月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒と白の動乱記 第9話 仕事があるのは悪いことではない

異世界ファンタジー 黒と白の動乱記

 白夜の怪我は完治している。出血や傷の深さの割に体の奥のダメージは少ない。そうなるように攻撃を受けたおかげではあるが、回復力の異常さも化物(ケモノ)の能力だ。生まれ持った力ではない。魔力の活用とそれを怪我からの回復に作用させる術を知っているだけで、より魔力に優れる三御将軍家、それに連なる世襲軍閥貴族家の人間であれば、その多くも得られる能力だ。
 怪我から回復している白夜が軍務に復帰していないのは、鍛錬を行う為、第十特務部隊では出来ない鍛錬をこの機会にじっくりと行っておこうと考えたからだ。白夜は、まだ修行中の身。周囲からの実力の評価に関係なく、自分は半人前だと本人は思っているのだ。

「……暇だ」

 だからといって四六時中、鍛錬を行っているわけではない。体を、今行っている鍛錬ではそれ以上に気力を休める時間が必要なのだ。

「じゃあ、する?」

「ええ? まだ昼だし、それに音子は?」

「音子は床下で鍛錬中。いつもの通りだとしばらく戻ってこない」

 音子が白夜たちと会う前から続けている鍛錬だ。これしかやっていなかったと言っても過言ではない鍛錬で、別の方法を習った後も、音子はそれを続けている。彼女にとって師である黒土竜から教わった、という言葉を使うのは微妙だが、唯一の鍛錬方法。それを大切にしているのだ。

「……他にやることもないからな。じゃあ、やる」

「やっぱ止めた」

「ええ? なんだよ、それ? 自分から誘ってきたくせに」

 一度乗り気になってしまうと「やっぱ止めた」は納得出来ない。最初は拒否した白夜だが、まったくその気がなかったわけではなく、昼間からという背徳感と音子の目を気にしていただけなのだ。

「他にやることないから、は嫌だ」

 余計な一言。それが銀子の癇に障ったのだ。

「それは……じゃあ、聞くけど、他にやるべきことあったらやるか? 他のことやるだろ? 眠くて仕方がない時もやらない。銀子だってそうだ」

「それは……」

 確かにそういう時もある。昼間の鍛錬をこれ以上ないほど真面目にやると体力と気力の消耗はかなり激しい。何もしたくなくなるのだ。ただ何か起きた場合のことを考えて、両方がそうならないように二人は気を付けている。そうなると元気な白夜の誘いを銀子が断ることになるのだ。その逆もある。
 お互い様なので二人とも、今のところ不満を抱えることはない。

「俺は行為そのものの価値を低く見ているわけじゃない。一般的に日々の暮らしの中で優先順位が低いと言っているだけだ」

「……屁理屈はもう良くない?」

「そうだよな」

 今は本能に心も体も委ねる時。銀子の体を抱き寄せ、そのまま床に倒れ込む白夜。重なる唇。すぐに白夜の手が銀子の胸に、下半身に伸びる。白い、透き通っているような銀子の肌が露わになった。やがてそれは赤く色づくことになるのだ。

「いらっしゃいますか? お邪魔しますよ」

 だが二人の時間を邪魔する者が現れた。

「……何をされているのですか?」

 家に入ってきた男が見たのは、床に四つん這いになっている白夜と壁のほうに背を向けて立っている銀子。

「掃除。ちょうど掃除していた。俺は床掃除で銀子は壁の担当」

 白夜が四つん這いになっているのは、すっかりその気になって盛り上がっている下半身を隠すため。銀子は露わになっている胸を隠すためだ。

「ちょうど? とにかく時間はあるということですね?」

「それはどうかな?」

 時間には限りがある。音子が鍛錬を行っている間に行為を済ませなければならないのだ。

「時間はかかりません。いつものように依頼の説明に来ただけですから」

 現れた男は依頼の仲介人。白夜たちはこの男を通して、依頼を受けている。白夜たちだけではない。どれだけいるか白夜も知らないが、他にも依頼を引き受けている化物たちがいるのだ。

「依頼って……俺まだ仕事中ですけど?」

「そうなのですけど、急に引き受け手にキャンセルがありまして」

「そういうの有りなのですか?」

 一度引き受けた仕事を途中で降りる。そんなことは許されないものだと白夜は思っていた。

「普通は無しです。我々全体が信用を失ってしまいますから。ただ今回は仕方のない事情があるそうです。どんな理由であろうと代わりの人が必要なことに変わりありませんけどね」

「それで俺たち? それとも銀子一人でやれと?」

 これまで仕事は常に二人でやってきた。わざわざ一人で行う必要がないというのもあるが、二人のほうが安心出来るというのが一番の理由だ。贅沢する気のない二人は、今は三人だが、それで稼ぎは十分なのだ。

「出来ればお二人で。護衛任務ですので、戦う相手の情報が少なくて。数が分からないので人数は多いほうが良いと思っています」

「護衛か……それは無理です。俺はもう明後日か明々後日には戻らなければならないので」

 護衛任務となると従事する期間が長くなる。どういう理由で護衛を必要とするのか分からないが、二日、三日で終わる仕事とは思えない。

「大丈夫です。依頼には期限があります。明後日の朝まで何もなければそれで仕事は完了です」

 だが仲介人は白夜の考えを否定した。

「護衛に期限……移動中の護衛ということですか?」

 目的地に移動する間の護衛であっても日数が少なすぎると白夜は思っている。二日で行って帰ってくる移動の護衛を、わざわざ依頼してくる理由があるはずだ。

「いえ、護衛対象はその間、移動しません。明後日になれば護衛対象が襲われなくなる理由があるということです。これ以上の詳細は聞かないでください。私も知りません」

「……分りました。では引き受けます」

 疑問点があっても、白夜に諾否を選ぶ権限は、まったくとは言わないが、ない。仲介人は適任と思われる相手を選んで、依頼を伝えてくる。それを、どうしようもない理由があるわけでもないのに引き受けなければ、次の依頼は来なくなる。稼ぎを得られなくなる。

「良かった。ではお願いします。ああ、報酬は二人分しか出せませんから」

「ん? それは当たり前では?」

 仕事は白夜と銀子の二人で行う。依頼もそうなっている。報酬が二人分なのは当たり前で、わざわざ伝えてくる必要はない、と白夜は思ったのだが。

「その女の子も参加するのであれば、の話です」

「女の子……えっ? あっ、音子?」

 いつの間にか音子がすぐ後ろに、ちょこんと座っていた。白夜に気付かれることなく背後を取ったのだから、かなりの技量だ。仲介人が幼くても任務に参加すると思ったのは、これが理由だ。

「猫? どこで拾ってきた猫ですか?」

「黒土竜(クロモグラ)さんのところ」

「なるほど……面白そうな女の子を拾ってきましたね?」

 じっと音子を見つめた後、これを伝える仲介人。彼には見えるものがあったのだ。

「面白い?」

「彼女はどれくらい使えるのですか?」

「隠れ潜むのは俺と銀子の遥か上だと思うけど、それ以外はまだまだ。黒土竜さんに修行をつけてもらっていなかったみたいです」

 音子は彼女が言う「土と同化する」鍛錬以外は何もしていない。それはもう白夜たちも知っている。

「なるほどなるほど。黒土竜さんのことは私も少し知っているつもりですけど、彼女のような鼠を抱えていたのは意外ですね?」

「音子には才能があると俺は思っていますけど?」

 仲介人は音子を鼠だと決めつけた。それが白夜は気に入らない。鼠が奴隷のような扱いを受ける立場だと知って、音子がそうであったことを認めたくないのだ。音子が可愛そうというだけでなく、黒土竜は化物では貴重な良い人だと思っていたからだ。

「……前から思っていましたけど、白夜くんは化物の世界について無知ですね?」

「そうですか?」

「知ったからといってこの先、役に立つか分かりませんけど、教えておきます」

「お願いします」

 仲介人は白夜にとって知識面の師匠のようなものだ。白夜は世間知らずなところがあり、かつ、化物としての一般常識も乏しい。術や技以外はほとんど何も教えられてこなかったのだ。

「鼠は弟子に出来ない無能な子供がなるものとなっていますが、実際には例外があります」

「例外というのは?」

「里の主を脅かすほどの才能を持つ子供が鼠に落される場合です。他の化物に拾われたくないので里から追い出すこともしない。飼い殺しというやつですね」

 これを言う仲介人は、音子には類まれなる化物としての才能があると思っている。それが見える彼も常人ではないということだ。

「……継承者を育てる為に里はあるのでは?」

 才能溢れる人間を自らの後継者として育てることをしない。それでは里は何のためにあるのかと、白夜は思ってしまう。仲介人に「化物の世界について無知」と思われるのはこういうところだ。ただこれは銀子の知識が乏しいせいでもある。白夜は本来の里と呼ばれる場所で育っていない。師と自分、二人だけで鍛錬の毎日を過ごしていた。里の知識は全て銀子から聞いたものなのだ。

「本来はそうです。ですが今の時代、特に若い里主は、後継者を育てるよりも自分の欲望を優先させます。誰も自分に逆らわない、いいなりになる弟子というより僕だけの里を作ろうとするのです」

 その作られた里において、師である里主は絶対権力者。あくまでも里の中で実現できることに限られるが、様々な欲望を満たすことが出来る。若い化物はそれを目的として里を作っている者がほとんど。せっかく得たその地位を早々に手放す気などあるはずがない。

「……黒土竜さんもそうだと?」

 弟子の育成よりも己の欲望を優先する。黒土竜はそういう人物ではなかったと思っていた。だが彼も化物。表の顔と裏の顔を使い分けていた可能性は、彼に好意的な白夜も否定出来ない。

「それは分かりません。これは推測ですが……黒土竜さんは若いとは言えない年齢であったはずですので、後継者を求めていたはずです。好き放題やりたいなんて年でもない」

 自らの術と技の継承もまた欲のひとつ。磨いてきた技を後世に残したいという想いだ。人生の先が見えれば、物欲や色欲、支配欲よりもその想いのほうが強くなる。それが本物の化物、術者というものだ。

「では、何故?」

「これこそ勝手な推測ですが……彼女を化物にしたくなかったのかもしれませんね? 私の知る黒土竜さんは、そういう人です」

 化物になるには多くを捨てなければならない。自分自身も。それは、情けを残す人には、幸せな人生と思えないだろう。さらに今の時代は、いつ狩人に殺されてもおかしくない。ただ化物であるというだけで殺される時代なのだ。

「……個人的にはそういう人であって欲しいけど」

 白夜の視線が音子に向く。

「……私は化物」

 その視線の意味を音子は正しく理解した。もし本当に仲介人の言う通りであれば、音子に修行をさせることは黒土竜の想いに背くことになってしまう。白夜はそれを気にしたのだが、音子は違った。彼女は化物としての人生を選ぼうとしている。

「それで良いのか?」

「私が何になるかは、私の自由」

 白夜の台詞だ。音子は言われた通りに自分で何になるかを決めたのだ。

「……黒土竜さんも言っていたか。そうだったな」

 黒土竜が死ぬ前に、当時は名もなかった音子を「どうすれば良い?」と白夜は聞いた。それに対する黒土竜の答えは「好きにさせてやってくれ」だ。それを白夜は思い出した。それが黒土竜の最後の意思であるのだから、修行を続けることは背くことにはならない。音子がそうしたいのだ。

「さて、それで? 仕事は何人で?」

「もちろん、三人。まだ見習いの音子の報酬はなくても問題ない」

 音子が化物の道を選ぶのであれば仕事をしてもらう。現場でしか得られない経験というものもあるのだ。すでに別の仕事を抱えている今は、次にいつ音子も現場に出られる機会が得られるか分からないという事情もある。

「では詳細を説明します。仕事の場所は花王家屋敷。貴族屋敷です。護衛対象はそこのお嬢さん」

「貴族屋敷?」

 貴族からの依頼は特に珍しいことではない。依頼にはそれなりの報酬を支払わなければならないのだ。庶民の依頼主などいない。だが護衛任務となると話は別だ。化物を信用して護衛を頼む貴族など、滅多にいるものではない。

「詳細は私の口からは言えません。でも現場に行けば分かります。依頼主が教えてくれるでしょう。何故、襲われるのか。何故、明後日までなのかも」

「知らないと言いませんでした?」

 仲介人の口ぶりは詳細を知っている人のそれ。ついさきほど「知らない」と言ったのは嘘ということになる。

「そうですよ。私は『詳細は依頼主が教えてくれる』と言っただけです」

「そう……じゃあ、可能性として教えてください。襲撃者が化物である可能性は?」

「あるかもしれませんね? 我々に依頼するくらいですから、高い確率で」

 貴族であれば大小はあっても武士団を抱えているはず。その武士団だけでは守り切れないと思う相手。よほど数が多いか、強いか、ただの武士団では対応できないと思う特別な相手か。化物相手であれば、貴族が護衛を頼んでくることもあり得る。信用などは微塵もなく「毒を以て毒を制す」という考えで。

「なるほどな……じゃあ、準備してすぐに向かいます」

「はい。よろしくお願いします。では私は先に依頼主に代わりが見つかったことを伝えに行きます」

「はい」

 慌ただしく仕事の準備に入る白夜と銀子。いつもであれば、今のように慌てる必要はないのだが、初めて仕事を行う音子の準備も二人で行わなければならない。何を持って行かせる、以前に音子が使える仕事道具があるかを調べることから始めなければならないのだ。
 その様子を横目に見ながら出口に向かい、外に出た仲介人。

「……面白い子を拾ったのは我々ですか……白夜くんがずっと組織の枠組みにはまったままでいてくれると良いのですけど……」

 出てきたばかりの建物を眺めながら呟いた。彼が見る白夜は、音子以上に興味深い。組織と契約している、どの化物とも違って見える。依頼を受ける化物は里からはみ出した「はぐれ」と呼ばれる化物たちだ。独立して自らの里を作る力もない化物たちが生活費を稼ぐ為に依頼を受けている。そういう少しばかり一般人よりも戦闘力がある、逆に言えば、それしかないはぐれ化物を救済する為に、彼らの組織はあるのだ。
 白夜はどうなのか。見える彼にも見えないものがある。そう仲介人の彼は感じている。本人は今の暮らしに満足しているようだが、運命がいつまでそれを許すのか。それが不安だった。