月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

継ぐ者たちの戦記 第13話 お宝をGETした

異世界ファンタジー 継ぐ者たちの戦記

 今日も鍛錬と勉強の為に勇者ギルドを訪れたアークとミラ。到着してすぐに受付に呼ばれることになった。前回の依頼達成に関する手続きが必要という話で。
 通常、依頼が終わると報酬と依頼達成ポイントは自動的に加算される。報酬は勇者ギルドが銀行代わりに預かってくれていて、必要があれば、勇者ギルドの拠点であればどこでも引き出すことが出来る。勇者ギルドは装備品や薬などの医薬品その他、様々な備品を販売もしているので、その場合は購入分が自動的に引き落としされることになる。勇者ギルドに登録しているだけで、色々と便利なサービスを使えるのだ。
 そうであるので依頼達成後の手続きは討伐した証を提出する以外にはない。アークたちは前回の依頼分はすでにそれを終えている。そうであるのにさらなる手続き。また特別に良いことがあるのかと期待して、受け付けに向かった。

「売るか、自分の物にするか。ですか?」

「はい。ご存知なかったのですか? 依頼で得た物は、必ずしもギルドに売る必要はありません。盗まれた品など持ち主が明らかな物品に関しては、本来の持ち主に返さなければなりませんが、それ以外は自分の物に出来ます」

「……知りませんでした。お金にしか興味がなくて」

 売れば依頼達成報酬以上のお金が手に入る。アークはこれまで生活費を稼ぐことでいっぱいいっぱい。余裕が出来た後も装備品購入の為のお金を必要としていた。魔獣の部位など、自分の物にしようと考えたことはない。

「普通はそうです。ただ今回は少し違う物を手に入れられていますので」

「違う物、ですか……?」

 アークには心当たりがない。そもそも怪我をしていたので討伐の証、ゴブリンとオークの場合は魔核と呼ばれる魔道具の材料の採取はミラに任せていた。その魔核も洞窟で何度も依頼をこなしているので、特別な物ではない。あるとすれば、オークのそれは初めてということだ。

「オークを討ったことで入手された物です」

「ああ、それですか……ゴブリンの魔核とは何が違うのですか?」

「いえ、魔核ではありません。もちろん魔核もご自分の物に出来ますが、魔道具の製造費を考えると出来上がった物を買ったほうが安いと思います」

 勇者ギルドから買わせたいからこんなことを言っているのではない。魔核を手に入れても、自分で魔道具を作ることが出来なければ、製造コストがかなり必要になる。その製造コストでもっとも高コストなのは魔道具師への報酬。それが、個人で頼むよりも、勇者ギルドお抱えの魔道具師に任せたほうが安いのだ。
 もちろんオリジナルの魔道具が欲しいと思えば、個人で優秀な魔道具師を頼まなければならない。だが、オリジナルの製造となれば、さらに報酬は高くなる。Bクラス依頼で消費しては大赤字だ。

「魔核でなければ何ですか?」

「剣です。オークが保有していた剣ですが、鑑定の結果、かなり良い物と分かりました。失礼ですが、今お持ちの剣とは比較にならない良い剣です」

「でしょうね……それは売ったらいくらになるのですか?」

 アークが持っているのはどこにでもある剣だ。実家のウィザム家の騎士たちが使っている剣なので悪い物ではない。悪い物ではないが、普通の剣だ。ウィザム家にはお宝といえる剣もあるのだが、家出する身でそれを持ち出すことは出来なかった。勝手しておいて実家の力に頼っている。そう思われる、自分が思ってしまうのがアークは嫌だったのだ。

「十万ギルです」

「じ、十万!? えっ? ギルですか? ドンではなく、ギル?」

 Bランクになれたアークたちでも十万ギルを稼ぐのは容易ではない。洞窟での常時依頼は一度で、およそ二十から三十ギルの稼ぎ。単純計算で三千から五千回、依頼を達成しなければならない。
 ちなみにアークのひと月の生活費はおよそ四十五ギル、四万五千ドンだ。安アパートに住み、食事は全てギルドの食堂。貯める以外は他に金を使うことはないという節約生活だ。ただし、これに仕事を行う上での魔道具や医薬品の購入費など、結構な必要経費が加算されることになる。生活は苦しくはないが、余裕があるほどではないというのがBランクだ。

「そうですけど……」

「売ります! すぐ売ります!」

「……そうおっしゃるのでしたら」

 アークは売却を選択した。そうであれば、ギルド職員としては、その手続きを行うことになる。

「ちょっと待ってください。ちなみに同じ剣を買おうとするといくらですか?」

 それに待ったをかけたのはミラだ。彼女はギルド職員の躊躇いを見て、何かあると考えた。人が悪い職員ではない。ギルドの損ではなく、アークたちが損すると思っているのではないかと考えたのだ。

「相場によって変わりますが、二十万から三十万です」

「倍以上……売るの止めます」

 買った場合の価格を聞いて、ミラは売るべきではないと考えた。アークには優れた武具が必要。どうせ、いつか良い剣も買う。そうであれば、手に入れた剣を使えば良い。結果として安く済む。

「おい? 勝手に決めるな」

「君こそ、勝手に決めないで。私の得た物でもあるのよ?」

「それはそうだけど……またオークを倒せば良いだけだ。しかし……オーク討伐が出来るようになれば、一度で十万ギル以上……」

 アークも何も考えないで売ろうと決めたわけではない。剣はオーク討伐を行えば、また手に入る。そうであれば、もっと優先して手に入れるべき何かがあると考えたのだ。それを得る為の資金にしようと。

「そんなに簡単な話かな? この剣て、常に手に入れられるものなのですか?」

 ミラはアークとは違う考えだ。売却で十万ギルが手に入る剣を、そう何度も得られるはずがない。そうであればオーク退治を引き受けられるBランク勇者候補はもっとお金持ちになっている。装備も充実しているはずだ。だが現実はそうではないことを、ミラは知っているのだ。

「いえ、滅多にないと思います。私だけの経験ですが、オーク討伐でこれだけの剣を手に入れた事例を知りません。千体、いえ、万の単位ですか。数万分の一の確率となります」

 数万分の一どころか、確率はゼロだ。オークではなく、上位のオークナイトを倒して手に入れた剣なのだから。オークナイト討伐はAランク依頼に属する。報酬も討伐もBランク依頼とは桁違いになる依頼での討伐対象なのだ。

「これを聞いても売る?」

「ああ……止めておく」

 数万分の一の確率となると、それはもう二度と手に入らないと言われているようなもの。それを知るとアークも目の前の十万ギルに惑わされなくなる。

「では、剣をお返しします。今お使いの剣はどうされますか? 買取り出来ますけど?」

「ああ……いくらくらいですか?」

 古い武具の買取りも勇者ギルドは行っている。自分の武具を手放すのはこれが初めてなので、いくらになるか見当もつかない。実家から持ち出してきた剣なので、いくらで買ったものかもアークは知らないのだ。

「正式には鑑定を行ってからになりますが……十ギル、二十ギルには届かないのではないかと」

「…………」

 二十ギルとしても、手に入れた剣の五千分の一。ここまで違うとはアークは思っていなかった。

「……あっ、正式には鑑定を行ってから値段は決まるものですので。今のは素人の私の見積りですから、実際はもっと高価かも……」

 無言で固まってしまったアーク。それを見て、ギルド職員は慌てて、フォローの言葉を口にした。嘘はついていない。だが特別な剣はそうでも、どこにでもある普通の剣の相場くらいはこの職員は分かっている。何度も買取り手続きを行っているのだ。

「……大丈夫です。買取り価格がショックだったのではなく、良く勝てたなと今更、思っただけですから」

 金額だけの比較だが、武器にはこれだけの差があった。良く倒せたものだと、今更、アークは自分に驚いているのだ。

「次はもっと楽に勝てるかもね?」

 武器の差は埋まった。そうであれば、次はもっと戦いが楽になるかもしれない。根拠はないが、そうであって欲しいとミラは思っている。アークが傷つくばかりの戦いは辛いのだ。

「そうだと良いけど……でも、剣に頼るだけでなく、自分をもっと鍛えないとだ。手続きは終わりですか? 訓練場に行きたいのですけど?」

「はい。終わりです。頑張ってください」

「「ありがとうございます!」」

 声を揃えて職員に御礼を告げて、訓練場に向かう二人。

「どうなるかと心配したけど、あの二人は大丈夫ですね?」

「大丈夫どころか、もっともっと強くなるんじゃない? あれだけ努力している勇者候補は少ないから」

「そうですね……そうなると良いですね」

 はぐれ者だった二人。ようやく仲間が出来たと思ったら、二人ともまた独りぼっちになった。そんな二人が、二人だけでパーティーを組んだ。そうするしかないから、そうしたのだろうとギルド職員たちは思っていた。誰も仲間に入れてくれないから、二人でやるしかなかったのだと。
 追い込まれた結果のパーティー結成。先は厳しいと思っていた。戦う力がないから二人は仲間外れにされていたのだ。その二人が組んでも、勇者ギルドで働き続けるのは難しい。悲劇が起きてしまうかもしれないとまで思われていた。
 だが二人は厳しい戦いを生き残り、Bランクにまで上がり。さらに成長を続けている。そうなるに相応しい努力を続けている。ギルド職員にとっては奇跡のような二人。応援したくなる二人なのだ。

 

 

◆◆◆

 勇者ギルドの訓練場は充実している。設備もそうだが指導員も優秀な人たちが揃っている。だがそれをどう利用するかは、勇者候補が決めること。勇者ギルドがこうしろと命じることはない。勇者育成が勇者ギルドの使命となっているが、手取り足取り教えることはない。少なくともハイランド王国支店はそうだ。作られた勇者など本物の勇者ではない。支店長であるモードラックの考えが自然と反映されているのだ。
 訓練場には常に誰かいる。良い依頼を引き受けられなかった勇者候補は朝から鍛錬をしている。午後になると今度は、早々に依頼を終えた勇者候補が訓練場に現れる。勇者候補は命をかけた戦いを行っている。強くなることに無関心な勇者候補は、実力のなさを思い知ってランクアップを諦め、生活費を稼ぐ為だけに依頼を受けている者を除いて、まずいないのだ。
 だが鍛錬にどれだけ真剣に向き合っているか。それは人それぞれだ。向き合っているつもりで、向き合えていない者も決して少なくない。

「あいつ、また爺さんに襲えてもらってる」

「老いぼれから何を学ぶことがあるのだろうな?」

「あいつの場合は学ぶことは沢山あるさ。同じ魔法を使えない同士だからな。指導員として働く方法でも教わっているのだろ?」

「それはあるかもな」

 訓練場まで来て、他人の鍛錬を馬鹿にしている勇者候補たち。その声を聞いているホープは愚か者たちだと思っているが、本人たちはまったくそう思っていない。それを注意するつもりは、ホープにはない。人を笑っている暇があれば自分を鍛えるべき、それを怠るものがどうなると知ったことではないのだ。
 そもそもホープが訓練場にやってきたのは、彼らの愚かさを知る為ではないのだ。

「これはホープ殿。お久しぶりですな」

 ホープが近づいてきたのに気付いた老齢の指導員が挨拶してきた。愚かな勇者候補たちが「老いぼれ」呼ばわりしていた指導員だ。

「ご無沙汰しております。ドレイク殿。お元気そうでなによりです」

 傍若無人な振る舞いが多いホープだが、ドレイクに対しては礼儀を忘れない。過去に指導を受けたことがあり、その実力を今も認めているのだ。

「支店長が引退を許してくれないので。それに……近頃はまた指導に楽しみを覚えるようになりましてな」

 ドレイクはすでに引退しておかしくない年齢。年齢だけでなく、気力も失って引退を考えていたのだが、モードラックが支店長権限で引き留めていたのだ。

「楽しみ……それは先ほどまで指導していた小僧のおかげですか?」

「ホープ殿から見れば、まだまだ小僧ですな。ええ、そうです、アークのことです」

 勇者候補が陰口を叩いていたのは、ドレイクというより、アークに対して。彼にとってアークは今も仲間の足を引っ張るだけの落ちこぼれなのだ。

「ドレイク殿から見て、アークはどうですか?」

「漠然とした質問ですな? 私に問うということは剣のことだと思いますので、それをお答えすると……異才」

「天才ではなく、異才ですか」

 アークには才能がある。これは前回、一人で鍛錬しているを見て、思った。魔法を使えないと聞いて、その才能の開花には限界があると考えたが、それでも剣に対しての才能を否定するものではなかった。
 だがドレイクが言う「異才」というのは分からない。彼が見ているものがホープには見えていない。

「剣の技だけで言えば天才でも良いでしょうな。ですがそれだけではない何かが彼にはある」

「何かというのは?」

「それは私にも何とも……ただ、今日会ったら彼はまた強くなっていましたな。三日やそこらで一段上がった感じです」

 そんな急に人は強くなるものではない。確かに壁を突き破ったような瞬間は多くの人にある。それで一段も二段も強くなる。だが、アークはそれとは違うとドレイクは感じている。ずっと一つの技を磨き続けて、ある日、壁を破って皆伝の領域に到達したというのではなく、まったく違うところが成長する感じなのだ。

「……もしかして起きたか?」

「おや? ホープ殿には心当たりがありましたか? わざわざ彼について尋ねてくるくらいです。当然ですな」

「ドレイク殿に教わった内気功法。それの入口の入口を試してみました。彼は魔法が使えないことになっていますが、そうは感じなかったので」

 ドレイクもまた魔法を使えない。だが彼にはそれを補う技がある。体内の気、恐らくは魔力と変わらないそれを使って、身体能力を強化する技だ。それを内気功法と言い、ホープはかつてそれを学んでいた。彼は魔法を使えないわけではないが、得手ではない。魔法より内気功法のほうが自分には合っていると考えて、学んだのだ。ドレイクからその可能性を教えられてのことだ。

「それはそれは……少し急ぎ過ぎですな」

「……自分は誤りましたか?」

 アークはドレイクに指導を受けているのだ。必要であればドレイクが内気功法を教えているはずだ。だが、そうしてはいない。今のドレイクの言葉で、その時期ではなかったことをホープは知った。

「彼の仲間の女の子を知っていますかな? 二人がどのように戦っているかを?」

「女の子のほうが支援魔法を使って彼の能力を高め。戦闘はすべて彼が行っていると聞いています」

「その女の子は複数属性魔法を使います」

「何?」

 この情報はモードラックから聞いていない。ミラもまた特別な、ある意味、アークよりも特別な存在だということは分かっているが、能力については詳しく聞かなかったのだ。

「支援魔法だけですが、その全てが彼の能力を最大限に高める効果を持っていると私は見ました。訓練場だけでのことですので、全てを把握しているわけではありませんが」

「……それは異なる属性の魔法が、という意味ですか?」

 これでドレイクが何を言いたいのか、ホープにもおおよそ分かった。自分とアークの違いを理解した。魔法を使える使えないではなく、内気功法を取得するべきかどうかという違いだ。

「これは勝手な想像ですが、彼は人並み外れた魔力を宿している。ホープ殿とは違い、属性を持たない魔力です。この意味がお分かりになりますかな?」

「……万能型に、それも人並み以上の能力を有する万能型に育つ可能性がある?」

 通常、魔力にも魔法にも属性がある。魔法は様々な効果を及ぼすが、属性によって偏りがある。かなり大雑把に言えば、火属性は攻撃的で、土属性は防御的といった具合だ。ホープの魔力は火属性。攻撃的な属性で、魔法だけでなく戦闘技術も攻撃に偏っている。そうしたほうが成長限界が高いので、わざとそうしているのだ。、

「その通りです。彼はまだ可能性を広げる時期。一つの方向に固めるべきではないのです。内気功法を学ぶとしても、ずっと先です」

「……申し訳ございません。。私が浅慮でした」

「いえ、今の時点で話が聞けて良かったです。恐らく、魔力が目覚めたところ。それを分かった上で指導が出来ます」

 魔力が目覚めた。自覚が出来るようになったところという意味だ。それだけであれば、まだ何色にも染まったわけではない。無属性に固まったわけでもない。アークの可能性はまだ狭まっていないのだ。ドレイクの楽しみが薄れることはない。
 アークはドレイクにとって、かつてない教え子。どう指導するのが正しいか、これまでの経験だけでは分からない。だから楽しいのだ。この年齢でまだ学ばなければならないことがある。それがドレイクの、やる気のない勇者候補ばかりを見て、失った気力をまた燃え上がらせることになったのだ。

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