月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第108話 進む道

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 放課後の訓練場では多くの騎士候補生たちが自主練習を行っている。数が多いのは三年生。二年生がそれに次ぐ。上級生ほど意識が高い、ということではあるが、そうなった理由がある。リル、そしてリルのいる三年ガンマ組の影響だ。
 入学したばかりの頃、ローレルがいる一年ガンマ組は一番下に見られていた。各クラスに一人ずつアネモイ四家の人間がいる。四人の中で落ちこぼれと評されていたローレルがいるクラスは落ちこぼれクラス。四人への評価がそのままクラスの評価になったのだ。それだけアネモイ四家は特別視されているということでもある。一人いるだけでクラス全体の実力があがると考えられていたのだ。
 だが実際には、常に学校行事で活躍するのはその落ちこぼれのはずのガンマ組。一年生の時の体育祭では二年生のクラスを破る番狂わせを起こして、周囲を驚かせた。二年生の体育祭では、これは期待通りの活躍で、見事優勝。さらに、これは学校行事ではないが、剣術競技会ではリルが圧倒的な力を見せて、四人の勝者の一人となった。騎士候補生としては唯一の勝ち残りだ。
 この結果に一番衝撃を受けたのは同期の別クラスの騎士候補生たち。ガンマ組が目立てば目立つほど、自分たちの影は薄くなる。相対的に評価は低くなる。その状況を覆すにはガンマ組以上の活躍を見せること。それが出来る実力をつけること。これが放課後に一番、三年生が残っている理由だ。二年生が一年生より多いのは、一年生に放課後まで訓練する余裕が今はまだないこと。一学年上のガンマ組の活躍を見ていて、自分たちもと考える騎士候補生が少なくないことだ。

「相変わらず、気合が入っているね?」

「……お前は違うのか、ディルビオ?」

 グラキエスも放課後、騎士養成学校に残って自主練を行っている。帰宅して、自家の騎士団で鍛えることも出来るのだが、それは止めた。同級生との交流機会を増やす為だ。自分一人の力ではガンマ組を超えられないことは、分かりきっているのだ。

「君ほどではない」

「……それで良いのか? 負けたままで終わることになる」

 今年が最後の機会なのだ。秋の体育祭では絶対に結果を出さなければならないとグラキエスは考えている。

「私はグラキエスほど、楽観的にはなれない。今からでは、どれだけ足掻いても間に合わないと思っている」

「そうだとしても最大限の努力をすべきではないのか?」

「何の努力もしないわけじゃない。ただ、努力する点が君とは違うだけだ」

「どう違うと言うのだ?」

 グラキエスはディルビオの話を、努力を諦めたことの言い訳だと受け取っている。負けた時の言い訳だと。

「彼らは一年生の時から結果を出すために全力を尽くしてきた。それに数か月で追いつけるなんて思うのは思い上がりだ。私はまだクラスをひとつにまとめることさえ、出来ていないのだから」

 ディルビオは言い訳しているつもりはない。ガンマ組の騎士候補生をリスペクトしているつもりだ。彼らの努力の成果は、そう簡単に超えられるものではないと考えているのだ。

「……そうだとしても努力を止めては、永遠に追いつけない」

「だから、努力しないなんて言っていない。騎士養成学校にいる間には追いつけないと考えているだけさ」

「卒業後を見据えてか……だが、競う機会はあるか?」

 ディルビオの言い分も分からなくはない。体育祭で勝つことは、グラキエスにとっても、最終目標ではない。帝国を守りきる力を得る。これが彼の目標であり、周りから求められていることでもある。
 だがローレルとリル、ガンマ組の騎士候補生たちと競う機会は次の体育祭が最後。卒業後は滅多に会うこともない。グラキエスは自家の領地で過ごすことが、ほとんどになる。狭義の帝都を訪れることは、官職を得るまでは、ほぼないはずなのだ。

「機会がないほうが帝国にとっては良いのだろうけどね?」

「……そうか。そういうことか」

 本格的な内乱が始まる。ディルビオはその時を考えている。学校行事ではなく、本物の戦争で功を競うつもりなのだとグラキエスは理解した。 これはグラキエスの本当の目標にも合致する。帝国を守る戦いで功を上げる。その戦功でローレルとリルと競うのだ。

「もっとも、それさえ彼らと競うのは大変かもしれない」

「その考えはどうだろう? 自家の騎士団を率いる立場になれる我々が遥かに有利ではないか?」

 当主になるグラキエスはもちろん、ディルビオも自家の騎士団を率いる立場になれる。全権は父親が持っていても、指揮官としてそれなりの権限を得られるはずだ。イザール侯爵家を離れ、帝国騎士団公安部の一従士から始めるローレルとリルとは立場が違う。

「……もしかして、知らないのかい?」

「何の話だ?」

「ローレルとリルはすでに公安部の仕事を与えられている。卒業後の仕事ではないよ。もう公安部の一員として働かされている」

「……何故そんなことが許される?」

 グラキエスの耳には届いていなかった。問題視されて当然の対応だ。帝国騎士団は事を公にはしていない。ディルビオのセギヌス侯爵家は、たまたまその情報を入手したのだ。

「許可された経緯までは知らない。特別扱いなのは間違いないね」

「……帝国騎士団の決定か、それとも……」

 さらに上の意思か。可能性はある。ローレルは皇帝のお気に入り。この噂が真実であれば。

「少なくとも帝国騎士団は、ずっと公安部の従士として働かせておくつもりはないのだろうね。そうでなければこんな特別扱いをする理由がない」

「しかし……許されるのか?」

「さすがに、いきなり一軍の将はないと思うよ。公安部で実績を積み重ねると、どこまで上げられるのだろうね?」

「分からない……いや、特別扱いはそういうことか」

 ディルビオが使った「特別扱い」の言葉。この意味をグラキエスは分かっていなかった。騎士養成学校の騎士候補生を公安部で働かせるということだけを特別と考えていた。だがそうではない。卒業前に働かせるのは実績を上げさせる為。騎士に昇格させ、さらに小隊長、中隊長への昇進を出来るだけ早める、出世させる為だ。

「そう簡単ではないだろうけど中隊指揮官。百人を率いるくらいになると条件は同じどころが、相手が上になる。グラキエスは分からないけど、私は騎士団長にはなれない。自由に動かせる数はそう変わらないだろう。それに我々は基本、守りの軍だ」

 アネモイ四家は帝都の四方を守る役目を与えられている。帝都防衛の最後の要という位置づけで、帝国騎士団のように攻めに出ることは、基本はない。
 ディルビオは攻めに出る部隊を自家に作り、その指揮官になろうと考えているのだが、それが実現出来ても帝国騎士団に比べれば、出動機会は少ないはずだ。出動出来なければ戦功はあげられない。

「……活躍の場が欲しいからといって帝都が攻められる状況を望むことは許されない」

 グラキエスは、改めて、体育祭が最後の機会だと思った。グラキエスが戦場に出るとすれば、それは帝都に敵が迫ってきた時。そんな事態はあってはならない。自分が戦場に出る機会はあってはならないと考えている。
 アネモイ四家のあるべき姿に忠実なグラキエスは、ディルビオのように攻めに出る部隊を作ろうという発想が浮かばないのだ。

「私も望んでいない。でも、当主を継ぐ立場にない私であれば出来ることがある。それを行うつもりだ。だからグラキエス、君とは努力する点が違うのさ」

「……そうか」

 今、ディルビオが行わなければならないのは、当主である父親に騎士団の増員を決断してもらうこと。増員された者たちで帝都外延部の外に出動する部隊を編成し、自分がその部隊の指揮官になることを許してもらうこと。それが実現出来たあとは、その部隊を精鋭に嫌え上げることだ。同級生を鍛えることではない。
 体育祭で勝つ為に自分と同級生を鍛え上げようとしているグラキエスとは、やるべきことが違うのだ。グラキエスとディルビオ、それにローレルとトゥインクル。奇跡のような偶然でアネモイ四家に同い年で生まれ、同じ年に騎士養成学校に入学した四人だが、卒業後の立場は違う。進む道も違う。その時が近づいてきている。

 

 

◆◆◆

 リルとローレルは帝都第三層にある歓楽街を歩いている。ヴァイオレットも一緒だ。二人だけ、もっと言えば、リルだけでここに来るつもりだったのだが、ヴァイオレットがそれを許さなかったのだ。帝国騎士団公安部の先輩、二人の指導係として。

「……本当に付いてくるつもりですか?」

 ここまで来てもまだリルはヴァイオレットを追い返そうとしている。出来ればローレルも。まずはヴァイオレットをどうにかしなければならないので、彼女に先に尋ねたのだ。

「私が同行すると都合が悪いことでもあるのですか?」

「あります。微妙な交渉を行うことになるとお話ししましたけど?」

「それは聞きました。でも公安部の正式団員がいなくて交渉になるのですか?」

 三人がこの場所に来たのは、ある人物と交渉するため。歓楽街に来るという時点で、まともな交渉ではない。それはヴァイオレットも、リルに聞かされて分かっている。

「はっきり言って、なります。というかヴァイオレットさんがいるほうが交渉が難しくなると思います」

「……何故です?」

 ヴァイオレットの視線が厳しくなる。邪魔だと言われているのが気に入らないのだ。

「美人だから」

「えっ……?」「はっ?」

 リルの答えにはローレルも驚いた。こういう答えを返すとは二人とも思っていなかったのだ。

「交渉をまとめる為に体を差し出せと言われたらどうするつもりですか?」

 平気でこういうことを言ってくる相手。実際にどうかは、リルも初めて会うので分からないが、可能性はある相手なのだ。

「リ、リル? その質問はどうかと思うけど?」

 リルの問いにローレルが問い返してきた。質問の内容に動揺しているのが分かる。

「要求してくる可能性はあります。相手は裏社会の人間ですよ?」

「私は……私の体なんて……」

「そう思うのはヴァイオレットさんだけです。普通以上に魅力的だと周りは見ますから」

「それは……」

 貴方だけでしょう、という言葉をヴァイオレットは飲み込んだ。この場にはローレルがいる。関係を疑われるような言葉は避けなければならない。

「……遅かった」

「えっ?」

「リル殿で?」

 路地裏から突然男が現れて、リルに問いかけてきた。これから会おうとしている相手、の部下であることは間違いない。

「はい。そうです」

「では、こちらに。お連れの方たちも」

 これでもうヴァイオレットもローレルも戻ることは出来ない。二人がこの場を去れば、交渉の場はなくなる。相手は会おうとしないはずだ。
 路地裏に案内された三人。目的地まではすぐだった。勝手口と思われる入口。そこを抜けたところに、その男はいた。その男だけではない。予想外に広いその部屋には柄の悪い男たちが大勢いた。

「はじめまして。私はリル。連れはヴァイオレットとローレルです」

「……話は聞いている。しかし、本当に公安部なのか?」

「それは信じてもらうしかありません。すぐに本題に入っても良いですか?」

 相手はまだ名乗っていない。名乗るつもりはないだろうとリルは考えている。そもそも目の前の男が本物かも怪しいものだ。裏社会の人間が公安部と正面から会うとは思えない。

「かまわない」

「では、まずはこれを」

 リルはいきなり懐から取り出した紙を相手に差し出した。それにヴァイオレット、ローレルも戸惑っている。二人はその紙が何か分かっていないのだ。

「……これは?」

「我々が入手した不正取引の情報です。これから行われるもので、日時と場所も書かれています」

 リルの説明に目を丸くして驚いているローレルとヴァイオレット。驚いているのは相手の男も同じだ。

「これを知った我々にどうしろと?」

「この取引は帝国に叛意を持つ組織に武器を売ろうというものです。我々、帝国騎士団公安部としては断固阻止しなければならない取引です」

 反帝国勢力が協力組織に武器を渡そうとするもの。反帝国勢力はすでにここまでのことを行っている。自勢力に取り込むだけでなく。自勢力を帝都に浸透させ、いざという時に事を起こさせようとしているのだ。

「……それに協力しろと?」

「そうして欲しいところですが、なかなか、凶悪な相手のようでして。捕縛は我々だけで行います。ただもし可能性あれば、荷物を運ぶ人手を出してもらえると助かります」

「荷物を運ぶ……荷物というのは何だ?」

 リルの話は今ひとつ分からない。いきなり不正取引の話になった時点で付いていけなくなっている。

「密売品に決まっています。我々は犯人の捕縛に手いっぱいになると思いますので、荷物の確保。そののちの運搬をお願いしたいと考えています」

「……良く分からねえが、何故それを我々にやらせようとする?」

「協力してもらえる可能性が高いから、他所からくる新参者は、それも無駄に力のある新参者は貴方たちも邪魔でしょうから。もちろん、それを排除してあげる見返りは求めます。闇に潜むものにしか見えないものです」

「それは……」

 男は明らかに動揺している。リルの話が理解出来ないのだ。理解出来ないので、これ以上、話を進められないからだ。

「確かにお前を紹介してきた小僧では無理だな」

 男を囲んでいる柄の悪い男たち。その中の一人が声をあげた。それにホッとしている様子のリルの目の前の男。つまり、この男が本物、そうでなくてもより上位者ということだ。

「道端に落ちている情報を得ることに関しては、貴方たちより上かもしれませんが」

 リルに男を紹介したのはユミル。情報屋を生業としているユミルは裏社会にも繋がりがある。それほど強い繋がりではないが、この場を作るくらいは出来た。

「……公安部が俺たちの言葉を信じるのか?」

「我々の正式な部署名は帝国騎士団公安部特務強行班。反帝国勢力の帝都浸透を阻止することが主な仕事です。貴方たちは反帝国勢力ではないはずですが?」

「もちろんだ。だが我々に何の利がある? 邪魔な新参者を除く以外に」

 相手はさらなる条件を求めてきた。悪いことではない。交渉に応じる可能性が出てきたいということだ。

「それで充分たと思いますけど? ただ今回の件に関しては、我々の目的は犯人の捕縛のみ。他に興味はありません」

「……なるほど」

「まずは荷物の運搬について協力していただけるか。それを決めてください。先の話はそちらも考える時間が必要でしょうから。あっ、それとこれは伝えておきます。我々の目的は反帝国勢力ですが、他の公安部は違います。この点については忘れないように」

 特務強行班は彼らが何をしようと、それが反帝国活動ではない限り、気にしない。だが他の公安部は違う。彼らが交渉出来るのは特務強行班だけ。これは伝えておかなければならない。もっとも、これはリルの独断。特務強行班として上に許可を得たものではない。

「……それはそうだろうな」

「今ここで回答は頂けるのでしょうか? 無理であれば、紹介者のほうにご連絡を。公安部の事務所を訪れる気にはなれないでしょうから」

「……小僧に伝えておく」

「では、今日のところはこれで」

 回答は後日、ユミルに届く。それが決まれば、この場にこれ以上、留まる必要はない。さらなる条件の要求を、心配していたヴァイオレットに話が行くことを避ける為には、さっさと帰らなければならない。リルは出口に向かった。制止する声はない。

「……よろしかったのですか?」

 リルたちがいなくなったところで、最初に話していた男が、あとから会話に加わった男に問いかけた。本物の親分が誰か気付かれたことを心配しているのだ。

「隠れていても意味はないと思った。あの男のことは知っている。剣術競技会でとんでもない力を見せつけた奴だ」

「あの男が?」

 この場にいる男たちが束になってかかっても返り討ちになる。その力がリルにはあると親分は分かっていた。それでも、それは揉め事になった時の話。前に出る必要はなかったのだが、あえてバラすことを親分は選んだ。

「まだ騎士候補生のはずなのに公安部として仕事をしている。どういう理由か分からねえが、敵にしないほうが良い相手だ」

「まだ若いのに、あれですからね?」

「場数を踏んでいるのか、素でああなのか。久しぶりに面白いのが現れた、住む世界が違うのは残念なところだ」

 興味を引く相手だった。丁寧ではあるが、堂々とした態度も気に入った。隠れてこそこそしているいのが嫌になった。面と向かって話したくなった。話してみて、やはり面白いと思った。回答は保留したが、すでに気持ちは決まっていた。

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