月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落とし子 第125話 未来の可能性

異世界ファンタジー 災厄の神の落とし子

 マグノリア公安部副部長は出勤してすぐにワイズマン帝国騎士団長に呼び出された。執務室に呼ばれることほぼ毎日のことだが、朝一からというのは珍しい。何事か急ぎ対処すべき問題が起きたということだ。
 急ぎ足で廊下を進み、ワイズマンの執務室に向かう。扉をノックすると、すぐに応えがあった。それを受けて執務室に入る。待っていたのはワイズマンだけではない。側近のヴォイドも一緒。これもいつものことなので、なんとも思わなかったのだが。

「何かありましたか?」

「ああ。側近の一人が退団届を出してきた。それも本人が直接届けたのではなく、書面だけが残されていたのだ」

「……その側近というのは?」

 ワイズマンの今の話だけでは、どうして自分が呼び出されたのか分からない。あるとすればその退団した側近が何か問題を起こした可能性。その調査を命じられるのだと考えた。

「これは私の勝手な考えだが、災厄の神の落とし子たちの一人だ」

 話題にされているのはスコールだ。彼は律儀に退団届を提出していたのだ。帝国騎士団の団員のままで問題を起こすわけにはいかない。団に迷惑を賭けないようにという考えからだ。

「……その彼を捕らえろと?」

「いや、違う。言った通り、何の証拠もない。君を呼んだのはリルのことを聞きたかったからだ。最近会ったか?」

 このタイミングでスコールが退団を決めた理由。これをワイズマンは気にしている。メルガ伯爵屋敷襲撃事件の罪を問うような話は一切していない。スコールに自分の考えを悟られることはなかったはずなのだ。

「ヴァイオレットの葬儀の日に会っています」

「何か言っていたか?」

「……直近でヴァイオレットがどのような仕事をしていたのかを聞いてきました。恐らく自殺ではない可能性を疑っているのだと思い……正直に話しました」

 もしかするとリルであれば真実にたどり着けるかもしれない。もし本当に自殺ではなく殺害されたのだとすれば、マグノリアも真実を知りたい。ヴァイオレットを殺した犯人に罪の報いを受けさせたい。だから、正直に話した。

「自殺ではない可能性? それはどういうことだ?」

「ご存じなかったのですか? ローレルが再捜査を求めていました。絶対に自殺ではないので、再捜査をして欲しいと」

「それで、どうした?」

 ワイズマンにはこの件は届いていない。それを彼は疑問に思っている。公安部は帝国騎士団の組織。そこの部員の死だ。自殺を疑う話があるのであれば、団長である自分に報告があるべきだと思う。

「……再捜査はしておりません。正式に申請したわけではありませんが、部長には認められませんでした」

「公安部長が……」

 公安部長が握りつぶした。この可能性をワイズマンは考えた。あり得ない、とは思わない。公安部長であればあり得る話だ。

「それは陛下、もしくはルイミラ妃の命ですか?」

 ヴォイドもワイズマンとまったく同じことを考えた。公安部長はルイミラ妃派。彼女あっての今の地位だ。ルイミラ妃の命であれば、何でもするはずだ。

「分からないわ。とにかく公安部の判断に間違いはない。再捜査が必要と判断するに足る新証拠がなければ駄目という話よ」

「……間違ったことは言っていないな。だが、しかし……」

 公安部がしっかりと捜査して自殺だと判断した。それを何の根拠もなく間違いだと主張されても、受け入れるわけにはいかない。公安部の捜査に対する信用を損ねることになる。公安部長の主張は間違いではないとワイズマンも思う。
 だがローレルとリルはその判断を疑っている。本当に何の根拠もないのか。何かあるのではないかとワイズマンは考えてしまう。

「マグノリア副部長! よろしいですか!?」

 扉の外からいきなりマグノリアを呼ぶ声が聞こえた。

「今、会議中よ!」

「急ぎの要件なのです!」

 ワイズマンとの会議であることは彼の執務室にいることで分かっているはず。それでもマグノリアをすぐに呼び出したい用件があるということだ。ワイズマンに視線を送って許可を得ると、マグノリアは自ら扉を開けた。

「何があったの?」

「それが……東大通り広場に多くの死体が。私設騎士団の団員たちと思われます。数は三十以上です」

「……そんなことが……私設騎士団同士の諍いかしら? 分かったわ、会議が終わったら、詳細を聞くわ」

 三十を超える死体。大事件ではある。だが、マグノリアが乗り出すような事件ではない。調べが終わった結果を聞けば良いだけのことだと彼女は判断した。

「いえ、それが、唯一の生き残りが副部長を呼べと」

「なんですって?」

「副部長だけに話すと言い張っておりまして、それで」

 マグノリアを、ワイズマンと打ち合わせ中だと分かっていて、呼び出したのには訳がある。マグノリアが出ていかないと捜査が進まないのだ。

「……だったら連行してきなさい。どうせそうするのでしょ?」

「そうなのですが……」

「まだ何かあるの? 事情があるなら全て話しなさい」

「その男は帝国騎士団に連れていかれると殺されると申しております。何故、そう思い込んでいるのかは不明です。恐らくは他の者たちを殺害した何者かに吹き込まれているのだと思います」

 公安部の推測通りだ。唯一の生き残り、真実を白状させられる為に生かされたその男はフェンたちに脅されている。ヴァイオレット殺害には帝国騎士団が関わっている。帝国騎士団に連れていかれれば、口封じに殺されると。唯一助かる道はマグノリアに全てを話し、保護してもらうことだと。
 実際に口封じされることを避ける為に、このようなことを吹き込んだのだ。

「……分かった。行くわ。他に何かある?」

 何か特別な事情がある。自分だけに話そうとする理由がある。部下が思った通り、自分が出ていかなければ調べが進まないとマグノリアも考えた。

「それが……犯人は災厄の神の落とし子たちたと」

「な、なんですって……?」

 まさかの言葉。それを後ろで聞いていたワイズマンも、驚きで椅子から立ち上がっている。

「我々が現場に到着して、すぐの時にかなり怯えた様子でそう口走りました。ただその時だけで、あとは犯人については口をつぐんでおりますので、恐怖で戯言を口にしたのだと思います」

「何が戯言よ!?  それを真っ先に言いなさい! 現場に向かうわよ!」

「は、はい!」

 執務室を飛び出し、もの凄い勢いで駆けていくマグノリア。彼女は何が起きたのか分かったのだ。一人を残して、壊滅した私設騎士団はヴァイオレット殺害の犯人。その彼らを殺害したのはフェンたち、災厄の神の落とし子たちだと。ワイズマンの側近を辞めた帝国騎士団の団員もそれに加わったのだと。

「……そんな……馬鹿な」

「団長……」

 あってはならない最悪の事態。フェンの行動は公安部員としてのものではない。私的な復讐行為だ。それはつまり、彼が帝国騎士団への入団を止めたことを意味する。公安部に進むつもりであれば、公安部員として再捜査を行い、犯人を検挙するはず。その方法をフェンは捨てたのだ。そしてスコールも、恐らくは他の仲間たちも元の所属を離れて、フェンと行動することを選んだ。
 彼らがまとまることは構わない。だがその彼らは帝国騎士団に味方するのか。リルもスコールも帝国騎士団を離れた。ワイズマンにとって、あってはならない最悪の結果だ。

 

 

◆◆◆

 殺害されたのはヌーベル騎士団の団員たち。唯一の生き残りはマグノリアが到着すると、あっさりとヴァイオレット殺害の実行犯であることを認めた。白状するから自分を保護してくれと要求してきた。その要求に応える義務はマグノリアにはない。生き残りの団員の要求を無視して、公安部に連行。牢に閉じ込めた。保護のひとつの形ではある。牢に近づけるのは限られた者たちだけ。中に入るにはその者たちから鍵を奪わなければならない。侵入は困難だ。

「生き残りから聞き出した風貌からは個人は特定出来ませんでした。夜で暗く、顔も布で覆って隠していたようです」

「そうか……災厄の神の落とし子たちであると、どうして分かったのだ?」

「本人たちがそう言ったようです。分かっていたことですが、事実かどうかは分かりません。罪を押し付ける為に騙った可能性もあります」

 こう言いながらマグノリアは偽物である可能性を否定している。災厄の神の落とし子たちであると思われていた者たちは、今分かっているだけでも、全員姿を消している。彼らが消えたタイミングで、たまたま偽物が現れた。そんな偶然はあるはずがない。

「……この絵は?」

「現場に落ちていたものです。いえ、正確には生き残りが持たされていたものです。騎士団の紋章である可能性を考え、公安部で調べましたが、合致するものはありませんでした」

「紋章だとすれば、新しい騎士団の紋章ということか」

「その可能性が高いと考えます。まあ、本物の災厄の神の落とし子たちであっても、イアールンヴィズ騎士団を名乗るわけにはいかないでしょうから。すでに偽物が使っていますので」

 こんな状況だが、ふざけた話だとマグノリアは思う。今あるイアールンヴィズ騎士団は偽物。本物も混じっていたようだが、騎士団を立ち上げた者たちは災厄の神の落とし子たちとは何の関係もない偽物たちだ。その偽物たちは相変わらずイアールンヴィズ騎士団を名乗っている。本物が現れたからといって改名するはずもない。そもそもその彼らは本物が復活したことを知らないだろうとマグノリアは考えている。

「災厄の神の落とし子たちと名乗り、騎士団の紋章らしきものまで残している。どうしてだと思う?」

「脅し、もしくは宣戦布告。これで終わりではないのでしょう。それをヴァイオレット殺害に関わった者たちに教えているのだと思います」

「依頼主の手がかりは?」

 襲われた私設騎士団は依頼を受けただけ。ヴァイオレット殺害を依頼した黒幕がいるはずだ。フェンたちの次の狙いはその依頼主。それが誰か分かれば、何らかの手を打てるかもしれない。

「生き残りはメルガ家だと証言しております」

「継承争いか」

「どうでしょう? 依頼主がメルガ家というのは一番あり得る話ですが、そういう単純なものではないような気がします」

「メルガ家でないとすれば……帝国騎士団の誰かか?」

 簡単に推測出来る。ヴァイオレットが殺される直前に調べていたのは方面軍について。フェンはそれをマグノリアに確認している。生き残りが帝国騎士団に連れて行かれると殺されると思い込んでいたことも説明がつく。帝国騎士団の誰かが殺害に関わっていることを、生き残りも知っているのだ。知っていて、嘘の証言をしたのだ。

「八方面軍に所属していた騎士、従士。数が多すぎて調べるにはかなりの時間が必要になります」

「……ローレルを呼べ」

 これ以上は手持ちの情報では追及出来ない。新たな情報を知っている可能性があるローレルから話を聞くことにした。そのつもりですでに廊下で待たせているのだ。
 すぐに執務室に入ってきたローレル。その表情からは何を考えているのか読めない。わざと感情を殺しているのだとワイズマンは考えた。

「単刀直入に聞くわ。リルはどこにいるの?」

「分かりません。リルは誰にも気づかせないように夜中に屋敷を抜け出ました。この先も居場所を伝えるつもりはないと思います」

 これが事実かどうかは分からない。だが居場所を知っていてもローレルにはそれを教えるつもりはない。そうであることは予想されていた。

「彼は、彼と彼の仲間たちには殺人罪の疑いがかけられているわ。罪人を匿うと貴方も罪に問われるわよ?」

「それがヴァイオレット殺害の犯人たちを殺したことを言っているのであれば、殺人罪は間違いです。彼らは私の依頼でそれを行ったのですから」

「……なんですって?」

 想定していなかったローレルの証言。それにマグノリアは驚いている。ワイズマンも同じだ。これはまったく予想外の展開だった。

「私が、ヴァイオレットの婚約者である私が敵討ちを依頼しました。彼らは私の依頼を果たしただけです」

「……何故そんな真似を?」

「公安部としての再捜査は認められませんでした。そうであるなら私人として真実を追及するしかありません」

 考えに考えて思いついたフェンを庇う方法。フェンたちは依頼を受けただけ。それも婚約者を殺された男から仇討ちの依頼だ。帝国において、それを咎める法はない。仇討ちは認められているのだ。

「……ローレル。貴方は犯人を知っていたのね?」

「いえ。犯人の特定も依頼しました。これも含めて依頼は順調に進められているものと理解しています」

「では、この先はどうなるというの?」

 依頼は進行中。ローレルの言葉もそれを認めている。ではフェンたちの次のターゲットは誰なのか。それをマグノリアは聞き出そうと考えた。

「この先……事件の黒幕がいるのであれば、それを討つのではありませんか? 私にはそれしか分かりません」

「そんな依頼があるわけない!」

「あります。私は依頼先を心から信頼していますから。全てお任せでも、きちんと依頼を果たしてくれると信じています:」

 この先の展開などローレルに分かるはずがない。これで終わりではないことが分かっているだけだ。仇討ちの相手はどこまで広がるのか。とてつもなく大きいのかもしれない。フェンが自分の、プリムローズの前からさえ、消えたのはそういうことだとローレルは考えている。

「……世の中を混乱させる依頼は止めてもらわなければならない」

 ローレルはフェンを庇おうとしている。ワイズマンにもそれは分かった。だが事が大きくなり過ぎれば。庇いきれなくなる。依頼を受けただけという言い訳は通用しなくなるかもしれない。

「申し訳ありませんが、団長に停止を命じる権限はありません。これは私人としての、イザール侯爵家のローレルとしての行動ですから」

「……そうか」

 必要であればイザール侯爵家の力も使う。ローレルが使えるイザール侯爵家の権限など無に等しいが、それでも使えるものは全て使う。こう決めているのだ。ローレルはまだ諦めていない。プリムローズがフェンと共に生きる道はまだ残されている。その為であれば、何でもすると決めたのだ。

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