剣術競技会は準々決勝を終え、四人が勝ち残った。その中にシムラクルム騎士団はいない。全員が準々決勝で敗北した。この結果をどう見るか。準々決勝まで参加者全員が勝ち残れたシムラクルム騎士団は、彼ら自身が言う通り、総合力では最強と評することが出来るかもしれない。こう見る人もいるだろう。ただ少なくとも今、会場にいるシムラクルム騎士団関係者はそうは思えない。彼らの心を占めているのは圧倒的な敗北感。負けるにしても負け方が悪かった。準々決勝を勝ち残った四人に実力差を見せつけられているのだ。
では帝国側はどうか。まだリルが勝ち残っている。大会の結果を判断する段階ではない。ただ少なくとも一人、この結果に焦りを覚えている人間がいる。ワイズマン帝国騎士団長の側近、ヴォイドだ。
「……団長、これは」
勝ち残ったのはリルとルクス騎士団のファリニシュ。そしてイアールンヴィズ騎士団のハティとレヴェナント騎士団のワーグの四人だ。何も知らない人には別々の所属の四人。だがヴォイドはこの四人の繋がりを疑っている。
「勝ち残るべき者が勝ち残ったということか」
ワイズマン帝国騎士団長も同じ。彼ら四人はイアールンヴィズ騎士団、メルガ伯爵屋敷を襲った災厄の神の落し子たちであることを疑っている。だが、ヴォイドと違うのはそれをなんとも思っていないこと。彼らの過去などどうでも良いのだ。今、そして将来、味方であれば。
「彼ら四人は……よろしいのでしょうか?」
「ヴォイド。君は何が言いたいのだ? 彼らは堂々と戦って勝ち残った。それだけのことだ」
「それは……そうですが……」
イアールンヴィズ騎士団は、本物のイアールンヴィズ騎士団はこれほどの実力者揃いだった。まだ彼らは若い。帝国騎士団には彼らよりも強い騎士はいる。だがそれは「今は」。彼らが成長し、今よりも強くなったら。そうなった彼らがまた一つにまとまったら。それをヴォイドは恐れている。
「さて……四人の対戦が見られないのは残念だ」
本来であれば、これから準決勝、決勝が行われ、優勝者が決まる予定だった。だがその予定は狂わされてしまったのだ。
「はっ? これで終わり? 嘘だろ?」
「ああ……その、申し訳ないのだが四人が勝利者ということで」
対戦の終了を告げた帝国騎士団の騎士。ハティのやや無礼な反応にも怒れない。ここまで来たからには優勝を、単独での優勝を求めたい。騎士である自分はこう思うのだから、彼らもそうだろうと考えているのだ。
「……まあ、良いか」
「はっ? 良いのか?」
「今戦っても結果は見えているからな」
優勝はリルで決まり。それは分かっている。結果が見えている対戦を行っても意味はないとハティは考えた。
「勝手に決めるな。お前と違って、こちらは久々の対戦なのだ」
「そうだよ。次は僕とフェンの対戦なのに」
ただワーグとファリニシュは納得が行かない。彼らも誰が優勝するかは分かっている。分かっているがフェンと戦いたいのだ。フェンが消えてから五年。その時から自分がどれだけ近づけたのか確かめたいのだ。
「立ち合いだけなら、今でなくても良いだろ? 休みの日に会いにくれば良い」
「それは……まあ、知らない仲ではないからな」
「……そうだね。こうして僕たち親しくなれたのだから」
剣術競技会をきっかけに親しくなった。これを口実にすれば、フェンに会いに行ってもおかしくない。二人はこう思った。別にどうでも良いことだ。休日に何をしていようが所属している騎士団は何も言わない。二人の気持ちの問題なのだ。
「納得してもらえたかな?」
「陛下!?」
問いかけてきたのは皇帝。それに四人と話をしていた騎士のほうが驚いた。慌ててその場に跪き、頭を垂れる騎士。四人もそれに倣った。
「良い。頭を上げよ」
皇帝のこの言葉を受けて、頭を上げる四人と騎士。やってきたのは皇帝だけではなかった。ルイミラ妃、それにワイズマン帝国騎士団長とヴォイドもいる。それ以外にも近衛騎士団の人たちが周囲を囲んでいる。
「ここで止めたのは朕だ。帝国にとって四という数字は良い数字なのでな。四人の勝者で大会を終えたいと考えたのだ」
四の数字に何の意味があるのか。これを聞かされた人々の頭に浮かんだのは守護四神家、アネモイ四侯爵家だ。
「皆、見事な戦いぶりであった。お主らの戦いを見て、朕も久しぶりに胸が躍った」
「……ありがとうございます」
この場でどう振舞えが良いのか。四人には分からない。皇帝と話をしたことがあるフェンが、とりあえず代表して口を開いた。
「建国の英雄アルカス一世を支えた四人。叶うなら、その彼らのように帝国を支える勇者となってくれることを朕は願う」
「……偉大なる先達に並ぶことなどとても出来ませんが、これからも精進して参ります」
「うむ。励め」
満足そうな笑みを向けると皇帝は貴賓席に戻っていった。結局、皇帝は何をしたかったのか。多くの人は理解出来ないでいる。
「……どういうことだ? 俺たちも侯爵にしてもらえるのか?」
小さな声で他の三人に問いかけるハティ。
「そんなわけないだろ? 皇帝陛下からありがたいお言葉を賜った。それだけだ」
「それだけ? そういえば……この大会、賞金って出ねえのか?」
「ああ、そういえば……名誉だけってことか」
腕試し、上手く行けばフェンと戦える。それを目当てに三人は大会に参加した。賞金、賞品などは気にして調べていなかった。
「賞品はいずれ届けられることになる。陛下の御名でだ。何が贈られるかは私にも分からないが、高価であることは間違いないだろう」
彼らの疑問に答えたのはワイズマン帝国騎士団長。その顔には笑みが浮かんでいる。
「私からも礼を言わせてもらう。勝ち残ってくれてありがとう。君たちには関係のないことだろうが、騒がしかった者たちを黙らせてくれたことに感謝する」
「……ああ……俺たち、もしかして陛下に利用されましたか?」
「そうかもしれないな」
皇帝がわざわざ彼らのところにやってきて、声を掛けたのはその様子を周囲に見せつける為。剣術競技会を勝ち残った四人が皇帝に忠誠を誓った。そう見える場面を作ったのだ。帝国の守護四神家になぞらえるようなことまで口にして。
これにより、この大会の評価は定まる。シムラクルム騎士団は準々決勝まで全員勝ち残った。だがその全員が皇帝に忠誠を誓う者たちに敗れた。大会全体の勝者はシムラクルム騎士団ではなく帝国、皇帝だ。こういう評価になる、かもしれない。
◆◆◆
剣術競技会の評価は微妙なもの。それでも、帝国騎士養成学校の騎士候補生であるリルが勝ち残ったことで、帝国はぎりぎり対面を保ったといったところだ。なんといっても勝ち方が良かった。シムラクルム騎士団の団員との圧倒的な実力差を見せつけて勝ったのだ。それにより、シムラクルム騎士団に対する評価を抑え込むことが出来た。想定的に帝国への評価はそれなりのものになった。
ただその結果、リルの周囲は以前よりも騒がしくなる。身近にいる人たちが知っていた実力をその何十倍もの人たちが知ることになったのだ。
「それで、毎日毎日、三年生の訓練の相手をさせられている?」
「はい。卒業演習が終わるまでという約束ですので、申し訳ございませんが、グラキエス様のお相手は出来ません」
グラキエスに鍛錬に付き合ってほしいと頼まれたリルだが、すでに先約がある。放課後は毎日、帝国騎士団相手の演習を控えている三年生たちの相手をさせられているのだ。
「少しくらいはなんとかならないのか?」
「いや、三年生ほぼ全員の相手をするわけですから」
毎日訓練に参加していても一人に向き合える時間をそれほど多くはない。リル自身の思いは関係なく、三年生が納得しない。
「……こういう言い方は三年生に失礼だと思うが、付け焼刃でどうにかなる相手ではないと思うが?」
例年、圧倒的な実力を見せつけてくる帝国騎士団。演習前に慌てても実力差が埋まるとはグラキエスには思えない。一方で自分にはまだ一年以上の時間がある。そう思ってしまう。
「それでも何もやらないよりはマシです。これは私ではなく、三年生の考えです」
「まあ、それはそうだ」
頑張っても無駄。こう考えて何もしないのは、グラキエスとしてもあり得ないことだ。逆に無駄だと分かっていても出来るだけのことを精一杯行う。グラキエスの考えはこちらのほうだ。
「それにもう一つ頼まれていることがあります。それにもかなり時間を取られそうですので」
「もう一つ? それは何だ?」
「戦術を考えること」
「はあ? そんなことまで引き受けたのか?」
さすがにそれはやり過ぎだとグラキエスは思う。卒業演習は三年生の行事。二年生のリルが過度に関わるべきではない。リルが悪いというより、そこまで頼ろうとする三年生がグラキエスは理解出来なかった。
「一から十まで全て考えるわけではありません。帝国騎士団の戦術を分析して、対応すべき点を考えるまでです」
「それで一から十までではない?」
「三年生一人一人の能力を私は完全に把握していませんので。実行できない作戦を考えてしまう可能性があります」
実行不可能な作戦を考えて意味はない。リルが示すのはあくまでも一つの素案。それを実行可能なものに変えていくのは三年生が行うべきことだ。
「なるほど……しかし、帝国騎士団の戦術を分析? それはどうやって行うつもりだ?」
「実はそれに困っていまして。演習に参加する騎士団の人たちも訓練を始めているという情報は得ました。なんとかして、それを偵察出来ないかと思っているのですが」
その方法が思いつかない。忍び込むしかないと思っているが、見つかった場合にどうなるかをリルは心配している。騎士養成学校の訓練ではない。帝国の軍事組織、帝国騎士団の訓練なのだ。誰でも見ることが許されるものであるはずがない。
「……簡単だ。私に任せろ」
「えっ? そうなのですか?」
「ローレルにだって出来ることだ。だがやろうとしない。そういうところが子供なのだ」
「お前に言われたくない」
子供と言われて文句を口にするローレル。
「私はそれが必要であれば、自家の名を使うことを躊躇わない。自分の従士が約束を果たそうとしているのだ。つまらない意地など横に置いておける」
アネモイ四家の権威を利用する。それを躊躇う気持ちは、ローレルとは違い、グラキエスにはない。乱用するつもりはない。私利私欲の為に使うことも絶対にしないつもりだ。必要な時に自分が使える力を使うだけ。こう思っているのだ。
「それは……」
自家に頼ることにローレルは抵抗を感じる。だが、グラキエスの言う通り、リルの為であれば、自分の感情は抑えて頭を下げるべきだ。これについては反省しべきだと思った。
「まあ、今回は私に任せろ。その代わり、私も同行する」
「それはもちろん」
「しかし……訓練を見ただけで勝てる作戦を考えられるものなのか?」
自分にそれが出来るかと考えた時、悔しいが、答えは否だ。リルの能力はそこまで高いのか。自分とはそれほど差があるのかとグラキエスは思った。
「まさか。それは無理です」
「では何を見るつもりだ?」
「動き、ですか。部隊としての行動がどれほどのレベルにあるのか。対戦する帝国騎士団は、演習の時だけの寄せ集めだという話ですので、綻びがあることを期待しています」
帝国騎士団の最精鋭部隊が出てくるわけではない。さすがにそれでは圧倒的な勝利を得て、当たり前。実力を見せつけるという点では今ひとつだ。帝国騎士団の部隊は若い騎士、従士で編成されることになる。普段とは違う部隊編成になるのだ。
そこに隙がないか。リルが期待しているのはこの点だ。
「三年生はどうなのだ? ひとつにまとまっているのか?」
自分のクラスが持つ弱点。分かっているのに今年も克服出来ないまま、体育祭を迎えてしまった。その欠点がないリルの、ローレルのクラスは去年以上の実績を残してみせた。
では三年生がどうなのか。自分のクラスと同じはずだとグラキエスは考えている。
「かなりまとまっていると思いますけど……当日までには、もっと良くなるのではありませんか?」
「そうなのか?」
だがリルの答えは予想していたものと違っていた。リルが「かなりまとまっている」と言うのだから、実際にそうなのだろうとグラキエスは思った。
「参加者全員が全力で取り組んで、それでも勝てる可能性はほぼない相手ですから」
貴族だ平民だと言っている場合ではない。そんなことで揉めて一つにまとまれなくては、惨敗を喫して大恥をかくだけ。なんとかして一矢報いる。体育祭で結果を残せなかった三年生は、本当に、必死なのだ。その必死な想いが、貴族と平民の溝を埋めているのだ。
「……私たちの代はどうだろう?」
「同じです。全力でぶつかっても勝てる相手ではありません。だって、帝国騎士団はこちらの実力を把握しているのです。私たちが頑張って強くなれば、それ以上に強い部隊を編成してくるだけです」
「確かに……だがそうだとしても、少しでも強い部隊を引きずり出したものだな?」
「……そうですね」
実際は、リルにそういう思いはない。グラキエスに話を合わせただけだ。騎士養成学校での評価をリルは必要としていない。剣術競技会で無駄に目立ってしまった。今はこの思いがあるので尚更、これ以上、目立つことはしたくないと考えてしまうのだ。
このリルの思いが周囲に理解されることはない。この先も、やはり目立ってしまうことになる。そういう運命なのだ。