月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒と白の動乱記 第11話 これも成り行きというのだろうか

異世界ファンタジー 黒と白の動乱記

 戦いは乱戦模様。そうなるように領主軍側は試みている。そうでなければ勝ち目はない。そう考えているのだ。正しい考えだ。陣形を整えている帝国軍に攻撃を仕掛けても跳ね返されるだけ。将兵の質が根本的に違っているのだ。
 領主軍としては帝国軍の陣形を崩し、見通しの悪い森の中に引き込み、個の戦いで勝利を重ねていく必要がある。それが出来るのも化物(ケモノ)の協力があってのことだが。

「左翼の状況は?」

「前に出てきません」

「こちらを引き出すつもりかな?」

 奇襲を仕掛けてくると思われた領主軍だが、そうはならなかった。裏切りが発覚したことに気が付いて、戦術を変えたのだと瑛正は思っている。

「そうだと思いますが……はっきりと確認出来ておりませんが、戦闘が行われている気配もあります」

「戦闘? それは左翼の話? 命令を発した覚えはないけど?」

 本陣の部隊は動いていない。そうであれば、どの部隊が領主軍と戦っているのか。自軍には今は陣地を固めて、敵を迎え撃つように伝えているつもりだった。

「第十特務部隊の可能性があります」

 あり得ない可能性だと朱馬も最初は思った。だが伝令から戻ってきた春青の話から考えると、こういうことになる。第十特務部隊は高所から降りた。そこは領主軍の後背なのだ。

「なんだって!? 二十人で千の敵と戦っているというのか!?」

「い、いえ、さすがにそこまでの状況ではないと思われます。敵右翼は我が部隊と対峙しております。後方をかく乱している程度だと思われます」

「そうだとしても、戦っていることに変わりはない。我々も動くべきではないかな?」

 第十特務部隊の動きに関係なく、いつかは帝国軍も動かなければならない。帝国軍には速やかに事態を解決することが求められている。戦いの状況に関係なく、時がかかれば手間取っているように思われてしまう。それは新たな争乱を招くかもしれないのだ。

「……承知しました。まずは右翼を動かします」

「左翼は?」

 第十特務部隊が戦っているのは左翼だ。それを助ける動きを後回しにすることに瑛正は不満を覚えた。

「敵左翼および中央の部隊を牽制した上で、一気に敵右翼のせん滅を図ります。乱戦に持ち込ませず、迅速に決着を図るには、これが最適かと」

「……分かった。それで行こう」

 朱馬の提案を受け入れた瑛正。敵右翼の領主軍と戦っている第十特務部隊への支援が遅れることには、まだ不満を覚えているが、作戦全体としては悪くはない。混戦状態に陥れば、第十特務部隊は完全に敵中に孤立する可能性もあるのだ。
 帝国軍全体が大きく動き出す。

「……右翼と中央が前進か……千で千五百の敵相手に戦っても勝利は確実といったところかな?」

 その動きを白夜は高所から眺めている、元の場所に戻ったわけではない。高い木を選んで、その頂きに登ったのだ。

「残った左翼の五百と本陣の五百で敵右翼を二方向から攻撃……されるのが分かっていて、敵右翼が動かない理由……先輩たちが頑張っているから、ではないな」

 第十特務部隊がどれだけ頑張っても千の敵部隊を止められるはずがない。自分たちの意思で帝国軍本陣近くにとどまっているのだ。

「下手に動けないからはあるか……でも……最初の計画でも二方向から攻められることになるはずだった……」

 仮に味方の振りをしていた領主軍が本陣の奇襲に成功していたとしても、本陣の前に陣取っている部隊が動くことになったはず。結局、領主軍は二方向から攻められることになった。それが分かっていた敵はどう対応するつもりだったのか。何かあるはずだと白夜は思っている。捨て石にされるの分かっていて帝国を裏切るはずがないのだ。

「中央突破か……ちゃんと読んで動かしたのかな? まあ、どうでも、っと」

 飛来してきた矢を躱したことでバランスを崩し、木の頂から落ちていく白夜。地面に激突する手前で体を回転。落下の衝撃などまるでないかのように着地した。

「危ないな」

 着地した場所には人がいた。第十特務部隊の隊員ではない。白夜と同じくらいの若い男だ。

「……貴様、狩人だな?」

「いや、違う。でもそれを言うお前は化物か。最初から分かっていたけど」

 攻撃されるまで気配を感じさせなかった相手。普通の兵士ではないことは明らかだ。

「とぼけても無駄だ。まあ、認めても認めなくても結果は同じ。お前はここで死ぬ」

「口数多いな? それと偉そう。俺と年変わらないくせに。それともそう見せているだけか?」

「……偉そうで何が悪い? 年が変わらなくても貴様とは鍛えてきた年月が違う。道具に頼るだけの貴様とはな!」

 白夜のことを狩人だと信じて疑わない相手。おかしなことではない。この辺りで戦っているのは第十特務部隊だけ。彼らが狩人であることは間違いない。白夜もそうだと思うのは当たり前のことだ。
 剣と剣が交差する。金属音が響いた時には、また二人は距離を取っていた。

「鍛えてきた年月にも変わりはなさそうだけど?」

「たった一度、剣を合わせられたくらいで図に乗るな!」

「そういうことじゃないのだけど……」

 物心ついた時から戦いを学んできた。それは白夜も同じだ。違いは修行の内容が化物のそれではないということだ。

「問答無用!」

「いや、話しているのはお前のほうだから」

 一瞬で二人の距離が縮まる。常人には閃光にしか見えない剣の軌跡。途切れることのない金属音。それを止めたのは。、

「……お仲間か?」

 白夜が感じた気配。かなりの人数が近くを移動しているのだと白夜は考えた。

「だったらどうする? 貴様には関係ないことだ」

「関係ないわけじゃない。仲間は何人だ?」

  ここから一番近い場所にいるのは帝国軍の左翼。左翼といっても、元々左翼にいた領主軍が裏切ったからで、本陣のほぼ正面に布陣していた部隊だ。その部隊が戦っているということは、自分の予想が当たっていたことを意味する。問題は奇襲を仕掛けようとしている敵部隊の戦力。化物がどれだけいるかだ。帝国軍五百を圧倒するような戦力であれば、次は本陣が攻められることになる。寝返った領主軍と同時に二方面から。

「教える理由はない」

「それはそうだな。それでも聞く。お前よりも強い奴はどれくらいいる? 桁違いの人が一人、他にも数人、ここから離れた場所にいそうなのは分かっている」

「……貴様……本当に狩人か?」

 白夜の言う「桁違いの一人」が誰かはすぐに分かる。その人がどこにいるかも知っている。狩人が感じ取れるとは思えない離れた場所だ。

「だから違うと言っている!」

 今度は白夜から間合いを詰めた。普通に聞いても教えてくれるはずがない。情報を聞き出すには力づくしかない。化物だと情報を漏らすより、死を選ぶ可能性もあるが、他に手段はないのだ。
 これまで以上に加速した動き。それで白夜は相手を圧倒しようとするが、問題は殺すことが目的ではないこと。圧倒しながらも加減が必要。これはさすがに無理があった。

「素直に話せ」

「誰が話すか? 貴様こそ、大人しく死ね」

「殺せないお前に文句を言われる筋合いはない」

「殺せる!」

 決着が着く気配がない二人の戦い。こうしている間にも帝国軍と領主軍の戦いは進んでいる。その状況に焦れ始める白夜。ただ焦れているのは思わぬ苦戦を強いられている相手も同じだ。

「貴様……化物だな!?」

「ここでそれを言うな!」

 大きく後ろに跳んで間合いを空ける白夜。このまま戦い続けることに意味はない。邪魔も入った。

「白夜……大丈夫、なのか?」

 第十特務部隊の隊員が一人、姿を現したのだ。白夜に戸惑いの目を向けている男。彼は二人の戦いを見た。一般兵士の動きとは絶対に言えない白夜の戦いを見たのだ。

「ぎりぎり、なんとか……敵部隊が味方に奇襲をかけようとしているようです。だから……ここはお願いします」

「なっ?」

「逃がすか!?」

 この場から離れようとする白夜にさらに戸惑う先輩隊員と、それに素早く反応した化物の男。白夜の行く手を遮る相手に剣を向ける白夜。

「お前にな」

「何……?」

 剣と剣がぶつかり合う甲高い金属音が二人の会話をかき消した。白夜の言葉の意味を図りかねた男。それが隙となった。一気に距離をとる白夜と、逆に間合いを詰めて襲い掛かってきた特務部隊の隊員。化物の男は相手を代えて、戦いを続けることになった。

◆◆◆

 領主軍の本陣と言える場所は、向かい合う帝国軍部隊のいない最右翼。帝国軍に気付かれないように潜んでいたのだ。帝国軍の左翼を襲ったのはこの部隊。多くが前線に出て、今は総大将となる領主と少数の幹部が残るだけだ。、

「御館様」

「どうした?」

 ここにいるのは領主とその家臣だけではない。戦いに協力している化物もいる。白夜が言う「桁違いの一人」とその部下だ。

「狩人がいたようです」

「我らが参戦することを気付かれていたということか?」

 狩人は帝国における対化物戦のスペシャリスト。その狩人の部隊がいるということは化物との戦いがあることを知られていたということになる。

「数は多くないようですが、間違いなく狩人。その可能性は否定できません」

「そうか……」

 御館様と呼ばれた男の視線がすぐ近くにいる領主に向く。身内から情報が漏れることはあり得ない。漏洩元は依頼主である領主側しか考えられないのだ。大事を行おうとしているにしては、あり得ない不手際。元々あった不信感がさらに膨らむことになった。

「何人か、狩人との闘いに専念させますか?」

 仲間たちの多くは中央突破を図る部隊に加わって戦っている。その中から何人かを狩人との戦い、彼らにとっては狩人討伐、に向けさせることを部下は提案した。狩人は多くの化物を殺してきた仇敵。すぐ近くにいることが分かっていて、生かしておく理由はないのだ。

「……依頼の達成を優先すべきだな。もちろん、邪魔をする相手は排除しろ」

「承知しました」

 御館様は提案を受け入れなかった、部下としては残念なことだが、御館様の指示は絶対だ。不満を表に出すことも許されない。

「やはり、帝国軍は、いや、御剣軍は手強いな」

「はい。若い世代中心と聞いていたのですが、想像以上に鍛えられているようです」

 派遣されてきた軍の情報も、当然、手に入れている。総指揮官である瑛正を筆頭に将も皆、若い。次世代の御剣軍という情報だった。だがその手強さは想像以上。中央突破に予想以上の時間がかかっている。

「さすがは――」

「御館様!?」

 声をあげると同時に剣を一閃。地面に真っ二つになった矢が転がった。

「何者だ!?」
「ご領主様!?」「ご領主様が!?」「ご領主様が!?」

 部下の声と重なったのは領主の家臣の声。かなり慌てた様子のその声が周囲に広がっていく。何が起きたのかはすぐに分かった。領主が地面に倒れている。家臣が懸命に声をかけているが、反応はない。

「貴様ら! 何をしていた!?」
「どうしてご領主様を守らない!?」

 領主の家臣たちは、自分たちも何もできなかったことは棚に置いて、化物たちを責めてきた、

「受けた依頼は戦いの勝利。その者の護衛ではない」

「何だと!? 言い訳をするな!」

 彼らの主張こそ、守れなかった責任を転嫁しようとする言い訳だ。だがそういうことを平気で彼らは行う。化物を下に見ているのだ。

「また!」

「無用」

 また飛来してきた矢。それを斬り払おうとした部下を御館様は止めた。何もしなくても自分たちには当たらない。そうであることを見きっているのだ。実際に矢は彼らを素通り。騒いでいた領主の家臣たちを打ち抜いていった。

「……知らない顔だな」

 矢を射た人物を御館様は見つけた。探す必要はなかった。矢の軌跡を追えば分かることで、相手も隠れていない。周囲の木と比べて一段高い木の頂に立っている、若く見える茶髪の男。御館様は知らないが、白夜だ。

「我らに当てる気はない……下がれと言う意味か?」

「無礼な」

「警告とは違うのではないか? 我らの戦う理由をなくそうという意図だろう」

 依頼主は死んだ。その家臣も多くが倒れた。依頼は無効。そう受け取っても良い状況ではある。

「……狩人ではなく、化物ですか?」

「そうなのだろうな」

 依頼があってこの戦いに参戦している。それを理解している相手は同じ化物である可能性がある。それ以上に、狩人であれば、あえて矢を外して射る理由はないはずなのだ。

「そうだとしても御館様に弓引く無礼は許されません」

「あの者が射たのは我ではない。最初の矢もだ。その言葉は自らの恥をさらすことになるぞ?」

 部下は矢の軌跡を見誤り、御屋形様に向けられたものだと判断して、反応した。御館様の基準では、それは恥。未熟の証なのだ。

「……申し訳ございません」

「まあ、良い。ここはあの者の思い通りに動いてやろう。つまらない依頼を、最後に少しだけ楽しませてくれた礼だ」

 元々乗り気ではなかった依頼。直接の依頼主とは違う、今回は紹介者という立場になった人物の顔を立てて、引き受けた依頼だ。それよりも自らに、狙ってはいないとはいえ、矢を射った実際に若いだろう化物に対する興味のほうが強い。部下が「無礼だ」といきり立つような相手には、もう何十年も会っていないのだ。

「では撤退の合図を送りますが?」

「許す」

 御館様の了承の言葉から、ほんの数秒で空に煙があがった。この展開を予想して部下はいつでも合図を送れるようにしていたのだ。そういう部下でなければ、側仕えは許されないのだ。

「撤退の合図……で良いのかな? そうでなくてもこれ以上は何も出来ないか」

 御館様、と呼ばれていることなど知らないが、と戦うという選択肢はない、殺されることが分かっている。気配だけでそれだけの実力差があるjことが分かる相手なのだ。
 結果がどうであろうと、やれることはもうない。そう考えて白夜は木の頂から飛び降りた。

「……撤退の合図が出ているはずだけど?」

 だがそこにはさきほど戦った若い化物が待ち構えていた。

「分かっている。御館様の命に背くつもりはない」

「そう……じゃあ、何故?」

 撤退の合図であったことは間違いではなかった。それに白夜は内心でホッとしている。

「貴様、名は?」

「……まず自分が名乗るべきでは?」

「赤蛇(セキダ)だ。今は蛇だが、いずれは竜になる」

「……白夜だ」

 相手はあっさりと名乗った。それも意味不明な説明までつけて。嘘をついているわけではなさそう。そうなると白夜も応えないわけにはいかなくなる。

「白夜か。覚えておこう」

「いや、お前、どうしてそんなに偉そうなんだ? 初対面の相手に」

「今日は初対面だが、お前とはまた戦うことになる。きっとそうなる」

 予感。いつもであればバカげたことだと無視するそれを、今日の赤蛇は素直に受け入れた。理由は分からない。考えようともしていない。事実として、白夜とはまた会い、戦う。そう思っているのだ。

「……それ、偉そうにする理由にはならない。あっ、そういえば先輩はどうした?」

「お前との闘いを邪魔した兵士なら殺した」

「そうか。お前なら大丈夫だと思っていたけど、信じて正解だったな」

「信じて……正解?」

 仲間を殺したのだ。白夜は怒りを向けてくるものだと赤蛇は思っていた。だが、白夜の口から出てきたのは「信じて正解」という言葉。何故、そんなことを言われるのか、赤蛇にはまったく分からない。

「じゃあ……またな、は止めておく、二度と会いたくないからな」

 この白夜の願いは叶わない。赤蛇の予感のほうが正しいのだ。二人はまた出会うことになる。時代はそれを必要としている。

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