月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落とし子 第128話 集う者たち

異世界ファンタジー 災厄の神の落とし子

 フェンの行方は、それぞれ目的が違っているが、多くの人が探している。帝国内部でも目的は様々だ。悪意を持って追っているのはフォルナシス皇太子派だ。ただフェンが何者であるかを分かった上で、それを行っている者は少ない。フェンが公安部員として武器密輸を妨害したり、取り込んだ私設騎士団を壊滅させたり、最終的に五百人に及ぶ味方を死刑に追いやったことの報いを受けさせる為に行方を探しているのだと考えているのだ。
 帝国騎士団は、その中でも公安部は犯罪集団としてフェンたちを探している。罪を犯した決定的な証拠はない。だがここ最近、帝都で起きている事件のいくつかに関わっている可能性が高い。フェンたちを見つけ、事情を聞く。それが必要だと考えての捜索だ。ワイズマン帝国騎士団長を始めとした帝国騎士団上層部がそう思わせているのだ。ワイズマンとしては出来ることなら帝国騎士団に戻したい。それが無理でも協力関係を結びたい。どういう形であれば、帝国側に置いておくことが重要なのだ。
 そして、他とは違い個人の感情でフェンの行方を捜している人たちもいる。プリムローズやローレルもそうだが、帝国内部でのその人は皇帝とルイミラ妃だ。

「ここまで潜伏先を転々としてきたのは、誘いだったと分析しております」

「誘いというのは?」

「悪意を持つ者たちを誘い込み、返り討ちにする為。まんまと罠にはまった者たちはかなりの数いるようです」

 フォルナシス皇太子派が送り込んだ刺客。そのほとんどが返り討ちにあっていることを男は知っている。フェンたちは潜伏先を隠していない。ある種の人間たちを使えば、調べられるようになっている。男の組織もそれを使って、情報を得ていた。

「どうして、そのような危険な真似をしておるのだ?」

「これは推測に過ぎませんが、情報を集めているのだと考えております。待っていれば敵対勢力が勝手にやってくるのです。少しであっても、新たな情報を得られれば、そこからまた敵を知ることが出来ます」

 襲ってくるのが私設騎士団であっても依頼者の情報を得られる。違う依頼者であれば新たな情報として。同じ依頼者であっても容姿などの特徴を聞き出し、それを基に素性を調べられる。特定された人物は殺すべき敵。その人物と接触する者もまた敵である可能性が高い。
 以前、武器密輸を摘発した時に芋づる式に関係者を炙り出した方法と似たことを行っているのだ。

「……あれはもう誰が真の敵か分かっているのか?」

「何故、相手から敵視されるのかは分かっていないと思われますが、家族の仇であることは分かっているのでしょう」

 帝国騎士団内に反皇帝勢力が存在することをフェンに教えたのは、この男だ。フェンはその反皇帝勢力を炙り出すことに協力し。粛清させた。かなりの事実をすでに知っていると考えるべきだと男は思っている。

「もう良いのではないですか? あの子は間違いなく私の子です。魔書もそれを明らかにしました」

 ルイミラ妃はこれ以上、フェンを危険な目に遭わせたくない。自分の子であることを、皇帝の子であることを明らかにするべきだと思っている。

「恐れながら、城内はあの方にとって、より危険な場所と考えます」

 皇帝の子であることが明らかになれば、城で暮らすことになる。それは却って危険だと男は考えている。平民である仲間を全て連れて来ることは、恐らく出来ない。それでいて周りは誰が敵か分からない状態だ。ただの侍女が暗殺を企てることもある。口に入れるものも全て警戒しなければならない。
 そんな受け身な状況にあるよりも、今のように自由に動ける状態のほうが安全。男はこう思っている。

「私はあの子を皇帝にしたいなんて思っていません。陛下のお許しを得られれば妃の身分もいりません。あの子と二人で静かに暮らし、時折、陛下とお会いすることが叶えば。それで良いのです」

 フォルナシス皇太子が恐れる事態にはならない。自分に野心がないことが明らかになれば、その証として皇妃の座を捨て、フェンが皇位継承権を得ることがなければ、フォルナシス皇太子も安心するはず。フェンに危害を加えようとは思わないはず。ルイミラ妃はこう考えた。

「それは無理です」

「なんですって?」

「お二人が共に暮らすことを無理だと申しているわけではありません。あの方が静かに暮らすことは無理だと申し上げているのです」

「どうして? どうして無理なのですか?」

 母であるが故にルイミラ妃はフェンを正しく評価出来ていない。彼女にとっては愛する息子。それで全てなのだ。

「災厄の神の落とし子と呼ばれた理由をお考えください。私が見る限り、あの方は同世代において帝国最強の戦士。いずれ帝国騎士団長をも超えると考えております。将としての資質も、その帝国騎士団長が認めるほどのもの。そういう御方なのです」

「…………」

「帝都の民は、何も知らないはずの帝都の民が、すでに気付いております。この動乱の時代にアルカス一世が再臨されたことを。あの方は帝国の民の希望となられる才能をお持ちなのです」

「……そんな才能はいらない。私は……普通の子でいて欲しかった」

 災厄の神は別名、通常は戦神カムイと呼ばれている皇帝家の守護神。その加護などルイミラ妃は求めていない。戦争の才能など我が子にあって欲しくなかった。男のフェンに対する評価は、建国の英雄アルカス一世に例えるほどで、帝国臣民としては最高のもの。だがそんな評価はルイミラ妃を喜ばせない。辛くなるだけだ。

「……あの方とは繋がりを保っております。繋ぎの者は帝国よりも、あの方を大切に思う者ですので思うようには動かせませんが、伝言を伝えることくらいは出来ます」

「……私の子だと知ったら、あの子はどうするかしら?」

「分かりません。ただ……真実を知ることになるでしょう」

 何故、イアールンヴィズ騎士団は襲われたのか、騎士たちは皆殺しにされたのか。そこに自分がいたからであることを、フェンは知ることになる。その結果、どういう行動に出るか。男には分からない。必ずしもルイミラ妃にとって良い結果になるとは限らない。分かるのはこれくらいだ。

「……ルイミラよ。もう少し我慢してくれ。あの子のことは朕がなんとかする。二人が安心して暮らせるように、きっとしてみせる」

「陛下……」

 それが実現できる保証はない。どうすればそれが実現するのか、ルイミラ妃も分からない。フェンを探し出す為に、守る力を得る為にかなり強引なことをしてきた。多くの恨みを買った。それでも、手を伸ばせば届くところにいる我が子を守る自信がない。それが悔しく、悲しかった。

 

 

◆◆◆

 私設騎士団の間には独特な情報網がある。繋がり方は様々。友好的な騎士団同士、公に情報共有を約束していることもあれば、勢力争いなどで敵対しながらも個人の繋がりで情報を共有している場合もある。そういった様々な騎士団間、個人間の繋がりが、結果として情報網と呼べるくらいに拡大したのだ。
 災厄の神の落とし子たちが活動を始めたという情報もそれに乗って、帝国全土に広がろうとしている。彼らが何者か分かっている帝都で活動している私設騎士団関係者の「敵に回すべきではない」という意見と共に。
 この情報を耳にして動き出した者たちもいる。今、帝都に到着したばかりの彼もそうだ。帝都に来るのは二度目だが、来たことがあるというだけ。土地勘はまったくない。まずは宿探しかと辺りを見回した彼。

「よっ」

 軽く手をあげて、軽い調子で挨拶してくる女の子がいた。恐らくは女の子と思える、薄汚い恰好した子供だ。

「…………」

 彼女は何の目的があって自分に絡んでこようとしているのか。彼のほうは警戒を強めることになった。帝都のような都会で彼は暮らしたことがない。都会は怖いところという思いがあるのだ。

「はあ。やっぱり、ダメダメだな。フェン兄ちゃんは一目で気付いてくれたのに」

「えっ……? 今、フェンと言ったのか?」

 彼が帝都を訪れたのはフェンに会う為だ。彼はイアールンヴィズ騎士団関係者。鉄の森で暮らしていた仲間なのだ。

「まだ分かっていない」

「……お前、ミウか?」

 彼はようやく女の子が誰か分かった。フェンを知っているだけでなく、声をかけてきたことから自分のことも知っている。それはつまり、鉄の森の仲間だ。そう思って彼女を見れば、ミウであることが分かる。

「やっとか……大きく減点だな」

「無理言うなよ。何年ぶりだと思っている?」

 久しくミウには会っていなかった。それに年下のミウは成長の度合いも大きい。一目見て分かるなんて無理だと彼は思った。

「だ・か・ら、フェン兄ちゃんは分かってくれた。まあ、一緒にいたハティはやっぱり、ダメダメだったけどね?」

「フェンが特別ってことだろ? それで? フェンはどこだ?」

「今はここにはいない。ていうかフェン兄ちゃんに何の用?」

「何の用って……騎士団としての活動を始めたと聞いた。ハティたちも一緒なのだろ? だったら俺も入れてもらう」

 イアールンヴィズ騎士団が復活した。それもフェンを団長として。詳しいことは伝わってこなくても、そうであることは明らか。再結成したイアールンヴィズ騎士団に加わらないという選択は、彼にはなかったのだ。

「入団試験に合格したらね?」

「えっ? 何だよ、それ?」

「フェン兄ちゃんは色々な奴に狙われているからね。悪い奴が近づかないように守るのが私の役目だ」

「悪い奴って、俺は元々、イアールンヴィズ騎士団の一員だ。フェンは俺のことを信用していないのか?」

 ミウの話は彼にとって納得いかないもの。彼は別の私設騎士団で働いていた。だがそれはフェンがいなくなったから。。イアールンヴィズ騎士団の再建が出来なくなったと思ったからだ。それでも家族の為に稼がなければならない。見習い従士だった彼は迷うことなく別の騎士団で働くことを選んだのだ。

「フェン兄ちゃんを守るのは私の役目。だからこれは私が勝手にやっていること」

「おい?」

 ミウは、皇帝にとっての諜報組織の長のような立場になろうとしている。それが長の元で修行させられている自分の役割だと考えているのだ。

「何も分かっていないから文句を言えるんだよ。フェン兄ちゃんはキースおじさんに殺されそうになった」

「なんだって……? 嘘だろ?」

 キースのことは彼も知っている。面倒見の良い騎士だった。見習い従士だった彼らは色々と面倒を見てもらったのだ。そのキースがフェンを殺そうとするなんてあり得ない。ミウの言葉をすぐには信じられなかった。

「事実だから。フェン兄ちゃんはそういう敵と戦っている。中途半端な覚悟で仲間に戻ろないほうが良いよ」

 ミウがこんな真似をしているのは、フェンを守る為だけではない。何も知らないまま騎士団に加わろうとする、かつての仲間を守る為でもある。覚悟がない人は団の足を引っ張るだけ。本人も長生き出来ないだろう。フェンの現状を正直に伝え、それでも仲間に戻ると決めた人。そういう人だけをフェンに会わせるつもりなのだ。

「……俺にはやり残したことがある。それはフェンと一緒でなければ叶えられない。ミウ、なめるなよ? 命を捨てる覚悟なんて、フェンと出会った時から出来ている」

 出会った時からは少し盛っている。だが鉄の森で暮らしていた時から覚悟が出来ていたのは本当だ。フェンに出会い、フェンを知り、ハティやスコールたちの覚悟を知って、自分もそうでなければ一緒にいられないと分かった。一緒にいたいと強く願った。

「やり残したことって?」

「色々ある。でも、一番は……イアールンヴィズ騎士団は帝国最強であることを証明することだ」

 剣術競技会でフェンの戦いを観た。自分の心が、これまでどれほど冷めていたか分かった。フェンたちの戦いを観て、その冷めていた心が燃え上がった。自分が目指していたものを思い出した。その時jの期待通り、イアールンヴィズ騎士団は再興された。その一員として帝国最強を目指す。その為に彼は所属していた騎士団を辞め、帝都に来たのだ。

「合格かな? ただその願いは叶えられないよ」

「どうしてだ!? フェンがいれば、フェンと一緒なら俺たちは最強になれる!」

「シュバルツフルメ騎士団。今はこれを名乗っているから」

 イアールンヴィズ騎士団が帝国最強であることは証明出来ない。フェンたちの騎士団はイアールンヴィズ騎士団ではないからだ。

「……はっ?」

「いや、偽物のイアールンヴィズ騎士団がいるでしょ? ハティが世話になっていたから、名前を返せとは言いづらいみたい。だから新しい団名を名乗っている」

「そういうことか……騎士団の名なんてどうでも良い。大切なのは誰と一緒に戦うかだ」

「じゃあ、ちょっと早いけど……シュバルツフルメ騎士団にようこそ。本拠地に案内するよ」

 また一人、仲間が加わった。志を忘れていないかつての仲間たちがこうして集まってくる。イアールンヴィズ騎士団、ではなくシュバルツフルメ騎士団はこれからさらに強くなる。目指すのは帝国最強。それを証明する者たちが集う騎士団なのだ。

www.tsukinolibraly.com