月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒と白の動乱記 第14話 面倒ごとが増えていく予感

異世界ファンタジー 黒と白の動乱記

 任務を終えた第十特務部隊。部隊として認められる戦功はなかったが、隊員である白夜の働きはかなり高い評価を得ることになった。これは白夜個人のことであっても、部隊として喜ぶべきことだ。喜ぶべきことであるはずなのだが、部隊にはそういう雰囲気はない。個々人は「よくやった」と白夜を褒めることはある。だが、皆で白夜の初めての戦功を祝おうという状況ではないのだ。
 化物との戦いによる死傷者は八人。そのうち死者は五人という大きな犠牲を払うことになった。一度の任務で、今回は突発的な事象ではあるが、これほどの犠牲者を出したのは初めてのこと。原因は明らかだ。敵のほうが数が多いことは良くあることだが、個々の実力でも劣勢であることは多くない。里を襲撃する場合、里主を除く化物はその弟子であり、ほとんどが修行中。数は多くてもそれほど脅威とはならない。里主さえ討ってしまえば良いのだ。だが今回戦った化物たちはそれとはまったく違っていた。一人一人がそれなりの実力者。一対一でも厳しい戦いになるというのに、敵のほうが数が多かったのだ。
 最初はなんとか戦えていた。だが、敵の数はみるみるうちに増えていく。帝国軍の部隊に奇襲を仕掛けようと集団で移動していた化物たちに、そうとは気付かず、第十特務部隊のほうから戦いを仕掛けた結果だ。完全な状況判断ミスだった。
 それを悔やんでも犠牲者は戻らない。重傷者が全員復帰出来たとしても、白夜も入れて、十四人。数か月前、白夜が入団する前と比べて、三割の戦力が失われたのだ。

「お帰りなさい、隊長。どうでしたか?」

「……欠員の補充は先になりそうだ。それもいつとも決まっていない先だな」

 隊長の鷹我は、失われた戦力の補充について話をしてきた。公式の上官ではなく、神無寺の住職だ。結果、具体的な話はまったくなし。誰か分からない真の命令者は、まだ動いていないということだ。

「そうですか……小僧の件は?」

「それも保留」

「こんなに数が減ったのにですか?」

 白夜を狩人にする。ここまで数が減ったからには、上は間違いなくそうすると思っていた。今回の任務で狩人になるに必要な実力があることは、実際に戦う様子を見たわけではないが生き延びたというだけで、十分に証明されたと考えていた。鷹我もそうだ。だから白夜に魔凱は支給されないのか住職に尋ねたのだ。

「まだ白夜には大切なものがある。俺たちのように化物を殺す以外に生きる意味を持たないわけではないというのが理由だ」

「……化物を殺すことだけが自分たちの生きている価値ですか。まあ、そうかもしれませんけど……」

 実際にそうだと思う。だが共に戦うどころか、どこの誰かも分からない命令者がそう思っているというのは、なんとなく気分が悪い。化物と同じに見られているように思えてしまうのだ。

「白夜が狩人になるには家族の死が必要ということになる」

「……だからって殺すわけにはいきません。それでは化物と同じだ」

「ああ、そうだ。それに、本当の理由かは分からない。奴は、得体が知れない。少なくとも素性を誤魔化しているのは間違いないだろう」

 庶民の生まれとはとても思えない。もし本当にそうだとすれば、どんな才能を与えられて生まれてきたのか。生まれ持った戦いの才というものは、史実か作り話か分からない物語で知っているが、白夜はそういう存在ということになる。そういう存在が自分の身近に現れたとは鷹我は思えないのだ。

「聞き込みでは怪しいところはなかったはずですが?」

「そうだ。だが周りも騙されている可能性はある」

 騙されているのではない。白夜たちが住んでいる長屋、その周囲にも組織の関係者が一般人を装って暮らしている。作られた素性を事実であるように証言する役割の者だ。第十特務部隊の隊員たちは、その証言を信じていたのだ。

「調査結果待ちですか……そうだとしても、小僧の力は必要だと思いますけど……」

 本当に問題があるのであれば仕方がない。だがそれが分かるまで、白夜の力を活用しないというのは勿体ないと思う。

「任務に同行させないわけではない。魔凱(マガイ)を与えないだけだ」

「その任務ですが、すぐにあるのですか? 他の奴らと合同でというのであれば、まあ、なんとかなると思いますけど」

 単独任務は行いたくない。さらなる犠牲者を出す可能性が高いのだ。

「任務についても何も決まっていない。我々の状況は分かっているのだから、しばらくはないと思うが、あるとしても通常任務だろう」

「通常任務でも、この間みたいなのは御免ですけどね?」

「あれは何だったのだろうな? 上も把握していなかったようだ。とぼけられたか、住職にも伝えられてない可能性もあるが」

 敵に化物がいることなど、まったく知らなかった。あれだけの数が参戦していたのに、命令者がその動きを事前に察知していなかったことも驚きだ。

「知っていて、あれは……自分たちを見殺しにしたようなものではないですか」

「だから把握していなかったのだと考えている」

「……まさか奴らの討伐命令がすぐに出るなんてことは」

 全容を把握出来ていない状態でも、かなり手強い集団であることが分かっている。討伐なんてことになれば、また大きな犠牲が伴う。単独任務となれば、全滅になってもおかしくない。化物の存在は許せない。この強い想いがあっても全滅が分かっている戦いなど望んでいないのだ。

「分からん。だが、正面から戦えば良くて相打ち。それが分からないはずはないだろう」

「まあ……」

 鷹我ほど、この兵士は上を信用していない。自分たちは使い捨ての道具。こう思う時は多々あるのだ。

「……問題は、欠員以外にもあるようだ」

「ああ……何なのですかね? 落ちこぼれの俺たちを何とかしなければという使命感か、まさかの本当に気に入られたか」

 近づいてくる集団に兵士も気が付いた。瑛正とその側近たちだ。出来ることなら、二度と関わりになりたくない相手。これもまさかの御剣家が自分たちの命令者であるなら話は違ってくるが、そうとは思えない。

「……両方かもな」

 第十特務部隊は目立つことを避けたい。今、軍でもっとも目立つ活躍をしている御剣家の瑛正と関わることはそれとは逆の望まない状況を作ることになる可能性がある。白夜に恩賞が与えられることも、個人としては祝福するが、狩人部隊の隊長としては望まない結果なのだ。
 苦々しい思いを心に秘めながらも鷹我は瑛正たちを迎える為に歩き始めた。

 

 

◆◆◆

 落ちこぼれの第十特務部隊を一から鍛え直す。これは皇帝の命令だ。瑛正はその命令に従っているだけ、というのは第十特務部隊との関係を深めることを苦々しく思っている朱馬をはじめとした側近たちへの言い訳だ。命令を果たそうという思いは勿論ある。だがそれは瑛正だけに命じられたことではない。第一軍の大将軍である金剛(コンゴウ)が受けた命令で、第一軍全体として取り組むことだ。だが瑛正はそれを自分の役目だとして、行動している。第十特務部隊、その隊員の一人である白夜と接触する機会を作るためだ。

「……鍛錬ですか……ありがたいことですが、ただの兵士である自分が一軍の将の方々と共に鍛錬するというのはどうなのでしょう?」

 白夜にとっては実に迷惑な取り組みだ。白夜は、瑛正とその側近たちとの関わりなど持ちたくないのだ。

「それほど大げさに考える必要はない。自軍の兵士を鍛えるのは日常的に行われていること。それに君も参加するだけだよ」

「日常的ですか……」

 自分を見る側近たちの目はそうは言っていない。どうして自分が鍛錬の相手をしなければならないのか、という不満がはっきりと浮かんでいる。

「……ああ、では相手を選ぼうか。将相手では気が引けるというのであれば、良い相手がいる。春青(シュンセイ)!」

「げっ?」

「げっ……?」

「いえ、ちょっと喉が詰まって…・・何だろう? 大丈夫ですから、お気になさらず」

 なんだか気が緩んでいる。そうしてはいけない状況であるのに、どうしてこうなのか。疑問に思いながら白夜は嘘で誤魔化そうとする。

「……大丈夫なら良いけど。君の相手は春青に任せる。兵士ではないけど、部隊指揮をする立場でもないので、気兼ねする必要はない」

「そうですか……そういう方も常にお側に置いておられるのですか?」

「えっ……ああ、今日は特別。将相手に、なんて思う者がいることを予想して連れてきた。実際に君はそうだった」

 どちらかというと朱馬たちだけに任せると手を抜く可能性があるから。相手に合わせる為に手を抜くというのであれば問題ないが、そうではない。朱馬たちからはまったくやる気を感じなかったのだ。

「じゃあ、春青。頼む」

「はっ」

 白夜の問いに答えている間に春青は近きに来ていた。

「では、白夜殿。私が相手を務めさせてもらいます」

「……よろしくお願いいたします。あと、殿は無用です。自分はただの兵士ですから」

「私も他軍の兵士を呼び捨てに出来るような立場ではありません。それに言葉遣いを気にするのは無用。鍛錬ですから」

「……分かりました」

 後半はどこかで聞いたことがあるような言葉。自分の言葉であることは、すぐに思い出せた。

「では……始めましょう。そちらから打ち込んできてください」

「はい」

 周囲に人がいない場所まで移動して、立ち合い稽古を始める。白夜が攻めて、春青が受ける。最初はそこからだ。

「加減は無用」

「してません」

「……無用です」

 白夜のほうが手加減をしている。それを春青はすぐに見抜いた。だから白夜は春青との稽古は嫌だったのだ。手加減無用と言われても、本気など出せない。それ以前に太刀筋を誤魔化すことに必死だ。
 だがそれも春青に気付かれてしまった。

「っと!」

 いきなりの反撃。それに咄嗟に反応してしまった白夜。わざと受けることを瞬時に考えられないほどの鋭い反撃だったのだ。心の中で舌打ちをする白夜。春青のことを本当に厄介な相手だと思っている。

「……剣は誰に習っていたのですか?」

「……父親から少し」

 剣を習っていたことは誤魔化せない。誤魔化せば下手に疑いを持たせるだけだと白夜は考えた。

「お父上はどこに仕えていたのです?」

「仕えてはいません。ずっと家にいましたから働いてもいません。うちは母が稼いでいました」

 さらに用意しておいた嘘を語る。今回の依頼は長期になることが分かっていた。しかも対象と共にいる時間が長い。それなりに戦える理由は必要だと考えていたのだ。

「……浪人ということですか?」

 春青は白夜の父親は武家の人間だと決めつけている。白夜の太刀筋は素人剣法のそれではない。それが分かっているのだ。

「分かりません。親父からそういう話は聞いていません」

 都合良く解釈してもらえても、それを肯定することはない。詳しいことは分からないにしておかないと、どこかで辻褄が合わなくなる恐れがあるからだ。

「今も働いておられない?」

「親父は、母親もですが、死にました」

「それは……申し訳ありません」

「謝る必要はありません。気にしてませんから」

 これで、少なくともこの場での、追及は終わる。あとは相手の出方次第。春青ではなく、瑛正でもなく、第十特務部隊の出方次第だ。何も変化がなければそれで良し。怪しんで排除に動くようであれば、荒っぽい対応になってしまう。

「……少しお待ちください」

 明らかに何事かを考えている様子で、白夜から離れていく春青。それを見る白夜は、表には出さないが、不安を感じている。まずあり得ない可能性、自分の素性が知られてしまった可能性を考えてのことだ。

「どうした? 何かあったのかな?」

 春青が向かったのは瑛正のところ。それが尚更、白夜を不安にさせている。

「どうでも良いことかもしれませんが、一応、お耳に入れておこうかと思いました」

「どうでも良いこと……? 聞かせてくれるかな?」

 積極的に自分と話をしようとしない、それどころか必要最小限の会話しかしようとしない春青が、どうでも良いことを話そうとしている。それはもう瑛正にとって「どうでも良いこと」ではない。

「あの兵士ですが、武家の出。それも御剣家に関わりがあった家に生まれた可能性がございます」

「……何故、そう思った?」

「剣の型に似たものがございます。かなり崩れておりますので、私の勘違いである可能性もありますが」

 白夜が誤魔化そうとしていた剣の型。それを春青は見抜いた。確信を持てるほどではない。そこは白夜が上手くやったというところだが、疑いを抱いた時点で春青はそれを瑛正に話した。白夜は知らないが、珍しいことだ。

「……それが事実であれば、何故隠す?」

 すぐ横で話を聞いていた朱馬が割り込んできた。

「本人は何も知らないようです。何らかの理由で家を離れたのではないかと考えております」

「浪人か……そうなる理由は、あまり良いものではないだろう」

 自ら家を捨てる者は滅多にいるものではない。戦うことしか知らない者が働ける場所は限られている。それは御剣家の軍閥でいるよりも良い環境であるはずがない、と朱馬は思っている、実際にそうであることのほうが多い。

「恐らくは」

 春青も同感だ。御剣家から冷遇されていても、軍閥を離れようとは春青の家は思わない。同じ理由なのだ。

「彼の実力は?」

 父親のことは、瑛正はそれほど気にしない。それよりも白夜の実力のほうが気になる。武門の出だとすれば尚更だ。

「思っていたよりも遥かに高いと思われます。私の勘違いでなければ幼い頃から父親に剣を教わっていたのではないかと」

「そう……彼だけなく他の兵士たちも思っていた以上に出来るようだ」

 これを言う瑛正の視線は朱馬に向いている。それを受けた朱馬は軽く頷くことで同意を返した。朱馬の厳しい目で見ても第十特務部隊は実力者揃い。素行は別にして、実力では落ちこぼれ部隊という噂は間違いであることが分かった。
 白夜も含め第十特務部隊の面々にはありがた迷惑な評価だ。