあ、依頼の話だ。洞窟に潜る。どれだけの日数が必要になるかは分からない。とにかく最深部まで行くことが目的だ」
ホープが受けた指名依頼は洞窟探査。勇者ギルドのハイランド支店では常時依頼の場所となっている洞窟を調べることだ。通常、アークたち、Bランクパーティーが参加するような依頼ではない。どれだけの期間、洞窟に潜り続けることになるか分からない。どんな魔獣、妖魔が住み着いているかも分からない。洞窟探査は危険度が事前に測れない依頼なのだ。
「最深部、ですか?」
「そうだ。といっても真正面から潜るつもりはない。お前らも行った森があるだろ? あの近くに洞窟の深い場所に繋がる入口があるはずだ。そこを探して、そこから潜る」
ゴブリンロードが現れた森だ。通常、ゴブリンロードは洞窟や森の奥深くで自分の集落を作る。そこで自分の配下を増やし、支配地域を広げていく。ゴブリンロードが支配するゴブリンやその配下の妖魔の為の領地。放置しておくと領地と呼べるくらいの規模に広がっていくのだ。
ゴブリンロードが現れたとなると、その近くには洞窟の奥深くに通じている入口があるはず。こう考えられての依頼だ。
「洞窟の奥に何があるのですか?」
「何があるかを調べに行く。一応言っておく。危険だと判断したら引き上げる。今回の依頼は洞窟内の情報を生きて持ち帰ることが目的だ。逆に言えば、何が出てくるか分からない危険がある」
「……そうですか」
どうして自分たちが選ばれたのか。やはり、アークは理解出来ない。そもそも一パーティー。五人だけで臨む必要があるのか。もっと大人数で試みれば良い、そうするだけの危険がある依頼のように、ホープの説明では、思える。
「もう一つ言っておく。洞窟の奥でとんでもないものを見ても、それを口外することは許されない。持ち帰ってくる情報全てが最高機密扱いになる」
「結局、何がいることを想定しているのですか?」
「魔王だ」
「はい?」
「魔王は冗談だが、魔王に忠誠を近く魔人族がいる可能性がある。あまり脅しても仕方ないから、何もいない可能性もある。この可能性のほうが高いな。まあ、万が一に備えて、出来ることはやっておこうという依頼だ」
この指名依頼は勇者ギルド本部から出ている。調査対象となるダンジョンを本部が決め、そのダンジョンの管轄支店に調査依頼、この場合は調査命令というべきだが、が届いたのだ。
ハイランド王国支店が対象とされたのは、ミラの事件があったから。ADUの仕業となっているが確証があるわけではない。各地で起きている魔獣と妖魔の増加、狂暴化の一環である可能性も否定出来ないというのが、本部の判断だ。
だからアークたちが選ばれた、ということではない。モードラック支店長が考えて、適任と思われるメンバーを選んだ結果だ。アークとミラが注目される存在であったことは、モードラックの選抜に影響を与えたのは間違いない。
「細かなことは他のメンバーが揃ってからだ。それと準備も必要だ」
「他のメンバーというのはどういう人たちなのですか?」
「紹介は本人がいるところでやる。役割としては探知探査魔法が得意な奴とヒーラー。洞窟調査には欠かせないからな。アーク、お前は前線のアタッカー。俺はタンクをやる」
「……近接戦闘を出来る人が少なくないですか? 攻撃魔法を使える人は?」
ヒーラーはまず戦えない。通常の攻撃魔法も普通は使えない。ミラも同じだ。近接戦闘がまったく出来ないわけではないが、洞窟内の妖魔相手に戦える可能性は低い。そうなると探査魔法の使い手がどうか。
「攻撃は俺とお前だけだ。洞窟内では攻撃魔法はあまり使えない。崩れて生き埋めになりたくないからな。これも覚えておけ」
「そういうことですか……」
洞窟調査はパーティーメンバーの構成がそれに合わせたものになる結果、攻撃力が落ちる。アークはこれを初めて知った。ダンジョン調査は特定のパーティーが行う理由もここにあるのだと思った。
初めての洞窟調査。はたしてどのような結果が待っているのか。期待も不安もある。最大の不安はやはり、どうにもならない事態に陥ってミラが禁呪を使わなければならない事態になること。それは絶対に避けなければならない。その為には自分が強くあることだとアークは改めて強く思った。