月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

継ぐ者たちの戦記 第14話 Sランク勇者候補に会った

異世界ファンタジー 継ぐ者たちの戦記

 アークとミラは依頼を引き受けることなく、鍛錬と勉強の日々を続けている。稼ぎがないのは痛い。だがそれはより良い装備を買い揃える上で痛いということであって、暮らしに困ることではない。良家の生まれであることを知る人には驚きの質素な暮らしを未だに続けているアークは、これまでの蓄えで何か月も暮らしていける。ミラは、そもそもお金に困っていない。彼女の祖母はかなりの資産家。そうであるのに、アークと似たようなもので、贅沢にまったく興味がない。蓄えが減ることはないのだ。
 とにかく今はもっと強くなること。そうでなければBランク依頼をこなせない。倒したのが普通のオークではなく、オークナイトだということを知らされていないせいで、二人はこう思っているのだ。

「少し強くなれた気はする。ドレイクさんにもそう言われた」

「良いな。私なんて教えてもらおうとしたら、そんなの出来るはずがないと言われた」

 ミラが学ぼうとしているのは、どうすれば発動した魔法を望むタイミングで相手にかけられるか。アークが求める最高のタイミングで魔法効果を与えられるかだ。だが指導員に聞いたら「そんなことは出来るはずがない」と否定された。学ぶ相手がいなかった。

「やっぱり、無理なのか」

「何を言っているの。天才というのはね、誰もが出来ないと思っていることを成し遂げるから天才なの。私に不可能はない」

「……どういう育ち方をすれば、そういう考えになれるかな?」

 ミラの前向きな考え方がアークは羨ましい。そう思うアークも誰もが無理だと言うことを成し遂げようとしているのだが、自分のことは分からないのだ。

「おばあ様が不可能だと思った瞬間に全ての道は閉ざされるものだと教えてくれた」

「……要は、諦めなければなんとかなるか。やっぱり、前向きだ」

「その言い方だと重みがないでしょ?」

 その気にさせてくれる言葉。それもまた気持ちの問題ということなのだが、それが大事なのだ。魔法は出来ないと思っていることは出来ない。想像力の産物。出来ると信じることから始まるのだ。それが効果を生み、その事実が出来て当たり前という認識を作り出し、次代に受け継がれるのだ。

「鍛錬は当たり前に続けるとして、装備も考えないとだな。剣は運良く手に入った。次は何が必要だ?」

 装備は強くなる時間を短縮してくれる。自分自身の強さではなくても、それでより上位の依頼を受けられるようになるのであれば、それで良い。その経験が自分自身を成長させることになるとアークは考えている。本当に重要なのは最終的にどこまで強くなれるかであって、その過程ではないのだ。

「武器の次は防具でしょ?」

「防具か……高そうだな」

 ただの感覚だ。実際にどうかは分かっていない。そもそも武器と防具のどちらかが高いということはない。その性能で価格は変わるのだ。

「それが嫌なら、君ももっと頑張れ。まだ課題は克服していないからな?」

「ああ、複数の魔法を同時にか……あっ、でも少し前進している」

「そうなの?」

 またアークに先を行かれた。それを知ってミラは驚いている。彼が頑張っているのは分かるが、ここまで成長で負ける理由が分からないのだ。

「魔力というやつを少し感じられるようになった」

「大きな前進じゃない。どうして出来るようになったの?」

 本当に大きな一歩だ。魔力の存在を感じられるようになれば、その先の属性の変化を感じ取れるようになるのは遠くないはず。それが出来れば次は属性変化を止めること。これは難しそうだが、成功可能性は確実に高まったとミラは思っている。

「変なおっさんに殴られて」

「……はい?」

「正確には殴られたのではなく、腹に手を当てられただけ。なのにとんでもない衝撃で気を失った」

「……ちょっと分からない。それでどうして魔力が感じられるようになるの?」

 そもそも、そのおっさんは誰なのか。何故、腹を触られることになったのか。気を失うほどの衝撃とは何なのか。ミラには、まったく分からない。

「気絶したのだけど、なんとなく感覚はあって……なんだか異質なものが体内にある感覚と、それを追い出そうとしている何かの感覚」

「……追い出そうとしている何かがアークの魔力?」

「さすが。そうだと思う。異質なものは消えたけど、その感覚は残っているから」

 異質な何かはホープの魔力。アークの魔力は彼自身の意思とは関係なく、異質な魔力を排除しようと動いた。その動きをアークは感じ取った。これまで気付かなかった何かが体内にあることを体が理解したのだ。

「…………」

「何? 何で怒る? さっき褒めていただろ?」

 睨まれているのは眼鏡で分からない。だがミラの頬が大きく膨らんでいる。これで怒っているのでなければ何なのだというくらいの膨らみだ。

「私が色々調べて、色々考えて、色々教えてあげたのに出来なかったくせに」

「そ、それは……感謝はしている」

 ミラが怒っているのは自分の助言が役に立たなかったこと。アークの為にしてあげたつもりのことが、意味なかったことだ。それはアークも素直に申し訳ないと思う。お互いに相手の為に何かしたい。そう思い合える関係が、アークも心地良いと思っているのだ。

「見知らぬおっさんに腹を撫でられたら出来た? 何だそれ? 謝れ! 土下座して謝れ!」

「その『おっさん』が俺のことなら、まずそれを謝ってもらえるか?」

「えっ……誰?」

 いきなり話しかけてきた男。ミラは初めて見る男だ。

「その人が、おっさん」

「誰が、おっさんだ!?」

「名前聞いていないから、こう説明するしかない」

 アークはホープと少し話したあと、気絶させられた。お互いに自己紹介などしていない。ホープの名も、何者かもまったく分かっていないのだ。

「……ホープだ。勇者候補をしている。お前らの先輩だ」

「ホープさん……それで今日は何の用ですか?」

 同じ勇者候補。教えられなくてもそうだと思っていた。腹に受けた衝撃は凄まじいもの。そんなことが出来る人が一般人であるはずがない。勇者候補、それもかなり強いはずだ。

「洞窟に行く。付き合え」

「……閉鎖中です」

「調査隊が入る。それに付いていく。ギルドの許可は得ている」

 洞窟内に異常がないかを調べる調査隊が活動を始める。ホープが支店長のモードラックに頼まれた仕事はそれとは別なのだが、同行することにしたのだ。アークたちを連れて。

「その調査隊の人たちと一緒にですか……無理ですね」

 ミラに一度視線を向けてから、アークは同行は出来ないと答えた。同行出来ない理由はミラにある。それをホープに言うべきか少し迷ったのだ。

「なんだと?」

「その調査隊の人たちが俺たちと一緒に行くことを嫌がるはずです。嫌がられている相手と共に戦う気にはなれません。だからこちらも嫌です」

 詳細な理由の説明を省いたまま、重ねて同行を拒否するアーク。今も自分たちが陰口を叩かれていることはアークは知っている。ミラという信頼出来る仲間と戦うようになった今、無理してそういう者たちと戦う理由はなくなった。戦いたくないと思うようになったのだ。

「……どうしても嫌か?」

「嫌です」

「……仕方がない。じゃあ、三人で行くか」

「はい?」

 ミラ以外と共に戦うつもりはない。アークはそう言ったつもりだった。ただ、ホープには伝わっていない。彼は二人と戦うことを嫌がっていない。アークが言う相手とは違うのだ。

「洞窟の奥深くまで行くわけじゃない。お前たちが戦った現場付近を調べるだけだ」

「……それは……そうかもしれませんが」

 二人で戦った場所だ。さらに自分よりも強いホープが加わる状況で、「危険だから無理」とは言えない。拒否する理由が咄嗟に思いつけなかった。

「この間のようなアクシデントを心配しているのなら大丈夫だ。俺は強い」

「それは……そうでしょうけど……」

 分かっている。そうであっても一緒に行けない理由。それをアークは考えている。

「何が不満だ!? 俺はSランクだぞ!」

 その煮え切らない態度に、ホープがきれた。

「はっ!?」「ええっ!?」

 Sランク勇者候補。実際に会うのは二人とも初めて。本当にいるのかも疑っていたくらいだ。

「……自慢するみたいで、言いたくなかったのに」

「いや、自慢して良いことですよね?」

「……とにかく俺は強い。以前のことを気にしているのだろうが、そいつらと俺を一緒にするな」

 アークが同行を拒否する理由をホープは知っていた。モードラックから二人の話を聞いた後、さらに情報を集めていたのだ。この支店の勇者候補は誰も二人と組みたがらないこと。その理由も知った。

「……どうする?」

「妖魔が現れても私たちの出番なくない?」

「そうだよな。分かりました。同行します」

 自分たちが戦って倒せたオークやゴブリンなら、Sランク勇者候補であるホープは一人で倒してしまうに違いない。自分たちが戦闘に加わる必要はない。ミラが魔法を使わなくてはなくなる状況になどならないはずだ。
 同行を拒否する理由は、本当の意味でなくなった。二人はホープと三人で洞窟に入ることを決めた――のだが。

「……どうして俺たちが戦わなくてはならないのですか?」

 実際に妖魔が現れたらアークたちが戦うことになった。

「ゴブリン相手にSランクの俺が出るなんて、大人げないだろ?」

「その言葉の使い方、合っていますか?」

「ほら、また来た。さっさと倒せ」

 しかも一度戦って終わりではなく、現れた妖魔をひたすら倒すことを求められている。すでに二十は倒した。さらに五体の群れが現れたのだ。

「まったく……」

 不満そうにしながら現れたゴブリンの群れに向かうアーク。

「ああ、ミラ。魔法は使うな」

「えっ? どうして?」

「ゴブリン相手には必要ない。それよりもあいつの戦い方を良く見ていろ。魔法なしで奴がどう動くか。どこで魔法が必要になるかを」

 アークとミラが何をしようとしているか、ここまでの戦いを観てホープは理解した。かなり呆れているが、無理だと止めさせるつもりはない。彼らの可能性を閉ざすのは間違っている。ドレイクの話を聞いていたのもあって、、ホープも今は好きにやらせるべきだと考えたのだ。

「魔法なしかよ」

 ミラの支援魔法はなし。身体強化なしで戦うことになるが、アークに焦りはない。ここまでの戦いは余裕があり過ぎて、物足りなかった。支援魔法なしでどれだけ戦えるか試すのは、アークとしても望むところだ。

「……この剣、斬れる」

 身体強化なしでもゴブリンの体を一刀両断。手に入れた新しい剣の斬れ味が良く分かった。体の動きは魔法なしでは、やはり遅い。それでも危険を感じるほどではない。ゴブリンの攻撃を躱し、剣を振るう。

「……あいつ、動きの違いが気にならないのか?」

 いつも身体強化を行って戦っていれば、それがない状態での戦いに戸惑いを覚えるはず。だがアークにはそれが見えない。

「そうなのです。なんだか分からないのですけど、速ければそれに合わせて、遅くてもそれなりに、すぐに適応して戦えるのです」

「……ああ、だから異なる魔法をかけられても動きが滑らかなのか」

 これまでの戦いでもそうだった。速度向上から力向上に変化しても、動きに戸惑いは見られなかった。変わったとは思えない滑らかな動きを見せていた。それをホープは、改めて特別なことだと認識した。二人が考えている戦い方は正しいと思えた。二人だからこそ、この戦い方が出来るのだと。

「終わりました。まだ続けるのですか?」

 素の状態でゴブリン五体を短時間で倒して、アークは戻ってきた。

「お前が戦えなくなるか、日が暮れるか、もしくはオークが出てくるまでな」

「オークを待っているのですか?」

「そうだ。この場所では、おかしな物が見つからなかった。じゃあ、どういう状況でオークは出て来るのか。それを調べたくてここに来た。ただ……出て来ない可能性のほうが高そうだ」
 
 ミラを、もしくはミラとアーク二人ともを狙ったとして、どうしてそれが可能だったのか。ADUの仕業、自称ADUであっても妖魔を従える能力のある魔人族でない以上、何か特別な方法があるはずだとホープは考えている。それが何かを調べているのだ。
 アークとミラを連れてきたのは囮として。だがそれは失敗のようだと思っている。それで分かったことは二人が洞窟に入っただけではオークは来ないということ。やはり。何かオークを呼び寄せる方法があるということだ。

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