月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

継ぐ者たちの戦記 第9話 チームワークは大切だ

異世界ファンタジー 継ぐ者たちの戦記

 勇者ギルドのランクには、明確に定義されていないが、意味がある。Cランクは勇者候補としても、まだ見習い。戦いの基本を覚える為の期間だ。勇者ギルドの一員としての心得を学び、身につける為の期間でもある。Bランクになると今度は個の成長だけでなく、パーティーの成熟度をあげることが必要。場合によってはメンバーの入れ替えも行われる。アークのように低ランクだから切り捨てられるというだけではなく、メンバーの特徴が最適な組み合わせになるようにする為だ。分かりやすい例だと、Cランクの間は戦士系だけ、接近戦タイプだけでもなんとかなる。だが、Bランク以上になるとそうはいかない。遠距離攻撃が必要となる敵がいるので、魔法士系の、それも攻撃魔法を得意とする勇者候補が必要になってくる。Cランク依頼では、あまり出番のなかった魔法士系が一気に脚光を浴びるようになるのだ。メンバー構成を見直し、依頼任務を重ねて連携を高める。パーティーとしての成長が求められるのだ。
 さらにBランクの間に、パーティーの方向性を定めることも必要になる。専門分野を決めるということだ。妖魔や魔人討伐依頼を受け続ける傭兵系パーティーもあれば、冒険者として、多くは人魔大戦時に魔王軍のアジトであった、ダンジョン攻略に挑むパーティーもある。前者は比較的、短期の戦いだが、後者は一つ所で半年から一年、場合によってはそれ以上の年月を過ごすことになる。ダンジョンの中で一か月過ごすことだって当たり前にある。ダンジョンに巣食う魔獣、妖魔と一か月戦い続けるのだ。そうなると、回復魔法を使える魔法士は重宝される。回復魔法を使える魔法士など滅多にいないので、運良く仲間に出来たら冒険者系に進む、というのが実際のところだ。

「今日の戦いで、どこに問題があったのか話し合いましょう」

 カテリナたちのパーティーもメンバーの見直しを終えて、連携強化を進めているところ、なのだが。

「話し合う必要なんてあるのか? 誰もが問題は誰にあるか分かっているはずだ」

 フェザントは話し合いが始まる前から機嫌が悪い。依頼任務が終わってからずっと、依頼任務中からずっと機嫌が悪いが正確だ。

「まさかと思うが。私に責任があると言っているのか?」

 セーヴィントも機嫌が悪い。彼の場合、今、フェザントに視線を向けられて、機嫌が悪くなった。自分に問題があったと、まったく思っていないのだ。

「誰がどう考えても、お前が悪い。持ち場を離れて前衛に加わっただけでなく、必要以上に前に出た。そのせいで、オーキッドが孤立した」

 セーヴィントは、後衛である魔法士のオーキッドの護衛役であったのだが、それを無視して前衛で戦った。しかも一番先頭に立って。結果、前衛と後衛に距離が生まれ、その隙を妖魔に突かれた。後衛にいたオーキッドが襲われたのだ。

「何もなかったではないか。彼女は無事で討伐は成功。これが結果だ」

「それはオーキッドの孤立に気付いたピジョンが下がっていたからだ」

 オーキッドを助けたのはピジョン。彼はセーヴィントが持ち場を離れただけでなく、先頭で前に進もうとしているのを見て、慌てて後ろに下がっていた。結果それは正しい判断で、迂回して背後に回っていた妖魔を倒すことが出来た。

「最初からそうしておけば良かった。もっとも強い私を後衛に置くのが間違いだ」

 与えられた役割にセーヴィントは不満を持っていた。自分がもっともランクが高い。強い自分は当然、前衛で戦うべきだと思っているのだ。考えとしては大きく間違ってはいない。だが、通常の隊形にしない理由があるのだ、それをセーヴィントは分かっていない。知らないわけではないのに、無視しているのだ。

「前衛に置くと、勝手に前に進むからだ」

「それは君たちの前に出る力が足りないから。私に付いてこられないからだ」

「このパーティーはカテリナのものだ。前に出るかどうかは彼女が決めることで、お前は指示に従わなければならない」

 セーヴィントの最大の問題は誰の命令にも従おうとしないこと。カテリナの命令さえ、無視することがある。それで連携が上手く行くはずがない。個の力で戦っているだけだ。

「カテリナにはまだ指揮官として未熟なところがある。私は彼女に部隊指揮を教えてあげているのだ」

 彼はこのパーティーで自分が一番の実力者だと思っている。唯一のAランク勇者候補であるのだから、強いことは強いのかもしれない。だが全ての面で優秀というのは違う。仮にそうだとしても、それは、このメンバーの中では、という条件付きだ。

「何が部隊指揮だ? 本当に部隊を指揮したことがあるのか? あるなら、どこのどの部隊を指揮したか言ってみろ」

「私は君よりもランクは上。当然、実力も上だ。君に私を侮辱する資格などない」

「侮辱しているつもりはない。事実を確かめているだけだ」

 なにかあるとすぐに自分のランクを誇るセーヴィント。それがもうフェザントはウンザリなのだ。個人のランクがどうこうではなく、パーティーとして成長するべき段階。フェザントはそれが分かっている。

「……君はどうやら私が気に入らないようだ。そうであるなら私はこのパーティーを抜けよう。カテリナ、これで良いね?」

 さらにフェザントをウンザリさせるセーヴィント。ランクで言うことを聞かせられないと次はパーティーを抜けると脅してくる。フェザントとしては「そうしたければそうしろ」と思っているのだが、これを言う場合、いつもセーヴィントはカテリナに問いを向けるのだ。

「セーヴィント。誰もそんなことを言っていないわ。貴方は私たちの大切な仲間。皆、必要としているのよ」

 カテリナが必ずこう言うのを知っているのだ。

「君はそう言ってくれるけど、他の人はどうだろう?」

「皆、同じ気持ちよ。そうでしょう、皆?」

 唯一のAランク勇者候補、セーヴィントが抜けるとパーティーの平均ランクは下がる。一人加えるにしても、自分よりもランクが低いパーティーに加わろうなんて人物は普通はいない。逆に加えることでさらに下がる可能性もある。
 仮に平均ランクの下降が一ランクだとしても、その一ランクを上げる為にどれだけの依頼を達成しなければならないのか。それを思うとセーヴィントを外すことを主張しづらい。これまではそうだった。

「彼が残るのであれば、私が抜けます」

「えっ?」

 カテリナにとってまさかのことに、オーキッドが主張してきた。

「いえ、彼がどうするかは関係なく、私はこのパーティーを抜けることにします」

 さらにセーヴィントに関係なく、オーキッドは抜けると言ってきた。

「どうして? ずっと一緒にやってきたじゃない? 今日は、その、少し問題があったけど……お願いだから冷静になって」

 オーキッドはこのパーティーで唯一の魔法士系。遠距離攻撃が出来るパーティーだ。彼女がいなくなるのもパーティーとして問題が大きい。

「冷静に、ずっと考えてきた結果です」

「……どうして?」

 カテリナにオーキッドを冷遇したつもりはない。アークと違って、彼女は必要なメンバー。ずっと加わっていて欲しい、彼女以上の人材が見つかれば別だが、一人だ。その彼女が、ずっと抜けることを考えていたことにカテリナはまったく気が付いていなかった。心当たりもない。

「アークがいなくなったからです」

「えっ?」「何?」「……」

 オーキッドの言葉に他のメンバーも驚いている。オーキッドとアークの関係性はそれほど強いものではなかったはず。アークがいなくなったことが自分も抜ける理由というのは、彼らにとっては、意外過ぎるのだ。

「……やっぱり、そうなのですね?」

 皆の反応にオーキッドは納得した様子だ。何故、アークは追い出されたのか。その理由が分かった。皆が思う理由と違うことを考えていたのはオーキッド、それとピジョンの二人だけだ。

「そうって何が?」
 
 カテリナはまったく分かっていない側。ただ彼女が分かっていないのは、アークを追い出した理由ではない。

「私は後方で戦い、全体を見渡すことが出来る立場にいました。だから、彼がどういう役割を果たしていたかを知っています」

「彼って……アークのこと?」

「そうです。前衛の貴方たちが見逃した敵を確実に倒して、私を守ってくれました。それだけでなく、貴方たちが作った隙も埋めていた。彼は……どうしてそれが出来るのか私には分かりませんが、戦場全体が見えていた」

 カテリナたちよりも広い視野でアークは戦場を見ていた。彼女たちが気付けない敵の動きに気づき、それが味方に危険を及ぼすことがないように動いていた。最初はオーキッドも分からなかった。勝手に持ち場を離れ、自分を危険に晒そうとしていると怒っていた。だが、そうではないことが分かった。アークは自分だけでなく、パーティー全体を守っていたのだと理解した。

「……それは……その、たまたまそういうこともあったと思うわ。アークは頑張っていたもの」

「頑張っていた……そうですね。彼は頑張って私を守ってくれました。でもその彼はいない。私は安心して戦うことが出来ない。だから、抜ける」

 ここまで話してもカテリナは認めようとしない。アークの貢献を認めないのではなく、自分の過ちを認めないのだ。オーキッドも分かっていた。善人面した彼女だが、考えていることは常に自分のことだけ。彼女は仲間など求めていない。自分の役に立つ人間が欲しいだけ。不必要になれば誰であっても平気で切り捨てるはずだ。
 いつかは自分も切り捨てられる。そうであれば、ここで去るという選択は正しい。オーキッドは席を立った。

「……彼女のランクは?」

 誰もオーキッドを引き留めようとしなかった。ランクを気にするのはセーヴィントくらいだが。

「Bランク」

「平均ランクは下がらないけど、四人では厳しいな。補充しないと」

「分かっているわ」

 魔法士系の勇者候補でパーティーに加わっていない者などいない。遠距離攻撃だけでは低位ランクの魔獣にも苦戦する。接近戦が出来る戦士系と必ず組んでいる。補充するには他のパーティーから引き抜かなければならないということだ。

「当てがないなら私の伝手を当たってみるかい?」

「……そうね。お願いするわ」

 セーヴィントの知り合いをパーティーに加えれば、彼の発言力が増すことになる。今でもすでにセーヴィントはカテリナを蔑ろにしている。パーティー主ではなく、女性として見ている。彼女もそれに気が付いている。納得してもいない。
 それでも、この先、魔法士抜きではやっていけない。低ランク勇者候補の魔法士なら加わってくれるかもしれないが、それではパーティーの平均ランクが大きく下がる。受けられる依頼のランクも下がり、足踏みすることになる。

「アークを戻し、オーキッドにも戻ってもらうという選択はないのかな?」

 ここでピジョンが異見を唱えてきた。かなり大胆な提案だ。

「それは私に外れろということかな? Aランクの私を外してCランクの彼を入れる。そんな愚かな選択を誰がするのかな?」

「彼はBランクだ」

「何?」

「正確にはBマイナスランクになったところまでしか確認していない。Bマイナスのままかもしれなし。Bランクにあがっているかもしれない」

 勇者候補のランクは原則、公開されない。同じパーティーのメンバーであれば分かるが、そうでない勇者候補は知る術がない。ギルド職員は絶対に教えない。とはいえ、C+からB-、B+からA-という変化は注意深く見ていれば分かる。受ける依頼が張り出される掲示板が違うのだ。B-に上がっていなければ受けられないBランク依頼が張り出されている掲示板で、依頼を探していればランクがあがったということだ。

「それは間違いだ。この短い期間に二ランクもあげられるはずがない」

「ではCランクでもBランク依頼を受けられる方法があると?」

「……上位ランク者と組んだのだろ? Bランク以上の、いや、Bマイナスランクのパーティーに加われば可能なはずだ」

 平均がBランクだとランクが離れすぎている。Cランク依頼しか引き受けられない。そうなるとギリギリのB-ランク。セーヴィントはこう考えたのだが、これも間違いだ。

「BマイナスランクのパーティーにCランクが一人加われば、Bマイナスランクを下回る」

「それは……彼を加えてBマイナスランクということだ」

「なるほど。Bプラスランクを引き受けられるのに、彼を加えてBランクまでしか引き受けられないようにしたのですか……人が好いパーティーだ」

 そんな勇者候補がいるとは思えない。Aランクに近づいたパーティーが、どうして自ら後退するような選択を行うのか。普通は行わない。そもそもセーヴィントの話は絶対に間違っていることをピジョンは知っている。

「私は分からない。そういう者もいるのだろう。それに何らかの事情で一人欠けて、補充を急いだ可能性もある」

「ああ、それかもしれません。彼のパーティーは彼ともう一人の二人だけなので」

「何だって……?」

 またピジョンの口から、あり得ない話が飛び出してくる。アークともう一人だけのパーティー。それでBランク依頼を引き受けられるはずがない。

「彼女がそうです。あの……奥のテーブルに座っている」

「……あれは……ああ、そうか。可愛そうに」

 焦りを顔に浮かべていたセーヴィントだが、アークの仲間とされる女性を見て、表情が変わった。焦りは消え、笑みまで浮かべている。

「可哀そう?」

「君は知らないのか? 彼女が死神と呼ばれていることを」

 セーヴィントは彼女を、ミラを知っている。それなりに長くこの勇者ギルドに所属しているセーヴィントだ。ギルド内の情報に通じている。ピジョンが知らなすぎるとも言えるが。

「……それは大層な通り名だ。まさかSランク勇者候補だとでも?」

「違う」

「フェザント? 貴方も知っているのか?」

 ピジョンの問いに答えたのはフェザント。セーヴィントとは違い、愁いを帯びた表情を見せている。彼にはアークの不運を喜ぶ理由がない。同情の気持ちが湧いている。

「あの娘が加わったパーティーが、彼女を残して全滅したことがある。Cランク依頼で、それも二度も」

「全滅……?」

 Cランク依頼でそこまでの被害が出ることは滅多にあるものではない。Cランク勇者候補を勇者ギルドは見習いと位置づけている。見習いに、皆殺しのリスクがある依頼などさせないはずなのだ。

「そうだ。依頼とは異なる強力な魔獣が現れた結果だと聞いている。ただ、彼女は生き残った。彼女だけが生き残った。それが二度も続いたとなれば……」

「…………」

 死神と呼ばれもする。ピジョンもそう思う。勇者ギルドは、いつ命を失うことになるか分からない職場。強ければ生き延びられるものでもない。将来を嘱望された勇者候補が、呆気なく命を落とすことなど珍しくない。
 生き延びて高ランクになるには運も味方してくれなければならない。そうであるのにミラは不運そのもの。誰も組みたいと思うはずがない。そんな相手とアークはパーティーを組んだ。誰も組んでくれないのはアークも同じ。だからといって、そんな相手を選ぶことはない。何も知らなければこう思うのが普通だ。何も知らない彼らは、こう思った。

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