月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第114話 急展開

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 昼休み。リルは一人、皆がいるテーブルを離れて食事している。目の前には食事だけでなく、教科書も積まれている。公安部の仕事のせいで生まれた授業の遅れを取り戻すために食事中も勉強しているのだ。
 事実ではあるが、口実でもある。近頃、リルはローレルとプリムローズの二人と歓談していることに息苦しさを感じるようになった。楽しさよりも罪悪感が勝るようになってしまったのだ。ヴァイオレットは変わらず体の関係を求めてくる。それを拒絶出来ない自分が、リルは嫌いなのだ。

「顔色悪いけど、疲れているの?」

「トゥインクル様」

 そんなリルにトゥインクルが話しかけてきた。

「様はいらない。何度言えば分かるのかしら?」

「いや、どうしてそこまでこだわるのですか?」

 トゥインクルはため口で話すことを求めてくる。その理由がリルには分からない。敬語を使っているからといって、壁を作っている意識はない。ローレルにも敬語で話しているのだ。

「ローレルと貴方にあるものが私にはない。だからまず言葉遣いから距離を縮めようと思って」

「……良く分からないのですけど?」

「間違えたわ。正しくはローレルにはないものが私にはある。遠慮よ」

 リルはローレルに対して遠慮がない。主従関係はあっても本音で話しているとトゥインクルには見え、それが羨ましいのだ。

「そうかもしれないですけど……」

 リルに言わせれば当たり前のことだ。トゥインクルは他家の令嬢であり、常に一緒にいるわけではない。遠慮ではなく、礼儀として距離が必要なはずだ。

「共に過ごす時間を増やすにも限界がある。だからせめて言葉遣いは距離を縮めようと思ったの」

「もしかして……何か話したいことがあるのですか?」

「べ、別に……今はないわ。それに今は貴方の話だから」

 話したいことはある。だがそれはもう少しリルとの距離が縮まったと感じてから。建前で話をされるのであれば、グラキエスやディルビオに話すのと同じだとトゥインクルは考えているのだ。

「体調は悪くありません」

「じゃあ、心配事かしら? ローレルの馬鹿がメルガ準伯爵となんて婚約してしまうから」

「……特に問題はありません」

 トゥインクルの言葉の意味。自分の素性を知っていての言葉だと考えられる。だが、それを認めることをリルはしなかった。この点がトゥインクルが遠慮、というか距離を感じる理由だ。信用されていないと思ってしまうのだ。

「そう見えないから話をしているの」

「……少し自己嫌悪に陥っているだけです。ですが、こうなるのは、これが初めてでもないですし」

 まっすぐに自分を見つめてくるトゥインクル。その瞳を見ると、リルも完全に誤魔化すことは出来なくなった。

「ふうん。貴方でもそういう時があるのね?」

「普通にあります。俺を何だと思っているのですか?」

 後悔の思いで心を押し潰されそうになったことは何度もある。すでに心は潰れ、おかしくなっているのではないかと思った時も。

「少なくとも貴方は問題をそのままにしておく人ではない。でも今の貴方は解決しようとしているように見えない」

「……えっと……トゥインクル様と俺って、付き合ってました?」

「はっ……? な、何を言っているの!? そんなわけないでしょ!?」

「ですよね。なんか、俺のことを良く分かっているようなことを言うから、びっくりしました」

 トゥインクルの言う通りなのだ。リルは問題を解決しようとしていない。どう解決すれば良いのか、解決出来るのかも分からない。そもそも解決とはどういう状況であるのかが分かっていない。

「貴方自身で解決出来ないのであれば、周りを頼れば良い。貴方には頼れる人がいるはずよ。私も、出来ることがあればやるわ」

「ありがとうございます。なんか、惚れ直しました」

「……じゃあ、貴方を婚約者候補にしてあげる。だからもっと私のことを好きになりなさい」

「いやいや、あっ、嫌だというのではなくて、トゥインクル様には俺なんかより……」

 自分よりももっと相応しい人がいる。それが誰かを口にすることは出来なかった。その人物、ローレルにはすでに婚約者がいるのだ。形ばかりの婚約であるとしても。

「……どうしても無理な相手との婚姻話になったら付き合っていることにするから。そのつもりでいて」

「分かりました。話を合わせます」

 実際にトゥインクルにもそういった話が持ち上がっているのかもしれない。騎士養成学校を卒業したらすぐに、なんてことをトゥインクルの実家が考えているのであれば、具体的な話が出ていてもおかしくない。それをトゥインクルが望んでいないのは明らかであっても。
 卒業まで半年をきった。それぞれがぞれぞれの道を進む時が近づいているのだ。

 

 

◆◆◆

 リルはヴァイオレットと二人で帝都第三層の歓楽街近くに来ている。リルにとってはすでに何度か訪れたことがある場所だ。ユミルの拠点がある場所であり、繋がりが出来た裏社会の組織の拠点もある。公私両方で来る機会があるのだ。
 今日は私用。だがユミルに会いに来たわけではない。ヴァイオレットとデートということでもない。ヴァイオレットを通じて、まさかの人物からコンタクトがあった。その人物とこれから会うのだ。

「……多分ここですね?」

 待ち合わせ場所として指示された場所に着いた。ユミルの拠点、反帝国勢力をおびき出すのに使ったのでもう放棄されている拠点だが、と似た路地裏の小さな飲み屋。今は昼間なので営業はしていない。夜になっても営業しているかは分からない。

「大丈夫かしら?」

 連絡を受けたのはヴァイオレットだ。だが彼女もその人物を知っているわけではない。そもそも直接会ってもいないので、本物かも分からない。

「ここで待っていますか? ああ、そのほうが良いか」

 また罠の可能性はある。戦闘になる可能性を考えれば、ヴァイオレットは建物の中に入らないほうが良いとリルは考えた。

「私も行くわ」

「危険かもしれません」

「分かっている。でも、私も会いたいの」

 ヴァイオレットも中で待っているはずの人物と会いたい。合って話をしたい。イアールンヴィズ騎士団襲撃は誰が何の目的で行われたのか、彼女も真実を求めているのだ。

「……じゃあ、俺が先に中に入って安全を確認したら」

「安全だよ。まったく、何をごちゃごちゃやってんだ? こっちは随分前から待ってるのに」

 リルが中に入る前に相手のほうが扉を開けて出てきた。

「……キースおじさん?」

 出てきたのは見覚えのある人物。イアールンヴィズ騎士団の騎士だったキースだ。見間違えることなどないくらい、リルにとって親しい相手だった。

「フェンか……大きくなったな? まあ、感動の対面は後だ。中に入れ。俺も人目につきたくない身だ」

「分かった」

 キースに促されて建物の中に入るリル。ヴァイオレットも後に続いた。
 建物の中は外の看板通り、飲み屋。だが営業していないことは中身の入った酒瓶が一本もないことで分かる。掃除もされていない。ユミルの拠点とは大違いで、キースはここをずっと使っているわけではないようだとリルは考えた。

「久しぶりだな? まさかこんなところで会うことになるとは」

「それはこっちの台詞。生きているとは思わなかった」

 全滅したと思っていた。そのはずだった。キースはリル、フェンが最後に話した団員の一人。古くからの団員の一人なのだ。

「自分では死んだつもりだったのだけどな。幸運か不運か分からないが生きていた」

「それで? 鉄の森を襲ったのは誰だ?」

「せっかちだな? もう少し、こう、お涙頂戴の感動の場面とかないのか?」

「それは後で」

 感動はしている。生きていたことを喜ぶ気持ちもある。だがキースは今までどこで、どうやって生きてきたのか。どうして殺されなかったのか。疑問もあるのだ。

「じゃあ、まずはこちらの疑問に答えろ。どうして、この女と一緒に行動している? こうして揃って来たということはお互いに知っているのだろ?」

 キースは、当たり前だが、ヴァイオレットがメルガ家の人間であることを知っていた。加害者と被害者、どちらの視点によるかで入れ替わるが、である二人が共に行動していることを疑問に思うのは当然だ。

「……彼女とは真実を知りたいという点で目的を共有している」

 リルも疑問に思っている。どうしてキースはヴァイオレットを通して、連絡してきたのか。キースであれば直接接触してくれば良い。リルもヴァイオレットと一緒に会う必要はなくなる。

「真実とは?」

「どうしてイアールンヴィズ騎士団は潰されたのか。どうしてメルガ伯爵はそれに加担したのか」

「……それを知ることに何の意味がある?」

「あるだろ? お互いに家族が死んでいる。そして……死ぬ原因を作った奴は今もどこかで生きている」

 メルガ伯爵を殺したのはリルだ。だが殺す動機を作り出したのはメルガ伯爵ではない。伯爵に命じた何者かがいることは分かっている。リルとは反対の立場にいるヴァイオレットも真実を知りたいと思う気持ちは、リルも理解出来る。

「どこまで分かっている?」

「俺に聞くよりもキースおじさんが知っていることを話してくれたほうが早い。鉄の森を攻めてきたのはどこの騎士団? その騎士団は誰に命じられた?」

「期待を裏切って悪いが、俺が知っていることはそれほど多くない。攻めてきた糞どもが誰かも知らない」

「……じゃあ、どうやって生き延びた?」

 まったく情報がないはずはない。襲ってきた側の会話を聞くだけで分かることがあったはずだ。まったく顔を見ることもなく、話を聞くこともなかったというのであれば、どうやって助かったのだという疑問が湧く。

「言っただろ? 死んだつもりだったと。気が付いた時は誰もいなかった。いや、誰も生きていなかっただな。俺以外」

「そうか……」

 湧き上がる違和感。キースの話はおかしい。リルはそう思う。ではヴァイオレットはどう感じているのか。確かめたくてリルは視線を向けた。

「……えっ?」

 それが隙になった。腹部に広がる熱。それはすぐに痛みに変わった。間近に感じるキースの荒い吐息。だがすぐにそれは遠ざかる。リルが床に崩れ落ちていくことによって。床に広がる真っ赤な血。キースが持つ短剣からも血が滴り落ちている。

「フェン……? い、いやぁああああああああっ!!」

 ヴァイオレットの絶叫が部屋に響き渡った。

「悪いな、フェン」

「……ど、どうして?」

「生きる為だ。俺の為に死んでくれ」

 床に短剣を放り投げ、代わりに腰に差していた剣を抜くキース。剣先をリルに向け、そのまま突きおろそうと構えをとった。

「や、やめてぇええええっ!!」

 それを止めようと叫び声をあげるヴァイオレット。だが叫ぶ以外にヴァイオレットに出来ることはない。公安部所属であっても、彼女の戦闘力はないに等しいのだ。

「うるさい! じゃあ、お前が先に死ね!」

 キースの剣の向き先がヴァイオレットに変わる。振りかぶられた剣。それに抗おうとヴァイオレットも剣を抜くが、持つ手が震えている。腕だけではない。恐怖と動揺で体全体が、心も震えているのだ。
 その様子を見て、侮蔑の笑みを浮かべながらヴァイオレットに近づくキース。

「ぎぁあああああああっ!!」

 絶叫をあげたのはそのキースだった。床から立ち昇った黒い炎が彼の足を、体を焼いていく。剣を放り投げ、床に転がってその炎を消そうとあがくキースだが、その勢いはすぐには収まらない。

「た、助けて……フ、フェン……た、助けてくれ!」

 その火が消えたのはフェンに助けを求める声をあげた時だった。

「…………」

 ヴァイオレットに「助かった」という思いは浮かんでいない。何が起きているのか分からず、頭が混乱し。動けないでいた。

「……は、話せ……だ、誰だ? だ……誰が……」

 床を這って、キースに近づいたリル。

「……や……やっぱりな……だ、だから……言った……お、俺なんか……に、さ、災厄の……神の、お、落とし子を……」

「誰だ!? 誰が命じた!?」

「……に、逃げろ……フェン……お、お前……は……い、生き……」

「おい!? 話せ! 誰が!? 誰が親父たちを殺した!?」

 重ねた問いにキースは反応しなかった。話さないのではなく、話せなかった。目を見開いたまま、キースは死んでいた。それを確かめて、悔しそうに唇を噛むリル。そのままゆっくりと、あげていた顔が倒れていった。

「……フェン? フェン、大丈夫!? しっかりして!」

 ぐったりと動かなくなったフェン。それに気づいて、慌ててヴァイオレットは彼の側に駆け寄った。傷口から流れ出る血が止まらない。手で押さえてみてもそれは変わらない。

「だ、誰か……助けて……フェンを助けて!」

「……遅かったか」

「えっ?」

 助けを呼ぶ声に応える人がいた。それにヴァイオレットは喜ぶよりは驚いた。こんなすぐに人が来るとは、必死に叫びながらも、思っていなかったのだ。現れたのはハティだ。何かあった時の為に彼は、ヴィオレットにも気付かれないように、外で待機していたのだ。

「……代われ」

「は、はい」

「……まったく……どうして、やられる前にやらない? おい、ユミル! 医者だ! 医者を呼べ!」

 持っていた布を傷口にあて、強く手を押し当てる。ヴァイオレットと代わったからといって、ハティに治療が出来るわけではない。せいぜい応急手当。出血を抑えることくらいなのだ。

「……動かせるなら、連れて行ったほうが早いけど?」

 ユミルも待機していた。リルが会う相手の住処を探る為。後をつける為だ。会う相手だけではない。その相手と関りがある人物がいるようなら、その相手も探るつもりで部下を周辺に配置している。

「……分かった。行こう。案内しろ」

「私も行きます!」

「いや、あんたは……」

 出来ることなら顔を見せたくなかった。そのヴァイオレットと一緒に行動するというのは、ハティとしては、かなり躊躇いを覚える。

「失礼ですが、貴方たちを信用出来ません。フェンに危害を加える可能性は否定できない」

「お、お前……俺たちは!」

「ハティ……行くよ。付いてきたければどうぞ」

 「俺たちは」に続く言葉はユミルにはすぐに分かる。ヴァイオレットには言ってはいけない言葉だ。自らイアールンヴィズ騎士団の人間であることを白状する必要はない。

「……ああ、そうだな」

 ユミルに制止されて、ハティもそれを理解した。冷静になったということだ。ヴァイオレットに傷口を押さえることを代わらせ、リルを抱きかかえるハティ。それも建物を出るまでだ。焦るハティの足に、ヴァイオレットは、そのままでは付いていけなかった。ただ必死に走って追いかけるしか出来なかった。

www.tsukinolibraly.com