月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

継ぐ者たちの戦記 第4話 新パーティー結成!

異世界ファンタジー 継ぐ者たちの戦記

 建物の外に出た途端、血の匂いが鼻につく。視線の先には地面に仰向けに倒れているアークの姿がある。その周りには無数のマーダーウルフの死骸が転がっていた。周囲に動く存在はいない。逃げ出したのか、それとも全て彼が倒したのか。建物の中にいたミラには分からない。
 ゆっくりと、その場で跪いてしまいそうになるのを堪えて、倒れている彼の側に向かう。瞳から流れ落ちる涙が止まらない。後悔の想いが彼女の心を切り刻んでいる。

「……もう動けない。また来たら担いで逃げてくれ」

「えっ……生きているの?」

 生きているとは思っていなかった。また大切な人を殺してしまったと思っていた。

「お前……酷いこと言うな? 生きていたら悪いみたいだろ?」

「そんなことない……良かった」

 また涙が零れ落ちる。この涙は、これまでとは違って、温かかった。冷えた心を温めてくれた。

「……あっ、そうだ! あの魔法!?」

「……ご、ごめんなさい」

 アークは生きていた。だがやはりミラは大切な仲間を失うことになる。あの魔法を使われて、それを許せる人などいない。死ぬまで戦い続ける魔法。そう思われて恐れられている魔法なのだ。

「ごめんなさい? どうして謝る? お前の魔法のおかげで助かった。ありがとう」

「…………」

 アークの口から飛び出してきた、まさかの言葉。それにミラは大きく目を見開いて驚いている。やはり彼には、眼鏡が邪魔して見えていないが。

「……でも謝るってことは、やっぱり、そういうことか……あれだな。バーサーカー(狂戦士)ってもっと恐ろしい魔法だと思っていたけど、想像とは違っていたな。温かい魔法だった」

「……ありがとう」

 自分の魔法を「温かい魔法」なんて言ってくれる人が現れるなんて、ミラは夢にも思っていなかった。忌み嫌われる魔法。世間はそう見ているのだ。そしてそれを使う魔法士も忌み嫌われる。味方を殺す殺人鬼。こう見られる。

「だから御礼を言うのは俺。何だ、お前、おかしいぞ?」

「……おかしいのは君だよ」

 アークは普通ではない。死ぬまで戦い続けることになる魔法をかけられたのに生きている。そんな魔法をかけられたのに「ありがとう」を伝えてくる。こんな人が存在し、自分が出会えた奇跡。ミラはその奇跡に感謝した。

「でも、あれだ。色々と問題があるから、もう使わないほうが良いな」

 アークも分かっている。バーサーカーの使い手が世間からどう見られるかを知っている。バーサーカーは禁呪。禁呪を使う術者は悪なのだ。

「……分かっている」

 アークが知っていることをミラも知った。彼は彼女がどういう存在かを知ってしまった。その結果は。

「違うな。使う必要がないくらい俺が強くなれば良いのか。マーダーウルフの百や二百。軽く倒せるようになれば、お前はあの魔法を使わなくて済む」

「……君は、やっぱり、おかしい」

 ミラの予想とは違っていた。アークは彼女を毛嫌いしない。自分が強くなれば良い、なんてことを言ってくれる。温まった心が全身に広がっていくように感じた。頬のほてり。赤く染まっているだろう自分の顔をミラは恥ずかしく思う。そんな思いを言葉でごまかした。

「お前、失礼だな?」

「……ねえ、また組んでくれるの?」

「えっ? あっ、そうか。俺はそう言ったのか……お前が嫌でなければ。お前がいると俺は実力以上に戦える。大助かりだ」

「……分かった。じゃあ、これからもよろしく」

 この言葉を口にして良いのか。今回は助かった。でも次は同じ結果にならないかもしれない。アークを死なせてしまうかもしれない。でもミラはアークを求めた。また夢を見た。大切な仲間を作るという夢を、大切な仲間と思ってもらう夢を。

「ちょっと回復。さて……お前、解体出来るのか?」

「えっ? ああ、出来るよ。当たり前でしょ?」

「当たり前か……」

 カテリナにとっては当たり前ではなかった。いくら魔獣とはいえ、切り刻むのは可哀そうだと言うので、全て彼が行っていた。仲間が増えるまで全て彼が行っていたのだ。

「この数かぁ……日が暮れるね?」

「そうだな……戻ってから勇者ギルドに、いや、駄目か。頑張ってやろう」

 解体作業を勇者ギルドに依頼する方法もある。だが、その選択をアークは選ばなかった。当たり前だが作業費を取られる。さらにこの場を離れてしまうと、誰かに横取りされるかもしれない。マーダーウルフは珍しい魔獣ではないので、どの依頼で倒されたかなど分からないのだ。

「……何をしている?」

 いざ作業を始めようとしたアーク。一緒にやってくれるはずのミラはその場を動かないでいた。動かないで。手を合わせて何かを呟いていた。

「……謝罪と感謝を伝えていたの」

「……もしかして魔獣に?」

「そう。魔獣は人を襲いたくて襲っているわけじゃない。それなのに殺され、バラバラにされて道具にされてしまう。だから」

「なるほど……」

 ミラの話を聞いて、アークも魔獣の死骸に手を合わせた。こんなことを考えたことはなかった。魔獣は害をなす存在。こうとしか思っていなかった。だが彼女の言う通り、魔獣は生きる為に畑の作物を食べていただけ。それを邪魔されるので人に害をなすのだ。さらに道具として人の役にも立っている。

(……慣れたものだな?)

 すでにミラは魔獣の解体に取り掛かっていた。魔獣の血が顔にかかっても気にした様子はない。手際良く解体を進めている。残酷なのではない。きっと彼女は魔獣の死を無駄しないと思っているのだ。これまで考えもしなかったことを、アークはまた考えた。

 

 

◆◆◆

 勇者ギルドに戻った時には、すっかり夜も更けていた。これでもまだ早く戻れたほうだ。作業途中で、百頭分の魔獣の部位をどう運ぶのか、という点に気付かなければ、もっと遅くなり、日をまたいでいるところ。下手すると村で一晩過ごすことになるところだった。
 乗ってきた馬車の御者に頼み、運搬用の馬車を手配してもらった。往復には時間がかかったが、百頭を解体するには、もっと時間が必要だった。ギルド職員に先に積み込みを始めてもらって時間は丁度。その日のうちに町に戻れた。

「……えっ? こんなに?」

 窓口で依頼達成を報告し、報酬の計算。結果は予想を遥かに超えていた。

「二百頭。半分にしても百頭だからこれくらいでしょ?」

「いやいや、マーダーウルフは前にも討伐したことあるけど、その時はもっと安かった。ああ、単価のことね?」

 マーダーウルフ一頭当たり、どれくらいの報酬が出るのかアークは知っている。マーダーウルフ討伐は常時依頼でもある。戦う力がある勇者候補であれば、誰でも討伐経験がある。

「常時依頼だからじゃない?」

「それは計算している。でも……二十倍くらいだけど?」

「そんなはずない。勘違い……何か?」

 アークの勘違い。ミラはそう思っているが、窓口の職員がなんとも言えない表情をしていることに気がついた。自分のほうの勘違い。もしくは特別な事情があるのかもしれないと思った。

「これは……申し上げるべきか、あれなのですけど」

「出来れば教えてもらいたいのですけど?」

「……報酬の配分はパーティ主が決められます。つまり、これまで……かなり不公平な配分で……そんな可能性も……」

 可能性なんて言っているが、ギルド職員はアークの過去の報酬履歴を見ている。彼がギルド職員にとって、とんちんかんなことを真面目に言っているので疑問に思ったのだ。

「……そうですか」

「怒らないの? ズルされていたということでしょ?」

「おかしいとは思っていた。同じ数、依頼をこなしているのに彼女だけがランクがあがっていくから」

 それはカテリナのパーティだから。そういうルールがあるのだとアークは思っていた。そう思いたかったのだ。

「完全なズルね?」

「……なんか……怒る気力も……」

 あっさりと捨てられた。その理由はランクが低いから。だがランクが低いのはカテリナのせいだった。怒りを覚えるべきなのだが、やり方があまりに酷すぎて、落ち込みのほうが強い。好きな女性をそんな人と思いたくないという、今更な未練もある。

「事前にお話しするのは良くないのですけど、今回の件でランクアップすると思います。今見えている報酬はあくまでも採取した部位に対する報酬ですから」

 ギルド職員もすっかりアークに同情している。正式決定前に話してはいけないことを話してしまうくらいに。

「別に報酬があるということですか?」

「はい。お二人が受けた依頼はマーダーウルフの通常の群れの討伐。ですが実際には二百を超える群れだったわけです。依頼ランクが変わってきます」

 本来は二人が受けられないランクの依頼だった。だが手違いか、依頼者の不正か、突発的な事象か、とにかく常識外れの数のマーダーウルフ討伐となった。それを成功させてしまったのだ。正しい報酬、達成ポイントに見直されるはずだ。

「……やった」

 報酬よりも達成ポイントが貯まることがアークは嬉しい。窓口職員の言う通り、ランクアップなんてことになれば、目標に一歩近づいたことになる。一万歩、それ以上先のゴールへの、たった一歩だとしても。

「パーティー登録はどうされますか?」

「えっ?」

「お二人は今回の依頼だけの臨時パーティー登録になっています。正式パーティーに変更されますか?」

 二人は今回、臨時パーティーとして登録している。依頼を限定してパーティー登録を行う形だ。本来は指名依頼や特殊な依頼の時に横断的にパーティー編成を行う必要がある時の為の制度。当然、乱用することは出来ない。

「ああ、俺は良いけど?」

「……本当に良いの?」

 また一緒に依頼を受ける。そう話してはいる。だが時間が経ち、冷静になった今、本当にそれで良いのか。彼女のほうは不安を感じている。

「二人なら一人では出来ないことが出来る。今回の依頼のように。そう思うから」

「……私も……また一緒にやりたい」

 不安なのは彼に拒絶されること。パーティーを組むことに、まったくとは言えないが、不安はない。そういう相手だから、また一緒に戦いたいと思えるのだ。

「じゃあ、決まり。ということですので手続きをお願いします」

「承知しました。登録はどちらで?」

「彼で」

 誰のパーティーか。アークに決まっているとミラは思っている。

「えっ? 俺?」

「支援役が勇者っておかしくない?」

 アークが戦い、ミラはその彼を支援する役目。主役は彼だと彼女は思う。

「……別に有りだと思うけど……それに俺、勇者に興味ない」

「……じゃあ、なんで?」

 勇者に興味がないのに、どうして勇者ギルドに登録したのか。生活の為、お金持ちになる為。こんな理由の人もいる。だがアークはずっと騙されてきた。それに文句を言ってこなかった。欲があると思えない。

「色々あるから。じゃあ、お言葉に甘えて俺で登録させてもらうかな?」

 詳しい話はしたくない。行方不明になった姉。こう考えているのは彼くらい。家族は亡くなっていると言っている。ミラに話しても同じことを言われるとアークは思っていた。

「ではアークさんで登録します……カードをお借り出来ますか?」

「はい」

 彼のカードを受け取って、窓口職員は何やら操作している。

「お願いします」

 彼女もカードを渡す。そのカードに対しても職員は操作を行う。パーティ情報を書き込む前準備だ。

「パーティー名はどうされますか?」

「名前……何かある?」

 まったく考えていなかったアークはミラに意見を求めた。答えが返ってくるとは思っていない。一緒に考えようと思ったのだ。

「……ブレイブハート」

「どういう意味?」

 だがミラは答えを持っていた。ただ、アークには意味が分からない。日常で使う言葉ではなかった。

「……勇気、勇敢な心とか」

「あっ、じゃあ、それで」

「良いの?」

 あっさりとミラが提案したパーティー名を受け入れるアーク。彼のパーティーであるのに拘りはないようだ。勇者に興味がないというのは本当なのだと彼女は思った

「問題ない。同じ名を使っているパーティーがなければだけど」

 勇気という意味であれば、他のパーティーが使っている可能性を彼は考えた。勇者を目指す人たちが好みそうだと思ったのだ。

「同名での登録はありません。ブレイブハートに決定でよろしいですか?」

 実際には登録はなかった。窓口職員がすぐに調べてくれた。

「はい。お願いします」

「少しお待ちください…………はい。出来ました」

 カードを二人に返す窓口職員。確かめてみると所属パーティー名が出てきた。きちんと登録されていた。なんだか嬉しくなった。

「明日、お二人は依頼を受けられませんので、お気を付けください」

「どうしてですか?」

「見えない怪我がある可能性を否定出来ません。気付いていない消耗がある場合も。激しい戦闘の翌日は休暇と規則で決められているのです」

 これは勇者候補を守る為の規則。今はなんともなくても見えないダメージを受けている場合がある。それを知らずに戦闘を行って、問題ないはずの依頼で命を落とすことがある。過去に何度かそういうことがあって、定められた規則だ。

「じゃあ……明後日」

「分かった。明後日の朝……寝坊するなよ?」

「するか! 俺は毎日早起きだ!」

「……じゃあ、また」

「おう、また……」

 なんとなく去り難い。これで帰ってしまうのが寂しい。そんな風に感じてしまう。

「あの、出来ればもうお帰りに。私たちも帰りたいので」

「すみません」「ごめんなさい」

 もうすっかり夜も更けている。勇者ギルドの職員は二人のせいで残業中だった。

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