
勇者ギルドの本部はハイランド王国の西、いくつもの小国が固まって存在する都市国家群のひとつであるマジェスティにある。より正確に言えば、マジェスティの街がほぼ丸々勇者ギルド本部。勇者ギルドの施設とそこで働く職員の住居、ギルドと職員の需要目当てで集まった商業施設でマジェスティの街は出来上がっているのだ。
ギルドの本部がマジェティに置かれたのは人魔大戦後。傭兵ギルドから勇者ギルドに組織名を改称した後のことだ。マジェスティは元々は漁村。村の名が記録に残っていないほど世に知られていない小さな村だった。
その小さな村が今のようになったのは、勇者ギルドに改称後としては、初代ギルドマスターとなったセイクリッドのおかげ。彼は勇者ウィザムと共に人魔大戦を戦った英雄の一人で戦後、褒賞として、後にマジェスティとなる漁村を手に入れたのだ。
本人は戦いから離れ、のんびりと釣り三昧の毎日を送る為に、その漁村を求めたのだが、その望みは叶わなかった。ギルドマスターはウィザムがなるはずだったのだが、彼は何を考えたかハイランド王国に士官。貴族の地位を与えられた。国に仕える人間が中立でなければならない勇者ギルドの長にはなれない。勇者本人が駄目ならその仲間ということで、皆に傭兵ギルドから打診があった中で、断り切れなかったのはセイクリッドだけだった。という嘘か本当か分からない逸話が残っている。
とにかく勇者ギルドマスターとなったセイクリッド。傭兵ギルドの本部機能を全て自分の領地に移し、村にマジェスティという名をつけた。その時にはもう都市といえる規模に村はなっている。マジェスティ村と呼ぶ者は誰もおらず、マジェスティ市国が公称となった。
「……明らかに妖魔の動きが活発化している」
現在のギルドマスターはバーダン。彼はマジェスティ市国を建国したセイクリッドの子孫ではない。ギルドマスターは世襲制ではなく、選挙で選ばれる。勇者ギルドの執行機関である理事会と評議会のメンバーによる選挙だ。
「当たり前のことですが、よろしくない傾向です。妖魔の活動が活発化している裏には魔人族の存在がある可能性は否定出来ません」
セイクリッドの呟きのような言葉に秘書のスターリリーが反応した。彼女は公式な肩書は秘書であるが、バーダンにとっては副官のような存在。重要な案件についても相談出来る相手だ。
「ただ魔人族が悪さをしているだけなら、まだマシだな」
「魔王復活を考えておられますか?」
「考えないわけにはいかない」
妖魔が活動を活発化させた裏に魔人族の存在がある。では、その魔人族の動きが大きくなった理由は何かを考えれば、嫌でも魔法復活の可能性を思いつく。二百年前の人魔大戦で魔王は倒した。だが、それで永遠に魔王という存在が現れないなどと考えるのは愚かなことだ。再び、魔王は現れる。だから勇者ギルドは名を変え、存在しているのだ。
「各支店からの報告および本部での調査結果では、魔人族そのものの動きはそれほど多く確認されておりません」
「そう簡単に動きを掴ませないから厄介なのだろうな。人魔大戦での経験も今となっては……」
人魔大戦は二百年前。その当時を知る者はいない。人族には。
「もしこの時代に第二の人魔大戦が起きるような事態になれば、先人を恨んでしまいそうです」
人魔大戦では人族が魔人族に勝利した。歴史はこのように記されている。だがこれは事実ではない。正しくは魔王と魔王に従う魔人族や妖魔と、その暴挙に抗った者たちとの戦い。勝者には人族だけでなく魔人族もいたのだ。
だが戦後、勝者の側にいた魔人族も差別され、迫害されることになった。人族に味方した魔人族が少数であったことが大きな理由だが、施政者がそれを良しとして全てを人族の手柄にしてしまったことが決定的な原因だ。
「……魔人族の味方は残っている」
「それが気休めであることをマスターもご存じのはずです」
味方というより、「悪事を働かない魔人族もいる」だ。また人魔大戦のような戦いが起きるかもしれない。そう考えて、味方になった魔人族を各国は保護している。魔人族だけが暮らす土地を提供しているのだ。
だがそれを魔人族が感謝しているかとなると、かなり怪しいとスターリリーは考えている。土地の提供といっても、要は隔離だ。人族による差別を冗長しておいて、保護という名目で隔離を行う各国の施政者を魔人族が信頼しているとは思えない。
「だから勇者ギルドがある」
勇者ギルドには種族による差別はない。誰でも勇者候補として登録が出来る。登録された勇者候補はギルドによって身分を保証される。来るべき魔王との戦いに備えて、人族と魔人族が協力して戦う環境を作るのが勇者ギルドの使命だ。
「魔人族の登録は全体の1パーセント。わずかです」
「痛いところを突いてくる。だがそもそも自由に行動できる魔人族の数が少ない。これをなんとかしないと、どうにもならない」
勇者候補になるには勇者ギルドの拠点に行って、手続きを行わなければならない。だが多くの魔人族が住む場所を離れられない。国により禁じられているのだ。これが「保護という名目の隔離」とされる理由だ。
自由に、というのは語弊があるかもしれないが、往来しているのは魔王側の魔人族。犯罪者だ。勇者候補になる資格のない魔人族。仮に誤って登録を許してしまっても、事実が分かれば処分対象となる者たちだ。
「それをどうにかしようとしない各国は戦争を望んでいるのでしょうか?」
「人族だけでの勝利が欲しくてか? もしそうなら、そんな国は真っ先に滅んでしまえば良い」
魔人族は、少数ではあるが、強力だ。人族だけで戦うには厳しい相手。まして、かつては味方だった魔人族まで敵に追いやるような結果になれば、勝利を得られる可能性は限りなく無に近くなる。
だから魔人族の数を減らさなければならない、殲滅すれば脅威はなくなる、と主張する過激派もいる。ADUがその代表だ。この主張を完全に抑え込むことが出来ない。これが人族の問題なのだ。
「……いかが致しますか? Sランク勇者候補に調査を依頼するのもひとつの手かと思います」
愚痴を言っていても事態は解決しない。各国への文句であれば、時間がいくらっても足りない。スターリリーは話を戻すことにした。
「魔人族の調査か……だが手がかりはあるのか?」
闇雲に調べ回っても、何かが見つかるとは思えない。幸運な偶然に期待するわけにはいかないのだ。
「各地のダンジョン調査を命じるのはいかがですか?」
妖魔が住み着いている各地のダンジョン。多くは元々魔王軍のアジトだったと見られている場所だ。魔人族が活動しているとすれば、そこが怪しいとスターリリーは考えた。ダンジョンの奥深くで何かを企んでいるのでは、その動きなど掴めるはずがない。魔人族の動きが確認出来ないのは、そのせいだと思ったのだ。
「なるほど。良い案だ。ただ問題は、Sランク勇者候補の数だな。まさか単独でダンジョンに潜らすわけにはいかないだろ?」
「はい。五人パーティーでは二つ。三人でも四つです」
Sランク勇者候補は勇者ギルド全体でも十四人しかいない。現役のSランク勇者候補は。
「……どれだけかかることか、か。とりあえず、二つのパーティーを編成しよう。どうせダンジョンの一斉攻略などを試みれば、各国が文句を言ってくるに決まっている」
何故、危険なダンジョンが残されているのか。それはそこで繁殖する魔獣、妖魔の身体が世の中の役に立つ素材だからだ。たとえば妖魔がその身に宿す魔核は魔道具制作に欠かすことの出来ない材料。かつ消耗品でもある。ダンジョンを完全攻略し、そこに住み着いた妖魔を全滅させたなんてことになれば、そのダンジョンを持つ国から、これ以上ない激しさで文句を言われることになる。莫大な金額の賠償請求だってあり得る。
「承知しました。そのように手配いたします」
提案はギルドマスターに受け入れられた。だがこれがどれほどの意味を持つことか。自ら考えた案であるが、スターリリーは効果は期待していない。
そもそも世の中の在り方が間違っている。同じ人族に害為す存在であっても魔獣、妖魔は死んだあと役に立つから必要。でも魔人族は必要ないから絶滅させるべき。だが絶滅させるには同じ魔人族の手助けが必要。そうであるのに味方になる可能性を持つ魔人族まで人族は迫害している。迫害が続けば、魔人族の反発は強まり、その中で力ある者が魔王として立ち、戦争が始まる。
問題は人族の側にあるのだ。
◆◆◆
「お断りします」
「即答? 少しは考えてくれよ」
アークに拒絶されて、エルデは不満顔だ。彼なりに丁寧にお願いしたつもりだったのだが、アークは間髪入れず、拒否を返してきた。
「どうしてイベントに参加しない俺たちが王都まで行く必要があるのですか? 時間の無駄です」
エルデのお願いは彼のパーティー、ペンタクルが参加するイベントに同行して欲しいというもの。そのイベントは王都で開催されるのだ。
「説明しただろ? 俺たちに助言するためだ」
「いや、ですからどうして助言しなければならないのですか?」
「お前だって勇者ギルドに勝ってほしいだろ?」
ペンタクルが参加するイベントはハイランド王国主催の競技会。勇者ギルドの代表とハイランド王国軍の代表が対戦する、定期的に開催されているイベントだ。お互いに技量を高め合い、その成果を披露するというのがイベントの趣旨だが、対戦となれば当たり前に勝敗に拘ることになる。
「別に」
「同じ勇者候補じゃないか」
「同じ勇者候補だからといって無条件に応援する気になるわけではありません」
イベントにはポラリス、カテリナたちも参加する。Aランクパーティーの代表が彼女たち。Bランクパーティーの代表としてペンタクルが選ばれたのだ。理由はこれまで一度もイベントに参加していないから。大抵、新たなAランクパーティーが生まれると、その実力試しで開催される。今回はポラリスが主役ということだ。
「応援してくれても良いだろ?」
「エルデさんたちを応援しないわけではありません。ただ王都まで行くのは嫌だと言っているのです」
「どうして? 稼げないのは嫌なのは分かる。でも、こういう機会でもないと王都には行かないだろ?」
移動だけでも往復で十日。現地での滞在を含めると半月近く仕事が出来なくなる。それが嫌なのはエルデも理解できる。だがそうであるから王都に行くことなど滅多にない。今回を逃せば、いつになるか分からない。
「そうです。行く理由がありませんので」
「理由はある。武器や防具、魔道具だって王都のほうが良い物を売っている。そろそろ買い換えても良い頃じゃないのか?」
この町にも武具屋はある。勇者ギルドでも買える。だがより質の良い、高いと言い換えたほうが分かりやすいが、武具は王都の店のほうが揃っている。客の資金力の違いだ。勇者候補で高価な武具を買う人は限られている。また、お金に余裕のある勇者候補は、王都の往復など苦にならない。
「……それは……まあ」
「ほら、見ろ。買い出しのついでくらいに考えろ。実際、俺たちが戦っている間以外は、買い物していれば良いのだから」
「……ミラはどう思う?」
王都に行きたくない理由は仕事が出来ないことだけではない。王都には知り合いがいる。アークはウィザム将爵家に関わる人たちに会いたくないのだ。一応、家出中の身であり、そうでなくても家族以外の関係者に良い印象を持っていないからだ。
「私は……そうね。装備の入れ替えは必要かも、それに従魔獣も見てみたい」
「ああ、そういえば……そうだな。見に行ってみるか」
後衛のミラの護衛役。仲間を増やす気がないのであれば従魔獣を使うことも考えろとホープに言われている。少しは蓄えも出来たので、購入を考えても良いタイミングだ。この先、厳しい依頼を引き受けることになることを考えれば必要なのだ。
「おお、じゃあ、決まりだ。出発は来週の月の日だ。八の刻にここに集合」
「分かりました」
アークとミラは王都に行くことになった。強く望んでのことではない。成り行きだ。だが成り行きが、ただの成り行きでは終わらない。そんな宿命を持つ二人だ。