
アークとミラが不正行為によりBランク勇者候補になったという噂は、ペンタクルのメンバーの積極的な発言により完璧に否定された。否定されただけでなく、「何故、未だにBランクにとどまっているのか不思議なくらいだ」という証言により、その実力を気にする者が増え、今までとは違った意味で注目されることになった。
陰口を気にしていなかったアークとミラにとっては迷惑な話だ。今更、実力を認められても嬉しくない。そもそも本人たちは自分たちの強さにまったく満足していない。鍛錬には集中して臨みたいのだ。
「人の鍛錬を見学している暇があれば、自分を鍛えれば良いのに」
「そうね。見ているだけでは強くなれないものね」
訓練場に見学に来る勇者候補が増えている。それが二人は煩わしい。鍛錬なんて人に見られてやるものではない。特にアークは無様な姿を晒すこともある。限界まで頑張り過ぎて動けなくっているのだが、そんなものはちょっと身に来た人たちには分からないことだ。
「そうでもない。重要なのはどういう見方をするか。それによって参考になる点は見つかる」
「エルデさん……またですか?」
近頃やたらとエルデが話しかけてくる。エルデだけではないオーキッド等、ペンタクルのメンバー全員だ。彼らはアークとミラの戦いを目の当たりにして、考えが完全に変わった。後輩であり、年下である二人だが教わることは沢山あると考えて、話す機会を作っているのだ。
「そう言うな。ひとつ考えたことがあってな。それを聞いてもらいたくて来た」
「はあ……」
何故、自分たちに聞かせようとするのか。それがアークには分からない。話しかけられるのが嫌ということではない。ペンタクルのメンバーは良い人たちであることはもう分かった。良い人で単純だから不正を行ったとされる自分たちに最初、冷たい目を向けたのだと。
「攻撃魔法はこれからも使っていこうと思う。お前が言った三人での一斉攻撃。これを武器にしたい。うちには探査系の魔法が得意なゼファーもいるからな」
「ああ、確かに。早い段階で敵の動きを把握して、先制攻撃ですか。確かに武器になります」
敵に攻撃を許さず、一方的に攻める。戦いにおいてこれは最善だ。エルデの考えは悪くないとアークも思った。問題は魔法の命中率。遠距離攻撃は当たり前だが、近接攻撃よりも命中率が低い。致命傷を与える可能性も、もちろん魔法の威力にもよるが、比較的高くない。
だがこれは仕方がない。攻撃を受けるリスクをなくすことのメリットのほうが上だ。
「問題は前衛と後衛との距離。前衛は二人だけになるので、孤立しないように距離を詰めたほうが良い。だがそれだと魔法の一斉攻撃を行った後、間が空く。一気に勝負を決めるには攻撃魔法の射程に近い位置で待機したほうが良いように思える」
「それを聞かされて、俺にどうしろと?」
「決まっている。意見を聞かせてくれ」
「ええ……どうして俺に?」
他人のパーティーの戦術についてどうこう言いたくない。それが間違いだった時に責任を取れないからだ。自分がその場にいれば、命がけで何とかしようとは出来る。だが、ペンタクルと共に行動することは、もうないはずなのだ。
「この間、ぶっ倒れながら戦術を考えていると言っただろ? 間違いなくアークのほうが俺よりも考えている」
「そんな話をしました?」
ミラと言い合いになる直前の言葉。そういう時に自分が何を話したかなど。いといち覚えていない。
「した。どう思う?」
「どうって……俺は昔、ある人に戦いは負けた時のことを考えろと教えられました」
「負けた時……でも負けたら」
依頼を失敗すると大きなペナルティを与えられることになる。勇者候補に失敗は許されない。常に勝ち続けなければならないのだ。
「戦いとしては負けでも、戦力の大きな損失を防げれば、すぐに再戦出来ます。戦いは最終的に勝てば良いのです」
勇者候補として教わったことではない。一軍の将としての教えだ。ウィザム将爵家に生まれたからには、いつかは一軍を率いて戦うことになる。アークは決まっている未来の為に、幼い頃から将としての教育を受けていたのだ。
「……最終的な勝利か」
目の前の勝利の為に仲間を犠牲にする。これは間違いだ。だが間違いであることを本当に分かっている勇者候補はそれほど多くない。誰もが無理をしてしまう。依頼ランクと自分たちのランクだけを比較して、負けるはずがないと考えてしまう。そうして多くの勇者候補が命を落とすことになる。勇者の座を目指す競争から脱落するのだ。
「撤退の決断をするのは難しいと思います。こんなことを言っている俺自身もきちんと出来る自信がありません。でも……必要なことです」
エルデに話をしているうちにアーク自身も勇者候補の戦いもそうあるべきだと思った。死んでしまったらそれで終わりなのだ。生きていれば、生きてやる気が残っていれば、またやり直せる。いくつもランクが下がることになっても、戦うことが出来れば、また上に行けるのだ。
「アーク……お前、本当に年下か? もしかして何度か生まれ変わっているのか?」
「はっ?」
「大人、いや、大人という言い方は違うか。なんというか、とにかく色々と考えているのだな?」
多くの人が深く考えずに流してしまうことをアークはきちんと考えている。どうしてそれが出来るのか、エルデは不思議に思った。
理由はある。ウィザム将爵家に生まれたアークは幼い頃から人の上に立つ人間としての教育を受けてきた。一般家庭の同い年が遊んでいるだけだった頃から大人になった時の準備をさせられていたのだ。
「エルデ、自分ばかり話をしていないで、私たちにも話をさせてください」
「えっ、ああ、悪い」
二人に話があるのは他のメンバーも同じ。エルデばかりが話をしていることに焦れてオーキッドが文句を言ってきた。
「私たちはミラに教えてもらいたいことがあります」
「私?」
「そう。この間、見せた魔法。放った魔法の軌道を変えていましたよね?」
「ああ……はい」
オーキッドがミラに教わりたいのは魔法のこと。ミラは彼女たちの前で魔法の軌道さを見せた。ミラ自身はまだ満足できる状態ではないのだが、それでも彼女たちにとっては驚きの熟練度だったのだ。
「あれを教えて欲しいの」
「……私もまだ鍛錬しているところですけど」
「だから良いの。上級魔法士って、なんというかアレでしょ?」
「アレ?」
「アレ」では何のことか分からない。かろうじて分かるのは、口にしづらいのだろうこと。恐らくは悪口だということだ。
「……偉そうで、面倒くさい。難しいことも簡単なことも難しく説明するじゃない?」
「えっと……」
正直、ミラはその上級魔法士の「得そうで面倒くさい」ところを知らない。魔法は祖母に教わっている。彼女の祖母は面倒くさくはあるが、それは日常生活において。魔法の教え方は割と合理的なのだ。
「ミラがどういう鍛錬をして出来るようになったかを知りたいの。何が課題で、それについてどう考えているかも」
「…………」
「……やっぱり、図々しいかしら?」
ミラの努力の成果を自分たちにただで譲ってくれと言っているようなもの。厚かましいお願いだとオーキッドも思っている。だが今のままでは駄目なのだ。アークとミラの二人の戦いを見て、自分たちとの差を思い知らされた。その差をわずかでも縮める為には出来ることは何でもしなくてはならないと思ったのだ。
「いえ、私なんかの知識で良ければ、全然教えます。でも、それが役に立つか分かりません」
「役立てられるかどうかは教えられる側の問題よ。知識を出し惜しみする偉そうな魔法士に教わるよりは遥かに助かるわ」
オーキッドは何か酷い目に遭わされたのだろうか。ミラとアークがこう思うほど、上級魔法士に対して辛辣だ。だが、それはミラとアークが上級魔法士とされる人たちに本格的に魔法を教わったことがないから。実際に上級魔法士はオーキッドが言う「偉そうで面倒な」人物ばかりなのだ。
「指導員なのに?」
「そうよ。指導員であっても積極的に指導はしない。まあ、金次第ね。その金も上級魔法だと法外な金額を吹っ掛けられるわ」
魔法は入口となる初級魔法こそ誰でも知ることが出来るが、それ以上となるとそれを知る誰かに教わるしかない。その誰かが上級魔法士なのだが、彼らは自分の知識を伝えることに消極的だ。無償で教えることは絶対にない。勇者ギルドの魔法士は稼いだ金を新しい魔法を教えてもらうことに費やすことになるのだ。
「そうですか……」
ただ、それは仕方がないことだ。王国所属の上級魔法士は弟子に無償で魔法を教える。だがそれは王国からかなりの報酬を受け取っているから。弟子もまた王国所属魔法士になるので、軍事力強化の為の費用として予算が計上されている。だが勇者ギルドの上級魔法士にそれはない。勇者ギルドから指導員報酬として支払われる金額は普通の職員より、少し多いくらい。勇者ギルドの上級魔法士が大金を稼ごうと思えば、勇者候補として働いて得るか、教える相手から対価として得るかなのだ。
「ミラは新しい魔法を教わろうとは思わないの?」
「……今は必要としていません。その前にまず、使える魔法をもっと磨かないと」
これから先も新しい魔法を必要とする可能性は低い。支援魔法特化型のミラ。さらに彼女の魔法には初級も中級もないのだ。同じ魔法を鍛えることで効果や威力を増す。必要なのはこれだ。
「魔法を磨く。そういう感覚なのね?」
オーキッドたちはこう考えてこなかった。火属性の攻撃魔法で威力を高めようと思えば、より上級な火属性攻撃魔法を学び、身につけるしかないと考えていた。間違ってはいない。ただ魔法には熟練度というものがある。金を使ってより上級の魔法を覚えたほうが早いというのが一般的な考えで、あまり重視されていない点だ。
「……どうしますか? 言葉では上手く説明できないので、訓練場に行ったほうが」
「そうね。では、お願いするわ」
席を立って訓練場に向かうミラとオーキッド。同じ魔法士であるゼファーも二人に続く。
「エルデさんは行かないのですか?」
「訓練場には行く。ただミラちゃんに魔法を習うのとアークに剣を教わるのどちらが良いかと悩んでいる」
「俺がいつ剣を教えると言いました?」
ここまでの話で一度もこういう話にはなっていない。これについてはアークは断言出来る。そういう話の流れにならないように気を付けていたのだ。
「そう言うな。皆で鍛錬したほうが楽しいだろ?」
「鍛錬は辛いものです」
「皆で辛い鍛錬を乗り越えるのが楽しい。そういうことだ。よし、行くぞ!」
アークが嫌がってもエルデは引き下がらない。強引に行かなければ二人は自分たちを受け入れてくれないと思っているのだ。二人はメンバーを増やそうとしない。それは周りを信用していないからだとエルデは、彼だけでなくペンタクルのメンバーは皆思っている。そうなってしまう出来事があったことを知っているのだ。特にアークについてはオーキッドから詳しく話を聞いている。
上に行く為にメンバーの入れ替えを行うのは当たり前のこと。だが辞めさせ方が酷すぎる。アークを外した後の残ったポラリスのメンバーたちの身勝手さに腹を立てているオーキッドは、アークに同情的な説明をしている。それがペンタクルのメンバーの心情に影響を与えているのだ。
「……三対一で」
「何?」
「どうせなら俺も鍛錬したいので、三対一でお願いします」
ただエルデたちの相手をするだけでは自分の鍛錬の時間が減るだけ。そうならない為の条件としてアークはこれを考えたのだ。ペンタクルのメンバー三人を自分一人で相手するという方法だ。
「お前、さらっととんでもなく失礼なことを言うな? よおし、見てろよ。俺たちはそれほど甘くないことを思い知らせてやる! 皆、良いな!?」
「「おお!」」
エルデの声に応える前衛メンバーの二人。こういうノリはアークとミラの二人にはない。五人パーティーだからこそ、というわけでもない。ペンタクルがこうだというだけだ。エルデをリーダーとするペンタクルはこういうノリを合わせることで一体感を作ろうとしている。たまに乗りきれないオーキッドがエルデに文句を言うが、それも今となってはお約束のようなもの。二人のやり取りで残りのメンバーは盛り上がることになる。
こういうパーティーもある。アークはエルデたちから教わることになった。