
ハイランド王国と勇者ギルドのハイランド王国支店の交流戦は、特にこの時期という決まりはないが、定期的に開催されている。人魔大戦終結後、魔獣や妖魔の脅威は残っているとはいえ、平和が続いている。ハイランド王国軍としては、その実力を確かめる機会が少なくなってしまっていることは良くないと考え、こういうイベントを開催するようになったのだ。
交流戦は、王国側から勇者ギルドに要請した形になっているので王国主催。王都で行われるだけでなく、費用も王国の負担だ。常に魔獣や妖魔相手とはいえ、実戦の中にいる勇者ギルド側は交流戦を行う必要性など感じていないからだ。さらにこの数年、ずっと勇者ギルド側が勝ち越している。ハイランド王国の求めがなければ、勇者ギルドとしては未開催でも問題ない。勝ち逃げというやつだ。
とはいえ、それは勇者ギルドとしての考え。交流戦に参加する個々の勇者候補の事情は違っている。ハイランド王国の国王や勇者ギルドのギルドマスターといった普段はお目にかかれない雲の上の存在が臨席する交流戦で活躍すれば、一気に有名になれる。そう思っている勇者候補もいれば、負けられないプレッシャーに押しつぶされそうな勇者候補もいる。ペンタクルのリーダー、エルデは後者だ。
「へえ、受けたダメージを測定する魔道具ですか。そんな物が作れるのか?」
交流戦には参加しないアークは気楽なものだ。エルデたち、ペンタクルに助言をするという仕事があり、それについてはそれなりに緊張していたのだが、今はその緊張も解けている。
「これの凄いのは魔法のダメージも物理的なダメージも両方を測定できることだね?」
「実はとんでもなく高価だったりして」
「どうかな? だって、これ、壊れるのでしょ?」
アークとミラが話しているのは交流戦で利用する魔道具について。攻撃によって受けたダメージを測定する魔道具で、蓄積されたダメージが一定量を超えると壊れる仕組みだ。魔道具が壊れた人は戦闘継続不能という判定になる。
「ダメージから完全に体を守ってもくれるのだろ? それって凄くないか?」
「それはあるか……ギルドで買えないってことはやっぱり高価なのかもしれない」
ダメージからほぼ完ぺきに体を守る魔道具。持っていれば便利だと思うが、ギルドでは買えない。アークとミラでは買えないということかもしれないが、そうであってもやはり高価だということだ。
「君たち、魔道具はどうでも良いから戦い方を考えてくれるか?」
いつまでも魔道具について語り合っている二人に、エルデが焦れて話しかけてきた。交流戦は三戦行われる。Cランクパーティーが初戦で、次はもうBランクパーティーであるペンタクルだ。すでに初戦は始まっているので、すぐに出番になる。
「初手は魔法の一斉攻撃で敵魔法士を撃破。あとは油断しなければ勝ちです」
「それだけ?」
「これだけです。別にハイランド王国の精鋭が出てくるわけではありません。普通にやれば勝てます」
ハイランド王国軍側も勇者ギルド側のパーティーランクに合わせて対戦相手を決めている。ペンタクルの対戦相手は特別強い相手ではない。また五人一組での戦いというのも勇者ギルド側に有利だ。王国軍は、騎士と魔法士混合では、そのような編成を行わないことをアークは知っている。
「そうだけど……俺たちだって精鋭じゃない」
「……じゃあ、これは気を付けてください。魔法士と騎士の連携は下手くそだと思いますが、騎士同士の連携はそれなりだと思います。それを崩すには魔法を上手く使うこと。魔法で倒す必要はありません。接近戦に集中させないようにすれば良いだけです」
「……なるほど。軍の戦い方と俺たちの戦い方は違うということか」
交流戦はハイランド王国側が不利な戦い。普段行っている訓練とは異なる戦い方をしなければならない。それが勇者ギルド側がずっと勝ち続けている理由のひとつでもある。
「ずっと、そう言っているつもりです。油断は駄目だけど、安心はしてください。相手はそんなに強くありませんから」
「そうか……って、負けたぞ!?」
初戦が終わり。結果はハイランド王国軍の勝利。その結果を見て、エルデはまた動揺している。
「Cランクの負けです」
交流戦について詳しく知っているわけではないが、Cランクパーティーであれば負けても仕方がないとアークは思う。まだ実戦経験が突出して多いわけではなく、パーティー戦も熟練とは言えない。そうであれば、幼い頃から鍛えているハイランド王国の世襲騎士家の若者たちは個の力で勝負出来る。こう思ったのだ。
「でも、これで俺たちまで負けたら」
第三戦、Aランクパーティーの出番を待つことなく、勇者ギルドの敗北が決定する。そのプレッシャーにエルデは負けているのだ。
「……仕方がないですね。ではもう少し詳細まで決めましょう。初手の魔法による一斉攻撃は同じ。ただし、敵前衛の前進を防ぐことを目的としてください」
「それで?」
「結界で覆われている闘技台は洞窟と同じ。魔法を乱射すれば視界が塞がれます。そこでゼファーさんの出番。あの、一番左の男。あの男を見失わないようにしてください。前衛の二人、間に合えばエルデさんも加えて三人で倒します」
実際に対戦する闘技台は周囲を結界で覆われている。ミスで魔法が逸れた場合のことを考えてだ。国王ら、重鎮たちがいる観戦席に万一、魔法が届くようなことになれば大問題になってしまう。それを防ぐ為に万全を期しているのだ。
「……それから?」
「あとは普通に戦ってください。あの男以外はエルデさんたちとは勝負になりません。その狙う一人も余裕で勝てると思っていますけど、念の為です」
「……分かった。ここまで来たら、信じるしかないな」
いよいよ対戦が始まる。この期に及んで狼狽えていては勝てる戦いも勝てなくなる。エルデは覚悟を決めることにした。アークは自信満々で勝つことを疑っていない。それで不安を訴えるのは彼を信じていないことになる、とも思ったのだ。
闘技台に進むペンタクルのメンバー。つい先ほどまでの狼狽えた様子は何だったのかと思うくらい、堂々としている。いざ戦いとなれば、敵に弱みは見せられない。これくらいはペンタクルのメンバーは皆、分かっているのだ。
両チームが闘技台上に揃ったところで、審判が対戦開始を告げた。
「……勝ったな」
「どうして動かないの?」
ハイランド王国軍側は出方を窺っている様子。間違った判断だ。わざわざ詠唱の時間を与えているのだから。
「ああ……エルデさんとゼファーさんが魔法を使えると思わなかったのか」
ハイランド王国軍の魔法士も詠唱を行っている。まずは魔法の打ち合い。そこから接近戦に持ち込もうとしているのだとアークは考えた。火力で自分たちが大きく劣っていることをハイランド王国軍側は分かっていないのだと。
三人の詠唱の声。それでようやくハイランド王国軍は自分たちの過ちに気が付いた。前衛が前に出るが、すでに遅い。詠唱を終えた三人から一斉に魔法が放たれた。ハイランド王国軍の魔法士の魔法と衝突した魔法もあれば、地面に激突した魔法もある。アークが予想した通り、その瞬間、完全に視界が塞がれることになった。
「左、十五メートル!」
ゼファーの声は目標の位置を教えるもの。それを聞いたペンタクルは大きく動き出す。
「前十!」
ペンタクルの前衛が前進したところでまた位置を知らせる声。
「ちゃんと考えているのね?」
「それ失礼だから……でも、そうだな」
前方十メートルの位置に敵、というのは嘘。実際はもう目の前に迫っている。ゼファーの声を頼りに敵が備えることを想定し、対戦直前に伝え方を工夫していたのだ。
前衛が接触。エルデが追い付く前にケリがついた。アークが評した通り、それほどの敵ではないのだ。その間に魔法攻撃は継続。二対一で相手を圧倒。敵魔法士は戦闘不能判定を受けた。
あとは数と魔法の優位で、ペンタクルはまったく危なげなく勝利することになった。
◆◆◆
初戦はハイランド王国軍の勝利。二戦目は勇者ギルドが圧倒。これで一勝一敗。決着は第三戦に持ち込まれた。勇者ギルド側はポラリスの登場だ。この対戦が交流戦のメインイベント。決着の最終戦というだけでなく、新たにAランクに上がったパーティーのお披露目という意味で。この先、Sランク勇者候補になる可能性のある、もしかすると勇者となるかもしれない勇者候補の実力を確かめるのだ。。
ポラリスのメンバーもそのつもりだ。勝利することは当たり前。どれだけ自分たちをアピール出来るか。それを考えていた。特にカテリナはそうだ。
「天より降り注ぐ光! 敵を切り裂く刃となれ! レイ・スラッシュ!」
詠唱そのまま、光の刃が空気を切り裂いて飛んでく。
「……なっ!?」
その光の刃を剣を合わせて止めようとしたハイランド王国軍の前衛は、想定外の威力に抗えず、大きく後ろに吹き飛ばされることになった。そのすぐ後ろにいた騎士も同様だ。
「――ウォーターシールド!」
それを止めたのは水属性の防壁魔法。ハイランド王国軍の魔法士だ。
「やるわね。でも、これからよ! レイ・スラッシュ! レイ・スラッシュ!」
大きなどよめきは観戦席から湧き上がる。カテリナが光属性魔法を使ったことですでに驚いていたのに、魔法の連続行使。光の刃が次々とハイランド王国軍に襲い掛かっていく。圧倒的な攻撃力。それに抗う術はハイランド王国軍にはないと思われた。
「……ああいうの隠し持っていたのか」
「アークも知らない魔法なの?」
「初めて見た」
ずっとパーティーを組んでいたアークも知らない魔法。カテリナはこれをずっと隠していた。ここぞという時に見せる為に。その「ここぞという時」が今だ。ハイランド王国の国王も勇者ギルドのギルドマスターも驚き、一目置くようになるはずだ。
「刃と唱えているけど、性質は打撃系ね?」
「そうなのか?」
「だって、騎士の人を二人も押し込んだ。斬撃なら、ああはならなくない?」
「……そうかも」
打撃系の魔法と斬撃系の魔法というのは分からない。だがそれを受けた騎士の動きは、確かにミラの言うような感じだ。ズレた位置にいる二人を突き飛ばしたような状態だった。
「もしかすると二つの性質を持っているのかしら?」
「受けなければ斬られていた? だとすると……防げる?」
「打撃であろうと斬撃であろうと魔力が上回っていれば防げる。だから問題はあの魔法の威力」
防具に対する攻撃であれば、その防具がどのようなものかによって斬撃が良いか、打撃が良いか決まる。全身隙間なく覆う鎧であれば斬ることは難しく、打撃での攻撃が向いている。といってもそれは鎧の防御力が剣の攻撃力を上回っているから。鎧を切り裂く攻撃力を持つ剣であれば関係ない。
「少なくとも打撃は、一撃で戦闘不能判定になるほどではない。斬撃は……どうかな? 受けた剣がどの程度傷ついているか。ここからだと見えない」
「一撃で折るほどではないってことよ。勝負を決める魔法ではないわね?」
「でもあの攻撃範囲は厄介だ。あれを防げる……盾役? タンクとも言うか。そういった人が欲しいな」
パーティーメンバーには役割がある。タンクと呼ばれる役割は敵の攻撃を受けきる役目。アークがやっていたような後衛を守るだけでなく、最前線で敵の攻勢をしのぎ切る役割もある。撤退時の殿の役目も。
それ以外に、攻撃役のアタッカーは剣士系と魔法士系がいて、ミラのような味方補助役はレンジャーやバッファーと呼ばれることもある。さらに回復役のヒーラー等々、様々な役割がある。ただ一つのパーティーに全てが揃っていることはまずない。五人という枠の少なさと一部の役割を担える人材の不足。特に回復役のヒーラーを専門職とする人は絶対的に数が少ない。
「だから私が防ぐって言っているでしょ?」
「分かっている。他のパーティーは、ってこと」
仲間を増やすつもりはアークにはない。ペンタクルの人たちと触れ合う機会が増えて、以前に比べればわずかに他人に対する不信感は薄れたが。本当にわずかだ。ミラと二人のパーティーが心地良いこともあって、無理するつもりはまったくないのだ。
「……珍しい光属性が使える勇者候補。外見も良い。性格は最悪だけどそれを誤魔化す技がある。さて、彼女の望み通りの結果になるのかな?」
カテリナはこの日を待っていたはずだ。光属性が使える稀有な存在であることをここで明らかにしてみせた。外見は、アークが惑わされるのも当然というくらいに、優れている。性格は遠くから見ているだけでは分からない。注目され、人気を得る要素は揃っている。そうであることをカテリナ自身が理解しているのだ。
「人気者になることが彼女の望みなら叶うと思う。でも、勇者はどうかな? 今、アークが言ったことだけでは足りないと思う」
「勇者になりたいのかな? 勇者は人気者だからなりたいということのような……どうでも良いか。俺には彼女も勇者も関係ない」
「……とりあえず仕事は終わり。買い物に行けるね?」
俺には関係ない。アークのこの言葉をミラはそのまま受け入れることが出来ない。あえてカテリナについて語ることがアークの気持ちを現しているように思えてしまう。
「……何か、揉めているみたいだけど……無視して帰ろう」
「そうね」
第三戦はポラリスの勝利。これで勇者ギルドの勝利は確定だ。あとは偉い人たちのお言葉を聞いて、交流戦は終了。のはずなのだが、なにやら周囲がバタバタしている。特にハイランド王国側が何やら慌ただしい。嫌な予感。その直観を信じて、アークは閉会を待たずに。この場を去ることに決めた。