月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

継ぐ者たちの戦記 第2話 出会いは偶然から始まる

異世界ファンタジー 継ぐ者たちの戦記

 勇者ギルドに届いた依頼は、引受先が指定された指名依頼以外、ほぼ全てが掲示板に張り出される。勇者候補たちはそこから自分のランクに合った、引き受けたいと思う依頼を探し、その依頼書を持って窓口で手続きをすることで契約として成立することになる。
 良い依頼は当然、希望者が多くなる。掲示板の前で依頼書の奪い合いなんてことが起こらないように、最初に依頼書に触れた人に権利が与えられると規則で決められている。それを無視して後から奪った場合の厳しい罰則も。
 それでも競争は起きる。良い依頼を求めて、勇者ギルドが開く前から入口前で待っている勇者候補は大勢いる。特に競争が激しい低ランク勇者候補は朝から並ぶのが基本だ。
 アークもそうした。だが彼には不利な点がある。すでに駆け出し勇者候補と見られる立場ではない。低ランクではあるが依頼引き受け数はそれなりの数になっている。朝の行列は依頼引き受け数の少ない勇者候補が優先される。経験の浅い勇者候補がより多くの中から選べるように配慮されているのだ。
 もちろん、アークにも救済措置はある。依頼を引き受けられない期間が続くと、優先順位は上がる。だが今はまだその時ではない。彼が掲示板の前に来た時には、すでに引き受けたいと思う依頼はなくなっていた。

(……仕方がない。常時依頼にするか)

 常時依頼は勇者ギルドからの依頼だ。様々な物の原材料となる魔獣や妖魔を定められた数、倒すことで達成となる。ただし一般の依頼と比べて依頼料は低い。さらに倒す数も、乱獲を防ぐ目的で、その時の需給バランスによって変化する。一頭あたり幾らという依頼料なので頭数が少ないと得られる金額も少なくなってしまうのだ。
 それでも他になければ、それを選ぶしかない。常時依頼の内容を確認する為にアークは歩き始めた、のだが。

(えっ? 追加依頼?)

 ギルドの職員が掲示板に近づいてきている。手に持っているのは間違いなく依頼書。新しく届いた依頼、それも急ぎの依頼が届いたのだと彼は考えた。
 緊急の依頼というのは、あまり良いことではないのだが、実際にどうかは依頼書を見なければ分からない。とりあえず、それを確かめる為に足を前に進めた。

「きゃっ!」

 その瞬間、前にいた女の子が転んで声をあげた。綺麗な大の字でうつぶせに倒れている女の子。おっちょこちょいな子だと彼は思ったのだが、その女の子は転んだまま、振り返って彼を睨んでいる。長い前髪とそれで見えるのかと思うくらい分厚い眼鏡のせいで、実際に睨んでいるのかは分からないが、彼を見ているのは間違いない。

「……あっ、俺?」

 何故、自分のほうを見ているのかと疑問に思ったアークだが、自分の足元に視線を落とすことで、その理由が分かった。女の子がまとっている身の丈にまったく合っていない長いマント。その裾を彼が踏んでいたのだ。

「あっ、俺、じゃないから。謝りなさいよ」

 小柄な、分厚い眼鏡をかけた女の子。外見から勝手に大人しい性格だとアークは思っていたのだが、どうやら違うようだ。

「ごめん」

「謝るだけじゃなくて、足を外して。動けないでしょ?」

「……俺が悪いのか?」

 女の子のきつい態度に苛立ちを覚えたアーク。文句を言える立場ではない、と考えないのには訳がある。

「貴方が悪くなければ、誰が悪いのよ?」

「いやいや、こんな長いマントを着ているのも悪いだろ? これじゃあ、踏んづけて下さいと言っているのと同じだ」

 彼女が纏っているマントはかなり長い。「結婚式で新婦が着るドレスか?」と突っ込みたくなるくらいに床を引きずっている。アークは必要以上に彼女に近づいたわけではない。マントの裾が長すぎるのが悪いのだ。

「しょうがないじゃない。お下がりなのだから」

「お下がりだとしても、自分の体に合わせれば良いだろ?」

「無知ね。これは魔道具なの。魔道具は加工すると効果を失う場合があるの」

 彼女が纏っているマントは魔道具。何らかの魔法の効果を付与されているマントだ。魔道具は普通の服や物とは違う。彼女の言う通り、安易に加工するとその効果が現れなくなってしまう可能性があるのだ。

「それくらい知っている。魔道具師に頼めばやってくれることも」

 魔道具の加工は専門の技術を持つ魔道具師が行う。魔道具師であれば魔法効果を消さないように加工できるのだ。

「……頼めるなら頼んでいるわよ」

「はあ? だったら……あ、ああ。金か?」

「そうよ。このマントはお婆ちゃんが言うには、かなり良い物らしいの。加工賃もその分、高くなる」

 きわめて特殊な技量を持つ魔道具師の報酬はかなり高い。数が少ないことも報酬を高くしているのだ。さらに高度な魔道具の加工となると魔道具師の技量もより高いものが求められることになる。優れた魔道具師は報酬がさらに高くなる。

「俺じゃあ、一年間、真面目に働いても払えないくらい高いからな。そもそも魔道具が買えないけど」

「私も」

「おかしな仕組みだよな? 魔道具は戦う人を守るもの。未熟な低ランク勇者候補にこそ必要なものだ。でも低ランク勇者候補では、絶対に手に入れられない」

 攻撃から身を守るもの。身に着けた者の攻撃力を高めるもの。他にも様々な効果があるが、どれも危険な依頼をこなす勇者候補には必要なものだ。だが魔道具そのものが高価で、それを得るにはかなりの金額を稼がなければならない。Cランクでは絶対に無理。Bランクでも高価な魔道具は買えない。

「……そんなにおかしい?」

 低ランク勇者候補が高位の魔道具を持つ。それは分不相応というものではないかと彼女は思った。

「おかしいだろ? 勇者ギルドは勇者を育てる組織だ。でも最初から完成された勇者なんていないだろ?」

「……多分ね」

 勇者なんてものは生まれた時から最強なのかもしれない。その可能性も彼女は考えている。

「勇者になれる才能を持っているのに、経験不足のせいで大怪我を負ったり、死んだりして勇者になれなかった人がいるかもしれない。この先もいるかもしれない」

「それはあるか……」

「才能を守ることも勇者ギルドの役割だと俺は思う」

 才能ある勇者候補を守る為に、高価な魔道具をただで貸すくらいはするべき。アークはこう考えているのだ。

「……でも、その才能は誰が評価するの? 誰もが納得する評価でないと不公平になるわ」

「…………確かに」

 誰が誰に魔道具を渡すべきと判断するのか。誰が将来、勇者になれる素質を持っているのか。それが最初から分かるのであれば、勇者ギルドは無用なものになる。勇者育成という点では、だが。

「でも……面白いこと考えるね?」

「そうか? 無駄話だろ? さてと……」

「えっ? ああっ!?」

 頭の上を通り過ぎたアークの手が掴んだもの。それを見て、彼女は大声をあげた。

「今度は何?」

「それ……」

「ああ、依頼? いやいや、依頼は早い者勝ちだから」

 アークが手に持っているのは掲示板に張られていた依頼書。今さっきギルド職員が張り出したばかりの依頼書だ。元々彼はこの依頼書を目当てに掲示板に近づき、それで彼女のマントを踏んでしまったのだ。

「そうだけど……」

 表情は分からないが、がっくりと肩を落としている様子で彼女がかなり落ち込んでいるのは分かる。

「……そんなに落ち込まれても……俺だって依頼がないと困る。それにこれ、ソロの俺でも出来そうな依頼だ」

「……私もソロ」

「えっ? あれ? 魔法士系じゃないの?」

 魔道具のマントを纏っている彼女。それも裾の異常に長い動きづらそうなマントだ。接近戦が出来る戦士職ではないと彼は考えていた。そうである以上、他にパーティメンバーがいるはずだと。

「魔法士系だけど」

「……これ魔獣討伐任務だけど……あっ、あれか? 実はとんでもない攻撃魔法が使えるのか? 一撃で群れを吹っ飛ばす、みたいな?」

「……得意なのは支援系」

 支援系魔法は仲間の能力を高める魔法。敵を攻撃する魔法ではない。

「……馬鹿なの? それでどうやって魔獣を倒すの?」

「接近戦も出来るもの」

「それでもこれは無理。マーダーウルフの討伐だから。マーダーウルフは知っているよね?」

 マーダーウルフは群れで行動する魔獣。少なくても四、五頭はいる。彼女が同時に五頭の魔獣と戦えるとは彼には思えなかった。

「……知ってる」

「じゃあ、今回は諦め。また別の依頼を探せ」

 いつまでも彼女と話している時間はない。すでに出遅れている。日が暮れる前に依頼を終わらせようと思えば、急いで現地に向かわなければならない時間だ。
 手続きを済ませる為に窓口に向かって歩き出すアーク。

「あっ……」

「……何?」

 そのアークの足を彼女のか細い声が止めた。

「……別に」

「別にって……じゃあ、あれだ。一緒に行くか?」

 か細い声をあげて引き留めたくせに、強がってみせる。その態度にアークのほうが折れた。

「……良いの?」

 アークの誘いに驚きで目を見開いている彼女。前髪と眼鏡に隠れて。その表情は彼には見えていないが。

「いやいや、どう考えてもそっちが求めているだろ? 貧乏の辛さは俺も知っている。今回は半分、譲ってやる」

「そうじゃなくて…………えっと、ありがとう」

「俺はアーク。お前は?」

「ミラ」

「じゃあ、急ごう」

 また、今度は足を止めることなく、窓口に向かうアーク。少しその背中を見つめていた彼女だが、すぐに小走りでその後を追った。
 運命の出会い。そうであることをまだ誰も知らない。当事者である二人も。

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