
第三戦は勇者ギルドの勝利。これで勇者ギルドの二勝一敗で、今回の交流戦での勝利は確定、のはずだったのだが、いつもとは違う動きがハイランド王国に起こった。ハイランド王国にとっても、あってはならない動きだ。
「もう一戦だと?何を往生際の悪いことを」
ハイランド王国軍の大将軍ベクルックス=ウィザムは部下からの報告を聞いて、怒りを露わにしている。すでに勝負は決している。そうであるのに負けた側がさらなる対戦を求める。あってはならないことだと思っているのだ。
「それが……勇者ギルドに不正があったと訴えておりまして」
「無礼を申すな!」
さらに負けた言い訳。しかも勝った側の勇者ギルドの不正を訴えるという無礼な言い分だ。国王がすぐ近くにいるというのに、ベクルックスは声を荒らげるのを押さえられなかった。
「我が方にどのような不正があったというのですかな?」
そして近くには勇者ギルドのギルドマスターもいる。そのバーダンの耳にもベクルックスの部下の言葉は届いていた。
「バーダン殿。敗者の愚かな言い訳です。聞き流してください」
「言い訳であっても、何を言っているのかは気になります。何を不正と訴えているのですか?」
「それは……こちらの内情を知る者が戦い方を助言していると」
ベクルックスとしては詳細を話したくはなかった。だがギルドマスターのバーダンにこういう言い方をされては隠すわけにはいかない。隠すこともまた無礼な振る舞いになってしまう。
「貴国の内情を知る者が助言を……私にはまったく心当たりはないのですが……モードラック。どうなのだ?」
ギルドマスターがその辺りの事情を知るはずがない。ハイランド王国から招待されてこの場にいるだけ。勇者ギルド側の参加パーティーと一言も話をしていないのだ。
「……心当たりはなくはありませんが、不正とまで言われるのは」
「心当たりがある? そうか……それで再戦……不正があったと主張されているのは、こちらのどのパーティーですか?」
詳しい事情を知るモードラック支店長には心当たりがあった。そうなるとバーダンも無視というわけにはいかなくなる。モードラックの言う通り、不正は言い過ぎであっても、そう主張される事実がある勝利は喜べない。
「第二戦ですが、本当にこちらの言いがかりに過ぎないのです」
「ベクルックス殿。こちらとしては非の打ちどころのない勝利であって欲しいのです。些細ないことであっても疑いは払拭しなければなりません」
「しかし……」
勇者ギルドに非はない。ベクルックスはこう思っている。完全な言いがかり。それで更なる対戦を望むのは、ハイランド王国の恥になる。要求を押し通すわけにはいかないのだ。
「ベクルックス。バーダン殿のお言葉に甘えたらどうだ? 望む通り、対戦を行い、それで全てを決すれば良い」
だがベクルックスにとって最悪なことに、国王が口を挟んできた。それも言いがかりを押し通す方向で。国王としては負けで終わらないで済むのであれば、そうしたい。こう考えているのだとベクルックスには分かった。
「……陛下がそうお望みであれば。バーダン殿、申し訳ありませんが、今一度の対戦をお願い申し上げる」
「構いません。第二戦の再戦ということで」
「いえ、別のパーティーとの対戦を望んでおります。まだ一度も闘技台に登っていないパーティーです」
再戦ではなく、追加の対戦。部下が求めているのはこれだ。それがまたベクルックスを怒らせている。部下の悪意を感じているのだ。
「三つのパーティーしか連れてきていないのではないか?」
「恐らく、助言をしたとされているパーティーを指しているのだと思います」
ハイランド王国が言う闘技台に登っていないパーティー。これも支店長であるモードラックは知っている。王都まで来ることを、それも勇者ギルド手配の馬車に同乗することを、彼が許可しているのだ。
「そのパーティーは戦えるのか?」
「参加資格のないパーティーです。それでも……いえ、ハイランド王国の許しを得られるのであれば、支店としてはまったく問題ありません」
「……そうか。では戦わせよう」
モードラックは「まったく問題ない」と言った。それは必ず勝利するという意味なのか。この流れで対戦を行えば、ハイランド王国としては絶対に負けるわけにはいかない。最精鋭を闘技台に立たせる可能性がある。それでもモードラックは勝てると言っているのか。そこまではバーダンは読めなかった。
「こちらの我が儘な申し出を受けていただきありがとうございます。では対戦の準備を指示します」
最後の言葉は国王に向けたもの。最後の許可を得た形だ。
「こちらは愚かな要求をしてきた者たちを出せ」
「それでよろしいのですか?」
「伝えておけ、これで負けるような結果になれば、それに応じた責任は取ってもらうと。もちろん、私も責任を取る」
「それは……承知しました」
要求を伝えてきた部下もふざけた話だと思っている。この結果でベクルックス大将軍が責任を取らされるなどあり得ないと。だがベクルックスの強い視線を受けて、反論は出来なかった。ベクルックスは国王他、重鎮たちがいるこの場で部下に余計なことを言わせたくなかったのだ。
「……モードラック。戦うパーティーの名は?」
「ブレイブハートです」
「ブレイブハート……どこかで聞いたような名だ」
監察部からの報告書に記されていたパーティー名。だがバーダンの記憶に強く残るほどではなかった。監察部の報告も不明な点が多すぎて、それほど注目を引く内容は書かれていなかったのだ。
だが、そのバーダンもこの日でその名を覚えることになる。モードラックとしては時期尚早というところだが。
◆◆◆
特別対戦が始まろうとしている。勇者ギルド側はブレイブハート、アークとミラの二人だ。それに対するハイランド王国軍は世襲騎士家のヘルブレア家の騎士を中心に編成されている。ウィザム将爵家に連なる騎士家の騎士たちだ。ヘルブレア家はポラリスのメンバー、セーヴィングの実家でもある。
アークの助言に文句を言ってきたのはヘルブレア家。その裏にはアークたちへの嫌がらせを企んだセーヴィングがいるのだ。
「せっかく我々が圧勝したというのに……ギルドの恥をさらさなければ良いのですが」
「……恐らく平気だ。相手の方が恥をさらすことになるのではないかな?」
心配した振りをしているセーヴィングの言葉を否定したのはピジョン。ビジョンもまたウィザム将爵家の系列である世襲騎士家の出身。ヘルブレア家よりも上位の家だ。アークの剣の実力は系列の世襲騎士が及ぶものではないことを知っているのだ。
「魔法を使えない落ちこぼれが王国軍の騎士に勝てる。本気でそんなことを思っているのですか?」
「王国軍の騎士もピンキリ。対戦相手はキリのほうだろ?」
「何ですって……?」
ピジョンの言葉は自分の実家への侮辱。セーヴィングはそう受け取った。正しい。ピジョンは下位であるヘルブレア家を実力でも下に見ているのだ。
「ピジョン。その評価は間違いではないですか?」
「……何か紛れ込んで……なるほど」
「私たちと戦った騎士が加わっています。少なくとも二人は、それなりの強者です」
Aクラスパーティーであるポラリスとの対戦相手として選抜された騎士。実力はキリなんて評価にはならない。それでも「それなり」という表現を付け足したのはカテリナの見栄。自分たちは楽勝だった相手と言いたいのだ。危なげない戦いだった。それは事実だが楽勝ではない。カテリナは奥の手を出し切っている。全力を出さなければ勝てない相手だったということだ。
「……分かっていてやっているのか?」
相手はアークがウィザム将爵家の三男だと知っていて戦おうとしているのか。その可能性はある。アークのウィザム将爵家での評価は低い。将爵家の落ちこぼれ。今と同じ評価で、多くが蔑みの目で見ていた。
系列とはいえ、ウィザム将爵家に絶対の忠誠を誓っている家ばかりではない。成り代わりたいという野心を抱く家にとって、アークは唯一と言えるウィザム将爵家の弱点。攻めどころなのだ。
「始まりますね」
両チームが闘技台に登った。いよいよ対戦が始まるのだ。ハイランド王国側は余裕の表情。ピジョンにしか分からないが、アークが魔法を使えないことを知っている。さらにアークの他に一人しかいないとなれば、負けるはずがないと思っているのだ。
だが、そのおごりは一瞬で消え去ることになる。
「えっ……? 何が?」
始まりの合図と共に一陣の風がハイランド王国の騎士たちの間を吹き抜けた。そう彼らは思った。
「下がれ!」
「何!?」
吹き抜けたのは風ではなく、アーク。前衛の間をすり抜けて、後衛に襲い掛かっていた。ガラスが割れたような音。それは魔道具が破砕した音だ。これでまず一人が戦闘不能。唯一の魔法士が消えた。
「囲め! いや、まずは後衛の……何だと?」
自分たちもまずは後衛の魔法士を倒す。そう思ったのだが、その魔法士、ミラの姿が消えていた。自ら闘技台から降りたのだ。身体強化魔法をかけてしまえば、あとはお役御免。騎士たちはいくつもの魔法を切り替える必要もない相手。アークはそう判断していた。
実際にそうだ。後衛の二人が倒され、中盤にいた騎士も一太刀で戦闘不能。残るは二人。だがその二人も、剣を合わせることも出来ずに、戦闘不能になった。まさに圧勝。ハイランド王国側は何も出来ないまま、全滅したのだ。
「……そんな馬鹿な?」
信じられない結果に呆然とした表情のセーヴィング。自分たちの戦いが霞むほどの圧勝。その機会をセーヴィングはアークの為に作ってしまったのだ。
「……ピジョン。貴方はこの結果を予想していたのですね?」
カテリナも信じられない結果に驚いている。アークが、自分が切り捨てたアークがここまでの力を見せつけた。あってはならない事態だ。
「いえ、まさかここまでとは……」
ピジョンにとっても予想外の結果。剣技でアークが上回るのは分かっていたが、ここまでの結果になるとは思っていなかった。彼ももうアークの実力を測れなくなっている。彼が知るアークではなくなっているのだ。
そして、試合結果に驚いているのは観戦席にいる重鎮たちも同じだ。
「……たった一人に一太刀も合わせることも出来ずに敗北とは……ベクルックス、この責任をどう取るつもりだ?」
国王の感情は驚きから怒りに変わった。追加の対戦を求めた上に惨敗。多くの観衆が見守る中で、ハイランド王国の恥を晒してしまったのだ。王国の恥は国王の恥。恥をかかされた国王が怒るのは当然ではある。
「申し訳ございません。どのような処分も覚悟しております」
「……何も出来ないと高を括っているのか?」
ウィザム将爵家の軍事力は強大。ハイランド王国内での影響力は、国王であっても、無視出来るものではない。罰を与えるにもしても限度があるのだ。
「いえ、決してそのような」
「父上、いえ、陛下。お叱りばかりではなく、褒めてあげることもお忘れなく」
「褒める? 何を言っておるのだ、ティファニー?」
話に割り込んできたのは第二王女のティファニー。ただ国王はティファニー王女が何を言っているのか理解出来ていない。ベクルックスを褒める理由などないと思っているのだ。
「やはり、気付いていないのですね? 勝った勇者候補はアーク、ウィザム将爵の三男のアークトゥルスですわ」
「何と?」
ティファニー王女はアークと一歳違い。幼い頃から何度も、数えきれないほど何度も会っている。幼馴染と表現しても良い仲なのだ。彼女もアークを見るのは久しぶりだが、すぐに気が付いていた。、
「将爵家の騎士たち相手に見事な戦いを見せたのは息子のアークなのですから、その点は褒めるべきだと私は思いますわ」
「ベクルックス、本当にあれはアークなのか?」
国王の知るアークに今見せたような強さはない。魔法を使えない落ちこぼれのはずだった。
「はい、確かにあれは我が愚息でございます。家を出て好き勝手していると思っておりましたが……少しは成長したようです」
少しどころではない。親であるベクルックスも、にわかには信じてあげられないほどの強さ。魔法なしであれば、あれくらいの強さを見せてもおかしくないが、今行われたのは魔法制限なしの対戦。訓練では強くても実戦では役に立たない。ずっとこう陰口を叩かれていたアーク。その彼が実戦に近い戦いで圧倒的な力を見せつけた。
「…………」
ウィザム将爵家の力はハイランド王国の力。これを疑う国王ではない。二百年に渡るウィザム将爵家の忠誠を軽々しく疑ってはならない。そうであれば。アークの成長は喜ぶべきでベクルックスを褒めるべき。ただ、どう褒めてい良いのか分からない。国王はまだ混乱しているのだ。
「……陛下。陛下は意外とアレですわね?」
「アレとは何だ?」
そんな国王にまたティファニー王女が話しかけてきた。わざとらしい呆れた表情で。
「アークトゥルス=ウィザムの名でアークを呼び、戦いぶりを褒めてさしあげれば良かったのに。それで、対戦相手の恥は残っても、王国の恥は消えましたわ」
「……確かにそうだ」
政治的な考え。娘のティファニー王女がこのようなことを思いついたことが国王には驚きだったが、言っていることに間違いはない。アークがハイランド王国の忠実な臣下であることを観衆に知らしめれば、屈辱的な敗北は対戦相手の騎士たちだけのものになる。新たな若き実力者の登場で観衆は湧くかもしれない。
すでに言われた通りにしよう。そう思った国王だったが。
「でも、もう遅い。アークはいなくなりました」
「何だと?」
「私も話したかったのに……バーダン殿、モードラック殿、また会う機会はあるかしら?」
「……それは、もちろん。この都と支店のあるグレンオードは目と鼻の先ほどの距離ですから」
国王やアークの父親であるベクルックスではなく、勇者ギルドのマスターであるバーダンとモードラック支店長に問いを向けたティファニー王女。その意図を察して、バーダンは苦い顔だ。この先、アークの帰属を巡って、ハイランド王国と勇者ギルドは揉めるかもしれない。ティファニー王女はそれを理解しているのだとバーダンは考えた。
まだアークはBランク。勇者候補としての将来に強く期待するレベルではない。そうではあるが無視出来ない存在であるのは間違いない。今日この日、アークはそれを多くの人に知らしめたのだ。