
アークとミラは討伐依頼を引き受けることになった。場所は勇者ギルドがあるグレンオードの町から二日ほどのところにある森だ。二日の移動となると二人にとっては遠出。これまでが日帰り出来る場所の依頼しか引き受けて来なかったのだ。といっても今回の依頼も日帰りの予定だ。馬車で二日の距離でも翼竜を使えば日帰りが可能。速いだけでなく直線で移動出来るからだ。
だが翼竜を借りるのは有料。二人がわざわざ金を支払ってまで遠くの依頼を引き受けたのにはわけがある。
「……物凄く過保護に思うのは気のせいでしょうか?」
ホープに連れて来られたのだ。翼竜の借用料金もホープ持ち。実際は違うのだが、アークたちはそう思っている。
「過保護かどうかは依頼の結果を知ってから判断しろ」
「やっぱり、危険な依頼だ」
危険な依頼は避けてきた。まだまだ自分たちでは力不足。ゴブリン討伐で報酬を稼ぎ、あとはひたすら鍛錬だと考え、それを実行してきたのだ。
「本当に危なくなったら俺が助けてやる」
「それを過保護と言うのでは?」
「良いから、やれ!」
依頼内容は森に住み着いたゴブリンの討伐。数は推定二十体。だが増えている可能性は高い。森というゴブリンにとっては快適な場所を住処に出来たのだ。繁殖力が強く、成長も異常に早いゴブリンだ。何倍にもなっていてもおかしくないのだ。
「やれと言われても……出た。早っ!」
森に入ってすぐにゴブリンが現れた。数は五体。ほんの一部であるのは間違いない。木の陰など見えない場所を警戒しながら前に出るアーク。その後をミラの魔法が追った。
「障害物は関係ないのだな」
ミラの魔法は木を裂けて、アークに向かった。
「身体強化魔法ですから。それに攻撃魔法でも……あっ、そうか」
「何が、そうか、なのだ?」
「攻撃魔法も熟練になると軌道を変えられると聞いたことがあります。だったら支援魔法でも出来るはずだと思って」
魔法の動きを操ること。アークにとって最高のタイミングで支援魔法をかける為にミラが試みていることだ。といっても何から始めれば良いかもまったく分からない状態だったので、試みているとは言えない。気合いで魔法を一つ所に止めようとしていただけ。当たり前だが、気合いの声を上げるだけでは魔法は止まらなかった。
「……なるほど。理屈はそうだな」
この二人は本当に面白いと、改めてホープは思った。こんなことを考えて、実現しようとしている勇者候補がどれだけいるのか。他人は出来るが自分は出来ないことを出来るようになろうと努力している人はいても、誰も出来ないことを出来るようになろとしている勇者候補などまずいない。時間の無駄でそんな暇があればひとつでも多く依頼をこなそうとするはずなのだ。
「アークは大丈夫でしょうか? こういう見通しの悪いところで戦った経験は……私とはないだけか」
ミラは初めてだ。だがアークは恐らく違う。カテリナのパーティーにいた時に経験している可能性がある。
「あいつ……視野も広いのだな。訓練でどうにかなるものなのか、生まれつきか……あとで聞いてみるか」
アークはハイランド王国の武の名門ウィザム家の生まれ。幼い頃から訓練していた可能性が高い。それも勇者候補とは異なる騎士として、将としての訓練だ。戦場を俯瞰して見る必要のある将の訓練というものがあるのかもしれないとホープは考えたのだ。
「……いや、あれは将の動きではないな」
「猫ですね?」
見通しの悪い森は、逆にアークの得意な戦場なのかもしれない。木の上に飛び上がったり、飛び降りたり、木と木の間を行ったり来たりと上下左右に素早く移動して、ゴブリンを翻弄しているアークを見て、二人はそう思った。
「止まった?」
動き回っていたアークが突然、木の上に登ったまま止まった。
「何か見つけたのかも?」
「……俺も前に出るかもしれない。周囲の警戒を忘れるな」
待っていたものが現れたかもしれない。そうであればホープの出番だ。といっても出来るだけアークに任せるつもりだが。
「ああ、じゃあ、木に登っておきます」
「はっ?」
「ホープさん、私のことを運動神経がないと思っているみたいですけど違いますから。ゴブリン一体なら余裕で勝つ自信があります」
ミラはまったく近接戦闘能力がないわけではない。それではCランク依頼でも引き受けられなかった。少数であれば魔獣討伐が出来ていた。ゴブリン相手に戦ったことはないが、アークの戦いを見て一対一なら勝てると思っていたのだ。
「なるほど。それは本当に過保護だったな」
少し考えればホープも分かることだった。ミラはしばらく一人で活動していた。一人でCランク依頼を受けられる力はあるということだ。ぞもぞも身体強化魔法は他人にしかかけられない魔法ではない。ミラは自分で自分を強化出来るのだ。
「最近は魔法の鍛錬ばかりでしたけど、たまにアーク相手に体術の稽古もしています。では登ります。上のほうがアークの動きも見やすいので」
自分たちの弱点を放置しておく二人ではない。ミラの近接戦闘能力も鍛えていた。まだまだ安心できるレベルではないが、いつかは克服するつもりだ。
「……じゃあ、安心して少し前に出させてもらうか」
するすると木に登っていくミラを見て、人並み以上の運動能力は、当たり前だが、あるのだと納得したホープ。不測の事態になった時、すぐに戦いに介入出来るように。前に出ることにした。
その間もアークは戦っている。群がるゴブリンの群れを木に登って躱しながらの戦い。現れたオークとの戦いだ。
「あの様子だと普通のオークか。そうなるとあれだけではないな」
アークが戦っているのは普通のオーク。オークナイトではないとホープは見た。そうであれば現れた一体だけではないはず。オークナイトで殺せなかったアークたちを普通のオーク一体で殺せるはずがない。これはミラとアークを狙った罠だとホープは考えている。わざと罠に飛び込んだのだ。
「……後ろは大丈夫」
敵の本命はミラだとすれば、あまり離れるわけにはいかない。どちらにもすぐに行ける位置を見極めて、ホープは細かく移動している。
「あいつは……森の中だとBランク依頼の妖魔なら余裕なのではないか? いやいや、油断は駄目か」
木を使って立体的に動くアークを妖魔は捕捉出来ないでいる。オークの巨体も木の上からであれば、どこでも狙い放題。いきなり急所の頭に攻撃が届く。ゴブリンも、アークのように素早く木に登れないのでは数がいる意味がない。囲んでの一斉攻撃が出来なければ、アークの脅威にはならない。
「あいつの集団戦も見てみたいな。どういう戦いをしていたのか」
アークは別のパーティーに属していた。最大定員の五人のパーティーだ。そこではどういう戦いをしていたのか。それがホープは気になった。単独で今の強さ。さらに集団戦も出来るとなれば、勇者ギルドにとって便利な存在。自分たちSランク勇者候補たちと同じ使い方が出来る。
「ああ、あいつはソロじゃなかった、。ミラに怒られるな」
こんなことをホープが考えていられるくらいアークの戦いには余裕が見られる。
「ぶぉおおおおおおっ!!」
「何っ!」
だが、このまま終わりではなかった。森に響いた不気味な雄たけび。オークとは違う何かが現れたのだ。
「……ま、まさか、ゴブリンキング……いや。ゴブリンロードか。いや、それでも……」
ゴブリンにもレベルがある。最上位がゴブリンキング。ゴブリンの頂点に立つ、まさに王だ。ただその存在は人魔大戦以降、確認されていない。その下がゴブリンロード。人族でいうと貴族、領主といったところだ。さらにゴブリンジェネラル、ゴブリンナイト、普通のゴブリンと続く。
オークより種類が多いのは、ゴブリンは独自の社会を形成しているから。オークは強さや大きさで人族が勝手に分けているのに対して、ゴブリンの場合は実際の階級なのだ。
「ゴブリンロードだけなら……そんなわけないか」
ゴブリンロードは上位階級だが戦闘力ではゴブリンジェネラルが上とされている。ゴブリンナイトでもたまに強い者がいる。それで何故、上なのかというと知性の差だ。ただ強いだけでは上に立てない。ゴブリンの社会はそういうものなのだ。
といってもその知性によってゴブリンロードは魔法を使える。最下位のゴブリンとは比較にならない強さだ。
「ミラ! そのまま前に出られるか!」
「大丈夫です!」
「アークとの距離を詰める! 気を付けて前に来てくれ!」
アークを気にし過ぎてミラが襲われたのでは一緒にいる意味がない。ゴブリンロードがいるとなると、陽動作戦くらいは平気でしてくる。ゴブリンロード個の戦闘力はそれほど高くなくても、集団の指揮能力が飛躍的に上がることで、強敵になるのだ。
「身軽だな。実際に体は軽いか……さて、アークのほうは」
ミラは危なげなく木から木に跳び移っている。まずは一安心、そうなるとまたアークだ。ゴブリンロードとそれが率いる大集団が現れた。それに対してアークはどうするつもりか。
「そうだろうけど……少しは慌てろよ」
アークもまた木から木へ跳び移っている。その意図はゴブリンの群れを飛び越えて、後方のゴブリンロードを討つ為。、いきなり敵の頭を倒そうという意図だとホープは考えた。
「護衛がいるはず……ゴブリン……ナイトか? まだマシだが……」
ゴブリンロードを守っているのは気配からゴブリンナイト。ゴブリンジェネラルではなさそうだ。このゴブリンロードの集団はそれほど大きくない。まだ若い集団なのかもしれないとホープは考えた。
「上から!?」
木の上からゴブリンロードに攻めかかったアーク。だがそれだけではない。渦巻く炎も上から落ちてきた。ミラの魔法だ。落下の加速と魔法による強化、さらにオークナイトの剣の性能もあるのだろう。重装備のゴブリンロードにアークは一太刀で致命傷を与える。
それと同時に小さな竜巻がアークの体を包む。さらに地面からせりあがった壁は物理防御魔法。ゴブリンナイトが襲い掛かった時にはアークは離脱していた。
「……なんだ……この二人はなんなんだ?」
戦いを見て、ホープに疑念が生まれた。二人の連携は見事。アークの動きも褒められるものだ。前回の戦いよりも成長している。成長し過ぎている。ここまで人は急激に成長出来るものなのか。二人は毎日、地道で辛い鍛錬を続けている。成長するのは当然だ。だが何かがおかしい。ホープの勘がそう訴えている。
「……今考えても分かることではないか。それに、まだやることがある」
ゴブリンロードを討たれて統率が乱れたゴブリンの集団。さらにアークはゴブリンナイトに標的を定め、攻撃を行っている。決して無理はしない。一撃離脱、それを何度も何度も繰り返している。危なげない戦い方。それも次々と放たれるミラの魔法があってこそ。
「あいつら、この指名依頼でどれだけ稼ぐんだ?」
またこんな戦いに関係ないことを考える余裕がホープに生まれる。二人を無理やり連れてきたこれも指名依頼になっている。そこでオークどころか、ゴブリンロードまで現れたのだ。Aクラスの指名依頼ということになる。
「……もう平気か」
ホープは自分がやるべきことを始めることにした。この襲撃が誰かに仕組まれたものであることを証明すること。その証拠を掴むことだ。当てはある。色々と考え、支店長のモードラックとも話し合って、ひとつの仮説を立てた。その仮説が正しいかを証明する物を探すのだ。
といっても実際に探すのは別の人物。ホープが行ったのは、その人物に合図を送ることだ。
「……えっと……これはどういう状況なのでしょうか?」
それほど待つことなく、その人物はやってきた。戦闘に巻き込まれないように距離を取って、ホープからの合図を待っていたのだ。その人物が近くに来てみれば、思っていたのとは違う状況。ホープが戦っているものと彼は思っていたのだ。
「ここで見たこと、聞いたことは全て忘れろ」
ホープも彼を必要とする時は自分が戦っているものだと思っていた。だがここまでまったく出番がない。それはあり得ないことだったのだ。
「訳ありですか……まあ、良いですけど」
「見つかりそうか?」
「来て、すぐは無理ですよ。それに、ここは魔力の密度が濃くて……多分、あの常識外れの彼女のせいですね?」
辺りには通常あり得ない量の魔力が漂っている。ミラの魔法の残滓のようなものだ。複数属性の魔法を次々と繰り出しているミラ。そんな魔法士は、彼の常識では、いないのだ。
「だから見るな。見たら忘れろ」
「はいはい……じゃあ、始めます」
魔法の詠唱を始める男。彼はギルドの勇者候補だ。得意は探知探査系魔法。今はダンジョン攻略系依頼を専門に受けている勇者候補で、アークたちが襲われた洞窟の調査にも参加している。そのせいでホープに、こうして引っ張り出されることになったのだ。ホープの私的な依頼ではなく、支店長モードラックからの依頼という形になったので嫌でも手伝わなければならなくなったが。
「……多分、見つかりました」
「早いな」
「だから多分です。なんか異質な、嫌な感じの魔力が存在します。魔道具に間違いないとは思いますけど」
彼が探すように命じられたのは魔道具。妖魔を引き寄せる効果があるだろう魔道具だ。
「それだろうな」
「本当に嫌な感じです。念の為と思って、運搬用の箱を持ってきておいて良かった」
普通の魔道具ではない。妖魔を引き寄せる魔道具など聞いたことがないのだから、普通ではなくて当たり前。だが、効果ではなく感知した魔力が普通ではないと彼は感じているのだ。何か良からぬことが起きるかもしれない。そう思わせるような嫌な感覚だ。そういった物を運ぶための箱を彼は持ってきていた。ダンジョン攻略などで入手出来るお宝は、必ずしも本当のお宝ではないことがある。呪われた物など。危険な物を運ぶ時に使う箱だ。
見つかった魔道具はその箱に入れられて持ち帰られた。襲撃の、それが何者によるものかを調べる為の重要な証拠として。