月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第107話 大人になるということ

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

  今日は次男ラークの成人式。イザール侯爵家屋敷には多くの人たちが集まっている。ただ、かつてのようなお祝いムードはない。長男アイビスの成人式での死が、人々から成人式に対する楽観的な気分を消し飛ばしたのだ。
 その事件からまだ一年が過ぎたばかり。それで次男の成人式を行おうというのだからイザール侯は度胸がある。こう思う人も多いが、それは間違いだ。イザール侯は成人式を行わなければならないから行うだけ。アイビスの死によって他家も成人式の実施に慎重にならざるを得なくなった。自分の息子も同じ結果になってしまうことを完全には否定できない。命を捨てる覚悟で成人式に臨む、それこそ、そんな度胸は誰も持たなかった。
 かといって永遠に成人式を行わないというわけにはいかない。特に皇帝家とアネモイ四家は守護神の加護があってこその地位。成人式抜きで次代の当主を定めることは出来ない。やってやれないことはないが、正統性を後々、問われることになる可能性がある。帝国内が混乱し。統治体制が揺らいでいる今、正統性を問われるよな人間を当主に、皇帝にするわけにはいかないのだ。
 結果、イザール侯爵家が責任を取って、ということにはされていないが、事件後、最初の成人式を行うことになった。安心材料を作る為だ。無事に終わればの話だが。
 参加者は皆、緊張した面持ちでその時を待っている。他人事には出来ない。これでラークまで死んでしまえば、自家も同じ結果になる可能性は高まる。アイビスだけの問題と言えなくなってしまう。

「……そんな?」

 祭壇を囲う布が揺れている。アイビスの時と同じだ。最悪の結果。それを多くの人が予想した。

「……ラーク!」

 だが、結果は異なるものになった。祭壇からラークが姿を現した。布が揺れたのは外に出る為に彼が動かしたからだった。
 席を立ち、ラークに駆け寄る母のマリーゴールド。この場にいる中でもっとも不安に心を痛めていたのは彼女だろう。アイビスに続いてラークまで、なんてことになれば、彼女は何もかもを失う。息子二人だけではない。イザール侯の正妻という地位も。周囲が新しい妻を求めることは明らかなのだ。

「……母上。無事に終えました」

「そう……それで……?」

 命が助かったとなると、欲が出てくる。無事に成人式を終えられただけで満足せず、守護神の加護を得ていることを、それも目に見える形で得ていることをマリーゴールドは求めてしまう。

「……今はまだ分かりませんが……大丈夫だと思います」

 ラークとしては、こう答えるしかない。母の、周囲の期待は分かっている。戦いの時代においては、ただ成人式を終えられただけでは満足してもらえないことを。

「そうね。とにかく無事に終わって良かったわ」

 守護神の加護を、守護神獣の力を、どのように得るのかマリーゴールドは分からない。今それを確かめようとも思わない。多くの人が見守る中で守護神獣の力を得られなかった事実を明らかにするリスクを犯す必要はないのだ。
 ただこれはマリーゴールドの都合。成人式を見守っていた他家の人々は、可能であれば、それに関しても知りたいと思っている。

「……無事終わったか」

 気持ちとしては他家の人間であるローレルにとっては、気にすることではない。答えはすでに得ている。

「そのようですね」

「結局、成人式というのは何なのだろうな?」

 ラークは守護神獣の力を得ていない。すでにプリムローズがその力を持っている以上、ラークに与えられることはないはずだ。守護神の加護を得ていないはずなのに。ラークは成人式を無事に終えられた。では成人式には何の意味があるのか。これをローレルは疑問に思った。

「始まりがどういうものだったか分からなくなった今の時代、その答えを持っている人は誰もいないのではないですか?」

 どういう理由で成人式という儀式が行われるようになったのか。リルとローレルが調べた、実際に調べたのはグラキエス、トゥインクル、ディルビオだが、限り、分からなかった。アネモイ四家にも伝わっていなかったのだ。

「始まりはアルカス一世帝だ」

「それはそう……えっ? もしかしてトゥレイス殿下は成人式の始まりをご存じなのですか?」

 答えを持っている人は誰もいない。アネモイ四家に伝わっていないのであれば、そのはずだ。というリルたちの考えは間違い。まだ確認していない相手がいた。皇帝家に伝わっているかは確認できていなかった。こんなことを聞ける相手がいなかったのだ。

「当たり前だ。アークトゥルス帝国建国の歴史を皇帝家の人間が知らないはずないだろ?」

 皇帝家の代表として成人式に出席していたトゥレイス第二皇子は彼らが求める情報を持っていた。

「それはそうですが……我々が聞いても良い話なのですか?」

「特に秘密とは言われていない。というか、どうして知らない? 帝国建国の話なのだぞ?」

「それは私に言うのではなく……」

 平民であるリルが知らないのは、それほど問題ではないはず。問題なのはアネモイ四家に伝わっていないということ。帝国建国の忠臣の子孫であるアネモイ四家に。

「お言葉ですが、帝国建国の歴史については一通り知っているつもりです」

 知らないと思われるのはグラキエスとしては納得出来ない。アネモイ四家の一員として知るべきことは知っているつもりなのだ。

「では何故知らない?」

「アルカス一世帝のどの逸話が成人式と関係するのですか?」

「決まっているだろ? 守護神の加護を得られた時の話だ」

「……『惑いの森』に迷い込んだというお話ですか?」

 アルカス一世帝が守護神の加護を得た時の話であればグラキエスも知っている。それと成人式が結びつかなかっただけだ。

「そうだ。偶然、『惑いの森』に迷い込んでしまったアルカス一世帝は、そこで……ある種の何かを得て、守護神の加護を与えられた。成人式はそれを模したものだ。森というには小さな囲いの中だが」

「……ある種の何か、ですか?」

 これでは何のことかさっぱり分からない。『惑いの森』と呼ばれていた、一度入ったら二度と出られないと言われていた森に迷い込んだアルカス一世帝が、そこで守護神の加護を得たという話まではグラキエスも知っているのだ。

「それは……私も知らない。皇帝にしか伝えられない内容なのだ」

「そういうことですか。ついでにお聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」

「答えられることであれば」

 この辺りの話は皇帝になった者にしか伝えられない内容が多いとトゥレイス第二皇子は聞いている。答えられることはそれほど多くないのだ。

「当家を含め、守護四伸家はどうやって守護神の加護を得たのでしょうか? 自家のことであるのに伝わっていないのです」

「それは私も知らない。それも代々の皇帝にしか伝えられない話なのかもしれないな」

「そうですか……」

 アルカス一世帝の覇業を支えた四人。守護四伸家、アネモイ四家の始祖の話はあまり伝わっていない。アルカス一世帝と共に行動するようになってからの話ばかりで、それ以前はまったく不明なのだ。どこの誰だったのか、どうやってアルカス一世帝と知り合ったのか。伝わっていることは何もない。

「……私も気になるな。機会があれば陛下に聞いてみることにする。皇帝しか知ってはならない内容であれば教えてもらえないだろうが」

「ありがとうございます」

「……ラークは守護神の加護を、いや、守護神獣の力を得られたのであろうか?」

 グラキエスは守護神獣の力を得ている。その彼であれば分かることがあるのではないかとトゥレイス第二皇子は考えた。

「どうでしょう? 私はある日、突然使えるようになっておりましたので、成人式後にどのように確かめるのか分かりません」

 だがグラキエスは成人式を経て力を得たのではない。気が付いた時には使えていた。それではラークがどうかのヒントも持たない。

「何かきっかけはなかったのか?」

「馬車に轢かれそうになったのが、きっかけです。気が付いた時には馬車のほうが倒れていました」

「……命の危険に反応したということかな? そうしないと分からないということであれば、かなり先になりそうだな。それでは、イザール侯爵家には悪いが、あまり意味がない」

「どうしてですか? 無事に成人式を終えられただけでも安心材料になります」

 ラークは生きて成人式を終えた。この結果があれば、他家も成人式の実施を躊躇うことが、まったくとは言わないが、なくなるはずだ。イザール侯爵家は責任を果たしたとグラキエスは考えている。

「ラークが守護神獣の力を得ているのであれば、正統な後継者だけが成人式を無事に終えられるということかもしれない。お前のように正統性が明らかな者はいいが、そうでない者は不安が残るだろう」

「確かに。それでは……続く者はおりませんか」

 皇太子のフォルナシスは後に続くことが出来るのか。この疑問を口にすることをグラキエスは避けた。フォルナシス皇太子には皇帝になる資格がないと思っているように受け取られかねないからだ。

「そんなに皆が不安なのであれば、僕が続いてやる」

「ローレル?」

「僕には守護神の加護を得る資格はない。その僕が無事に終わられれば、皆、安心するのだろ?」

 瞳の色が兄妹とは異なるローレルは、イザール侯爵家の守護神の加護を得られない。守護神獣の力を与えられないことが決まっている。ローレルが生きて成人式を終えられるということは、正統性の有無は生死には直結しないということになる。理屈ではそうだ。

「ローレル、貴方、何を馬鹿なことを言っているの? それであれば、貴方にはこういう形式の成人式を行う必要もないのよ?」

 トゥインクルが、ローレルが成人式を行うことを否定してきた。彼女の言う通りなのだ。ローレルにリスクを犯さなければならない理由はない。成人式は成人式でも普通の、守護神の加護など求めない、ただ周囲jに祝ってもらうだけの会を行えば良いだけだ。

「そうだけど、このまま誰も成人式を行わないというのは問題だ。僕はそう遠くないうちに成人式を行わなければならない。だったら皆が安心できる形で行ったほうが良い」

 ローレルはまったくリスクを考えていない。イザール侯爵家の守護神の加護はプリムローズにある。プリムローズの守護神獣が自分を傷つけるはずがないと信じているのだ。

「何? それって結婚するから?」

 さらに不満が顔に出るトゥインクル。

「そう――」

「独立するからです」

「えっ?」「何?」

 肯定を返そうとするローレルの邪魔をしたのはリル。邪魔されたローレルだけでなく、予想とは違う答えが返ってきたことでトゥインクルも戸惑っている。

「卒業すればローレル様は独立することになります。その前に成人式を行う必要があるのです」

「確かに、そうだけど……」

 リルの説明は理にかなっている。卒業後、帝国騎士団入団を決めているローレルはそれと同時にイザール侯爵家から独立する。そうしなければならない規則はないのだが、実家が嫌いなローレルはそうするであろうことはトゥインクルにも分かる。
 だが理にかなっていてもリルが考えた嘘であることは明らかだ。ローレル自身もリルの説明に驚きの声をあげてしまっている。

「準備期間はどれだけいるのだろう? 今から父上に伝えておくか」

 トゥインクルに変に絡まれないようにと、口実を作ってこの場から離れようとするローレル。

「ちょっと!? 待ちなさいよ!」

 トゥインクルが引き留めても無視。それはそうだトゥインクルから逃げ出そうとしているのだから。

「あいつ……」

「……トゥインクル様は成人式を行わないのですか?」

「えっ、私? 時が来れば行うわよ。普通の、ただお祝いしてもらうだけの式だけど」

 トゥインクルにも成人式はある。ローレルが本来行うはずの、守護神の加護は関係のない、成人を祝う宴が開かれるはずだ。

「そうですか……」

 予想通りの答え。ただリルが本当に尋ねたかったのはこういうことではない。真っすぐに聞けることではないので、こういう問いになってしまったのだ。確かな何かがあるわけでもないという理由もある。

「…………成長、かな?」

 答えを得られない謎。リルの思考はその謎にとらわれた。

「今、なんて言った?」

「えっ……? あっ……そうですか、と」

 だがすぐにトゥインクルにとって引き戻される。不機嫌を思いっきり顔に出している彼女によって。

「嘘つき。成長って言ったわね? どうせ私は子供っぽいわよ」

「えっ、いや、そういうことは言っていません」

「どうして男というのは年上の女性が好きなのかしら? ローレルもそう。あいつは昔から年上の子ばかり、好きになっていた」

 リルへの文句のはずが、すぐに向き先はローレルに変わる。すでに離れた場所にいるローレルに向かって、ぶつぶつと文句を言っている。

「えっと……」

 そもそもが誤解。それをどう説明しようかと悩むリルに。

「意外とコンプレックスみたいだからね。小柄で童顔なところ」

 小声でディルビオが話しかけてきた。トゥインクルが「成長」という言葉に反応した理由だ。

「……あの外見で、ですか?」

 トゥインクルは美形だ。他人が羨む外見を持っている。そうであるのに小柄で、すこし幼っぽいところにコンプレックスを感じているとディルビオは言う。リルには理解出来ない。

「人は自分にないものを求めてしまうものさ」

「……それもあと数年ではないですか?」

 幼さも、もう一、二年で消えるはず。それこそ成人式を迎える時には大人の女性になっているはずだとリルは思う。

「今が大事だから」

「今ですか?」

「……ああ、君も鈍感な一人だった。彼女は今、大人に見られたいのさ。あとは自分で考えて」

 苦笑いを浮かべながらディルビオもこの場を離れていく。自分からリルに話してきたのだが、この話題はあまりしたくないのだ。こんなディルビオの気持ちも、リルには分からない。

「……どういうことですか?」

「さあ? 私にも分からん」

 グラキエスにも分からない。グラキエスもまた、リルとは違った、鈍感さを持つ一人なのだ。

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