月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第111話 疑惑

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 ユミルとの話し合いを終えて、リルとハティは外に出た。すっかり夜も更けて、周囲の建物の窓から漏れ出る明かりも少なくなっている。路地を抜けて、表通りに出てもその薄暗さは変わらない。今の時間では歓楽街もそう変わらないはずだ。店で働く人たちはまだ後片付けで働いている。後片付けが終わった店も、働く人たちの為の時間となって店内で飲食が行われているかもしれない。ただ、いずれにしても外を歩く人がいないという点は、ここと同じ。普段であれば。

「フェン、お前、何かやらかしたのか?」

「心当たりはある」

 誰もいないどころか、二人は表通りで前後を塞がれた。それぞれ二十人ほど。宴会帰りの酔っ払いでないことは明らか。暗い仲でもわずかな光を反射させている刃が見えている。

「……ん?」

 四十人対二人。相手の力量が分からない状況で戦いを挑むのは無謀。そう考えてすぐ隣の建物に逃げ込もうとしたハティだったが、それはリルに止められた。

「罠だ」

「まだいるのかよ……」

 逃げようとした建物の中にも敵が潜んでいる。襲撃はかなり周到に準備されたものだとハティは理解した。

「お前……平気なのか?」

 リルは懐から筒のようなものを取り出した。それが何か、ハティは知っているのだ。

「さあ? ぎりぎりだな。飛び出して来ないことを願う」

 こんなことを言いながら手に持っている筒を建物の窓に向かって投げるリル。ガラスを割って建物の中に落ちた筒。その瞬間、周囲が一気に明るくなった。

「ぎぁああああっ!」

 建物の中から聞こえてきた叫び声。中に潜んでいた敵の叫び声だ。

「ああ……想像してしまった……気分が悪い」

 叫び声は炎に焼かれてく苦しむ声。筒の中には油が入っている。火のついた油が建物の中で広がって、そこに潜んでいた人ごと、部屋を燃やしているのだ。

「もう少し頑張れよ。まだ四十はいるんだぞ?」

「分かっている」

「来るぞ」

 道をふさいだ敵が距離を詰めてきた。伏兵が失敗したと分かって、力押しに切り替えたのだ。それでも慎重に、じりじりと距離を詰めてくる敵。その先頭の一人が地面に倒れた。

「ライラプス? お前……襲われるの知っていたな?」

 敵を倒したのはライラプスが放った矢。どこかにライラプスは潜んでいる。そうしているということは、襲撃を予想して待機していたということだ。

「だから言っただろ? 心当たりはあるって。ただ本当に来るとはな……」

「あの女か?」

「いや、違う。公のお仕事のほう。多分……」

 ヴァイオレットが図ったことではない。彼女にこのような真似をする理由はない。リルはそれを知っている。ハティには話していない事情だ。

「公のお仕事?」

「あとで説明する。無事でいられたらだけど」

「……おいおい。備え万全だな」

 迫ってくる敵は盾を構えていた。隊列を整え、盾を揃えて矢が通る隙間を消し、前進してくる。リルとフェンの二人を相手にこの備え。矢で攻撃されることが分かっていたとしか思えない。

「矢が駄目でもこれがある」

 またリルは筒を取り出して、敵に向かって放り投げた。

「来るぞ! 投げ返せ!」
「いや、盾ではじけ!」

 すでに一度使った武器。敵は筒、リルが火筒と呼んでいる武器に対応しようとしている。だからといって、それが上手く行くとは限らないが。
 敵の頭上に届いた途端、油が宙で広がった。、点火した炎と共に。頭上から降り注ぐ炎。それは掲げた盾だけでは防げない。後方にいた盾を持たない敵の何人かは炎をまともに浴びている。盾で防いだ敵も流れ落ちた油が足元に広がり、燃え上がった炎に慌てている。

「……さすがにあれは無理じゃないか?」

「その通り……あ、後は任せた……うっ、げっ」

 炎に焼かれる人。それをまともに見たリルは、すでに地面にうずくまっている。

「お前……まだ大勢いるのに……」

「だ、大丈夫……そ、そろ、そろ……だから」

「はっ? 何が……?」

 何がそろそろなのか。この問いへの答えはリルではなく、敵の声が教えてくれた。大きく隊列を乱している敵。炎のせいではない。後方から何者かが襲い掛かったのだ。

「……まさか……スコール?」

 はっきりと顔は見えないが、見覚えのある輪郭、そして動き。敵と戦っているのはスコールだとハティは考えた。だが彼がこの場所にいるはずがない。帝国騎士団の団員であるスコールは、私設騎士団員になった他の仲間たちとは違うのだ。

「お、驚いた? でも……ん……ど、どうやら……も、っと……気持ち悪い」

「何だよ!? 分かんねえだろ!?」

 「もっと」何があるのか。ハティにはまったく分からない。分かるはずがない。もっと予想できない人物もこの場所に現れるのだ。

「……火計……いや、リルのほうか」

 現れたのはワイズマン帝国騎士団長。戦場になっているこの場所は炎に照らされている。最初はリルを殺すのにここまでするのかと思ったが、良く見れば炎に巻かれているのは襲っている側。リルが火計を仕掛けたのだと分かった。

「なるほどな。そういえば、そんなことも書いてあったか」

 探しに探して、なんとか見つけたイアールンヴィズ騎士団の記録。火計を得意にしていたという記述があったことをワイズマンは覚えている。それをリルも受け継いでいるのだとワイズマンは考えた。さすがにその記録の戦い方もリルが考えたものという発想は浮かばない。

「団長!」

「一気に決めるぞ! 突入!」

 リルたちを挟み撃ちにしていた敵の背後から、ワイズマン率いる帝国騎士団が襲い掛かった。リルの火計で動揺していた敵にとっては、さらなる悲劇。帝国騎士団と、それもワイズマン自ら出撃してきた帝国騎士団と戦いになることなど、まったく想定していない。数の優位が消えたこともあり、一方的な戦いになった。

「……どういうことだ? どうして帝国騎士団長が?」

「……この間、呼び出された時に頼んでおいた。俺を殺そうとする奴らが現れるかもしれないので、密かに護衛をつけてもらえないかと」

 帝都への浸透をもくろむ反帝国勢力にとって、リルは邪魔者。武器の搬入を防いだだけでなく、協力組織を摘発。それだけで終わらず、アジトを洗い出され、さらにいくつかの協力組織が摘発されようとしている。排除を考えるのが普通だ。

「その護衛が帝国騎士団長? お前、どんな大物だよ?」

「俺だって驚いている。必ず襲ってくるわけではないのに、まさか自ら待機していた……ああ、もしかして忠告を信じてくれたのかな?」

「忠告?」

「帝国騎士団内に反帝国勢力の内通者がいる可能性を伝えた。それを警戒して自ら動くことを選んでくれたのだと思う」

 リルを襲撃しようとする者たちを罠にかける。内通者が実際にいて、知られてしまってはせっかくの機会が無になってしまう。だからワイズマンは何の為に、こんな夜に出動するのか伝えることなく、部隊を動かした。見張り役には、絶対にリルを裏切らないだろうスコールを当てた。

「……そんなのがいるのか?」

「証拠はない。でも……いるだろうな」

 リルを殺そうとするということは、公安部特務強行班の動きは全てリルが主体であること、そこまででなくても大きな影響力を持っていることを知っているということだ。そうでなければ、普通は正式団員であるヴァイオレットを狙う。この可能性も否定できないので、ヴァイオレットにはイザール侯爵家に身を隠してもらっている。

「お前、何をした?」

「だから仕事。公安部員として反帝国勢力の摘発を行った。それなりに相手が焦るくらいの状況を作って」

「それを罠に利用した……あいつらは反帝国勢力か」

 また四十人を超える反帝国勢力のメンバーが捕らえられることになる。

「さらに芋づるで捕まえることが出来れば、仕事も少しは落ち着く。勉強に戻れる」

「俺たちも帝国騎士団に協力する必要はなくなる、か? そうなって欲しいけどな」

 こんな結果を残したリルを、帝国騎士団が手放すのか。手放さないだろうとハティは思う。また違う仕事を振られ、それを実行する為に自分も巻き込まれることになる。どちらかといえば、そういう状況を作り上げることが帝国騎士団、もしくは帝国騎士団長個人の目的ではないかと、ワイズマンを見て、ハティは思った。もしかするとワイズマン帝国騎士団長は、イアールンヴィズ騎士団を復活させたいのではないかと。

 

 

◆◆◆

 翌日のワイズマン帝国騎士団長の執務室では、また臨時会議が行われている。参加者はワイズマンと側近のヴォイド、そして公安部副部長のマグノリア。近頃よく集まるメンバーだ。他には知らせられない内容。密談の類が最近は多いということだ。
 マグノリアは会議机に両肘をつき、頭を抱えて俯いている。今日は彼女が話すのではない。ワイズマンから二人に報告があったのだ。

「……どう思う?」

 ワイズマンはマグノリアに返答を求めた。うつむいてしまう気持ちは分からなくはないが、それでは話し合いは進まないのだ。

「まったく……あの子は次から次へと問題を持ち込んでくる」

「リルが問題を起こしているのではない。問題を顕在化しているだけだ」

「分かっています。ですが……内通者が本当にいるなんて……」

 リルの勘違いであって欲しい。これがマグノリアの本音だ。リルが間違って、自分たちを混乱させている。「問題を持ち込んでくる」は願望なのだ。

「筋は通っている」

「……私もそう思います。ですが、特務強行班の情報を知る立場にある者は限られています。ここにいる三人以外は公安部長。あの人が反帝国勢力であるはずがありません」

 特務強行班の活動内容はごく少数しか知らない。やっていることが非合法だからというのもあるが、組織上も元々の公安部とは独立しており、知る必要のある人は少ない。特務強行班の上司はマグノリアで、その上は公安部長だけなのだ。
 では公安部長が内通者か、となるとその可能性は低い。公安部長はルイミラ妃派。反帝国勢力とは対立する立場なのだ。

「そうなると……」

「ち、ちょっと待ってください。私は違いますから。それに情報を正規の方法で手に入れたとは限らないではないですか?」

 ここにいる三人では、もっとも疑われるのは自分。ヴォイドは慌てて、否定した。

「盗み聞き、もしくは書類を盗み見た? あり得るわ。そうだとしても数はそれほど増えないわね。今外の廊下に立っている団長の護衛役か」

「いや、それも……」

 自分と同じワイズマンの側近が疑われるのは、ヴォイドとしては受け入れがたい。

「あとは公安部長の側近。側近たちもルイミラ妃派といえるけど、得られる利は少ないだろうから寝返る可能性はあるわね」

「……ですが、公安部長の側近を抱き込みますか? たまたま今回は役に立つ立場かもしれませんけど」

 公安部長が持っている情報など、本来はたかが知れている。ルイミラ妃派と言われていても重要人物ではない。その側近を内通者にする意味はないとヴォイドは考えている。

「じゃあ、他に誰がいるの?」

「完全に非合法な手段を使って情報を盗んだ可能性はないですか?」

「騎士団官舎に忍び込んだと言うの?」

 完全には否定できない。だが見知らぬ人間が歩いていれば、必ずあちこちに立っている歩哨が気付く。盗みのプロであれば別かもしれないが、それもどうかとマグノリアは思う。

「……騎士団官舎には元からいるのかもしれません」

「それじゃあ、話が戻るじゃない」

「そうではなくて、大勢で情報収取をしているのかもしれません。一人、二人では無理でも多くの人間が動けば」

「貴方、自分が何を言っているか分かっているの?」

 一人の内通者の存在もマグノリアは否定したかった。そうであるのにヴォイドはその何倍、何十倍の内通者がいる可能性を話している。帝国騎士団に反帝国勢力が広く浸透している可能性だ。

「分かっています。ですが、今はあらゆる可能性を否定するべきではありません。それに今話していることは以前から懸念されていたことです」

「以前から……方面軍を言っているの?」

「そうです。反帝国勢力に寝返ることを懸念して、方面軍は解散になりました。ですが、手遅れだった可能性はあります」

 財政難で方面軍はかつての力を失った。反帝国勢力を討伐するどころか拡大を食い止める力もない。抗う力もないのに地方に置いておいては方面軍も反帝国勢力になりかねない。これが反帝国勢力の拡大を許しても、方面軍を解散すると決めた理由だ。
 だが解散前に反帝国勢力に取り込まれていたら。解散した方面軍は帝都の組織に組み入れられている。多くの反帝国勢力を抱えてしまったことになる。

「……そうね。一人がまったく関りのないところにいれば怪しまれる。でも十人が堂々と歩いていれば、何かあるのだと思って見過ごされる。そんなものだわ」

「歩哨を務めた者たちにここ最近、そのようなことがなかったか確認しましょう。必ずあったはずです」

「……いや、それは少し待て。まずは陛下に報告してからだ」

「陛下に……この事実を報告されるのですか? そんなことをすれば団長の身が」

 ワイズマンは責任を問われる。帝国騎士団内に多くの反帝国勢力を抱えていたなんてことは、許されるはずがない。

「私には報告する義務がある。このような大事を陛下にお伝えしないことのほうが重罪だ」

「……せめて内通者を見つけてからのほうが良いのではありませんか?」

 問題はあっても解決した。この報告の仕方のほうが責任は軽い。マグノリアはこう考えた。

「失敗すれば責任のとりようもなくなる。まずは報告だ。陛下にお会いしてくる」

「「団長!?」」

 今から陛下に報告に向かおうとするワイズマン。ヴォイドもマグノリアもそれには驚きだ。報告するにしても報告する内容を検討してから。なるべく責任を問われないような報告の仕方を考えるべきだと二人は考えていたのだ。
 だが、ワイズマンにそれは通じない。そのまま皇帝に謁見を求めに向かってしまった。

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