
アークたちの目的地はグレンオードの町から馬車を二時間ほど走らせた森の中。勇者ギルドの馬車なので、引いているのは限りなく魔獣に近い種。普通の馬であれば、もっと時間がかかる場所だ。それでも、良質な木材が採れ、かつ平坦で移動も運搬もしやすことから人の出入りが多い森。そこにオークが頻繁に現れるようになったので討伐をして欲しいというのが、元々の依頼だ。勇者ギルドは通常の依頼をアークたちの潔白を証明する為に利用したのだ。
「普通に人が通れる整備した道がある」
森の入口から森の奥まで道が整備されている。それだけ人が出入りする、木材採取に大切な場所ということだ。
「こんな場所にもオークは現れるのね? 森で仕事をする人は大変」
「地下に洞窟があるのではないかな? 前に行った森はそうだってホープさんに聞いた」
勇者ギルドの支店が置かれる理由となった洞窟。その規模は自然に出来た洞窟にしては異常に大きい。それが自然に出来た洞窟ではなく、魔人族によって造られた地下拠点だと考えられる理由になっている。
「ギルドが把握できていない出入口があるのね? 最近出来たということ?」
「かもな」
洞窟の出入口全てが意図して造られたものではない。長い年月を経る中、地面が崩れ、穴が開いてしまった場所もある。そういう場所のほうが多いと考えられている。
「……本当にオークだけ? 前みたいなことにならない?」
自然に出来た穴は洞窟の奥深くに繋がっている場合もある。より強い妖魔が生息している場所に。ホープと同行した森はそうだった。ゴブリンロードが現れたのはそのせいだ。通常は洞窟や森の奥深くで集団を、小さな国を形成しているオークロードが、簡単に人が到達出来る場所に呼び出されてしまったのだ。
「嫌なこと言うな。大丈夫だろ? 支店長が自信満々で今回は安全だと言い切ったのだから」
この場にはモードラック支店長がいないので、アークの本音が漏れ出た。オークとの戦いにアークは危険を感じていないのだ。
「油断禁物」
「油断はしていない。でも……ああ、気になるのは戦いがパターン化していることかな?」
「それは最善の戦い方を考えてきたからでしょ?」
オーク相手の戦い方は決まっている。ミラの魔法のタイミングも。何度も何度も戦って、これが最善と思われる戦い方が出来たのだ。それを不安というアークの気持ちがミラは分からない。
「そうなのだけど、考えることを止めている気がして」
「……なるほど。そう言われると心配なのは分かる。でも難しいよ? 考えることを入れると、その分、遅れることになる」
決まりきった動きをただ繰り返しているだけ。確かにそれだと、敵に想定外の動きをされた場合に対応出来なくなる。アークが心配になる気持ちがミラにも理解出来た。だがその不安を払拭するのは難しいと思う。
「そうだよな……考えるのも速くなる魔法ってないのか?」
「知らない。それにあっても意味なくない?」
「どうして?」
「頭で考えてから動いては遅すぎるもの。考えているようで考えていない。咄嗟の反応というのを磨くべきじゃない?」
実際にアークは戦う時に頭で考えているのか。そうではないとミラは思う。なんとなくの感覚。それで動いているはずだ。そうでなければ驚くほど速い動きが出来るはずがない。今の戦い方が構築される前からアークの動きは驚くほど速かったのだ。
「……確かにそうか……そういう感覚を磨く方法……今度、ドレイクさんに聞いてみる」
「自分でも考えろ」
「考えるけど、教わったほうが早い。ドレイクさんの動き速いから。魔法を使っていないのにあの速さだ。何かあるに違いない」
敵の動きを見切る。この為の鍛錬をアークはほとんど行っていない。本人がそう思っているだけで、鍛錬や実戦の中でそれは磨かれているのだが、意識したことがないのだ。指導員のドレイクはアークの剣を軽く躱す。考えて動いているはずがない。魔法を使っているわけでもない。何かがあるのだとアークは考えた。
二人で会話を続けながら奥へと歩き続けるアークたち。その後ろに続くオーキッドは苦い顔。アークたちはわざと自分たちを無視していると考えているのだ。
「あ……えっと、アークくん?」
オーキッドの周りに漂う不穏な空気に気付いてエルデが動いた。放置しておくとオーキッドの怒りが自分に向くことが分かっているのだ。
「……何ですか?」
「一度立ち止まって、周りを探ってみようと思う」
「……もしかして探査系の魔法を?」
バラバラになって周囲に散るなんて選択をするはずがない。エルデは「立ち止まって」とも言った。そうなると探知探査系の魔法を使うということだとアークは考えた。
以前から少し気になっていた魔法だ。これまで何度か不意打ちを食らっているので、探査系の魔法があれば便利だと考えていたのだ。
「そうだ。良いかな?」
「もちろん」
アークが了承を返すとすぐに一人の男が前に出てきた。魔法士であることは服装から分かる。一つのパーティーに魔法士が二人。珍しいことではないが、ポラリスはそうではなかった。後衛に二人もいると護衛役は大変だろうなとアークは、自分の経験から、考えていたのだ。
詠唱が紡がれると風が全方向に広がった。顔を撫でる程度の風だ。風属性の魔法であることは分かった。
「……いた。二時の方向……近い!」
偶然であるが、最善のタイミング。討伐対象は近くまで来ていた。それを知ってペンタクルのメンバーが迎撃態勢に入る。探査魔法を使った男も急いで後ろに下がっていった。
「……数は予定通りか。ミラ、行く!」
「分かった!」
アークは逆に前に出ようとする。オークを捕捉したことで攻撃体勢に入ったのだ。
「アーク! 突出しないで!」
そのアークをオーキッドが呼び止めた。アーク一人が前に出ているl。それでは危険だと考えたのだ。
「……ああ、じゃあ、後ろの三体を魔法で牽制してください。前は俺がやります」
「アーク!?」
一度は足を止めたアークだが、すぐにまた前に出ていく。その動きが一気に加速。ミラの魔法が追いついたのだ。
「……何、あの魔法?」
さらに火属性の魔法が前方に飛んでいく。同じ魔法士であるがオーキッドが知らない魔法だ。
「…………」
続いて風、火、風という具合に次々とアークの後を追うミラの魔法。魔法の連続詠唱。それ自体は普通だが、発動が速すぎる。ミラの魔法に驚いていたせいもあるが、まだオーキッドは一度も魔法を放っていない。アークの頼みに応えていないのだ。
「……あの、もう大丈夫です」
さらにミラが魔法を唱えようとするオーキッドを止めた。
「大丈夫?」
「もう終わったと思います。予定通り、五体なら……あっ、他にいるかもしれないので、もう一度周囲を探ってもらえますか?」
「終わった……?」
そんなはずはない。まだ自分たちは何もしていない。相手はオーク五体。負ける相手ではないが、全力で戦わなければならない敵であるはずなのだ。
だが、ミラの言葉が事実であることの証が現れた。アークが戻ってきたのだ。
「魔核の採取、手伝ってもらえますか? 出来るだけ早く帰って、訓練場に行きたいので」
「……ええ……ええ、もちろん」
倒した妖魔からの、魔道具の材料となる魔核の採取。つまり、本当に戦いは終わったということ。全て倒したということだ。呆気に取られていた仲間たちも動き出した。本当に全てを倒したのか。それを確かめたいのだ。
「アーク……君という人は……」
「勇者ギルドが求める依頼はこれで果たせたと思います」
「……そうね。間違いないわ」
この指名依頼はオークを倒すことが目的ではない。アークたちにBクラス勇者候補に相応しい実力があるかを確かめることが目的だ。それは完璧に達成できたとオーキッドは思っている。Bクラスに相応しいどころではない。圧倒的な強さをアークたちは示した。あとはこの事実を自分たちが勇者ギルド内に広めるだけ。アークとミラのパーティーはとんでもない実力を持ったチームであることを。
◆◆◆
任務を終えた帰り道。一行の雰囲気はがらりと変わっている。アークとミラは実力でBランク勇者候補になった。それどころかAランクに上がれる実力がある。それが分かればペンタクルのメンバーの態度は変わる。侮蔑から尊敬へ、極端に。
「俺は魔法戦士。魔法と剣の両方を使って戦う」
まずは自己紹介から。リーダーのエルデは自分について詳しく語り始めた。
「魔法は身体強化系ですか?」
「いや、得意なのは土属性の攻撃魔法だ」
「土属性で攻撃って……あっ、いえ、土属性は守りのほうで効果を発揮すると前に聞いたことがあるので」
相手の態度が変われば、アークのそれも変わる。手の平返しをされているようで少し気分は悪いのだが、善意で話してくる相手に悪意で返すほど子供ではないのだ。
「その通り……そこが悩み。なんというか魔法も剣も中途半端な気がして……鍛えてはいるつもりなのだけど……」
「それは鍛え方が……じゃなくて……えっと……大変ですね?」
返す言葉が辛辣になりそうになるのを、途中で気付いてなんとか止めたアーク。だが、本音ではないことが相手には丸わかりだ。
「気を使わなくて良い。言いたいことをはっきりと伝えてくれ。そのほうが自分の為になる」
「……俺はひたすら剣を鍛えてます。でもきっと、エルデさんの剣の鍛錬は俺の半分以下ですよね?」
それで強くなられてはアークは堪らない。中途半端で当たり前だと思う。エルデの倍以上、鍛錬を行っていてもアークは満足していないのだ。
「そうだな……やっぱり、どちらかに絞るべきか」
アークの言う通りだとエルデも思う。剣も魔法も両方なんていうのは欲張り。結局、どちらも中途半端な状態が続くことになる。
「……どちらかに絞るのではなく、戦い方を見直すのはどうですか?」
「ん? ミラちゃんは何か良い案があるの?」
「……思い切って魔法を攻撃から支援に切り替えるとか。他に二人の魔法士がいます。遠距離攻撃は必要ないのではないですか?」
いきなりの「ミラちゃん」呼びに戸惑いながら、ミラは思ったことを話した。ペンタクルにはエルデ以外に二人の魔法士がいる。攻撃系の魔法士は二人でも多めのほうだ。エルデは攻撃ではなく支援魔法に切り替えたほうが良いと考えた。
「俺は魔法を使えないから分からないのだけど、攻撃魔法か支援魔法か選ぶ必要あるのか? どちらも使えば良い」
「魔法の成長は熟練度が影響するの。分かりやすく言うと、使えば使うほど効果が強くなる。攻撃か支援かを選ぶのはその効果をより高める為。なんでもそうだけどどれかに特化したほうが良いの」
同じ土属性でも攻撃魔法への変換効果が高い人と支援魔法の変換効果が高い人がいる。持って生まれた性質も影響するが、それよりもより多く使ったほうが伸びるのだ。証明する手段はないが、魔力が変質すると言われている。
「……なんかもったいないな。まずは三人の魔法で一斉攻撃。数を減らしたところで接近戦に持ち込むっていうのも悪くないけどな」
「二兎を追う者は一兎をも得ず。中途半端になると言ったのはアークでしょ?」
「中途半端な鍛錬をするからだ。俺は良くぶっ倒れて動けなくなるまで鍛錬したあと、そのまま戦術を考えている。体が動かなくても頭は動くからな」
「それはアークだから出来るの。君はおかしいから」
「なんだと!?」
という展開で言い合いになるのは良くあること。途中までのやり取りは意識して行っている。決めつけて可能性を狭めないように、自分の異見でも途中でわざとひっくり返すのだ。何度も何度も繰り返しているうちに、まだ違った発想が生まれることもある。否定的だった考えが、実は一番だと思えることもある。
「分かった!俺の何が悪いかは分かったから!」
「エルデさん?」
二人の言い合いにエルデが割って入ってきた。自分のせいで言い合いになってしまったと考えているのだ。
「二人のようにとことん考えないところだ。悩むのと考えるのは違うと君たちの話を聞いていて分かった。俺ももっと考えてみる。自分だけでなくパーティーにとって何が最適かを、皆で」
「それは……良いことだと思います」
パーティーにとって何が最適か。二人だけのパーティーだが、二人だけだからこそアークとミラは常に考えている。お互いにお互いの足りないところを補うこと、お互いに相手の得意なところを活かす方法を。
エルデもリーダーとしてパーティー全体のことを考えてきたつもりだった。だが、まだ足りなかったと気が付いた。個々の特性を上手く組み合わせて最上のパーティーを作ることだけでなく、最上のパーティーを作る為に個々の特性を時には変化させることも考えるべきだと。実際にメンバーがそれに応えてくれるか分からないが、それでも考えるべきだと思ったのだ。
ペンタクルは変わる。より強いパーティーに成長することになる。