体内にある魔力を感じ取れるようになること。これが当面のアークの目標になった。ただ何をどうすれば良いのか分からない。少なくとも勇者ギルドの資料庫ではそれについて記された書物は見つからなかった。
そもそも魔力の有無は特別鍛錬などをしなくても分かるものなのだ。強い魔力を宿して生まれた子供が五歳くらいになると属性が定まるのだが、その過程については解明されていない。血筋によって同じ属性になることが一般的。魔力を持つ祖先がおらず、突然変異のように生まれた子の場合は、育つ環境で定まることが多い。海や湖など身近に水を感じて育った子供は水属性。森の中で育った子供は土や風属性といった具合だ。
魔力を感じられるようになるのは、その属性が定まるのと同時期。肌に触れる風と同じように体内に吹く風に気付く。こんな感じだ。
「つまり、風属性は風、水属性は水、土を感じるって良く分からないけど属性をそのまま感じ取るってことだ」
「そうだね?」
色々と調べた結果、魔力の感じ方は属性そのものを感じるのと同じだと分かった。五感で感じ取る風水火土を、何らかの感覚で体内で感じる取るのだ。
「無属性の無ってなんだ? 無を感じるって、どういう感覚だ? 悟りでも開くのか?」
「悟りって……そんなわけないでしょ?」
「だって無だ。無。無といえば……無の境地。ほら、悟りだ」
無をどう感じ取るのか。無は無。無であることを感じ取る、なんて言葉にしても具体的なイメージがまったく湧いてこない。それで成功するとはアークには思えない。
「う~ん。あっ、じゃあ、悟ってみれば?」
「はっ?」
「アークは剣術が得意なのだから、それを極めれば良い。きっと無の境地に到達出来る」
悟りの境地だというのであれば。そこに至れば良い。得意の剣術を利用して、まずばそこにたどり着く。その結果は魔力を感じ取ることの役に立つはずだとミラは考えた。
「なるほど……お前、剣術舐めているだろ?」
「えっ?」
「剣を極めるって、それが出来るのはいつだよ? 普通は一生かかっても無理だろ?」
剣を極めるなんてことが一朝一夕で出来るはずがない。一年、二年でも無理だ。一生涯を費やして、それでもたどり着けるか分からない高見。魔力を感じ取る手段として試みることではない。
「それもそうか……じゃあ……もしかすると……」
「もしかすると?」
「無属性という言葉に惑わされているのかもしれないよ? 属性がないというだけで魔力はあるのだから無じゃない」
「……だから、それをどう感じ取るかで悩んでいる」
風属性は体内に風を感じる。ここから無属性の無はどう感じ取れば良いのかという話になったのだ。属性を感じ取る方法を否定すると、また最初に戻ることになる。魔力はどうすれば感じ取れるかという最初の問題だ。
「……太陽の光はどう感じる?」
「えっ? 太陽の光……眩しい」
「それもひとつ。でも、そこの地面を照らしているのも太陽の光。私たちはそれが分かっているけど、どれが太陽の光だと指させる?」
地面には太陽の光が届いている。それは間違いない。でも、これが太陽の光だと言えるものは見えていない。見えないのにあると認識出来ている。無属性の魔力を感じ取るヒントになるのではないかとミラは考えた。
「指でさせないけど……でも、太陽の光があると分かるのは影があるからだろ?」
「えっ?」
思いがけないアークの問い。ミラは咄嗟に答えが思いつかなかった。
「影があるから光があるのが分かる」
「でも、真っ暗闇には光はないよ。影があるからって……私たち、何の話をしているの?」
話が逸れている。この話を追及していっても、アークが魔力を感じ取れるようになる方法にたどり着けるとは思えない。ミラはそう思った。
「自分が始めたのだろ? まったく……話が……ん。いや……でも……」
「どうした?」
「いや……絶対にあるのだとすれば、あることを示す何かがあるはずだと思って」
「それはそうだから」
その「示す何か」が何なのかを今話しているのだ。当たり前のことを意味ありげに話し始めたアークに、ミラは呆れ顔だ。これまで何度もアークを呆れさせているのを棚に置いて。
「そうなのだけど……たとえば目をつむって、影の中から手を伸ばす。温かさを感じて、陽が当たっていると分かる」
「そうだけど、それが何?」
「何と聞かれても……ただ、そういうことだと分かっただけだ」
だから何、と聞かれても答えはない。それに何の意味があるのかとなれば、そういうことだと分かったというだけ。自分は魔力を宿している。その魔力の存在を示す何がある。絶対に。アークがそう認識しただけだ。
「……そういえば温かいって」
「何の話?」
「私の魔法を温かいとアークは言ってくれた」
禁呪とされ恐怖を感じる魔法。狂戦士(パーサーカー)をアークは「温かい魔法」だと表現した。それがミラはたまらなく嬉しかった。世間に言われるような魔法ではないことを、そう言われても仕方がない面はあるが、分かってくれる人がいた。そう思った。
「ああ、そういえば……そうだったな」
確かに温かさを感じた。あれは何が温かったのか。どこが温かったのか。手を胸に、腹に、当ててみる。あの時の感覚を思い出してみる。誰かに応援されている気持ち。魔力ではなく、心が温まったのだとアークは思った。心というのはどこにあるのだろう。魔力とは関係のない疑問が頭に浮かんだ。
「アーク……魔力が……」
「えっ?」
「……私の魔法を温かく感じたのは、君の魔力が温かいからかもしれないね?」
アークの魔力が強く感じられる。温かい魔力だ。まるで太陽の光のように輝いていて、温かい。そういう魔力だ。
「魔力が温かい……」
ミラには自分の魔力がそう感じられる。不思議だとアークは思った。本人が感じ取れない魔力をミラは感じ取った。魔力測定器が感知しなかった魔力を、あると言いきった。どうしてだろうと思う。
彼女は自分に可能性を与えてくれる。諦めていた目的を思い出させてくれる。たどり着けるはずのない場所に向かって、足を踏み出す勇気をくれる。
(ああ、ブイレブハート……そういうことか)
パーティー名になったブレイブハート。勇気、勇敢な心という意味だとミラは教えてくれた。きっと彼女の魔法は勇気を与えてくれるもの、勇敢な心を持たせてくれるもの。本当は、そういう魔法なのかもしれないとアークは思った。
◆◆◆
アークとミラの二人は高報酬の依頼を選ぶことなく、確実に達成できる依頼、それがなければ常時依頼ばかりを引き受けている。アークの意向だ。早く高ランク勇者候補になりたいという気持ちがあるアークだが、焦って無理をすることはしない。魔法を使えない自分は弱者。こう考えている彼は一歩一歩確実に前に進もうと考えている。無理をして死んでしまったらそれで終わり。姉を救おうとする人は誰もいなくなるという思いがあるからだ。実家のウィザム将爵家で将としての教育を受けたことも少し影響しているかもしれない。勝敗は戦う前の準備で八割がた決まる。勝つ為の準備を怠ることを戒める心得を叩き込まれているのだ。
依頼を達成し勇者ギルドに戻った後は鍛錬と調べもの。個人の技量を高めるだけでなく、二人の連携を良くすることも試みている。
「……無理言わないでよ?」
「どうして? 戦術を固めることは戦いにおいて大切なことだ」
「それで決められた順番、タイミングで支援魔法をかけろって……ちょっとでも狂ったらどうするのよ?」
アークがミラに要求したのは支援魔法を戦い方に合わせて、次々と切り替えるというもの。理屈はミラも分かる。だが戦いには段取りがあるわけではない。敵の動きが想定と違って、支援魔法のタイミングがズレてしまえば、アークを危険に晒すことになる。
「そこは連携を鍛えて」
「無理。支援魔法を唱えてから実際に効果を与えるまでには時間差があるもの。順番が狂った時、すぐに正すことは出来ない」
速度が必要な状況で力を強めてしまった。それを正そうと速度向上の支援魔法を唱えても実際に効果を与えるまでに時間がかかる。その間、アークは望まない支援魔法の状態で戦うことになるのだ。
「……難しいか」
「まずは自分の魔力を制御できるようになる努力をしないと。それが上手くいかないからって私に押し付けるのは違うと思う」
複数の支援魔法を同時にかける。これはまだ実現出来ていない。アークが魔力が一色に染まらないように制御出来ないからだ。だがそれが出来るようになれば、アークの要求は必要なくなる。同時に速さも攻撃力も防御力も向上させることが出来るのだ。
「勘違いするな。俺は俺で努力する。俺が言っているのは、その先の話。より強い敵と戦う時の為だ」
「より強い敵? 何が違うの?」
敵が強くなっても同じことだ。複数の支援魔法を同時にかけることで、アークの総合的な戦闘力をあげる。これに変わりはない。必要なのは支援魔法ではなく、アークが地の戦闘力を高めることだとミラは考えている。
「全力でないと倒せない敵もいる。たとえば、これ。防御力が並外れている。これを倒すには攻撃に力を全振りする必要があると思う」
戦術の検討だけでなく、敵を知ることもアークたちは怠っていない。勇者ギルドの資料で魔獣や妖魔の特徴を調べ、最適な戦い方を考えようとしているのだ。アークのミラへの要求はその中で生まれたものだ。
「……たとえば、火属性に全魔力を染めるということ?」
「そう。俺たちの理屈では。一度そうしてしまうと支援魔法の効果はひとつになるはずだ。そこで支援魔法をかけ直す必要が出る」
「それは分かる、分かるけど……どういうこと?」
支援魔法をかけなおす必要があるのであれば、そうすれば良い。それとアークの要求、支援魔法を決められたタイミングで、次々と切り替えたいというのが、どう結びつくのかが分からない。
「どうして分からない? 普通にかけ直していたら、時間がかかるだろ?」
「……もしかして倒す間を空けたくないってこと?」
「そう。すぐに次の敵に全力で向かいたいだろ?」
依頼において多くの場合、敵は複数。一体を倒して、それで終わりではない。アークは全ての敵を倒すまで、常にベストな状態で戦いたいと言っているのだ。
「求めるものが高度過ぎる」
「すぐに出来るとは思っていない。より強い敵と戦う状況になる時に備えて、今から準備しておくだけだ」
今は必要ない。そこまで切迫した戦いになる討伐依頼は受けていない。この先、もう少し高ランク依頼を受けることになるとしても、B-ランク勇者候補であるアークたちが受けられる依頼となれば、秒を削る必要があるほどの戦いにはならない。
こう思う時点で、ミラの支援魔法を得たアークは同じランクの勇者候補よりも頭一つ抜けているということだ。
「……もしかして、私の為? ずっと二人で戦うつもりなのね?」
ここでミラは気が付いた。どうしてアークは、このような高度な、実現できるか分からない難しい戦い方を身につけようと考えたのか。自分の為だ。自分の魔法が知られるような事態にならない為に、メンバーを増やすことを諦めているのだと。
「……変に連携を考える必要がないから。前のパーティーでは色々と気を使って動いていたからな。しかも誰もそれを評価してくれなかった。ああいうのは、もう御免だ」
まったくの嘘ではない。カテリナのパーティーに所属していた時、アークはお荷物扱いだった。前線に出ることはまずなく、後衛の護衛役だった。その役割でもアークはアークなりに考えて動き、迂回してくる敵に対処したり、前衛の隙を塞ぐ動きをしていた。それに気付いていたのは一人くらいだ。カテリナはまったく気付くことなく、何の評価もしてくれなかった。
「やるだけやってみるか。私の魔法も工夫してみる。天才な私だから、きっと凄いことを思いつけるから」
「天才……まあ、そうか」
ミラには特別な才能がある。これは間違いない。支援魔法しか使えないといっても、滅多にいない複数属性魔法の使い手。実際には他の魔法を使える可能性もアークは考えている。誰も気が付かなかった自分の魔力にも気付いてくれた。これも普通ではない。
「受け入れるな。照れるでしょ?」
「自分で言っておいて、照れるってどうなんだ?」
「うるさいな……君はどこまで上り詰めるつもりなの?」
出来る出来ないは別にして、アークが考えていることは分かる。本当に実現出来たら、それは凄いことだろう。常に必要な力を最大限にして戦うことが出来るのだ。それが必要となる敵はどれほど強いのか。そんな強敵に勝とうというアークが見ているのはどれほどの高見なのか。
「……大切な人を守れる強さを手に入れるまで。普通のことだ」
「普通ね……」
普通ではない。大切な人を守りたいという気持ちは誰にもある。だが、実際に守れる強さを持つ人は、どれくらいいるのか。決して多くはないとミラは思っている。常人よりも遥かに強い力を持っているはずの祖母でも守れなかったのだ。そういう時代、世界なのだ。