月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第99話 時代の求め

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 今日は三年生の卒業イベント、帝国騎士団との模擬演習が行われる日だ。今年も例年と同じで観客の数は多くない。帝国騎士団との模擬演習は、帝都住民にとって結果が分かりきっている面白味のないイベントなのだ。観客席にいるのは帝国騎士団関係者と帝都在住の貴族、そして私設騎士団関係者くらい。これもいつものことだ。
 ただ少しだけ、例年と違うところがあった。

「……卒業演習に興味があったのか?」

 いつもは業務を優先して観戦しない軍団長が、それも三人全員が観戦に来たことだ。ワイズマン帝国騎士団長もあらかじめ知らされていなかったので、彼らがいることに驚いている。

「自分の人を見る目が確かなのかを知りたく思いまして」

 ワイズマン帝国騎士団長の問いに答えたのは軍団長の一人、ファルコンだ。彼が一番、演習の結果を楽しみにしているのだ。

「どういうことだ?」

「ご存じないのですか? 騎士候補生たちが訓練を見学に来た時のことです。三年生ではなく、二年生の」

 ファルコンの視線がワイズマン帝国騎士団長のすぐ後ろにいるヴォイドに向く。ヴォイドは当日、その場にいた。その日の出来事をワイズマン帝国騎士団長に報告しているのものとファルコンは考えていたのだ。

「何があった?」

「はっきりしたことは分かっておりません。ですが自分は、騎士候補生の一人は短い時間でこちらの欠点に気付いたと思っております」

「そうか……そうであることを確かめに来たわけか。だがいくらなんでも負けることはないのだろう?」

 リルは帝国騎士団側の欠点に気が付いたかもしれない。だがそうだとしても負けるはずがない。実力差を覆せるほどの欠点とは思えず。さらに実際に対戦するのは三年生なのだ。

「せいぜい慌てさせるくらいと言っておりました」

「なるほど。そこまでは可能だと見たわけか」

 過去に帝国騎士団側が慌てる事態になったことは一度もない。実際にそうなったとすれば、これまでで一番の善戦ということになる。

「私は買いかぶり過ぎだと思っております。仮に本当に欠点を見抜いたとしても、それだけでどうにか出来るとは思えません」

 ファルコンとは異なる考えを持つ軍団長もいる。スナイプだ。彼の考えが常識。一度、それも短時間、訓練を見ただけでどうにかなる実力差ではないのだ。

「……もしかして賭けているのか?」

「ビールを一杯。可愛い賭けです」

 ワイズマン帝国騎士団長の問いに笑みを浮かべて答えるファルコン。何でも賭けにしようとするのはファルコンの悪いくせ。ワイズマン帝国騎士団長も良く知っている。ファルコンは咎められたとは思っていないのだ。

「不満そうに言うな。お前が可哀そうだからその程度の賭けにしてやったのだ」

「イーグレットはどうなのだ?」

 ファルコンとスナイプの考えは分かった。そうなるともう一人、イーグレットはどう考えているのかがワイズマン帝国騎士団長は気になる。

「常識で考えれば賭けに勝つのはスナイプです。ただ私自身は期待しております。こういう言い方は語弊がありますが、戦争の申し子の登場を」

 動乱の時を迎えようとしている。平時には必要のない才能が輝く時だ。その才能の登場を、それが味方であることをイーグレットは望んでいる。

「……ファルコンの考える通りであれば、すぐに結果は出るな」

「開始早々に動くはずです。そうでなければ欠点は突けません」

「では、見てみることにしよう」

 演習が始まろうとしている。彼らの考えでは開始早々に三年生は動くはず。そうでなければ例年と同じ結果になるだけだ。

「……やはり、動いた」

「まだ動きを見せただけだ。慌てるような事態ではない」

 彼らの予想通り、三年生が動きを見せた。三年生だけが動いているわけではなく、帝国騎士団側も反応している。

「……どういうことなのですか?」

 ヴォイドは今の状況を分かっていなかった。彼にはただ双方が陣形を変化させているだけのように見える。帝国騎士団側の欠点を理解していないのだ。

「指揮官としての勉強を怠っているのか? 団長の為に懸命に働くことは大事だが、自己研鑽を忘れるべきではないと思うぞ?」

「……申し訳ございません」

 ファルコンから軽く叱責されて気まずそうなヴォイド。言い訳は出来ない。騎士候補生であるリルに分かったことが自分は分かっていなかったのだ。

「こちら側の欠点は指揮官の経験不足だ」

「指揮官は……?」

 指揮官は将軍位の騎士が務めている。軍団長である彼らに比べれば未熟かもしれないが、経験不足は言い過ぎだとヴォイドは思った。

「小隊指揮官のことだ」

「……そういうことですか」

「経験不足を補う為に決められた行動をミスなく行うことを徹底させている。悪いことではない。だが、そうであることが分かれば、裏を突くことが出来る」

 臨機応変の対応は出来ない。通常時は行う必要もない。だが今のように相手がこの陣形の場合は味方はこの陣形という決まりきった動きしか出来ないと、対戦相手に知られている場合、そこを突かれることになる。

「しかし……あの短時間で全ての動きを把握できるものでしょうか?」

「少しは自分で考えろ。彼らは騎士候補生だ。騎士候補生が学んでいる戦術教本はどこのものだ?」

「帝国騎士団……戦術教本の中身を全て、あっ、いえ、理解していて当然なのですが……」

 訓練を見学した時に使っていない陣形、それへの対応も騎士養成学校の戦術教本に記されている。帝国騎士団側はまさにその戦術教本通りの動きをしているのだ。

「問題はどこで」

「ここだ」

 どこで三年生は異なる動きを見せるのか。そのタイミングは今。ワイズマン帝国騎士団長はそう見た。

「馬鹿が。まんまと嵌まった」

 三年生の動きはフェイク。ある陣形に変化すると見せて。それとは異なる動きを見せた。途中まではまったくそうと気付かせないように。

「ほう矢陣形からの一点突破。個の能力差を縮める意味もあるか」

 三年生の陣形は矢の形。一カ所に全戦力を集中させて突破を図ろうというものだ。すぐに反応出来ない帝国騎士団側は遊兵が生まれてしまう。局地的に数的有利を作った状態だ。

「ただまあ、許せる範囲の反応だな」

 だが帝国騎士団側もすぐに立て直した。三年生が突撃してきた部分に後方に控えていた部隊を移動。厚みを作って突撃を受け止めて見せる。勢いさえ止められれば、あとは他の部隊が左右後方から包囲。それで戦いは決着だ。

「……いや、早すぎるな」

「なっ?」

「これも条件反射といえる動きだ。読まれている可能性が」

「慌てさせるはこれではない?」

 急激な陣形変更から予想外の一点突撃。これで十分に帝国騎士団側は焦りを感じたはずだ。後方に待機させていた、本陣の守りとされる部隊を動かしたことでそれは明らか。敵本陣を占拠した側が勝利というルール。帝国騎士団側の本陣が脅かされることなど過去一度もなく、例年はまったく戦いに参加することなく終わる部隊なのだ。

「あれだ。後方にいた部隊だな」

 帝国騎士団側の本陣に向かう部隊がいる。三年生側の本陣を守っていた部隊だとワイズマン帝国騎士団長は判断した。

「本陣の守りを捨てて……いや、留まっていてもただ攻め込まれるのを待つだけの部隊だ。当然の選択だな」

 三年生側の本陣は守る者が誰もいない。だが、それは問題にはならない。守っていても味方の前線が壊滅後に一方的に攻められるだけ。そうであれば早期に戦いに参加させるべきなのだ。

「ただ……届かないか」

 最後方から敵本陣まで。戦場の端から端まで移動することになる。当然、帝国騎士団側はその動きに気が付いた。包囲殲滅に動こうとしていた部隊の一部が進路を阻もうと動き出す。

「勝ちは動きませんか……いや、どうやら我々まで慌てさせられましたか」

 三年生側の動きは予想していたつもりだった。帝国騎士団側が少し手こずることは想定内。そう思っていた。だが今、最後の突撃を防げると分かって安堵している自分がいる。それにファルコンは気付き、驚いた。

「……恐らくだが、リルの指示に三年生は従わなかった。いや、そこまで指示することを遠慮したのか」

「どういうことですか?」

「私なら部隊編成をもっと工夫する。体育祭の騎馬戦で彼が行ったように」

 最初の突撃は先頭にもっと強力な部隊を置くことで、帝国騎士団側の対応を乱れさせることが出来たかもしれない。最後の突撃部隊ももっと足の早い部隊にすれば、さすがに本陣を落とすことは無理でも、もっと近くまで迫れたかもしれない。

「……ヴォイド。騎士候補生側の配置を詳しく調べておいてくれ。これは勝手な想像だが、本陣の守備部隊は貴族家出身者で固まっていたかもしれない」

「どうして、そう思われるのですか?」

「もっとも楽で、もっとも目立つ役割だ。騎士団側の本陣まで届いていれば、の話だが」

 一番美味しいところを貴族家出身の騎士候補生は持っていこうとしたのではないか。ワイズマン帝国騎士団長はこう考えた。乱戦に加わる必要もない。ただ待っていて、敵本陣まで走れば良いだけ。帝国騎士団側の本陣に届いたというだけで、過去にない快挙。その当事者になれる。

「……承知しました」

「今の二年生ではそのようなことにはならない。戦闘力も上だ」

「つまり、今年と同じような戦い方をしていては負けないまでも、もっと苦戦することになる……彼が帝国騎士団志望なのは間違いないのですか?」

 リルはファルコンの期待に応えてみせた。だが味方でなくては意味がない。

「そう聞いている。公安部だ」

「公安部? それを許されるのですか?」

 帝国騎士団公安部は本隊で働くには実力が足りない者が行くところ。ファルコンの認識もそうだ。リルが配属するべき場所ではないと考えている。

「そのつもりだ。彼に下積みが必要だと思うか?」

「……なるほど。そういうお考えですか」

 本隊に配属になれば最初は従士見習いとして雑用を任されるだけ。そこから従士となり、経験を積んで騎士に昇格。それから小隊指揮官、中隊指揮官と立場が上がっていく。出世が早い遅いはあっても、そういう順番は変わらない。
 それに従うと従士見習い、従士の間、リルの能力は活かせない。そうであれば配属してすぐに現場に出る公安部で働かせたほうが良い。そこで結果を残せば、本隊に移動させる時には最低でも騎士から始めさせられる。
 帝国騎士団公安部はリルの希望ではあるが、それだけでワイズマン帝国騎士団長は配属を認めるわけではないのだ。

「とんでもないのが出てきましたな?」

「イーグレットが自分で言ったのではないか。時代が求めたのだ」

「……戦争の申し子、ですか」

 実際には「災厄の神の落とし子たち」。この言葉はワイズマン帝国騎士団長も飲み込んだ。この事実を、ワイズマン帝国騎士団長も確たる証拠を掴んでいるわけではないが、知る者は少ないほうが良い。信頼する彼らでも知らせるべきではないと考えているのだ。
 戦争で輝く存在。そういう者たちがこの先も現れる。戦乱の時代が訪れたのだ。

   

◆◆◆

 訓練の時間はとうに終わり。自主練をしていた者たちもすでに引き上げ、訓練場に残っているのはスコールただ一人だ。彼を照らす灯りはロウソクの炎。スコールが目の前で揺れるそのロウソクの炎をじっと見つめている。
 見つめながらも意識は炎ではなく、自分の体内に向ける。ロウソクの炎を体の奥底に投影するイメージだ。体の芯に熱を感じる。その熱をゆっくりと体内に巡らしていくのだ。普段は感じられない小さな小さな体の動きを感じながら。
 子供の頃から続けていた訓練。すでに、このように意識を集中させなくても体内にある何かを活性化することは出来るようになっている。そうであるのにスコールは久しぶりにこの訓練を行っている。動ではなく静の中で行うことで、また違った体の動きを感じられる。無駄な動きもまた感じ取れる。それは省くことで、動きは素早く、正確になる。力強さも得られる。

「…………」

 そして感覚も鋭敏になる。その鋭敏になった感覚に触れる者がいた。

「……スコールか。こんな時間まで鍛錬か?」

「団長……何かありましたか?」

 やってきたのはワイズマン帝国騎士団長だ。このような時間に、このような場にワイズマン帝国騎士団長がやってくる理由がスコールには分からない。

「私も鍛錬だ。日中は中々、自分の鍛錬が出来ないので、この時間を使っている」

「そうでしたか……」 

「変わった鍛錬だな? 何の意味がある?」

「……何と言いますか……体内の、その気を感じ取る為の鍛錬です」

 どう説明すれば良いのかスコールは分からない。理屈は分からないが、とにかく強くなれる。そう聞いて続けてきたものなのだ。

「ほう……確か、内気功術というものがあったな。それの鍛錬か?」

 ワイズマン帝国騎士団長がスコールの曖昧な説明でも、心当たりがあった。強くなる為の知識。守護神獣の力を持つ彼だが、それだけで満足しなかったのだ。

「……分かりません。ただ教えられたままに行っていただけですので」

「そうなのか……それで効果は?」

「……あると自分では思っています」

 これが全てではない。とにかく強くなる為に自分を鍛え続けてきた。

「効果があるのであれば、私も知りたいな。どういう鍛錬方法なのだ?」

「……簡単に説明いたしますと体の中に炎を灯す鍛錬です。あくまでもイメージですが。ただ……子供の頃に始めることが必要と聞いております」

「それはどうしてだ?」

「子供は出来ると信じられるから……という話なのですが……詳しいことは私には」

 強くなれると心から信じていた。これを教えてくれた相手、フェンは実際に強かった。自分にも出来ると、出来るようになればフェンと同じくらい強くなれると信じて続けてきた。
 スコールは出来た。他にも出来た者はいた。出来ない者もいた。その違いは心から信じられていたかどうか。後からフェンが理由を教えてくれた。

「……なるほど。そういうのはあるかもしれないな。他のことでも、自分に出来るはずがないと思っていることが出来るはずがない」

「はい、そういうことだと思います」

「邪魔をしてしまっているな?」

「いえ。自分こそ邪魔をしておりますので、これで引き揚げさせていただきます」

 あまり深い話はしたくない。フェンたちとイアールンヴィズ騎士団の従士見習いとして働いていた頃、さらにその前からのの話なのだ。

「分かった」

「では、失礼いたします」

 敬礼をして、この場を離れていくスコール。灯したロウソクはそのままだ。早く離れよつと少し焦っていて。忘れてしまっているのだ。

「……そうか……彼も仲間だったのか」

 残されたロウソクの炎を見つめながら呟くワイズマン帝国騎士団長。根拠はない。根拠はないが、スコールも災厄の神の落とし子たちと呼ばれた者たちの一人だと思ったのだ。帝国騎士団入団の同期だけでなく、その上の代と比べても突出した実力のスコールもイアールンヴィズ騎士団関係者なのだと。
 同世代では帝国最強であろう集団が、何故そうなったのか。地方の小さな私設騎士団の家族に強者が揃ったのか。理由の一端が分かった気がした。何故彼らにそれが出来たのか。彼らの師は誰なのかは謎のままではあるが。

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