
勇者ギルドの支店長は何かと忙しい。登録パーティーについての定期レポートだけでも結構な量がある。さらに個々の勇者候補の情報にまで目を通すとなれば、かなりの時間を必要とする。一定期間毎の依頼に関する分析も必要だ。たとえば討伐依頼が急増していれば、それは何らかの異常が発生した証。原因を調べ、必要な対処を考えて、それを実行しなければならない。場合によっては解決を勇者候補に委ねることもある。ギルドからの指名依頼という形で解決してもらうのだ。
それ以外にも何度も依頼を行ってくれる上客への接待。時にはクレーム対応もある。とにかく何でもこなさなければならないのだ。
「だから前から言っている。優秀なアシスタントを雇えと」
多くの書類に埋もれている支店長、モードラックに向かって話しかけた男。アークが訓練場で会った男だ。
「ああ、来たか、ホープ。良く来てくれたな?」
「来たくはなかったが、ギルドの指名依頼を無視すると色々と面倒だからな」
モードラックにホープと呼ばれた男は勇者候補だ。それも勇者ギルドから指名を受けるほどの優秀な勇者候補。モードラックとは長い付き合いで、お互いに立場に関係なく、気安く話せる間柄だ。
「そう言うな。お前にしか頼めないから指名したのだ。それにこういうことでもなければ、お前は支店に顔を出さないだろ?」
頻繁に依頼を受けなくても生活に困らない稼ぎもある。彼自身、それほど金銭欲がないという理由もあるが。
「呼ばれたことには文句はない。面白いものを見られたからな」
「面白いもの?」
「面白いのを雇ったのだな? ぶっ倒れるまで鍛錬を続けられる奴なんて、久しぶりに見た。あれはどこのどいつだ?」
「どこのどいつだと聞かれても……特徴を言え」
ただ「ぶっ倒れるまで鍛錬を続けられる奴」と言われただけでは、いくら支店長という立場であっても、人物の特定など出来ない。
「何だ? 訓練場を訪れていないのか? 自分のところの勇者候補を知るには訓練の様子を見ることも必要だと思うけどな」
実力を知るだけでなく、どれだけ真摯に鍛錬に向き合っているかも分かる。強ければそれで良い。勇者候補とはそういうものではない。ホープはそう思っているのだ。
「忙しくてな」
「まだ若い黒髪の男だ。俺にはそう見えなかったが、本人は魔法を使えないと言っていた」
「アークか」
魔法が使えない勇者候補などアークしかいない。勇者ギルドで働こうと考える人たちは皆、戦闘能力に自信があるから、そう思えるのだ。その自信は魔法を使えることから生まれるのだ。
「本当に魔法を使えないのか?」
「そのようだ」
「そうか……見込みがあるかと思ったが、それでは永遠に見習いだな」
魔法が使えないのであれば、上位ランクにはなれない。足を引っ張る弱者はパーティーに加えてももらえない。そのはずなのだ。
「つい最近、Bランクにあがった。BマイナスからBだ」
「嘘だろ? とんでもなく、お人よしの友達でもいるのか?」
弱者がランクを上げる方法。そのひとつは仲間たちがその弱さを補える強さを持っていること。足手まといと切り捨てることをせず、ずっと仲間として認めてくれる優しさも必要だ。
「お友達は一人だな。二人だけでパーティーを組んでいる」
「……どういうことだ?」
二人だけのパーティー。しかも一人は魔法を使えない。それでどうやってBランクまで上がってこられたのか。何か裏があるとしか思えない。
「もう一人は支援魔法を使う。身体強化系の支援魔法で彼の能力を上げ、戦闘は彼一人だ」
「なるほど。ただ、それでBランクの依頼をこなせるのか?」
本人が魔法を使えなくても支援魔法で強化は出来る。確かにそうだ。だが、魔力が乏しい相手に身体強化の魔法を使っても効果は薄い。気休め程度にしかならないはず。それが常識なのだ。
「それが出来ている。無理はしていない。難易度の高い依頼は避けているようだが、それでもBランク依頼はBランク依頼。二人で報酬とポイントを分け合えば、通常よりもランクアップは早くなる」
「それはギルドのルールの欠陥では?」
「欠陥とまでは言えない。五人で倒すよりも二人で倒すほうが個としての実力は上。この考えには間違いはない」
ただBランクまで行って、パーティーメンバーを増やそうとしない勇者候補がいることは想定していなかった。確かにランクアップは早くなるが、それも依頼を達成出来てこそ。もっと言えば、生き残れてこそ。見習いから脱却し、いよいよこれからさらに上を目指そうという状況で、それまでの積み重ねを無にするリスクを犯すのは馬鹿げたことだ。
「……これまで達成した依頼はどういうものだ?」
「ここにまとめてある」
支店長が見ていた資料がこれ。アークとミラのパーティー、ブレイブハートに関するレポートを確認していたのだ。ホープが今日訪れることを分かっていて。
「……これが事実なら、まったく問題はない。不正の可能性は?」
達成した依頼を見て、ホープは納得した。Bランク勇者候補として問題ないと判断した。本当に二人だけで依頼を達成したのであれば、という条件付きだ。不正を疑うほど、普通ではない依頼達成状況だったのだ。
「不正の証拠はない。少なくとも洞窟内での依頼は二人だけで戦っているようだ」
詰所にいるギルド職員が確認している。洞窟内で他の人間が合流することは困難。詰所を通過していなければ、未知の入口から入って、またそこから出ていったことになる。妖魔が巣食う洞窟の奥深くを通って、他のパーティーが協力した可能性も低い。もしいるとすれば、そのパーティーはただ働きをしたということになるのだ。
「二人だけでオークを倒した? そもそもオークが出るような場所まで、Bランクが二人だけで進めたことだけで驚きだ」
達成した依頼の資料にはオークを討伐したことが記されていた。個の力ではゴブリンよりも強いオークを、二人は倒したことになっている。二人だけで、オークがいる洞窟の奥まで到達出来たことがすでに普通ではない。
「それに関しては事情がある。現れるはずのない場所でオークが現れた。二人が戦ったのは、詰所からそう遠くない場所だ」
「……洞窟で何かが起きているということか?」
「その可能性もある。詰所の近くにオークが現れたことなど、記録に残っている限り、ない。同じことがまた起こるとなれば、常時依頼のランクを改めなければならない」
オークは単体の討伐依頼でもBランク。ゴブリン退治のはずが、オークまで現れた。それがBマイナスランクに上がったばかりの勇者候補たちであれば、命を落とす者も出るかもしれない。
すでに洞窟は一時閉鎖にしているが、オークが当たり前に現れるとなれば洞窟内の依頼ランクを見直す必要もある。
「洞窟探索か……俺よりも、もっと適任者がいそうだけどな? それとも誰かと組むのか?」
ホープ一人では洞窟内の調査は難しい。ただ強ければ良いというものではないのだ。探知探査系や結界系の、不意打ちを防ぐに必要な魔法が使える者が必要。可能であれば回復魔法の使い手も欲しい。洞窟の奥深くまで行って、そこで怪我をして戦闘能力を失えば帰還は困難。命を落とすことになる。
「洞窟内の調査は別で頼んである」
「では俺は何を?」
指名依頼は洞窟内の調査ではなかった。では何のためにわざわざ自分は呼び寄せられたのか。ホープにはすぐに思いつくものがなかった。
「ここからは本音の話だ。他言無用で頼む」
「……分かっている」
だから自分が呼ばれた。任務の難易度ではなく、他には知られたくない何かがある。ようやくホープはそれが分かった。
「本来、現れるはずのない敵が現れたのはこれが初めてではない。分かっているだけで二度目。しかもどちらもアークとミラのパーティーが受けた依頼だ」
「おいおい……二人には何がある?」
二度も異常事態が起きていた。そうなると洞窟の問題ではなく、二人の問題ということになる。
「分からん。話せるのは二人は素性も普通ではないということだ。アークの本名はアークトゥルス=ウィザム。ウィザム家の三男だ。そしてミラは……勇者ウィザムの仲間の一人の子孫だ」
「……良く分からないが、これは一支店で抱えて良い問題か?」
勇者ギルドは勇者とその仲間を育てる組織。二人が勇者とその仲間の血筋であるのであれば、支店だけでなく勇者ギルド本部で取り扱う問題ではないかとホープは考えた。二人の素性を知った時、モードラックも考えたことだ。
「それも分からん。血を引いているからといって二人が先祖と同じ道を進むとは限らない」
「そうかもしれないが……」
「今の時点で、この事実が明らかになれば、どうなると思う? 本部はどう動く? それを知った他の勇者候補たちがどう思う?」
勇者ギルド本部はこの時代の勇者の最有力候補として二人を遇するかもしれない。無理にでも優秀な仲間を加え、五人で実績を積ませるようにするかもしれない。それは作られた勇者だ。モードラックは勇者とはそういうものではないと考えている。
さらに他の勇者候補への影響も大きい。有力候補が現れたとなって諦める者も出てくるかもしれない。その中に本物の勇者がいるかもしれないのだ。
「俺も勇者候補の一人だ。お前の考えは分からなくもないが……俺に何をさせたいのだ?」
「二人を殺そうとしている者がいるかもしれない。特にもう一人のミラのほうだ。彼女はアークと組む前に二度、パーティーの全滅を経験している。つまり、これで四度目なのかもしれない」
「……もしかして、ADU(反魔人連合)を疑っているのか? だとすれば、そのミラという彼女は」
異常事態が意図して作られたものであるとすれば、そんな真似をするのはADUくらいしか思いつかない。ADUは、彼らには彼らの信念があるとしても、組織外の人たちにとってはテロリストと同じ。あちこちで争乱を引き起こしている組織なのだ。
「そうだ」
「なるほど。それなら俺が適任か。とにかく襲ってくる奴らを殺せば良いのだろ?」
「奴らの仕業だとしても直接動かない。最初は二百頭のマーダーウルフ。次がオーク、と書類上はなっているが実際はオークナイトだ」
「……笑えない冗談だ」
妖魔のオークにはレベルがある。普通のオークはそのままオーク。その上位がオークナイトと呼ばれている。さらにオークジェネラルがいて、オークキングがいる。オークキングを討伐するとなるとそれはもうSランク依頼だ。個で強いだけでなく従えている数が段違いなので、魔人と同じくらいの危険度になる。
「事実だ。あり得ないことが起きている。それは別で調べるとして、たまたま二人が罠である依頼を引き受けるなんて都合の良い偶然があるはずがない」
「……協力者がいるか。なるほどな。本部に任せられないのはこれも理由か」
協力者は勇者ギルド内にいる可能性がある。異常事態は依頼の中で起きている。罠にそれなりの準備が必要であれば、ミラに偶然依頼が行ったとは思えない。そう仕向けられているはずだ。
実際に支店内に協力者がいた場合、当然、支店長であるモードラックは責任を問われることになる。それが嫌なモードラックは内密に事を終わらせようと考えている。オークナイトを普通のオークだと偽っているのもこれが理由。オークナイトだと伝われば、本部が出張ってくる可能性が高いからだ。
「裏にADUがいることが分かれば、その時は本部にも伝える。お前にはそれを調べてもらいたい」
「分かった。ただ言うまでもないことだが、ADUと言っても色々だぞ?」
ADU、反魔人連合の実態は良く分かっていない。かなり大きな組織であることは間違いないが、自称ADUも多くいる。魔人族に反感、偏見を持つ者は少なくない。人魔大戦で多くの人族が殺された。全ての魔人族が魔王に従ったわけではないと知っていても、そういう感情は消えないのだ。
今回の件も自称ADUの仕業である可能性がある。そうなると、やはり、モードラックは本部から責任を問われることになるはずだ。自称では、その職員個人の問題と見られるからだ。
「仕方がない。ADUそのものだけでなく。その考えが勇者ギルドにとって害なのだ」
魔人族であれば殺しても良い。こんな考えを認めるわけにはいかない。勇者ギルドは、傭兵ギルドの時から全種族に門戸を開いてきた。重視すべきは傭兵、勇者候補としての資質。種族によって差別することなどあってはならない。勇者ギルドに種族差別意識を持つ職員などいてはならないのだ。
「二百年前の戦争を今も引きずっている。いかれた連中だ」
「実際にはもっと前だ。人魔大戦は種族対立がもっとも酷くなった結果、起きた戦争だ。種族間の対立の歴史は二百年どころではない」
人魔大戦で人族は勝利者となり、魔人族は敗者となった。実際はそんな単純な構図ではないのだが、多くの人族はそうであると思っている。結果、今は人族が魔人族を下に見ている。過去には逆であった時代もあったが、今はそうなっているのだ。
「魔王は悪で勇者は善。そう教わったけどな」
「残された記録が事実であれば、魔王は悪だ。魔人族の為ではなく、自分の欲の為に同族を利用し、種族関係なく多くの人を殺している」
「では勇者は? そもそも勇者とは何なのだ?」
ホープは勇者候補として行き着くところまで行っている。そうであっても勇者として認められていない。自分よりも強い者の存在も知った。だがその人物もやはり勇者と認定されていない。では勇者とは何なのか。誰がどういう条件で勇者と認められるのか。いくら考えても答えは見つからない。
「……俺にも分からない。ただ……勇者ギルドに誰が勇者なんて決める権限はないと思う」
「過激発言だな。本部に知られたら首になるぞ?」
勇者ギルドは勇者育成組織。勇者ギルドが勇者に相応しいと認定することになっている。モードラックの言葉はこれを否定するもの。勇者ギルドの職員としては間違った考えだ。
「お前が聞くから思うところを話しているだけだ。俺は、勇者は誰でもない多くの誰かが勇者として認めた者が勇者なのだと思っている」
「誰でもない多くの誰か……それはつまり、勇者として認められる結果を出した者が勇者ということだ。実際、そうだろうけどな」
「お前は受け入れがたいかもしれないが、勇者なんて現れないほうが良い。勇者として認められる者が現れるということは、人々の敵が現れるということ。戦乱の時代ということだ」
平和の時代に勇者は現れない。勇者に相応しい実力、資質を有していても、誰も勇者とは認めない。勇者と認められるには敵が必要なのだ。普通の人では倒せない強大な敵が。
そんな事態は訪れないほうが良い。履かない望みだと分かっていても、モードラックはそう願ってしまうのだ。