
シュバルツフルメ騎士団の本拠地は帝都外壁内の山中にある。かつては山の実りを目当てに訪れる人がそれなりにいたのだが、今は足を踏み入れる人はいない。魔獣が異常繁殖したことで、帝都外壁内でも、もっとも危険な場所のひとつになってしまったのだ。私設騎士団、帝国騎士団が討伐に動いたが、結局、危険な状態は解消しなかった。討伐を試みるには、かなりの犠牲を覚悟しなければならない。そう評価されるだけの強力な魔獣が住み着いているからだ。そして、シュバルツフルメ騎士団がこの地を本拠地に選んだのも同じ理由だった。
「ここを登って行けば本拠地だよ。でも、迎えが来るのを待ったほうが良いね。危険な場所だから」
「危険? 何が危険なのだ?」
ここはフェンたちが本拠地にしている場所のはず。一人で歩けないような危険な場所だというミウの説明は驚きだった。
「魔獣が沢山住み着いている。あと、ところどころ地面に穴が開いている。深い洞窟に繋がる穴だっていうから落ちたら怪我するよ」
「どうして、そんな場所を本拠地に? 敵は近づけないかもしれないが、自分たちも暮らしづらいだろ?」
本拠地がどのような状態かまだ分からないが、シュバルツフルメ騎士団の団員の数は少ないはず。少数で敵の攻撃から守るという点では、この場所は良いかもしれない。本拠にたどり着く前に敵は数を減らすことになる。だが、そこらじゅうに魔獣がいるのでは自由に動けない。そんな場所で暮らすのは大変だと彼は思った。
「待っていれば分かるよ。ほら来た」
「来た……魔獣じゃないか!?」
姿を現したのは魔獣。到着してすぐに魔獣に襲われることになった。そう彼は思ったのだが。
「落ち着いて。危害を加えると思われないように気を付けて」
「気を付けてって……」
「フェン兄ちゃんも一緒だから」
「えっ……本当だ」
最初は魔獣しか見えなかったが、今はそのすぐ後ろを歩いているフェンの姿も見える。魔獣のすぐ後ろを普通に歩いているフェンの姿が。どういう状況なのか、い彼にはまったく分からない。
「ウェイじゃないか! 久しぶりだな」
「ああ、久しぶり……それで、その……魔獣は?」
魔獣が襲い掛かってくる気配はない。一安心というところだが、魔獣が大人しくしていることがウェイには信じられない。魔獣とは本能的に人を襲う生き物。彼の知識ではそうなのだ。
「オリオン」
「オリオン?」
「俺の友達。お互いに相手の命を救った仲だ」
魔獣はオリオン。オリオンはローレルが考えた名だ。魔獣の中でもかなり強いナイトメアであるオリオンと一緒だと、襲ってくる魔獣はまずいない。この場所では、オリオンは魔獣のピラミッドの頂点に立っているのだ。
「お前って奴は……」
昔から常識外れな存在だったが、魔獣を友達にしているなんてことは想像出来なかった。常識からあまりにかけ離れ過ぎていて、呆れるしかない。
「最初は慣れないだろうけど、害意は絶対に向けないように。俺が側にいればまだ止められるけど、いないと大変だ」
「害意……それはフェンに対する害意もか?」
もしそうであれば呆れを通り越して、笑うしかない。答えを聞く前からウェイは笑っているが。
「どうだろう? そうかな?」
少なくとも魔獣相手ではオリオンはフェンを守る為に動いた。守るという意思があるのだ。
「良い用心棒を味方につけたな」
「ああ、おかげでこの場所を本拠地に出来ている」
オリオンがいなければ、シュバルツフルメ騎士団の団員たちでも山中は安心して歩けない。敵が襲ってくれば、シュバルツフルメ騎士団の本拠地にたどり着く前に、まず魔獣と戦うことになる。オリオンも襲う側に回る。かなりの戦力を揃えなければ攻め込むことは出来ないのだ。
さらに地中の洞窟も、まだフェンたちも完全には洞窟内の把握しきれていないが、守る側に有利な場所。常に襲撃の危険に晒されているフェンたちが本拠地とするのに適した場所なのだ。
「……敵が多いと聞いた」
魔獣のオリオンがいなければ、とても本拠地には出来ない危険な場所。こういう場所を選ばなければならない理由があるということだ。それがどういう理由かは、ミウからヒントを聞いている。
「多い。どれだけの敵がいるか分からないくらいだ。まったく……親父たちは何をしでかしたのだろうな?」
「親父たちの仇と戦っているのか?」
「ん? ミウに聞いていないのか?」
フェンの視線がここまで案内してきたミウに向く。帝都からここまでは距離がある。状況を説明する時間はあり過ぎるほどあったはずなのだ。
「オリオンに仲間だと認められて、初めて合格だから」
「合格?」
「フェンに変な奴が近づかないように試験しているそうだ。勝手に」
「それで、ウェイも試されているのか? それは……まあ、ミウの気持ちは分かるけど……悪かった」
ミウが幼馴染の仲間まで警戒するのは自分の為。それが分かっているので、止めろとは言えない。疑われたウェイに謝るしかない。
「いや、キースおじさんの話は聞いたから」
「そうか……拠点に向かうか。ミウはどうする?」
キースの話はあまりしたくない。身を守るためとはいえ、キースを殺した。フェンはそれを悔やんでいるのだ。
「帝都に帰る。また誰か来るかもしれないし、長く離れていると面倒な奴が追いかけてくるかもしれないから」
今のところ、諜報組織の長は、フェンに直接接触してくることはしていない。フェンに疎ましく思われて、行方を眩まされても困るので、ミウを通すことにしているのだ。だが仲介役のミウが、必要な時にいないと分かれば、自ら動く可能性はある。少なくともミウはそう考えている。
「そうか。ウェイをここまで連れてきてくれて、ありがとうな。帰り道、気をつけて」
「うん。フェン兄ちゃんも元気で」
フェンに向かって手を振って。ミウは来た道を戻っていく。フェンは一人で帰すことを不安に思っているのだが、本人はまったく気にしていない。実際には一人ではないことを分かっている。長の部下が姿を隠して、付いて来ていることを知っているのだ。
「……じゃあ、行くか」
「ああ」
ミウの姿が見えなくなるまで見送ったところで、フェンは拠点に向かうことにした。山道をウェイ、とオリオンと共に歩く。ところどころ穴が空いているのは洞窟が崩れた場所。ウェイに気を付けるように伝えながら、先に進んでいく。
「ハティたち、帝都にいた奴らがいるのは分かっているけど、他には誰かいるのか?」
「ハティの弟分が一人。昔からの仲間だとパフィンとフェロン、ロビンがいる」
「先を越されたか……」
すでに三人の仲間が合流していた。帝都に来るのは自分だけではないことは分かっていたが、先を越されたのは少し悔しかった。
「どこにいたかだろ?」
「そうだけど、ロビンは俺と同じ西部にいたはずだ」
ロビンには帝都で行われた剣術競技会で会っている。自分と同じ、シムラクルム騎士団を応援する、支配下にいる私設騎士団が集まっている観客席にいた。そこにいたということは、大陸西部の私設騎士団に所属していたということだ。帝都までの距離は大きく変わらない。
「そういえばロビンが言っていた。帝都に来ていたのだったな?」
「ああ。お前らが目立ちまくっているのを見ていた。お尋ね者の自覚はないのか?」
「お尋ね者にはなっていない。それに……俺たちがやったと証言する人は亡くなった」
それで罪が消えるわけではない。証人がいなくなったことを喜ぶ気持ちは。微塵もない。
「……それは聞いた。あの時の女の子、殺されたのだってな?」
「これは話しているのか……彼女の仇と家族の仇が重なっていることは?」
「聞いている。殺されたあの子には悪いけど、おかげで俺たちはまた一緒にやれることになった。家族は関係なくても、彼女の仇討ちに協力させてもらうつもりだ」
フェンとヴァイオレットの関係まではウェイは知らない。そうであってもヴァイオレットの為に何かしてあげたいという思いはあった。こうしてまたフェンと、仲間たちと騎士団を再結成出来るのは、ヴァイオレットの死があってこそ。そうミウから教えられているのだ。
「そうか……あそこが拠点だ。まだ完成していないけどな」
「あれ……砦じゃないか」
木材を組んで造られた高い壁。その後ろには櫓も立てられている。周囲を見張る為の櫓であることは、鉄の森のそれを知っているウェイにはすぐに分かった。鉄の森のイアールンヴィズ騎士団の拠点を参考にして造られているのだ。
「だからまだ途中。正面から見るとそれなりに見えるけど、後ろはがら空きだ」
「そうなのか?」
真正面からではそうであることは分からない。分からないように造られているのだから当然ではあるが。
「ウェイにも拠点造りに加わってもらうからな。結構な重労働だ。覚悟しておけよ」
「それがなくても訓練で死ぬ思いをするのは分かっている。覚悟はとっくに出来ているよ」
これまで自分なりに厳しく自分を鍛え続けてきたつもりだ。かつてに比べて、強くなれたと思ってもいる。だが、フェンたちと共に戦うとなれば、それで十分ではない。さらに差をつけられているのではないかという不安もある。辛い訓練になることは、ここに来る前から分かっている。
「そうだな。では改めて、シュバルツフルメ騎士団にようこそ。また一緒にやれて嬉しいよ」
「俺もだ。フェン、お前と一緒に、お前の騎士団で戦えることが俺は本当に嬉しい。ずっと待っていた」
「……待たせて悪かった。ここから先は道に迷うことも、立ち止まることもない。前に進むだけだ」
フェンもまた覚悟を決めている。どこまで行けるかは分からない。敵は強大だ。道半ばで倒れるかもしれない。それでも進む。為すべきことを為す為に突き進むと決めたのだ。
「帝国最強を証明するまで」
「ああ、俺たちの騎士団は帝国最強。それを証明して見せる」
フォルナシス皇太子を討つということは帝国を敵に回すということ。最初はそうでなくても殺すことに成功すれば、やはり帝国を敵に回すことになる。帝国騎士団と戦うことになる。目的を果たす為には帝国騎士団よりも、ワイズマン帝国騎士団長よりも強くならなければならない。帝国最強の騎士団にならなければならないのだ。「帝国最強の騎士団であることを証明する」という言葉に嘘はない。
「熱く語ってねえで、早く作業を手伝え」
「ハティ!」
「ウェイ、久しぶりじゃねえか。帝国最強は良い。俺だってそのつもりだ。だが、その前に寝床の確保。心地よく眠れるベッドを作る。さっさと手伝え!」
拠点は本当に正面の防壁と櫓だけ。中の建物は雨露をしのぐのに必要な最低限の部分だけ。家とは言えない状態なjのだ。
「ベッドもないのか……」
「自分の分は自分で確保する。これがここのルールだ。ぐずぐずしていると、いつまでも丸太の上で寝ることになるぞ!」
「分かった。道具と部材はどこだ!?」
立ち上がったばかりの騎士団。造り始めたばかりの拠点。シュバルツフルメ騎士団はまだこれからだ。帝国最強の称号を手に入れる為に、ようやく動き出したばかりなのだ。