月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒と白の動乱記 第7話 鍛え直すことになった

異世界ファンタジー 黒と白の動乱記

 鳳凰国の軍、帝国軍の統帥権は皇帝にある。実際に皇帝が軍を率いて出陣したことなど、今の時代の人では答えがすぐに浮かばないほど、遠い昔のことだが、建国以来、それは変わっていない。軍の統帥権だけでなく、すべての最高権限は皇帝が持っている。政治も軍事も実務は別の人たちが行い、皇帝は最後の決裁だけを行うようになっていても、そうであることに変わりはない。
 変えることは出来ない。皇帝は唯一無二の、至高の存在なのだから。どれだけ力を持った有力貴族もそれを否定することは出来なかった。否定することはこの国の在り方を否定することと同じ。自分たちの立場や権力も否定することになるからだ。
 現在の皇帝、天光帝は代々の皇帝の中では比較的、政務に熱心な皇帝の一人だ。だから優秀だ、ということにはならない。優秀であるが故に政務から遠ざけられた皇帝も過去にはいた。実情を分かっていないのに細かく政務に口を出し、国を乱した皇帝もいた。皇帝がどこまで政務に関わるかは、どれだけその皇帝に力があるか次第。臣下に力がある場合は、優秀な皇帝でも上奏されてきたことに諾を返すだけで一生を終えることもあるのだ。

「先日の世間を騒がせていた野盗の討伐任務ですが、無事に目的を達成しております」

「そうか。それは良かった。民も安心して暮らせることだろう」

 天光帝は本気でこう思っているわけではない。野盗の集団をひとつ討伐したくらいで、世の中が平和になることはない。治安を乱す存在は他にもいる。本来、治安を守る側である者たちが、そうであることもある。
 それが分かっていても、今は任務の成功を称えなければならない。そういう場なのだ。そうしなければ、報告を行っている第三軍大将軍であり、御楯(ミタテ)家当主である萬松(バンショウ)が納得しない。

「……無事に」

 だが萬松が納得しても別の者は不満そうだ。意味ありげに呟いたのは御兜(ミトウ)家当主の厳生(ゲンセイ)。第二軍の大将軍だ。

「何か?」

 笑みを浮かべていた萬松も一気に不機嫌な面持ちに変わる。厳生が自軍の戦果にケチをつけようとしているのは明らかなのだ。

「戦死者が出たと耳にした。それで無事に、というのはどうかと思ってな」

「すべての任務で一人の犠牲者も出さないというのは無理な話だ。それとも何か? 御兜軍ではこれまで一人の犠牲者も出していないと言うのか?」

 そんなことはあり得ない。御兜軍だけでなく、現第一軍、御剣軍でも過去の任務で犠牲者は出している。

「……そうは言っていない。ただ、野盗の数はかなり少なかったという話もある。多くが逃げてしまっていたのではないか?」

「その可能性は否定しない。なんといっても担当したのは、あの第十特務部隊だ。奴らがそれでも野盗のアジトを壊滅させたのだから、上出来ではないか」

 逃亡の可能性を否定することは出来ない。まず間違いなく、厳生が指摘した通りであることは、萬松も知っている。そういう報告を受けているのだ。ただ皇帝にわざわざそれを話す必要はない。厳生が何も言わなければ分からないことだったのだ。

「それに関しては私も言いたいことがある。よろしいか?」

「……何かな?」

 残る三御将軍の一人、御剣(ミツルギ)家の金剛(コンゴウ)まで話に加わってきた。萬松にとっては良くない状況だ。せっかくの自分に対する皇帝の評価を上げる機会が、真逆の結果で終わってしまうかもしれない。

「その第十特務部隊のことだ。どうして、あのような部隊を野放しにしておく? 任務など与えることなく、さっさと解散させてしまえば良い。残しておいても帝国軍の評判を落とすだけだ」

 金剛は何かと悪評の多い第十特務部隊を良く思っていない。良く思わないどころか、ずっと解散させるべきだと思っていた。これが良い機会だと考えたのだ。

「帝からお預かりした兵士たちだ。出来が悪いからといって、見捨てるのはいかがなものか? 御楯軍でしっかりと鍛え上げれば良いのだ。それを怠ってきた結果が今だとすれば、そのほうが問題だな」

 萬松が答える前に厳正が割って入ってきた。任務の成果は大将軍である自分の序列に影響を与える。現在第三軍の大将軍である萬松が皇帝に認められ、序列があがるような事態になると自分が第三軍、最下位に落ちてしまうことになる。それは、彼にとっては、絶対にあってはならないことなのだ。

「第十特務部隊の全てが元から我が軍にいたわけではない。我が軍は他軍の問題児を押し付けられているようなものだ」

 当然、萬松も自分の非を認めるわけにはいかない。厳生の指摘に反論した。ある意味、当然の反論だ。帝国軍の問題児を集めた第十特務部隊の全ての責任を背負わされるのは納得出来るはずがない。

「やはり、解散させるべきではないかな?」

 ただその反論は金剛の思いを強めることになる。そもそもとっくに除隊させておくべき兵士たちを残しておくのが間違いという考えを。

「先ほども申し上げた通り、それは私が判断できることではない」

 兵士個人を除隊させるだけであれば、大将軍の権限で行える、だが部隊そのものを無くすとなれば、そうはいかない。実際は出来ないわけではないのだが、この場で話題になってはやりづらくなる。この場には帝国軍の総帥でもある皇帝がいるのだ。

「それでは、こうしたらどうだ?」

 その皇帝が口を挟んできた。

「……どのような御沙汰となりましょうか?」

 「やり過ぎた」と思ったのは問いを返した萬松ではない。厳生のほうだ。御兜軍の戦果に少しケチをつけるくらいの気持ちで発した言葉によって、皇帝の指示を仰ぐことになってしまったのだ。恐らく受ける側にとって面倒な指示を。

「その部隊は改めて鍛え直せば良い。だがこれまでの話を聞いていると、その責任を萬松一人に負わせるのは酷というものだ。ここは帝国軍全体で取り組むべきだと朕は思う」

「はっ。帝のお考え通りかと思います。我ら全員でご期待に沿えるよう努めてまいります」

 この程度であれば問題ない。指示はなかったも同じだ。そう考えた萬松、そして他の二人だが、これは早合点だった。

「金剛」

「はっ!」

「次の任務にその部隊も同行させるが良い。実戦の場で鍛えてやれ」

 皇帝は鍛える方法まで指示してきた。御剣軍、第一軍の任務に第十特務部隊を参加させるという方法だ。

「……次と申されますのは、すぐ次の任務でございますか?」

「そうだ。確か……割と大きな任務であったな。数を揃える意味でも良い考えであろう?」

「帝の仰せのままに……」

 遠まわしに考えを変えさせようとしたが、それは失敗、御剣軍、第一軍は次回の遠征で第三軍の第十特務部隊を同行させることになった。皇帝がそう命じたのだ。これで決定だ。命じた皇帝自身が考えを変えない限りは。

「これから益々、帝国軍の負担は増すことになるだろう。皆にも苦労を掛けるが、よろしく頼む」

「「「ははっ!!」」」

 そしてこれで御前会議も終わりだ。天光帝は帝座を立ち、奥に下がっていった。

「……これについては素直に詫びる。申し訳ない」

 皇帝がいなくなったところで厳生が謝罪を口にした。原因を作った彼にとっても想定外の事態。それも悪い事態だ。悪いのは、押し付けられた金剛にとってだが。だからこそ、厳正は謝罪したのだ。

「……実際のところ、第十特務部隊はどの程度戦えるのだ?」

 決定事項は、恐らくは、覆らない。天光帝は金剛を信頼している。任せておけば大丈夫だと思っているので、考え直す可能性は低いのだ。金剛は厳正に文句を言うことよりも、同行させた時の影響を知り、対応を考えることを優先した。

「戦闘力は金剛殿が考えているよりも低くないと思う。これまで多くの死傷者を出してきているが、任務そのものは全て成功させている。少し厳しいと思われる任務もだ」

「ふむ。問題は素行、いや、規律か……部隊行動に問題があるとなると、作戦次第では大きな犠牲を伴うことにもなるが、それは納得してもらえるか?」

「……それは仕方がない」

 駄目とは言えない。皇帝の命令を遂行する金剛の邪魔をするわけにはいかない。結果、仮に第十特務部隊が壊滅的な被害を受けることになっても、萬松の責任になるわけでもないのだ。

「任務を失敗させるほどの影響力もないか……」

「次の任務は金剛殿が?」

 第一軍の次の任務は領主間の争いの仲裁。使者を遣わしての仲裁では一向に収まらないので、力で押さえつけることになったのだ。

「いや、息子に任せるつもりだ。派遣軍は二大隊規模になる。本当の意味での初陣というところだ」

 前回の任務とは戦いの規模が違う。実際に戦闘になるのかは、まだ分かっていないが、小なりとはいえ領主軍との戦いなのだ。

「瑛正か……まあ、問題はあるまい」

「ああ、私もそう思っている」

 率いる将は若い瑛正。初陣を終えたばかりとはいえ、失敗はないだろうと父である金剛は思っている。瑛正は将として無能ではない。同行する補佐役も優秀で、兵士たちも鍛え上げているつもりだ。領主軍と全面衝突となっても負けるとは思わない。たとえ、第十特務部隊というお荷物を背負うことになっても。
 そもそも第十特務部隊は二十名ほどの部隊。派遣軍全体の1%に過ぎないのだから。

 

 

◆◆◆

 陽が沈み、部屋を照らしているのは一本のロウソク。白夜たちはそのロウソクを囲んで座っている。その様子を見る者がいれば、不思議に思うだろう。三人は一言も発することなく、ただ座っているだけなのだ。寝ているわけではない。目は開いており、真ん中に置かれているロウソクを、じっと見つめている。、その状態で、ずっと動かないでいるのだ。

「……どう? 少しはコツを掴めたか?」

 長い沈黙を破ったのは白夜。斜め前に座る音子に問いかけている。

「…………」

 白夜の問いに音子は少し頭を傾けるだけで答えた。、否定の意味だ。

「すぐには無理か。音子なら出来そうだと思ったけど。これまでやってきたこととは違うのかな?」

 音子が見よう見まねで続けていた「土と同化する」修行。それと今行っていることは通じていると白夜は考えていた。だが、音子の反応を見るとそうではないようだ。

「……もう一度」

「分かった。じゃあ、説明ももう一度。ロウソクの炎に意識を集中させる。頭の中を空っぽにして。それが出来たら無意識を炎から自分の体に移す」

「ん…………」

 また頭をかしげる音子。白夜の言う「無意識を自分の体に移す」の意味が分からないのだ。概念的なことを言っているのは、音子もなんとなく分かる。だがその概念を理解しないと実践は出来ない。

「ロウソクの炎を自分の体に移すんだ。僕はそうしている」

「炎?」

 無意識ではなく炎を移せと銀子は言ってきた。異なる説明に少し音子は戸惑っている。

「本物の炎ではなく、イメージ? それと重なるものが自分の体の中にもあるから、それを見つける」

 三人が今行っているのは魔力の鍛錬だ。化物の術は体内の魔力をなんらかの作用に変えるもの。その過程で魔力の増幅も行われる。狩人が魔凱の力を借りて行っている魔力増幅を術式で実現しているのだ。これはその術式の効率を高める為のもの。体内の魔力をいかに効率良く、より多く、場合によっては少なく、引き出せるようになる為の鍛錬だ。

「……やってみる」

 銀子に助言をもらって、まだ鍛錬を始める音子。

「ロウソクに意識を集中。頭を空っぽにして、ロウソクの炎を頭に灯す」

「…………」

「頭の中の炎を体中に巡らす。そうすると見つかるはずだ。まっ、焦らなくても大丈夫、続けていれば出来るようになる。僕がそうだった」

 銀子は白夜にこの鍛錬を教わった。師であった銀狐が教えてくれなかった鍛錬なのだ。最初は音子と同じで出来なかった。だが根気良く、毎晩続けているうちに出来るようになった。音子もそうだと銀子は思っている。

「なんか……俺より教え方上手いな?」

 銀j子の説明は自分とは少し違っている。だがその違っている説明は、教えた自分のそれより分りやすい。実際に銀子の説明のイメージでやってみて、白夜はそれが分かった。

「苦労した分、色々考えたからな」

「体内に火を灯すって感覚良いな。炎の大きさと魔力をうまく同調させると」

 白夜の体までロウソクの炎のように輝きを放ち始める。ただロウソクの炎とは違い、真っ白な輝きだ。

「うわ……やっぱり、白夜は凄いな」

 銀子は白夜のような輝きを放てない。力の差を感じる瞬間だ。

「銀子だって出来るようになる。といっても必要な時はないけどな」

 体が輝いたからといって何か起きるわけではない。魔力は何の作用にも変わらない。実際に術を使う時は、より効率的に、必要な魔力を必要なだけ消費することが求められる。それが戦闘の上では大切なのだ。無駄に放出するような真似は、まったく意味がない。

「そうだけど……」

 白夜と共に過ごした時も長いと言えるくらいになった。深い仲でもある、と銀子は思っている。そうであるのに二人はお互いのことを良く知らない。銀子にはとくに隠したいことはないのだが、白夜が聞いてこない。自分のことを聞いてくれないので、白夜のことも聞きづらいのだ。
 白夜は何者なのか。自分とは、もちろん音子とも、違うのは間違いない。白夜の輝きを見て、また銀子はこう思った。これを思うと、少し寂しくなった。

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