月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落とし子 第131話 物語は進む

異世界ファンタジー 災厄の神の落とし子

 帝都では様々な問題が起きている。帝国全土となるとさらに問題は山積みだ。それでもワイズマン帝国騎士団長は、こうして帝国騎士養成学校の行事に参加している。騎士養成学校運営の責任者なのだから当然なのだが、心の中のモヤモヤが消えない。こんなことをしている場合なのか、という思いが湧いてきてしまうのだ。
 騎士養成学校は帝国騎士団強化の為にある。ただこれは今の時代は建前で、卒業生の多くは帝国騎士団ではなく。私設騎士団を選ぶ。そのほうが稼げるからという理由だ。騎士養成学校運営の責任者という仕事は、やりがいを感じられない仕事。一度、大きな期待を抱いてしまったから尚更、それを感じてしまう。

「あれは大丈夫なのか?」

 来賓の護衛任務についている騎士が何かに気が付いた。

「私設騎士団が多くいる席だ。何か揉め事だろうか?」

 私設騎士団が集まる観客席。その一部で競技会場に背を向けて、集まっている集団がいる。十や二十ではない。いくつかの私設騎士団が集まっているように思える。

「どうした? 何かあったのか?」

 騎士たちの会話を聞いて、ヴォイドが何があったのか、詳細を尋ねた。ワイズマンの代わりに声をかけたのだ。

「はい。先ほど、二十名ほどの集団が会場に入ってきたのですが、その集団を別の集団が囲んでいるように見えます」

「元々敵対している騎士団なのか……誰か確かめに行ってこい」

「はっ!」

 ヴォイドの指示を受けて、一人の騎士が駆けだしていく。皇帝もいる場で私設騎士団同士の揉め事などあってはならない。実際に揉めているのであれば、すぐに制止しなければならない。面倒なトラブルの発生にヴォイドは苦い顔だ。
 さらに背後から何人かの声が聞こえてくる。皇帝や皇子、帝国の重臣たちがいる場所。何が起きたのか慌てて振り返ったヴォイドとワイズマン。

「……かなり慎重なのですね?」

 騒がしいのは近衛騎士団。競技が見えなくなることを気にすることなく、皇帝家の席の前に並んでいる。守りを固めた形だ。かなり離れた場所のトラブルに対して、大げさな反応。ヴォイドはこう思った。

「そうだな……それに揉め事は落ち着いたようだ」

 集まっていた者たちはすでに解散している。立ち上がっている集団は見えなくなっていた。帝国騎士団の騎士が介入する前に揉め事は落ち着いた。ワイズマンはこう考えた。そうなると、近衛騎士たちの反応は少し滑稽に思えてしまう。

「戻ってきました」

 様子を見に向かっていた騎士が戻ってきていることにヴォイドは気が付いた。観客席を、全力と思える勢いで走っている騎士は目立つのだ。途中で走る勢いを緩めることなく戻ってきた騎士。

「……ほ、報告、いたします」

 すぐにワイズマンの前に跪き、報告を始めた。

「……何かあったのか?」

 揉め事は大きくなることなく終わった。騎士が報告することはほぼないはずだ。そうであるのに騎士は息を切らしたまま、急いで報告しようとしている。そのことをワイズマンは疑問に思った。

「ス、スコールが……おりました」

「何だと?」

 騎士は退団したスコールがいることに気が付いて、それを急いで報告しようと全力で走ってきたのだ。きちんと届けが提出された退団。そうであるがワイズマンやヴォイドがスコールの退団をかなり気にしていたことを、この騎士は知っていたのだ。

「他にも見覚えのある者が何人かおります」

 フェンのこともこの騎士は知っている。ハティ、ワーグ、ファリニシュも、この三人については剣術対抗戦で見たくらいなので、言葉通り、見た覚えがある程度だが、知っていた。

「拘束しろ!」

「ヴォイド!」

「……拘束という言葉は適切ではありませんでした。彼らには聞きたいことがある。ここに来るように伝えろ。少々、強引にでも」

「はっ!」

 また騎士は、今度は側にいた他の騎士たちも連れて、駆け去っていった。ヴォイドは拘束を命じた。その命令はワイズマンに否定されたが、彼らの下に連れてくるという命令は有効。強引にでもという言葉も。それで三人、では抵抗された場合に少ないが会場警備を行っている騎士、従士はあちこちにいる。彼らの協力も得て、命令を遂行するつもりなのだ。

「……何をしに来たのでしょうか? それにあの人数は……」

 フェンたちであろう集団。八人は軽く超えている。人数が増えていることにヴォイドは驚いている。

「他にもいたということだ」

 ワイズマンにとっては、人数が増えていることは驚くことではない。災厄の神の落とし子たちと呼ばれた、メルガ伯爵襲撃に関わった者たちが五、六人であるはずがない。もしそうであれば、そのほうが驚きだ。

「そうだとしても、この短期間に……以前から繋がりを持っていたということですか?」

 私設騎士団の情報網の存在をヴォイドは知らない。ワイズマンも同様だ。

「分からん」

「……何をしている? 早く止めろ」

 先のほうではフェンたちが席を立って、出口に向かおうとしている。それを制止する帝国騎士団の騎士の姿は見えない。このままでは逃げられてしまう。それを思ったヴォイドは、誰に伝えるわけでもない呟きを漏らしてしまう。

「あれは……どこの騎士団だ?」

 さらに席を立って出口に向かう、フェンたちの後を追う騎士団がいた。イアールンヴィズ騎士団だが、離れた場所で見ているワイズマンには分からない。近くにいても面識のある者はいないので、すぐには分からないだろう。

「……あれも……仲間ということでしょうか?」

 後から立ち上がった騎士団も会場を出ていく。二つの集団を合わせると五十名を超える。それが全て災厄の神の落とし子たちなのか。さすがにそれはないとヴォイドは思っているが、そうだとしても五十という数は、それだけで、そこらの私設騎士団では対抗出来ない戦力と言える。

「……ローレルはいるのか?」

「警備任務は与えられていないと思いますが……ああ、妹が騎士候補生ですので観戦しているかもしれません」

「探させて……いや、恐らくあれがそうだ。呼んできてくれ」

 前のほうにいる、立ち上がって先のほうに視線を向けている男。ローレルだとワイズマンは判断した。隣に座っている女性は恐らくトゥインクル。彼女らしき女性がいることも立っている男がローレルだと判断した理由だ。
 側近の騎士がその男のほうに向かっていく。声をかけられて振り返った顔は、確かにローレルだった。貴賓席の近くになどローレルはいたくなかったが、トゥインクルも一緒なので、その場所で観戦していたのだ。

「……お呼びですか?」

「リルがいたな?」

「……フェンです。恐らくもうその名は使っていないはずです」

 リルは偽名。仲間たちのところに戻ったフェンは、もう偽名を必要としていないはずだ。ローレルはこう思っている。

「そうか……かなりの数の仲間だったな」

「半分以上はイアールンヴィズ騎士団だと思います。遠かったので、確証はありませんが」

「…………」

「ああ……帝都のイアールンヴィズ騎士団……この説明はおかしいですか……」

、ワイズマンの無言の驚きは、イアールンヴィズ騎士団の意味を誤解しているから。そう考えてローレルは訂正した。ただ訂正するのもおかしい。フェンたちは災厄の神の落とし子たちと呼ばれたイアールンヴィズ騎士団。これを認めることになってしまう。

「彼は何をしに来たのだろう?」

「プリムの応援です。途中で帰ることになってしまったみたいですが」

「それだけだと思うか?」

 それだけの為に行方をくらませていたフェンが、多くの仲間を連れて現れるか。それはないとワイズマンは考えている。他に目的があるはずだと。

「見ごたえあると思いますけど? もしかして団長は御覧になっていなかったのですか?」

「……私は何を見ていなかった?」

「今年も番狂わせが起こりました。二年生が三年生を破って決勝進出です」

「……それはいかんな。大切な試合を見逃すとは……その番狂わせを起こしたクラスは?」

 フェンに気を取られて騎士養成学校の責任者という立場を忘れていた。それを大いに反省したワイズマン。体育祭に意識を戻すとローレルの言う番狂わせを起こしたクラスが気になる。

「二年アルファ組。プリムのいるクラスです」

「それは……」

 プリムローズがいるクラス。ローレルのこの言葉の意味をワイズマンは考えた。たんにクラスの一員だという意味。そうであろうとは思う。だが、本当にそうなのか。

「……プリムには優秀な師がいますので。教えは無駄にならなかったようです」

 ローレルは答えを隠さなかった。初めから隠すつもりはない。その必要も感じていない。

「彼女にはクラスをまとめる力がある?」

 騎士養成学校における課題は、貴族と平民の確執。同じクラスに混在させることで身分の隔たりを無くそうというのが騎士養成学校の考えなのだが、それは上手くいっていない。それを克服したローレルたちのクラスが活躍を見せたのだ。
 ではプリムローズのクラスはどうなのか。まとまっているのだとすれば、それは誰がまとめたのか

「プリムは世界一可愛いですから。逆らえる同級生なんていません」

「いや、そういう……それも才能か」

「……プリムはさらに成長すると思います。自分の居場所を作るには、もっと成長しなければならないことが分かったはずですから」

「……そうか」

 フェンの騎士団は五十名を超える。グラトニー団長のイアールンヴィズ騎士団が合流するつもりであることをローレルは分かっている。ずっと前から彼らがフェンを団長にしたいと考えていたことを知っているのだ。
 五十名を超える団員。ハティ以外にも強者がいるはずで、フェンの隣で戦うにはその強者たちと競わなければならない。それをプリムローズは知ったとローレルは考えているのだ。

 

 

◆◆◆

 ――シュバルツフルメ騎士団。フェンたちはこの騎士団名を名乗っていることが知れた。だがそれだけだ。帝国騎士養成学校の体育祭に姿を見せてから、もう一年半の時が経っている。それで帝国騎士団公安部が掴んだフェンたちの騎士団に関する情報はこれだけ。どれだけの人数になっているのか。拠点はどこに置いているのか。はっきりしたことは分かっていない。
 いくつかの私設騎士団襲撃、貴族の殺害に関わっているだろうことは分かっている。だが決定的な証拠はない。事件を起こす目的も分からない。新たな事件を止めることも出来ていない。
 年月の経過は帝国騎士団を取り巻く環境も変えている。内乱の始まりは、もう目の前。いつ反帝国勢力が本格的な軍事行動を開始してもおかしくない。帝国騎士団本隊はすでに戦時体制に移行している。ワイズマン帝国騎士団長もフェンに拘っていられる状況ではないのだ。
 これは公安部にも影響を与えている。公安部の活動地域は拡大した。反帝国勢力の。旗幟が鮮明ではない帝国貴族の動向探ることに要員を投入。治安維持に関わる人員は削減された。犯罪の証拠もないフェンたちを追う為に動かす人員の余裕などないのだ。
 唯一、その為に動いているのは公安部特務強行班。ローレルとトゥインクルだ。そして今日、新たな人員が加わることになる。

「本日、公安部特務強行班に配属になりました。プリムローズです。よろしくお願いします」

 帝国騎士養成学校を卒業したプリムローズの配属の日だ。マグノリア公安部副部長に配属の挨拶をしたプリムローズ。マグノリアだけでなく、ローレルもトゥインクルもいる。プリムローズだから特別ということではなく、新人を迎える初日なので全員そろっているのだ。

「待っていたわ。人手不足だから忙しいわよ。覚悟しておいてね」

「はい」

「分からないことは僕かトゥインクルに聞け。何でも教えてやる」

「ありがとう。ローレル兄上」

「職場ではローレル班長と呼べ。ただの班長でも良い」

 ローレルは公安部特務強行班の班長になった。ローレルかトゥインクルのどちらかがならなけれならなかった。面倒な仕事をトゥインクルが引き受けるはずがない。それがなくてもローレルが適任だ。押し付けたトゥインクルもそれが分かっている。

「偉そうに。ローレルで良いわよ。呼び捨てで」

「姉上……あっ、トゥインクル……様、さん?」

「……同僚だから。いえ、先輩だからトゥインクルさん、ね」

 さらに大きな変化がある。ローレルとトゥインクルは結婚した。イザール侯爵家に嫁いだのではない。今のローレルはメルガ準伯爵。メルガ家当主となっている。皇帝の意向だ。婚約者に過ぎなかったローレルがメルガ家当主になる。物議を醸すことになったが、覆ることはなかった。
 ヴァイオレットの母と弟は公式には当主殺しの犯人。実行犯の唯一の生き残りがそう証言したからだ。メルガ家を継ぐ資格のある者はいなくなった。メルガ伯爵家、今は準伯爵だが、の名跡を絶やすのは惜しい。だから婚約者であるローレルに継がせるという皇帝の主張は多くが納得出来るものなのだ。物議を醸したのは皇帝とルイミラ妃によるローレルの優遇という点だ。
 ただそれが実現するとトゥインクルのネッカル侯爵家もローレルに嫁ぐことを喜ぶことになった。ローレルと皇帝、ルイミラ妃との関係性を利用する為の政略結婚としてだ。言うことを聞かない娘が、家の役に立ってくれる。二人の結婚は一気に進むことになったのだ。

「……僕も先輩、いや、上司だ」

「呼び方なんてなんでも良いでしょ?」

「いや、でも、家族感が……」

 夫婦と妹。公安部特務強行班は家族だけで構成されている。これで良いのかという思いが、こういう部分では真面目なローレルにはある。

「構わないわよ。貴方たちは特別。特別な人物を相手にするのだから、それで良いの」

 フェンを、シュバルツフルメ騎士団を捕らえる。罪人としてか、別の形でかは決まっていない。とにかく居場所を補足して、何をしているかを突き止める。それが今の特務強行班のメインの仕事なのだ。それが出来るのは、この三人。他の者が加わっても、恐らくは、容赦なく殺されるだけ。もしくは一切の接触を許されないことになるとマグノリアは考えている。

「……頑張ります」

 フェンが何をしているか突き止める。悪いことをしているのであれば止めて、正しい道に戻す。そうでなければ……。プリムローズはこう考えている。フェンが近づいて来ないのなら、自分のほうから押しかける。これは以前から変わっていないスタンスだ。公安部特務強行班として、彼女はそれを行うことに決めた。
 二人の物語がまた動き出す。そうなることを信じて。