
アークとミラはモードラック支店長に呼び出されて受付の奥にある、通常は勇者候補が入ることのない執務エリアにいる。唯一,、Sランク勇者候補であるホープだけが勝手に立ち入ることが許されているエリアだ。
用件は聞いている。指名依頼の説明を受けるというものだ。ただ、どうして自分たちが指名されるのか分からない。二人には懇意にしている依頼者などいない。いるはずがない。一般的な評価は落ちこぼれ二人のパーティーなのだから。
「待たせて済まない」
応接室のソファに座っているとモードラック支店長が入ってきた。
「いえ、それほどでも」
勇者ギルドの支店長にどう接して良いのか分からない。上司というのは少し違う気がする。雇用主と言えば雇用主。だが仕事をくれるのは依頼主だ。なんてことを考えながら、当たり障りのないと思われる言葉を返す。
「早速だが二人には指名依頼を受けてもらいたい。ギルドからの指名依頼だ」
「ギルドですか……」
これも分からない。どうして勇者ギルドがBランクパーティーである自分たちを指名するのか。成功を望むなら、もっと高ランクのパーティーを指名するべきだ。
「別のパーティーと一緒に行動してもらうことになる」
「お断りします」
「……そういう依頼だ」
間髪入れず拒否してきたアーク。モードラック支店長の予想外の反応だ。
「死ぬかもしれません」
「……前のようなことは起きない。すでに一通りの調査は終わっていて、怪しい者はギルドにはいない」
何も知らない相手であれば、アークは何を言っているのだろうと思うだろう。だがモードラック支店長はそうではない。アークの言葉の意味を正しく理解できる。何があったかを知っているのだ。
「それでも絶対はありません。指名依頼を引き受けないということではありません。もちろん、内容によりますが、俺たちだけでやります」
不足の事態が起きた時、ミラは狂戦士の魔法を使ってしまうかもしれない。アークは問題ない。だが同行者たちはどうなのか。死ぬまで戦い続けることになるかもしれない。普通はそうなるはずなのだ。
「今回はそういう訳にはいかないのだ。君たちが不正によってランクを上げたと言う者たちがいる」
「事実ではありません」
「それは分かっている。だが陰口を叩かれるのは嫌だろ?」
「陰口は聞こえなければ気になりません。聞かないようにします」
今更、陰口など気にしない。これまでずっと陰口を叩かれてきた。二人ともだ。違った陰口であっても気にしない。今は気にしないでいられる自信が出来た。
「それでは済まないのだ。ギルドが不正を見逃しているなんて噂になれば、大問題になる」
「事実は違うことを証明すれば良いではないですか?」
「……あのな。それが出来ないから困っているのだ。お前たちの記録を公開しても真実の証明にはならない。どれだけ自分たちが非常識か分かっていないのか?」
討伐記録を公開しても真実の証明にjはならない。改ざんされているからではない。生き残れるはずのない戦いを生き残っているからだ。
「そう言われても……」
「Bランク勇者候補に相応しい実力を示せば良いだけだ。はっきり言って、お前たちであれば余裕の依頼になる」
アークたちの実力はBランクを超えている。モードラック支店長はホープからこう聞いている。戦いの結果もそれを示している。ゴブリンロードが率いる群れをホープの力を借りることなく全滅させた。そんな真似が出来るBランク勇者候補は支店長であるモードラックも聞いたことがないのだ。
「どんな依頼も油断してはならないと教わっています」
「良い心がけだ。だが、討伐対象はオーク五体。オークナイトなどの上位オークはいない。オークなので、実際はとんでもない大群だったということもない。これはどうだ?」
「…………」
「余裕だな。そう顔に書いてある」
アークの内心を勝手に決めつけるモードラック。これは断らせるわけにはいかない依頼。勇者ギルドの信用にかかわることなのだ。
「それがBランクの指名依頼ですか? 常時依頼レベルですけど?」
つまり余裕なのだ。無言だったのは、これが指名依頼であることを不思議に思ったから。
「指名依頼にしたのはお前たちに引き受けさせる為と同行するパーティーをこちらで決める為だ」
「そういうことですか」
ホープに同行した時もそうだった。要は依頼の難易度は関係なく、掲示板に張り出さないで依頼を引き受けさせようとすれば、指名依頼にするしかないのだとアークは理解した。実際に勇者ギルドの指名依頼はそうなる。簡単な依頼を指名にすることなど普通はないが。
「それと、お前たちに自宅待機を命じていた期間。あれはどちらかが病気だったことにしろ。あれが謹慎だったというデマが、不正を疑われることに繋がったようだ」
「……分かりました」
最初は「君たち」と呼んでいたのが「お前たち」になった。それ以外の言葉遣いはそう変わらないのに何が変えさせるのだろう、なんてことを考えているアーク。陰口もデマもどうでも良い。今はやるべきことがはっきりしている。おかげでネガティブにはならないのだ。
「ついでに聞きたいことがある。今回の指名依頼を難しいと思わないのに、どうして常時依頼ばかり行っているのだ?」
「ホープさんに言われましたので。この先の為にしっかりと準備をしておけと」
「ホープの助言か。なるほど。分かった」
どうしてホープがそんなことを彼らに伝えたのか。期待しているからだ。自分と同じところまで二人は登ってくる。その時の為に必要な準備をしろという意味だとモードラックは理解した。
「俺も聞きたいことがありました。どうして強さとランクは別であることを教えないのですか? 勘違いしている人が多いように思います」
多くの勇者候補がランクを上げることばかりに意識が向いている。とにかく少しでも早く上のランクに上がる。自分の実力を顧みることなく、そればかりを考えているようにアークには思える。ホープの教えと真逆の考えだ。
勇者ギルドは何故それを注意しないのか。アークは不思議に思っていた。
「……それもまた勇者の資質を持っているかの判断材料になるからだ。ただ強ければ良いというものではない。考える力も必要だ」
「ただ強いだけでも、それが並外れた強さであればSランク勇者候補になれると思います」
圧倒的な強さを持っているのであれば、何も考えなくてもSランク勇者候補になれる。それが持って生まれたものであれば、鍛錬も必要ないかもしれない。
「これを話すことは本来、良くないことなのだが……まあ、良いだろう。これも少し考えれば分かることだ。Sランク勇者候補は勇者ではない」
「……勇者と認められるには強さ以外の条件がある。これは分かっていました」
「そうだな。だが多くが考えない。強くなることばかりを、ランクという名誉を得ること、金を稼ぐことばかり考える。そういう者は勇者失格だ」
少し考えれば分かることを考えない人は実は多いのだ。モードラックの説明は欲に目がくらんでいるからというもの。それ以前に考えることを放棄している者もいる。勇者ギルドが伝えている上っ面の情報だけを信じている者たちだ。
「勇者ギルドは勇者育成組織。その資格がない人には冷酷なのですね?」
「そう思われても仕方がない。人魔大戦前、傭兵ギルドであった時とは変わってしまったのだ」
「二百年以上前の話です」
モードラックがその時代を知っているとは思えない。人族はそれほど長く生きられない。
「……昔の話を現代につないでくれる人がいる。そういう人から教わった。傭兵ギルドはただの戦争屋の集まりではなく、弱者救済を目指す組織でもあったそうだ。家柄や身分に関係なく生活の糧を得られる。低報酬で困っている人を助ける依頼も多かったそうだ」
ミラの祖母、カミーユから聞いた話だ。ある事情から里を追われ、困窮している家族を救うためにカミーユは傭兵ギルドに飛び込んだ。そこで後に勇者と呼ばれるウィザムと出会った。彼女の人生において、もっとも充実した幸福な時間。それを懐かしんでの昔話だ。
「家の掃除とか買い物の依頼もあったそうですね?」
「えっ……あ、ああ。そうらしい」
いきなり口を開いたミラに戸惑うモードラック。だがすぐに彼女も知っていて当然であることに気付いた。モードラックに教えてくれた人の孫娘なのだ。
「傭兵の仕事ではないな……そういう組織だったのか」
他では仕事を得られない人たちが、わずかでも収入を得る機会を傭兵ギルドは与えていた。誰でも出来るようなことが出来ない人を助ける仕事で。お互いに助けになる。それを実現していた傭兵ギルドは、今よりも良い組織ではないかとアークは思った。
「話が逸れたな。他に何かあるか?」
「いえ」「ありません」
「では話は以上だ。出発は明日朝。受付前に集合だ。よろしく頼む」
「「はい!」」
結局、指名依頼を受けることになった二人。元々、傭兵ギルドの指名を断ることなど普通は出来ない。それが出来るのは登録抹消なんて強い措置を勇者ギルドがとれない勇者候補、Sランク勇者候補くらいだ。Bランクの身でごねたアークがおかしいのだ。
◆◆◆
翌朝、アークたちは同行するパーティーと受付前で合流した。パーティー名はペンタクル。そのパーティーが選ばれた理由は合流してすぐに分かった、気がした。アークの顔見知りがいたのだ。
「久しぶりですね? アーク」
「そうですね……オーキッドさん、パーティーを変わっていたのですね?」
カテリナのパーティー、ポラリスの元メンバー、オーキッドだ。オーキッドがポラリスを抜けたことはフェザントから聞いていた。だがその後の話は聞いていない。そういう話にならなかったのではなく、フェザントも知らなかったのだ。
「貴方がポラリスを抜けて、すぐです」
「そうでしたか」
「今はこの仲間たちと活動しています。パーティー名はペンタクル。リーダーは彼、エルデよ」
後ろに控えていた茶髪の大柄な男を指さすオーキッド。
「エルデだ。今日はよろしく頼む」
アークに近づくことなく、声だけを掛けてきたエルデ。悪意とまでは言わないが、良い感情を持っていないのは、その態度で分かる。
「……アークです。隣はミラ。では行きましょう」
悪感情に対して媚びてみせる理由はない。不正を疑っているのだとしてもそれは濡れ衣。アークたちに後ろめたいところはまったくないのだ。相手に名前だけを告げて、歩き出すアーク。すぐにミラも続いた。
「……エルデ」
二人が無愛想なのはエルデのせい。オーキッドはそれを咎める視線を向けた。
「彼らの潔白は証明されていない」
「そうそう。それに……死神と一緒って……どうして俺たちが……?」
オーキッド以外のペンタクルのメンバーがアークたちに冷たい態度を見せるのは、不正を疑っていることだけが理由ではない。ミラと一緒に仕事をすることが嫌なのだ。
「指名依頼だから。どうして私たちが指名されたのかはギルドに聞いて」
「そうだけど……」
「これから一緒に戦うのですよ? 協力し合わなければならないのに、反感を買うような真似をしてどうするのですか?」
討伐対象はオーク五体。それ以上になる可能性も否定出来ない。勇者ギルドからはこう聞いている。彼らだけでは対処しきれない依頼ではない。それでもアークたちと反発しあって連携が乱れれば、不測の事態が起きてしまうかもしれないのだ。
「……我々の任務は彼らにBランクの実力があるか見極めることだ」
「だから協力するつもりはない? そう言うつもりですか?」
オーキッドの目が鋭さを増す。彼女はアークを認めている。助けられたという気持ちもある。そのアークを、今の仲間たちが否定することは許せないのだ。
「あ、いや、そこまでのことは言っていない。見守るのも……違う! 守るのも、そう! 彼らに万一がないように守るのが我々の仕事だ! そうだよな、皆!?」
「「「お、おう!」」」
「良し、出発だ!」
アークたちを貶める作り話を信じ、不正を憎む気持ちが表に出てしまっているだけで、悪い人たちではないのだ。メンバーたちの身勝手な性格が嫌でポラリスを抜けたオーキッドが選んだ仲間たちなのだから。