月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第98話 ありがた迷惑

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 ムフリド侯爵家の力を使って、帝国騎士団の訓練を偵察しようと試みたリルたち。アネモイ四家はそれぞれが独自に帝国を守護するための軍事力を持たなければならない立場であることから、帝国騎士団への影響力はそれほど強くない。提案したグラキエス本人が認める懸念点は、まったく影響なく、あっさりと許可されることになった。
 アネモイ四家の力はさすが。こう思って当日を迎えたリルたち。帝国騎士団施設に到着したところで、誤算に気付くことになった。

「お前たち、私を待たせるとは、ずいぶんと偉くなったものだな?」

「トゥレイス殿下……どうして、こちらに?」

 トゥレイス第二皇子が施設の入口で待ち構えていたのだ。事情が分からず、何故ここにいるのかを尋ねたグラキエス。

「どうして? 誰のおかげで訓練を見学出来ると思っているのだ?」

「ああ……殿下の御口添えのおかげでしたか。申し訳ございません。伝言に不手際があったようです」

 そのような話をグラキエスは父親から聞いていない。トゥレイス第二皇子の話を疑う気持ちもあるが、それを確かめるわけにもいかない。ムフリド侯爵家内の情報伝達ミスで終わらせることにした。

「まあ良い。行くぞ」

「殿下も見学されるのですか?」

「当たり前だ。だからこうして待っていたのだ」

 そうであることはグラキエスも分かっている。分かっているのに、あえて尋ねたのだ。迷惑であることを遠まわしに伝える為に。グラキエスたちは偵察に来たのだ。トゥレイス第二皇子が一緒にいては目立って仕方がない。同行するのはトゥレイス第二皇子一人ではない。護衛の近衛騎士たちももれなく付いてきてしまうのだ。
 残念ながら、というか当然ながらというか、トゥレイス第二皇子は察してくれなかった。大人数で施設内に入ることになる。

「……これで偵察になるのか?」

「まったく見られないよりはマシだと思います」

 トゥレイス第二皇子に聞こえないように話すローレルとリル。

「皇子殿下が見ているからと、張りきってくれるかもしれないわよ?」

 二人が口を開くとトゥインクルも黙っていられなくなる。

「ああ、それはありますか……それにそれほどこちらのことは警戒していないでしょうから、手の内を隠すような真似はしないでしょう」

「……それはどうかしら?」

 もし本当にそうなら帝国騎士団は痛い目に遭うことになる。こう思うくらいトゥインクルはリルの力を高く評価しているのだ。

「……もしかして、あそこで見るのかな?」

 通路を抜けて訓練場を囲む壁の外側、観戦席というには狭い場所に出た。少し先に人が集まっている。ディルビオの言う「もしかして、あそこ」はその場所のことだ。

「普通に見学だな」

 集まっている人たちはその服装から帝国騎士団の騎士たち。この状況では偵察ではなく、ただの見学。ローレルはこう思った。

「とにかく対戦相手の訓練が見られるのですから、どういう形でも良いです」

「リルがそう言うなら良いのだろうけど……」

 対戦相手を分析し、三年生にその情報を提供するのはリル。リル本人がこれでも良いと言うのであれば、ローレルもこれ以上、文句は言えない。

「トゥレイス殿下、お待ちしておりました」

 トゥレイス第二皇子に声を掛けてきたのはワイズマン帝国騎士団長の側近、ヴォイド。ワイズマン帝国騎士団長はこの場にはいない。ローレルたちが名を知る騎士はヴォイド以外いなかった。顔を知っているのも「以前見かけたことがある」程度だ。

「随分、大げさな出迎えだな?」

 この状況はトゥレイス第二皇子にとっても想定外だったようだ。

「殿下がお越しになるとなれば、これが普通です。団長は不在となることを謝罪しておりました」

「ワイズマンの代わりに各軍団長が勢ぞろいか?」

 ヴォイド以外の騎士たちは将軍位。万の軍勢を率いる権限を持つ軍団長たちだ。胸に付けている徽章の意味を知っていれば、聞かなくても分かることだが、リルにはその知識はない。グラキエスやローレルたちは帝国騎士団の中でも上位者であることは、見覚えがあるというだけで、分かってはいた。侯爵家のイベントに参加できるということは、そういうことだ。

「そういうわけではないのですが」

「今更、挨拶は無用だ。すぐに見られるのか?」

 帝国騎士団の上位者たちが待ち構えていたことに関しては、トゥレイス第二皇子も申し訳なく思っている。自分の許しを得ることなく勝手に出迎えたことが気に入らないこともあって、挨拶を拒否した。

「すぐに再開させます」

 ヴォイドが訓練場に合図を送ると、整列していた騎士、従士たちが動き始めた。彼らもトゥレイス第二皇子を出迎えているつもりで、訓練を中断していたのだ。

「……全員が騎士養成学校の演習に参加するのか?」

「いえ、実際に参加するのは半分です。今日は訓練相手として数を揃えました」

「なるほど……どうだ? 何か参考になるか?」

 始まった訓練は、トゥレイス第二皇子にとってはだが、見ていて楽しいものではない。次々と陣形が変わっていくだけで、両部隊は距離を詰めようとしないのだ。

「……乱れのない動きはさすがだと思います。当家の騎士団であそこまで統率がとれた部隊行動が出来るかとなると……」

 グラキエスはただ動いているだけとは見ていない。陣形の変化は素早く、乱れがない。それも両部隊が勝手に動いているのではなく、相手の陣形の変化に合わせて動いていることも分かっている。咄嗟に最適な陣形を選び、動く。そういう訓練なのだと。

「そうなのか……あれをずっと続けるのか?」

「演習に向けて集めた者たちですので、まずは動きの統一を図ることが必要。ここまで徹底的にそれを行って来たと聞いております」

 騎士養成学校の卒業演習に参加する騎士、従士は若手が選ばれる。帝国騎士団の精鋭部隊で三年生を圧倒しても、それは当たり前のこと。近い世代でも大きな力の差があるということを示すことに意味があると考えられているのだ。

「同じ帝国騎士団員でも違いがあるものなのか?」

「ただ素早く動けば良いというものではなく、周囲に合わせる必要があります。それが乱れをなくし、結果として部隊全体が隙のない動きになるのです」

「それは分かっている。しかし、ここまで徹底するものなのだな?」

 トゥレイス第二皇子も軍事知識がまったくない訳ではない。それどころか英才教育を受けている。もっぱら指揮官として必要な知識、それも戦場で必要な知識に重点を置かれたものなので。普段の訓練などの知識は乏しいが。

「基本を疎かにして応用を身につけることなど出来ません。それを行っても本当の強さは得られません」

 訓練を行っている彼らは普段からその基本を徹底的に叩き込まれている。本格的な部隊行動訓練を始めて一年程度の騎士候補生たちが太刀打ちできるはずがない。ヴォイドの説明にはこの思いが込められている。

「……その通りだな」

 卒業演習で番狂わせを起こすなど、到底無理な話。一年、二年の経験差しかない騎士養成学校の体育祭とは違う。トゥレイス第二皇子はそれを思い知らされた。トゥレイス第二皇子だけではない。グラキエスとディルビオも同じ思いだ。
 若手中心の帝国騎士団の動きは、自家の騎士団のそれを上回っている。その自家の騎士団でも騎士養成学校の三年生に負けるはずがない。騎士と見習い従士の戦いなのだ。

「……なんとかなりそうか?」

 だがまだ諦めていない人たちもいる。ローレルだ。自分には無理でもリルであれば、なんとかするのではないかと思っているのだ。

「正直、難しいですね」

「そうか……」

 だがそのリルも「難しい」と言ってきた。それを残念に思ったローレルだが。

「せいぜい少し慌てさせるくらい。勝つのは無理でしょう」

「無理か……」

 リルの言葉に落ち込むローレルは気が付いていない。言葉を発したリルも同じだ。帝国騎士団の将軍たちの顔に驚きと戸惑いが浮かんでいることに気が付いていない。
 騎士候補生が勝てる確率はゼロ。そんな結果はあり得ない。分かりきっているはずなのにローレルとリルは勝つつもりでいた。正しい判断が出来ない無能と二人を笑うことは出来ない。少なくともリルは、ワイズマン帝国騎士団長が高く評価する騎士候補生であることを彼らは知っているのだ。

「じゃあ、リル。一年後ならどうかしら?」

 今は「せいぜい少し慌てさせるくらい」。では一年後、自分たちであればどうなのか。トゥインクルはそれをリルに問いかけた。

「……目の前で訓練している人たち相手で、ですか?」

「例えばそうね」

 一年後になれば帝国騎士団側も、全員ではないだろうが、参加する人たちは変わることになる。そのことにトゥインクルは、リルの問いかけで気が付いた。

「……どうでしょう? 今はなんとも言えません」

「そう。まだ先だものね?」

 トゥインクルの顔に笑みが浮かぶ。リルの答えはほぼ期待通りのもの。リルは「勝てない」とは言わなかった。勝てる可能性は無ではないのだ。トゥインクルはそう受け取った。

「……役に立ったのか?」

「……それはまあ……えっ? あっ、ああ……えっと……皇子殿下のご厚意に深く感謝いたします。役に立ったと言えるよう、これから努力いたします「

 問いかけてきたのがトゥレイス第二皇子だと気づいて、慌てて言葉遣いを改めるリル。ここで自分に話しかけてくるとは思っていなかった。リルの立場では直に話すことは許されない、というのもあるが、帝国騎士団の訓練に気持ちが集中していたのだ。

「当日を楽しみに待てということか?」

「……先ほども申し上げた通り、勝利を得ることは難しいと思われます。戦うのは三年生ですので、断言は出来ませんが」

「お前は帝国騎士団相手に騎士候補生が勝利すると思えるのか?」

 リルは三年生が勝利する可能性を否定しない。それがトゥレイス第二皇子は理解出来ない。どう足掻いても勝てるはずがない。誰でも分かることだ。それでも負けと決めつけないのは、ただの強がり。そうとしか思えない。

「……常に戦う前から勝敗が決まっているのであれば、世の中から戦いはなくなるのかもしれません。ですが。そうはなっておりません。何千年も前から人は戦い続けています」

「……お前は何を言っている?」

「えっ? 絶対に勝つと決まっている戦いはないということを申し上げたつもりなのですけど……」

「回りくどい。最初からそう言え」

 それなら分かる。だが最初のリルの話はそうは聞こえなかった。もっと違う、深い意味が込められているように聞こえた。

「申し訳ございません」

「……見学はもう良いのか?」

「私は大丈夫ですが……」

 リル一人で決められることではない。付いてきたグラキエスとディルビオ、トゥインクルがどう考えているかだ。

「……問題ない」
「私も」
「リルが良いなら私も良いわ」

 三人もこれ以上の見学は求めていない。三人は帝国騎士団の訓練を見て、リルが何をどう考えるかを知りたかったのだ。それはなんとなく分かった。今以上のことは帝国騎士団の騎士たちがいるこの場で聞けることではない。

「我々はこれで引き揚げさせていただこうと思います」

 ローレルもリルが十分と言うのであれば、これ以上、この場に残りたい理由はない。

「そうか……私は少し彼らと話がしたい。先に行ってくれ」

「あっ、分かりました」

 トゥレイス第二皇子はこの場に残ると行ってきた。ローレルたちとしては、ありがたいことだ。彼らはかなり忙しい。トゥレイス第二皇子と。彼らにとっては無駄な話をする時間があれば、鍛錬を行いたいのだ。
 トゥレイス第二皇子に別れの挨拶を告げ、騎士たちに御礼を伝えると、すぐに立ち去っていくローレルたち。

「……あの者は何を見たのだ?」

「それはリルのことですか? 彼の言葉は気にされないほうが良いと思います。彼の思考は独特で、とにかく諦めが悪いだけだと思います」

 トゥレイス第二皇子の問いに対する答えをヴォイドは持っていない。皇帝家の一人、トゥレイス第二皇子にリルが高く評価されることを避けたいという思いもある。ヴォイドはリルを危険視しているのだ。

「諦めが悪いだけ……そうなのか……」

「短い時間で何か得るものがあったのでしょう」

「ファルコン殿?」

 軍団長の一人、ファルコンはヴォイドと異なる考えだ。彼はワイズマン帝国騎士団長が高く評価しているリルがどういう人物なのか、興味を持って見ていた。その結果、思うことがあったのだ。

「どういうことだ? もっと分かりやすく話してくれ」

「私は全てを分かっているわけではありません。ただ彼は訓練が再開した直後から、身じろぎもせず、その様子を見つめていました。それだけであれば何もないのですが、途中からどこか納得したような顔に変わっております」

「……それだけではな」

「彼が何を理解したのか、心当たりがないわけではありません。ですがこれはこの場で話すことではないと私は考えます」

 リルが何を見て、何を知り、満足したのか。ファルコンには心当たりがある。ファルコンの話から他の軍団長も理解した様子だ。

「何故、話せない?」

「今訓練している彼らの問題点に関わることだからです。恐れながら、殿下がこれを騎士候補生の彼らに教えないという保証はありません。もし自分の勘違いである場合、それは問題になります」

「……結局、当日を楽しみに待てということか?」

「そうなります」

 実際にリルは考えている通りのことに気が付いたのか。それはファルコンにも分からない。気が付いたとして、はたして作戦に反映させることが出来るのか。これも分からない。
 どうであれ、リルの言った通り、帝国騎士団の勝利が失われることはない。そうであれば帝国騎士団の将である自分も、当日を楽しみに待つことが許されるはずだ。ファルコンはこう考えている。きっとワイズマン帝国騎士団長に相談しても、同じ考えを伝えられるはずだと。

www.tsukinolibraly.com