月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第95話 かつて見た夢

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 準々決勝に進む八人が決まった。どのうちの四人がシムラクルム騎士団の団員。これまでのところはシムラクルム騎士団がその力を見せつけている形だ。その悔過を受けて、シムラクルム騎士団の応援は益々勢いを増している。事情を知らない人たちにとって、今の結果は大番狂わせ。帝国騎士団を誇りに思い、公式にはその下部組織である帝国騎士養成学校を応援していた人々であっても、試合観戦としてはジャイアントキリングが起きたほうが楽しいのだ。

「……この状況はあまり良いものではないな」

 誰に向けてということもなく呟いたムフリド侯。帝都住民の中からもシムラクルム騎士団を応援する者が出てきた。これは政治的にも良くない状況だ。皇帝のお膝元で暮らす人々が反帝国勢力を応援するなど、本来、あってはならないことなのだ。

「そうだとしても我らにワイズマン帝国騎士団長を責める資格はない」

 その声に応えたのはセギヌス侯だ。この状況は帝国騎士養成学校の代表がことごとく負けてしまった結果、生まれたもの。その負けた代表はアネモイ四家、自分たちの子なのだ。

「分かっている。ワイズマン帝国騎士団長を責める気は、まったくない。ただ、今の状況は良くないと言っているだけだ」

「だからといって無理やり黙らせることも出来ない。黙って見ているしかない」

 ここでシムラクルム騎士団への応援を無理やり止めさせても、かえって帝国の評判を落とすだけ。帝国から気持ちが離れ、シムラクルム騎士団に向くだけだとセギヌス候は思っている。

「しかし……ここまで堂々とやってくるとは。シムラクルム騎士団の力はそれほど大きくなっているのか?」

 これがきっかけで帝国と戦いになっても構わない。そうシムラクルム騎士団が考えているのだとすれば、勝てる算段がつくほどシムラクルム騎士団の勢力は大きくなっているということになる。

「ワイズマン帝国騎士団長、どうなのだ?」

「……まだ真正面から戦える状態ではないと考えております。我らはシムラクルム騎士団との戦いだけに全戦力を投入できる状況にはありません。この点を考えての挑発ではないかと」

「そうだとしても挑発できる自信は出来たわけだ。さらに成功すればシムラクルム騎士団の力は増すことになる」

 時の経過は反帝国勢力に利があり、帝国は追い込まれる一方。ずっと前から分かっていることだ。反帝国の三大勢力と同時に戦えないことはムフリド候も分かっている。だがどこかで動かなければならない。そうしなければ帝国は一勢力相手でも抗えなくなってしまう。

「もうすぐ各地に散った公安部の者たちが戻ってきます。彼らがもたらす情報で、改めて情勢分析を行いますので、その結果をお待ちください」

 ワイズマン帝国騎士団長に開戦を決める権限はない。その権限を持つのはただ一人、皇帝だけだ。そして皇帝は、まず間違いなく、それを許さない。今のままでがどうにもならない。皇帝の考えを覆す必要がある。それもあって帝国騎士団は各地に人を派遣し、情報収取に務めている。逆に今、皇帝が開戦を決めても情報不足で、すぐには動けないのだ。

「それはそれとして、今目の前の状況はどうなのだ?」

「ネッカル侯? トゥインクルは大丈夫なのか?」

 ネッカル侯はトゥインクルの怪我を心配して、様子を見に行っていた。こんなに早く戻ってくるとは問いかけたムフリド侯だけでなく、他の者たちも思っていなかった。

「大丈夫も何も……娘に追い返された。心配しているこちらの気持ちをどうして分かろうとしないのだろうな?」

「それは……確かに大丈夫ということだな。それは良かった」

「良くはない。可愛い娘を……あの男、絶対に許さん! イザール侯! 大丈夫なのだろうな!?」

 ネッカル侯はトゥインクルを傷つけ、屈辱を与えたシムラクルム騎士団の従士に強い怒りを覚えている。当然だ。トゥインクルは卒業後の進路の件から、今は父親を嫌っているが、父親のほうにそんな思いはない。娘が幸せになる一番の道を選択をしようとしているつもりなのだ。

「大丈夫かと問われても……負けた時の言い訳にするつもりはないが、厳密には彼は当家の人間ではない。ローレル個人に仕えている立場だ。その実力を当家で把握しているのはローレル……あとはプリムローズくらいだ」

「それは……では、ワイズマン帝国騎士団長。どうなのだ? 彼の実力を少しは把握しているのだろう?」

「絶対に大丈夫です」

「なっ……? 絶対?」

 ワイズマン帝国騎士団長は大言壮語を吐かない人物。その彼が「絶対に」という言葉を使ったことにネッカル侯は驚いた。

「彼は、帝国騎士養成学校が帝国最強であることを証明する為に、仲間たちから選ばれた代表です。必ず、帝国騎士養成学校の騎士候補生であることの誇りを皆に与えてくれるはずです」

「そこまで言うか……」

 ネッカル侯の視線がイザール侯に向く。自分たちとは異なり、一人落ち着いた様子のイザール侯。リルの実力は知らないと話していたが、それは嘘なのだろうとネッカル侯は思った。

「楽しみだな。朕もあの者とは面識がある。頑張ってもらいたいものだ。ワイズマン帝国騎士団長の言う通り、帝国の誇りを守ってくれることを期待したい」

「陛下……私も期待しております」

 いきなり会話に割り込んできた皇帝。リルを知っているという事実はネッカル侯も既知のこと。驚きはない。ただ気になるのは皇帝は「帝国の誇り」と言った。その前にワイズマン帝国騎士団長が使った「騎士候補生であることの誇り」から変えた。特に意識してのことではないとは思う。だが、少し気になった。

 

 

◆◆◆

 剣術競技会もいよいよ準々決勝。その第一試合が始まろうとしている。準々決勝からは一試合ずつ行われることこなる。ひとつの闘技台に観客の視線は集中している。シムラクルム騎士団の応援は相変わらずだ。対戦相手が騎士養成学校の騎士候補生でなくても声の大きさは変わらない。ここまで来たら上位独占。そういう結果を期待し、誰が相手であろうと負けられない試合になっているのだ。
 だが、その期待は第一試合で消えることになる。

「赤! シムラクルム騎士団! ゴート!」

 シムラクルム騎士団の代表はゴート。その名を審判が告げたところで喊声がひときわ大きくなる。

「白! ルクス騎士団、ファリニシュ!」

 対戦相手に向けての歓声はかなり小さい。騎士候補生ではない彼を知る者は所属する騎士団以外では数人しかいないのだ。

「始め!」

 審判が試合開始を宣言する。お互いにゆっくりと間合いを詰めていく、と思われた瞬間、ファリニシュの動きが加速する。

「その動きは見切った!」

 対戦相手のゴートはその動きを読んでいた。ファリニシュのここまでの戦いを分析した結果だ。ファリニシュの武器は動きの速さ。その速さで相手を翻弄して、勝負を決める。そういう戦い方なのだ。
 間合いを詰めたファリニシュに向けて剣を振るゴート。

「なっ!?」

 だが剣が届く前にファリニシュの姿は消えた。消えたように見えた。行方を追おうと体をひねるゴート。だがもう遅い。

「…………!?」

 衝撃が体を襲う。何が起きたのか分からないまま、全身に広がる強烈な痛み。ゴートは立ち上がる力を失い、膝から崩れ落ちていった。

「素早いだけが取り柄でごめんなさい。でも、速さも力もない君よりはマシだよね?」

「ま、まさか……そんな……」

 勝算はあった。同行してきたシムラクルム騎士団の団員たちはただの応援要員ではない。他の試合を見て、勝者の戦い方を分析して、それを代表選手に伝えていた。準々決勝は負けるはずのない対戦だった。

「勝者! 白! ファリニシュ!」

 審判がファリニシュの勝利を宣言した。何が起きたのか理解できていなかったシムラクルム騎士団の応援団から、どよめきが起きる。予想していなかった躓き。それに驚き、戸惑う声だ。

「ここまで手の内を隠していたのか?」

 床に倒れたままの味方を運ぶ為に闘技台に上がってきたシムラクルム騎士団の団員たち。そのうちの一人が話しかけてきた。三回戦でトゥインクルと戦ったガルンだ。

「……何か問題がありますか?」

「いや、ない。だがお前の手の内はもう見えた。準決勝を楽しみにしていろ」

 この男はファリニシュの次の対戦相手。勝ち残れればの話だ。

「今のが全力だと思われても……」

「なんだと?」

「それに君と僕が戦うことはないよ。絶対に」

 ガルンに背を向けて、闘技台の降り口に向かって歩き出すファリニシュ。視線の先にはリルがいる。一見、ぼんやりした表情で立っているリルが。

「調子に乗るな! 貴様は準決勝で叩きのめしてくれる! シムラクルム騎士団は最強なのだ!」

 そのファリニシュの背中に向かって叫ぶガルン。その叫びを受けて、観客席の応援も蘇った。声量はこれまでと変わらないが、熱の入れようはこれまでとは段違い。傘下に入った私設騎士団は別にして、シムラクルム騎士団の団員たちは必死だ。彼らに負けて帰ることは許されない。帰っても居場所がなくなってしまうのだ。
 シムラクルム騎士団の大応援が会場に響く中、リルはゆっくりと闘技台に上っていく。その姿を見て、騎士養成学校を応援する側からも大歓声があがった。

「……貴様か……臆病な主人のしりぬぐいは大変だな!?」

「…………」

「何だ!? 怯えて口を利けないのか!? ああ、主人に尻尾を振るしか能のない飼い犬に人間の言葉は話せないか!?」

 リルを挑発するガルン。トゥインクルと戦った時と同じだ。

「弱い犬ほどよく吠えると言いますけど、本当なのですね? それともこの大会って口の悪さを競う大会でしたか?」

 そして反撃されるのも同じ。さらにリルが話しかけているのはガルンではなく、審判。ガルンには目も向けていない。

「君、口を慎みなさい」

 リルの言葉を受けて審判がガルンに忠告する。トゥインクルとの対戦、それ以前の対戦の時からガルンの態度は、審判にとっては不快なものだったのだ。

「だったらさっさと戦いを始めろ」

「……始め!」

 不快な思いを隠すことなく、それでも試合開始を告げる審判。

「かかって……ぐあっ!」

 ガロンが言い終わるのを待つことなく、リルは動いていた。真横に大きく吹き飛ぶガロン。跳んだ勢いを殺せないまま、闘技台の上を転がることになった。

「……無効!」

 審判の判定は無効打。リルの攻撃は蹴り。そうであることを、なんとか見切ることが出来ていた。

「……こ、この」

「悪い。あまりに隙だらけだったのでつい。次は、もう攻撃して良いとお前が言ってからにしてやる」

「ふざけるな!」

 屈辱で顔を真っ赤に染めているガルン。不意を突かれたとはいえ、リルの攻撃はまったく見えていなかったのだ。

「なんでも良いけど、さっさと立てよ。それとも、もう降参か?」

「一発入れたくらいで調子に乗るなよ?」

「まさか? あんな隙だらけだったら、帝都では子供でも一発入れられる。騎士候補生の俺が舞い上がるわけないだろ? それともあれか? シムラクルム騎士団では凄いことなのか?」

 意外とリルも口喧嘩が上手い。彼を知る騎士候補生はやり取りを聞いていて、こう思った。

「……殺してやる」

「だから、これは口の汚さを競う大会じゃない」

 言い切ったと同時にリルは動いた。その動きを予想し、身構えていたガルン。だがやはりリルの攻撃を見切ることは出来ない。左脇腹に衝撃を受けて吹き飛ぶことになった。

「……こ、この、ぐがっ!」

 立ち上がろうとするガロンにまたひと蹴り。大柄なガロンはその一撃で床を転がっていく。さらに一撃。もう一撃。反撃に転じる余裕はまったくない。

「……き、君。蹴りは無効だ」

「ああ、すいません。前の対戦でこの男がやっていたので問題ないものと思っていました」

 リルが勝負を決めることなく、蹴り続けているのはトゥインクルがやられたことをやり返しているのだ。

「仕方がない。お前、攻撃してこい。特別に先手を譲ってやる」

「……後悔するなよ」

 屈辱ではあるが、拒否はしない。リルの攻撃を防ぐ手立ては、今のところない。そうであれば攻撃で圧倒するしかない。元々、ガロンの戦いは攻撃が主体なのだ。剣を構えて、リルとの間合いを詰めるガロン。ここぞという間合いで剣を振り下ろした。
 だが、やはり吹き飛んだのはガロンだった。大き後ろに跳んで、背中から落ちることになった。

「…………」

「剣を合わせただけです」

「……無効!」

 審判も見切れなかった動き。リルの申告通り、無効の判定を行ったが、どうしてガロンが吹き飛ばされることになったか分かっていない。

「立って剣を拾え。もう一度、先手を与えてやる」

 立ち上がり、剣を構えてリルに向かうガロン。また間合いを詰めて切りかかるが結果は同じ。ガロンのほうが吹き飛ぶことになる。さらにもう一度、もう一度、何度やっても同じ結果だ。
 それが十回を超える頃には、会場を静寂が包んだ。あまりに一方的な戦い。圧倒的な実力差。それを見せつけられてシムラクルム騎士団側は声を失い、騎士養成学校側も息をのんで、成り行きを見つめるだけになった。

「……あれ、いつまで続くのだろう?」

 これはシムラクルム騎士団側だけでなく、会場全体の共通する思いだ。

「千回挑んでも勝てないと思い知るまで。つまり、心を折るまでだろ?」

「えげつないな」

「己の実力も分からず、相手を怒らせるからこうなる。自業自得。殺されないだけ感謝しろって話だ」

「お。おい?」

 また問題発言をしてしまう仲間。それを止めようとしたが、もう遅い。すでに言いたいことは口に出してしまっており、周りはそれを聞いている。

「おい、貴様。ふざけたことを言うな」

 さきほどは睨むだけだった周りも今度は黙っていなかった。圧倒的な敗北を見せつけられていることで、心が苛立っているのだ。

「ふざけていない。事実を話しているだけだ」

「なんだと!?」

「事実だろ? 鎖に繋がれた飼い犬と野生の狼の区別もつかないなんて、それでよく、恥ずかしくもなく大会に参加出来たものだ。それとも何か? お前はあんな奴を強いと思っているのか?」

「それは……」

 強いと言えるはずがない。相手の攻撃はまったく防げない。攻撃もまったく当てられない。剣をはじき返され、吹き飛ばされ、それを繰り返されているだけでフラフラになっているのだ。
 とうとうガルンは攻撃することもできなくなった。激しく息を切らして、その場にしゃがみこんでしまう。

「……お前が這いつくばる相手は俺じゃない」

 そのガルンの首根っこを掴んで引きずっていくリル。手を離したのは闘技台の端だ。抵抗することも出来ず、うつ伏せでぐったりしているガルン。まともに受けた攻撃は数発の蹴りだけなのだが、それでも立ち上がれなくなっているガルン。

「参りましたと言え。それともまだ続けるか?」

「…………」

「良し、じゃあ、続ける」

 また首根っこを掴んで、無理やりガルンを立たせようとするリル。

「ま、待ってくれ……」

 それに焦るガルン。負けを認めることには躊躇いを覚える。だがこれ以上、戦い続けても勝ち目はない。屈辱の時間が、苦しい時間が続くだけ。それは嫌だった。

「言葉が違う」

「……ま……ま、参りました」

 ガルンは敗北を認めることを選んだ。最初の躊躇いが最後の抵抗。それ以上、抗う気力は残っていなかったのだ。

「だそうです」

「……闘技台の上からってどうなの? でも、良いわ。これ以上、その男は見たくない」

 トゥインクルの顔に笑みが戻った。リルは自分が望んでいた以上のことをしてくれた。想像以上のやり方に、少し引いてしまったくらいだ。

「勝者! 帝国騎士養成学校、リル!」

 リルの勝利を宣言する声。それと同時に会場に大歓声が響く。沈黙からの反動。騎士候補生たちは興奮し、とにかく叫んでいる。帝都住民たちも似たようなものだ。リルは期待に応えてみせた。圧倒的な力を見せつけてくれたのだ。

「……本当に殺さなかった。丸くなったのか?」

「えっ、どういうこと?」

 仲間のつぶやきの意味が分からない。分かるはずがない。彼はリルが、彼の仲間が何者か分かっていないのだ。

「なんでもない。じゃあ、俺、先に行くから」

「えっ、どうして?」

「ここにいると気まずいだろ? それにもう勝負は決まった。なんて言うとまた文句を言われるか」

 仲間の返事を待つことなく、彼は席を立って、出口に向かって歩き出した。その彼の行く手を遮るように立つ従士。彼と同じ騎士団の人間でもシムラクルム騎士団の団員でもない。別の私設騎士団の従士だ。
 その従士に一瞥をくれて、その横を通り過ぎようとした彼。

「帝国最強は……」

 その足を止めたのは従士の呟きだった。

「帝国最強は……イアールンヴィズ騎士団だよな?」

「……ああ。フェンが団長ならな」

 群れから離れた狼はフェンたちだけではない。ハティ、スコールたちの他にも各地に散った仲間たちがいる。その彼らもフェンの健在を知った。変わらず、圧倒的な力を見せつけるフェンをその目で見た。
 イアールンヴィズ騎士団を帝国最強の騎士団にする。かつて見た夢を思い出すことになった。

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