月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第101話 望まぬ邂逅

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 帝国主催の宴はほぼ毎年、同じ時期に同じ名目で開催される。建国記念日のお祝いとして。皇帝の生誕祝いとして等々だ。だが今日開かれるガーデンパーティーはそのいずれでもない。新たに皇子が生まれたわけでも、戦争に勝利したわけでもない。何の理由もなく、唐突に開催が決まったのだ。
 参加者も異例。帝国主催であるのに皇帝が臨席する予定はない。皇妃が親しい貴族夫人を呼んでの女性だけのティーパーティーというものでもない。皇帝家から参加したのはトゥレイス第二皇子。招待客は皆若く、当主や当主夫人はほとんどいない。事情があって若くして家を継いだ者だけだ。
 何だか良く分からないパーティーだが、帝国からの正式招待となれば断れない。会場となった皇城の庭園では多くの人たちが歓談している。

「……どうして私までここにいるのですか?」

 リルも招待客の一人。ローレルが呼ばれたのはまだ分かる。グラキエス、トゥインクル、ディルビオも招待されているのだ。だがただの従士、それもローレルの個人的な従者にすぎない自分がここにいる意味がリルは分からなかった。

「私に聞くな。誰を招待するか私が決めたわけではない」

「恐れながら、主催者である皇子殿下がどうして知らないのですか?」

「若い世代の親交を深める為の会なので、同世代の私が出席するように言われただけだ」

 皇帝家唯一の参加者であるトゥレイス第二皇子はホスト役。だが会の開催を決めたのは彼ではない。第二皇子であるトゥレイスには、個人的な食事会ではない、帝国主催としての会を開く権限はないのだ。

「……食べるだけ食べたら帰って良いですか?」

「貴様な、私が退席する前に帰ることなど許されるはずがないだろ? 常識……ではないか。それが礼儀なのだ。覚えておけ」

 平民のリルが貴族としての礼儀を知っているはずがない。それに途中で気が付いた。やはり、リルがこの場にいることは異常なのだ。本来は他の護衛騎士と一緒に別の場所で待機しているものだ。

「そういうものですか……」

 トゥレイス第二皇子の説明に応えながらも、リルの視線は違うところに向いている。彼だけではない。他にも招待客の何人かが同じ場所を見つめていた。なにやら揉めているような声が聞こえる方に。

「これ以上、話すことはない」

 いつものように帝国騎士団公安部の騎士服を着て、会場を訪れたヴァイオレット。こんなところで絡まれるとは思っていなかった彼女は不機嫌さを露わにしている。彼女には大事な目的がある。こんなことで邪魔されたくないのだ。

「勝手に決めないで頂きたい。こちらには理由を聞く権利がある」

「結婚するつもりはない。これが理由だ」

 相手は結婚を申し込んできた男。ヴァイオレットはすでに求婚を拒絶している。それに相手は納得していない様子だ。

「……選り好み出来る立場か?」

「なんだと?」

「こちらは善意で結婚を申し込んでやっているのだ。他にお前と結構しようなんて奇特な男は誰もいないだろうからな?」

 うすら笑いを浮かべてこれを言う男。大勢の貴族がいる中で、結婚の申し出を拒絶された。この場でヴァイオレットに絡んだ男が悪いのだが、彼女に恥をかかされたと思っているのだ。、

「……必要ない。私は相手が誰であろうと結婚するつもりはない」

「強がるな。醜いお前でも私は愛してやると言っているのだ。夜の相手は無理だがな」

 男はヴァイオレットの体に火傷の跡があることを知っている。実際に見たことがあるわけではないが、貴族の間では有名な話だ。屋敷を襲われて生存者はヴァイオレットただ一人。衝撃的な事件は当時、かなりの話題となったのだ。

「……貴様などに相手をしてもらおうとは思わない。触れられだけで鳥肌が立つ」

「では誰が相手をしてくれるのだ? 醜い体のお前の相手を。ああ、そうだ。跪いてお願いすれば相手をしてやっても良い。醜い傷を隠せばなんとか――」

 頬を張る音が庭園に響いた。かなり広い庭園にいる多くの人々にも、はっきりと聞こえる大きな音だ。

「き、貴様……何……?」

 続けて、投げつけられた手袋。ヴィクトリアがはめていた物だ。

「決闘を申し込む」

「決闘……何を馬鹿な? 正気か?」

「正気だ。貴様の侮辱を許すことは出来ない。貴様にこそ跪いてもらう」

 酷い言葉を投げつけられて、冷静さを失っているヴァイオレット。火傷の跡は彼女のコンプレックス。同情されることは珍しくないが、ここまで正面から火傷について酷く言われることはなかった。自分でも気付いていなかった、気付いてはいたが気付いていない振りをしていた心の傷を抉られて、動揺しているのだ。

「……馬鹿なことを。傷物とはいえ女性は女性。決闘を受けても恥をかくだけだ。それともそれが狙いか?」

「逃げないで受けろ」

「逃げてなんていない。女性相手に決闘など恥でしかないから受けないだけだ。それに、これ以上、傷を増やしては憐れだ」

 男の嘲弄は止まらない。

「受けろ!」

 屈辱で顔を真っ赤に染めて怒鳴るヴァイオレット。

「受けない。ああ、そうだ。マイク、君が受けてあげろ。決闘ではなく夜のお相手のほうを。服を着たままであれば美しい女性だ。服を着たままであればな」

 すぐ後ろに控えている知人に話を振る男。振られたほうは苦笑い。その苦笑いがさらにヴァイオレットの心を刺激する。男に殴りかかろうと足を踏み出したヴァイオレット。その行く手を黒髪の男が塞いだ。
 しゃがんで地面に落ちていた手袋を拾う、その男。

「……何だ、君……なっ?」

 また手袋が相手に投げつけられた。

「男であれば受けてくれるのですよね?」

「……関係のない人間は引っ込んでいろ」

「決闘を申し込むのに関係ある、ないはどうでも良いのではないですか?」

 ヴァイオレットには後ろ髪と背中しか見えない。だが、その声は彼女の記憶を刺激した。決して忘れられない声だった。

「君……騎士候補生か?」

「はい。そうです」

 礼服など持っていないリルは騎士養成学校の制服を着ている。

「……家はどこだ?」

「はっ? 決闘にどこに住んでいるかなんで関係あるのですか?」

「どこに住んでいるって……もしかして貴族ではないのか?」

 決闘に住所なんて関係ない。尋ねたのはどこの家の人間なのかということ。それが分からないリルは貴族ではない。相手はそう考えた。

「違います」

「どうして平民がここにいる? さっさと出て行け」

「是非そうしたいところです。ですが、その前に貴方との決闘を終わらせなければなりません」

「自分を何様だと思っている? 平民の相手などするわけない。身の程知らずが」

 あからさまにホッとした様子の男。決闘を拒絶する理由があった。それを喜んでいるのだ。

「では、僕が申し入れる」

 だがまた新しい決闘相手が現れた。

「何だと? 貴様は……」

「僕にも身の程知らずと言うつもりか? この僕、ローレル・イザールに」

 ローレルだ。女性でも平民でもない、格下と侮ることの出来ないローレル・イザールだ。

「……ロ、ローレル殿。決闘など……ま、万一があっては一大事ですから」

 思いついた断る理由はローレルに怪我をさせてはいけないというもの。悪くはない言い訳だ。ローレルとリルの関係がなければ。

「その心配は無用だ。実際に戦うのは代理人。僕の従士のリルだ」

 リルを指さすローレル。決闘には代理人が認められている。そもそも今時、決闘など行う貴族はいない。古い慣習でそうなっているのだ。

「……この男、い、いや、この彼がローレル殿の従士? あっ、ですが、ローレル殿の大切な従士に怪我をさせては」

「決闘にそんな遠慮はいらない」

「しかし……」

 なんとかして決闘は避けたい。男も代理人を立てることは出来るのだが、ローレル相手となるとそれで逃げたことにならない。イザール侯爵家と決闘を行ったという事実は残るのだ。

「さっさと始めて、さっさと終わらせてもらえるか? いつまで経っても会を始められない」

「トゥレイス殿下……」

「立会人は私が務める。すぐに始めるから準備しろ」

 こうなるともう決闘から逃げることは出来ない。トゥレイス第二皇子が自ら立会人を務めると言っている。断るどころか、名誉なことだと思わなければいけない状況になった。
 諦めて決闘の準備、といっても控室にいる自家の騎士を呼ぶだけだが、を始める男。

「……これで良いのだな?」

 ちらりと視線をヴァイオレットに向けてから、小声でリルに問いかけるローレル。ヴァイオレットはメルガ伯爵襲撃事件の生き証人。本当であればリルは今すぐこの場から離れなければならない。こうローレルは思っているのだ。

「はい。ありがとうございます」

 リルにはそれが出来なかった。ヴァイオレットが侮辱されているのは自分のせい。逃げるどころか、見て見ぬふりも出来なかった。たとえ自分の正体を暴かれることになっても。自分が犯した罪の償いから逃げるわけにはいかなかった。

「……あ、あの……どうして?」

 そのヴァイオレットがローレルに問いかけてきた。

「それは……」

 彼女の問いにどう答えて良いのかローレルは分からない。言葉が少なすぎて、問いの意味も分からない。

「……ありがとうございます。私の為に……その……ローレル殿の従士の方も。お名前はなんと言うのですか?」

「……リルです」

「リル殿……お会いするのは初めてですね? 初めて会った方にこのようなことをしていただいて、どう感謝を伝えれば良いのか分かりません」

 ヴァイオレットの言葉に複雑な表情を見せるリルとローレル。リルはヴァイオレットがあの時の少女であることが分かっている。成長して大人の女性になっているが、決して見間違うことはない。何度も夢に見ているのだ。だが相手は自分を覚えていない。少なくとも今は分かっていない様子だ。

「……感謝は決闘が終わって、相手に謝罪させた後で……いえ、感謝の言葉が欲しいわけではありませんから気になさらずに」

 ヴァイオレットの言葉を聞くことなく、決闘に向かうリル。彼女と話をするのは辛い。何も知らない振りして話すのは、より辛いのだ。

「あっ、そうだ。リル、殺すなよ!」

「えっ……? 駄目なのですか?」

「決闘だからな。軽く怪我を負わせる程度で終わらすのがルール。無傷で終わらせるのが最高だ」

 決闘は貴族の名誉を守る為に行われる。建前としてそうなっている。殺伐とした殺し合いになっては名誉は守られない。スマートに勝利することが求められる。平和な時代に作られた慣習だ。

「はあ……」

 リルには分からないことだった。

「……ずいぶんと舐めてくれるな?」

 相手側の代理人もすでに到着していた。ローレルとリルのやり取りを聞いて、怒りの表情を浮かべている。

「そのつもりはありません。殺さないように加減して戦うほうが難しいと考えているだけです」

「それが舐めているというのだ。まともな戦いにはならない。すぐに終わらせてやる」

 相手のほうが若いリルを舐めている。リルの実力を知っている人たちにとっては、そうだ。

「なんだか、典型的な負け犬の台詞ね?」

「トゥインクル。失礼なことを言うな。決闘はそんな風にからかってよいものではない」

「真面目……じゃあ、賭けない? 賭けは良いでしょ?」

 トゥインクルは完全な野次馬状態。それを注意するグラキエスの表情にも緊張はまったく見られない。リルを心配する気持ちはまったくないのだ。

「リルに金貨百枚」

「賭けにならないか……それはそうね。自信満々な相手が不思議」

「剣術競技会の結果を知らないのだろう? あれを見て余裕で勝てると思うほど、実力者には見えない」

「「えっ……?」」

 グラキエスの言葉に小さく驚きの声をあげるリルの相手とその主。実際に彼らは知らないのだ。リルの実力を。剣術競技会での活躍を。

「……まだ始めないのですか?」

 リルのほうは準備万端、といってもいつでも戦闘モードに入れる。必要な準備は、トゥレイス第二皇子の指示で会場にいた近衛騎士が剣を渡してくれた時間だけ。中々出てこない相手を待っている時間がじれったくなって、すぐ側にいるトゥレイス第二皇子に開始の催促をした。

「私の合図を待て。ああ、それと剣術競技会の時のような真似はやるな。殺しては駄目だからといって、相手の心が折れるまで、ただ攻撃を受け続けられては、始める前に会の時間が終わってしまう」

「努力します」

 やや怯えた表情を見せながら前に出てきた対戦相手。トゥレイス第二皇子の「始め」の声がかかると同時に、リルは要求に応えて、一気に決着に持ち込んだ。

「……えっ?」

 相手が何が起きたのかも分からないほどの一瞬で。地面に倒れた相手の首筋に剣を当てているリル。

「傷つけたほうが良いですか?」

「……参った」

 相手はあっさりと負けを認めた。足掻いてもどうにもならない。圧倒的な実力差があることを、ようやく分かったのだ。

「では、謝罪を」

「…………」

 決闘の決着はついた。ヴァイオレットに謝罪させなければならない。だがリルに謝罪を促されても相手は無言のまま動かない。それに焦れたのはトゥレイス第二皇子だ。立ち合い人として負けた側に勝った側の要求を飲ませなければならない責任もある。

「謝罪を」

「いえ、私はそれを求めません。今の戦いを見ただけで、心は晴れました」

「……良いのか?」

「殿下には立ち合い人を引き受けていただき、大変感謝しております。誠にありがとうございました」

 トゥレイス第二皇子に向かって深々と頭を下げるヴァイオレット。彼女がそう言う以上、これで決着。一応実際に決闘を行ったリル、そしてローレルに視線を向けて同意を確認すると、トゥレイス第二皇子は本来の役目に戻る為に離れていった。この会のホスト役としての勤めを果たす為に。

「……ありがとうございます」

「いえ。では、私はこれで」

 ヴァイオレットに御礼を伝えられても心が痛くなるだけ。嬉しいという思いではなく、罪悪感が強まるばかりだ。彼女から離れようと足を踏み出すリル。

「ローレル殿。また改めて御礼をさせてください」

「えっ? あっ、いや、それは無用だ」

 リルに遅れたローレルがヴァイオレットに話しかけられることになった。

「そういうわけには参りません。いえ、それに御礼といっても大したことは出来ません。大げさに捉えないで頂けるとありがたいです」

「あ、ああ……そうですか。まあ、本当に気にせずに」

 どうやらヴァイオレットはリルのことを分かっていない。それは良かった。だからといって何度も会わせるのはどうかとローレルは思う。少なくともリルのほうはヴァイオレットと話すのは辛そうだ。周囲には気付けない、わずかな感情の動きだが、リルがイアールンヴィズ騎士団、災厄の神の落し子だと分かった上で注意深く見ていれば、それは分かる。
 まさかの出会いは、なんとか無事に切り抜けられた。それでもう終わり。終わりでなければならないと心の中で考えながらローレルもリルの後を追った。

www.tsukinolibraly.com