月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第109話 不正、不純

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 帝国騎士団官舎のワイズマン帝国騎士団長の執務室。マグノリア公安部副部長が訪れて、打ち合わせが行われている。ワイズマンの側近ヴォイドも同席しての打ち合わせだ。公式なものではない。定例会議の前にワイズマンに相談したいことがマグノリアにはあった。新設された公安部特務強行班について。その活動についての相談だ。

「最初の行動が裏社会と繋がりを持つことか……」

 特務強行班、というよりリルの行動は問題がある。これをこのまま放置して良いのかマグノリアは疑問を感じている。やり方が常識外れ、どころか法に違反していると考えているのだ。

「犯罪者と交渉だなんて……相手はどういう組織なのですか?」

 ヴォイドもリルの行動に疑問を持った。まだ報告は始まったばかりなのだが。

「分からない。交渉相手が何者なのかはリルしか知らない」

 同行したローレルもヴァイオレットも相手が誰か分かっていなかった。リルが、ユミルを通じて、交渉の場を作り、二人はそれに付いて行っただけなのだ。、

「それは問題ではないですか?」

「話すように命じた。でも素性を明かすような真似をすれば、蒔いた種が無駄になると言って拒否されたわ」

「あり得ません。命令拒否ではないですか? 厳罰に処すべきです」

 命令拒否は重罪。帝国騎士団本隊においては、軍令違反として重い罰を与えられることになる。公安部も帝国騎士団の組織である以上、上司の命令を拒否するなど、あってはならないことだとヴォイドは考えた。

「たとえば、謹慎とか? リルは喜ぶでしょうね?」

「それは……しかし……」

 リルは働きたくて働いているわけではない。帝国騎士団公安部が無理やり働かせているのだ。謹慎は罰にならない。まして除隊など、そもそも正式入団していないのに除隊はないが、帝国騎士団側が出来ない。
 足元を見られている。リルにこんな意識はないだろうが、ヴォイドはこう思ってしまう。

「報告はまだ始まったばかり。続けてよろしいですか?」

「かまわない」

「密かに武器を持ち込もうとした組織、それを受取ろうとした組織の人間を拘束しました」

「……それも特務強行班が?」

 あまりに早過ぎる成果。さすがにワイズマンも、いきなり、このような結果を出せるとは考えていなかった。

「そうです」

「……協力したのは、イアールンヴィズ騎士団か?」

 公安部特務強行班のメンバーは三人。リル、ローレル、ヴァイオレットの三人だけだ。恐らくは反帝国勢力であろう組織を摘発するには、他の協力が必要。それがどこかとなれば、イアールンヴィズ騎士団が真っ先に頭に浮かぶ。リルとローレルに任せることで、公安部に協力してくれる私設騎士団の一つとして考えていたのだ。

「いえ、ガラクシアス騎士団と思われます」

「確か……同じクラスに関係者がいたな」

 予想とは違いイアールンヴィズ騎士団ではなかった。だがガラクシアス騎士団もワイズマンには聞き覚えのある名だ。

「はい。同級生のシュライクの父親が団長です。以前にもリルに協力したことがあります。我々がプリムローズ・イザール誘拐事件と見ている一件の時です」

「そうか……優秀な騎士団なのだな」

 ワイズマンの認識ではガラクシアス騎士団にはリルの仲間、イアールンヴィズ騎士団関係者はいない。そうであるのに最初の任務で頼った理由。ヴァイオレットがいたからだとワイズマンは考えた。共に行動させるようにしたことを、少し後悔した。

「そうですね。ヴァイオレットの報告では、どこからか放たれた矢で二人。あとはリル一人で倒してしまったそうですから」

 実際にはガラクシアス騎士団はほとんど参加していない。これが示す隠れた事実をマグノリアは考えている。ガラクシアス騎士団はヴァイオレットの目をくらます為に利用しただけ。実際には別の誰かが協力したのだと。

「ちょっと待ってください。そんなことがあり得るのですか?」

「私はそのまま伝えているだけ。最初に矢で松明を持っていた相手を倒し、夜の闇に紛れて接近していたリルが残りを倒した。こういう報告だから」

 恐らく松明が地面に落ちたことで闇が広がり、ヴァイオレットの視界は狭まった。見えないところで戦っていた者が、見えていてもリルだと勘違いしている者がいたはずだとマグノリアは考えている。

「敵はどれくらいの数だったのですか?」

「およそ二十。でも全員を拘束したわけではないわ」

「やはりそうですか。どれくらい逃がしてしまったのですか?」

 リル一人で全員を倒せたわけではなかった。それを聞いて、ヴォイドも少し納得した様子だ。

「はっきりとした数字は分からない。恐らくリルは把握していると思うけどね?」

「……どういうことですか?」

 おかしな説明だ。リルは敵の数まで隠していることになる。そんな真似をする理由がヴォイドには思いつかない。

「わざと逃がしたみたい。上手く行っているかは知らないけど、逃がしてアジトに案内させようとしたようよ」

「……アジトは見つかったのですか?」

「だから、知らない。でも、多分見つかったのではないかしら? 緊急行動と見張りを頼んでる人たちへの報酬支払いの許可を求めてきたから。緊急行動は許可を待たずにアジトに踏み込むってことね」

「馬鹿な……そんな勝手な真似が許されるのですか!?」

 リルの行動は完全に権限を逸脱している。命令系統を無視して、自分勝手に動くことなど許されないはずだ。組織にこのような存在が紛れてしまっては、統制が利かなくなる。軍組織、戦場においてそれは致命的な問題となる。

「だからこうして団長に相談しているの。このままリルにやらせて良いのか。私も疑問に思っている」

「……かなり強引なやり方であるのは事実だな。リルは何を焦っている?」

「一度摘発に成功すれば、相手は慎重になる。だから最初の一回で、可能な限り、最大の成果を求めるべきだと言っています」

 得られた情報を使って、従来とはまったく異なる新たな情報源を作る。アジトを見つけ、そこに出入りする者を見張ることで別のアジト、もしくは別の反帝国組織を見つけ出す。敵が警戒を強め、情報を得ることすら困難になることを想定しての対応だ。

「言っていることは正しい。だが、ここまで一人で全てを抱え込む理由にはならないな」

「リルに全てを白状させるべきです。団長のご命令であれば、大人しく従うのではありませんか?」

 マグノリアの命令は無視出来ても、ワイズマン相手ではそうがいかないはずだ。ヴォイドはこう考えた。

「……そうかもしれないな。まさか、私まで裏切り者と疑ってはいないだろうからな」

「裏切り者、というのは?」

「勝手な想像だが、内通者の存在を疑っているのではないか? だから情報を秘匿している。いや、最大の成果と言うくらいだ。内通者を炙り出すつもりかもしれない」

「そんな……」

 そこまで考えているはずがない。考えられるはずがない。こう思いながらもヴォイドは完全には否定出来ないでいる。

「それは、私も疑われていることになりますね? あの野郎……」

 マグノリアも情報を隠されている。伝えて良い相手だと見られていない証だと考えた。

「腹芸……いや、隠し事が苦手だと思われているだけだろう?」

「団長。私は一応、公安部副部長。重要情報を扱う組織の副部長ですけど?」

 公安部は帝国騎士団における情報管理部門でもある。そこの副部長であるマグノリアは隠し事が苦手どころか得意でなければならない立場。ワイズマンのフォローはフォローにならなかった。

「まあ、勝手な想像だ。活動がそこまで進んでいるのであれば、今止めるのは得策ではないだろう。ただ、リルと話はしておきたいな」

 素直に話すかは分からないが、リルがどこまでのことを考えているのかは聞いておきたいとワイズマンは思った。いきなり、ここまでのことをしてくるとはワイズマンも予想していなかった。手を抜く可能性も考えていたくらいなのだ。

「承知しました。話はどちらで?」

「……ここに来るように伝えてくれ。彼の都合の良い日でかまわない」

「分かりました、明日、この時間に来させます」

 ワイズマンのスケジュールより、リルの都合を優先するわけにはいかない。マグノリアはこう考えた。

「分かった」

 苦笑いを浮かべながら応えるワイズマン。マグノリアの気持ちは分かるが、リルは正式な団員ではない。卒業後、間違いなく入団してくれる保証もない。気を使うべき相手だとワイズマンは考えている。今回の報告を聞いて、さらにそう思った。
 即戦力であることは分かっていた。だがここまでとは思っていなかった。リルが特別なのか、私設騎士団での経験がそうさせるのか。前者であろうとワイズマンは考えている。だが、そうではない可能性もある。リルと同じ発想が出来ない自分は、自分が思っているより遥かに狭い世界で生きているのかもしれない。こんなことまでワイズマンは考えさせられたのだ。

 

 

◆◆◆

 ワイズマン帝国騎士団長の執務室で打ち合わせが行われている頃、話題の中心になっていたリルは近い場所にいた。公安部の資料室に来ていたのだ。マグノリア副部長はこの事実を知らない。知っていれば、リルはワイズマンの執務室に呼び出されることになっただろう。
 資料室には公安部特務強行班の班員としての権限で入室しているわけではない。勝手に入っているわけでもない。厳密に言えば、勝手に入室していることになるかもしれないが、入室権限を持つヴァイオレットが一緒にいるのだ。

「ここにあるのが事件の資料よ。でも来る前に伝えた通り、たいした中身はないわ」

「それでも一度は目を通しておきたいので」

 資料室に来たのはメルガ伯爵屋敷襲撃事件の資料を読む為。公安部がまとめた資料だ。貴族家で起きた事件は公安部の管轄。実際に調べたのは現地の役人だが、その調査結果は帝都のこの場所に置かれている。他の事件でも同じだ。

「……確かに薄いですね?」

 棚から取り出した資料に厚みはない。枚数がかなり少ないことが手に持っただけで分かる。

「証言者は私ともう一人だけ。二人の証言以外の犯人の手がかりはないに等しかったから」

「そうですか……」

 現場は、仮に物証となるものを残していても、全て燃え尽きている。最後まで見ていたわけではないが、炎の勢いはそれだけのものだった。犯人、リルたちへの手がかりは目撃者の証言だけ。それだけだったのだとリルは考えた。きちんと調べれば、もう少し何か分かったのではないかと、自分が犯人でありながら思った。

「……もう一人の証言者はメルガ家の人ではなかったのですか?」

 資料に書かれているもう一人の証言者、名前は記述されていないが、現場での証言でないことは証言日時などから分かる。事件当日よりずっと後の日付なのだ。

「ええ、違うわ。あの場で生き残ったのは私だけだから」

「そうですか……それはそうか」

 もう一人の証言者がメルガ家の人間であるはずがない。その人の証言内容はメルガ家の人間が知っているはずのないものなのだ。

「何を納得しているの?」

「……隠しても意味はないですね? 災厄の神の落し子。この言葉をメルガ家の人が知っているはずないので」

「……もしかして、貴方たちは前からそう呼ばれていたの?」

「意味はあったか……」

 ヴァイオレットは分かっていなかった。それはそうだ。彼女もまたメルガ家の人間なのだ。災厄の神の落し子という言葉を知っていたはずがない。

「そうなのね?」

「そうです。つまり、もう一人の証言者は俺が知っている人かもしれない。今どこにいるか知っていますか?」

 ヴァイオレット以外にリルが事件の犯人であることを知る人がいる。イアールンヴィズ騎士団関係者であることは濃厚だが、だからといって安心は出来ない。その人はメルガ伯爵を殺したのが誰かを証言しているのだ。

「知らないわ。でも調べてあげる」

「……どうして? 貴女に――」

 それをしてヴァイオレットに何のメリットがあるのか。この問いは途中で塞がれた、ヴァイオレットの唇によって。

「貴方を私の物にするには邪魔だから」

「……何を考えているのですか?」

 ヴァイオレットの言葉をそのまま受け取ることはリルには出来ない。しかも公安部の資料室で唇を重ねるなんて真似をされた後では。

「……フェンの困る顔を見たいだけ」

「ヴァ、ヴァイオレットさん……な、何を……?」

 さらにヴァイオレットはリルが驚く行動に出る。リルの体に手を這わせながら、その場に跪くヴァイオレット。一緒に下に降りた手はリルのベルトを外そうとしている。

「何をしているのですか? 止めてください。人が来ます」

「ここに来る人はいないわ。、古い資料を調べようなんて思うのは私だけだから」

「だからって……ヴァイオレットさん……」

 下半身が熱いものに包まれる。まさかの事態。だが間違いない。視線を下に落とせば、ヴァイオレットが口に含んでいる様子がはっきりと見える。彼女がこんな行為に及ぶなんて、リルにはまったく想定出来ないことだった。

「……どういう気持ち?」

「どういうって……」

「罪悪感でいっぱい? それは、こんなところでこんなことをしている罪悪感? それとも、被害者の私に加害者の貴方がこんな真似をさせていることへの罪悪感かしら? それでも体は反応する。欲望が優るの」

 リルを見上げて、微笑むヴァイオレット。その表情に卑猥さは感じなかった。純粋に美しいと思った。何故なのか。ヴァイオレットが何を考えているのかリルにはまったく理解できない。彼女の言う通り、罪悪感が心を占めている。だがその為に、ここまでのことをする必要があるのか。

「……私はどこまででも堕ちていく。でも貴方も一緒。私と一緒に堕ちて」

「…………」

 拒むべき。だが拒めない。無理やり引きはがしてヴァイオレットを傷つけるわけにはいかない。こう思いながら、これは自分への言い訳だとも考えている。彼女に欲望をぶつける自分は、彼女を欲望のはけ口にする自分は卑しく、醜い。こう思ってしまう。
 リルの心に広がる新たな罪悪感、ローレルを裏切っていることへの罪悪感。そして、プリムローズを裏切っていることへの罪悪感。これがヴァイオレットの望みなのだ。彼女はリルから人を愛する資格を奪いたい。自分とは違う、愛される資格を持つプリムローズにリルを渡さない為に。

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