月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第73話 見えない未来、見えている未来

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 新学期の始まり。ローレルたちは二年生になった。といっても特別何かあるわけではない。騎士養成学校での訓練の日々が、二年目に突入したというだけのことだ。
 新一年生が入学しても日常の交流などない。上級生ともそれは同じ。帝国騎士養成学校においては先輩後輩の関係性はほぼ無いに等しく、それが生まれるのは帝国騎士団に入団してからなのだ。

「訓練内容が変るという噂だ」

 ただ学年に関係のない変化はある。帝国騎士団は騎士候補生の育成方針を変えようとしている。卒業後に帝国騎士団に入団するしないを気にすることなく、もっと厳しく鍛えることに決めた。即戦力を育てたいという思いからだ。
 正式に発表される前にグラキエスはその情報を入手した。ムフリド侯爵家の力だ。

「ああ、それは私も聞いた。より実践的な訓練が増えるという話だね? でも、本当にそれで良いのかな?」

 ディルビオも同じ情報を得ている。ムフリド侯爵家が入手できる情報は、セギヌス侯爵家も手に入れている。

「何が問題だ? 即戦力を育てようという方針は正しいではないか」

「基礎訓練を疎かにすれば、付いて行けない者も出てくる。まあ、新しい訓練がどのようなものか知らないから、大丈夫かもしれないけどね」

「……そのリスクを犯しても訓練内容の変更を決断した。それだけ帝国騎士団も焦っているということだ」

 訓練内容の変更は帝国騎士団の焦り。騎士養成学校を卒業してから、また何年か費やして一人前に育てる。これまでのやり方では間に合わないと思っている。そういうことだとグラキエスは認識している。

「地方の情報が制限されているという噂もあるね。方面軍を帝都に戻したのはその為だとまで言われている」

 セギヌス侯爵家でも地方の情勢について把握するのが難しくなっている。それは帝国が、皇帝が情報統制を指示しているから。悪い情報を重臣たちにも伝わらないようとしているのだと考えられていた。

「いつ内乱が始まってもおかしくない状況ということだ」

「……どうでも良いけど、この話はいつまで続くのだ?」

「どうでも良いだと?」

 ローレルの言葉に顔色を変えるグラキエス。彼は「どうでも良い」話をしているつもりはない。とても大事な話をしているつもりだ。それを否定するローレルの発言に怒りを覚えている。

「僕にとってはどうでも良いことだ。話を続けるなら、勝手に続ければ良い」

「待て! ローレル!」

 席を立とうとするローレルを止めようとするグラキエス。

「待ってどうする? この先の展開は分かっている。お前のことだから、この帝国の危機に際して我々に何が出来るか考えねばならない、なんて言うのだろ?」

「それは……そうだ」

 図星。グラキエスはローレルが言う通りの展開を考えていた。

「勝手に考えれば良い。僕には関係ないことだ」

「関係なくはない。お前だってアネモイ四家の一員だ」

 アネモイ四家の使命は帝国を守ること。帝国を守る盾となり、帝国の敵を討つ矛となること。グラキエスはこれに対する使命感を強く持っているのだ。

「あと二年すれば、僕は本家から離れる」

「それでもイザール家の一員であることに変わりはない」

「分家のな。分家といっても僕一人だ。そんな僕にお前は何を期待している? アネモイ四家として、なんて話がしたいなら、僕ではなく父上、もしくはアイビス兄上と話せ」

「ローレル!」

 背を向けて歩き出したローレルを大声で呼び止めたグラキエスだが、今度はその声も無視された。ローレルは足を止めることなく、別のテーブルに行ってしまう。いつもの同級生たちがいるテーブルだ。

「……言い方はもっとあったと思うけど、ローレルの言っていることは間違いではないよ?」

「ディルビオ、お前まで?」

「私もローレルと同じ。まあ、家には残るつもりだけど、立場としては家臣の一人。セギヌス家を動かす権限はない」

 ディルビオも後を継ぐ立場ではない。ローレルとは異なり、実家に残って働く予定だが、立場としては家臣だ。普通の家臣とは扱いは異なるだろうが、それでも当主である父親と次期当主の兄とは明確に区別されることになる。意見を述べる機会は与えられても決定する権限はないのだ。

「違う」

「何が違う? 違うのはグラキエス。君と私たちの立場だ」

 グラキエスはムフリド家の跡継ぎだ。長男であり、さらに守護神獣を扱えるとなれば、その立場が揺らぐことはない。ディルビオとローレル、トゥインクルとは与えられる権限は比較にならないほど大きくなる。

「そうではない。俺が話をしたかったのは、家のことではなく、個人としての話だ」

「……どういうことかな?」

 アネモイ四家の一員として、はグラキエスがいつも口にする言葉。今回もこの言葉を口にした。だがグラキエス本人はそういう話ではないと否定する。ディルビオとしては、彼が何を話したいのか分からなくなった。

「俺とローレルは違う。それは分かっている。違うから協力し合いたいと思っているのだ」

「まだ分からない。ローレルに何を求めている?」

「あれだ」

「あれ?」

 グラキエスが指さしたのは別のテーブルに座っているローレル。それだけでは、やはりディルビオは何のことかまったく分からない。

「ローレルはどうしてあのように同級生と仲良くやれると思う?」

「それか……どうだろうね? 彼はイザール家の人間であることを否定している。それは私たちとは違う点だ」

 ディルビオは同級生とローレルのような関係性を築けていない。自ら拒否しているつもりはない。相手が、ディルビオがアネモイ四家のひとつ、セギヌス家の一員であることから委縮してしまうのだと考えている。

「本当にそれだけだろうか?」

「他に何がある?」

「彼の従士、リルの存在は影響していないか?」

「ああ、それはあるね。彼は私たちの従士と違い、周りを遠ざけることをしない。逆のことをしているかな?」

 自分の従士を否定しているわけではない。騎士養成学校に共に入学した従士、実際は騎士の身分だが、は護衛役。護衛として危険を避ける行動をとることが求められている。それを忠実に行えば、周りとの距離が出来るのは当然のこと。護衛としての役目を果たしていないリルのほうが間違っているのだとディルビオは考えている。

「彼がローレルと周囲を繋ぐ役目。そうなのだろうな」

 グラキエスも同級生との関係をもっと親密なものにしようと考えていた。だがディルビオ同様、それは上手く行っていない。従士の行動だけがローレルとの違いではない。彼らは同級生を自家の騎士団に引き込もうとしている。それを周りも知っている。同じ目的を持つ同級生は彼らを警戒する。自分が親しい相手と彼らを遠ざけようとする。もちろん自分自身も。それでは親密な関係になれるはずがない。

「……貴方たちって案外、人を見る目がないのね?」

 内心ではローレルと同じ気持ちで、会話に加わることをしなかったトゥインクルが、ここで口を挟んできた。二人の勝手な想像に呆れて、黙っていられなくなったのだ。

「どういうことだ?」

「ローレルは貴方たちの想像とは違ってイザール家の権威を利用しているわよ」

「ローレルが?」

「そうでないと貴族の同級生が素直に従うはずないでしょ? でもそれだけでは平民は反発する。それに貴族の同級生たちも内心では不満が残る」

 リルがいる意味はある。だがそれはグラキエスとディルビオが考えたローレルとの間を繋ぐだけのものではない。トゥインクルは彼らの側にいて、それを知ったのだ。

「……ローレルは権威で、リルは実力で周囲を納得させている。こういうことか?」

「そう。最初はね?」

「最初は?」

「大人しく従った結果、彼らは成果を出した。二人に従っていれば間違いない。そう思うようになった。それに、あの二人、あれで意外と面倒見が良いから」

 一年ガンマ組の関係性はそれなりの時間をかけて作られたものだ。体育祭で、本人たちは満足していないが、結果を残したことは大きい。だが一番は日常のやり取りだとトゥインクルは思っている。幼馴染の自分たちには無愛想なローレルだが、同級生には別の顔を、親しみを感じさせる顔を見せる。たまに何を考えているのか分からなくなるリルも、求められた時はとても丁寧に対応を行う。その積み重ねが今の一年ガンマ組の雰囲気を作ったのだ。

「…………」

「あっ、リルを家臣にすれば自分も、なんて考えても無駄だから。リルはローレルだから今の立場にいるの。貴方たちでは無理ね。悔しいけど私も無理」

「……ローレルは良い家臣を持ったのだな」

 二人の主従関係は特別。トゥインクルはこう言っているのだとグラキエスは考えた。それを羨ましく思った。自家の家臣に不満があるわけではない。だが年齢が近く、お互いに相手を補いあえるような家臣はいないのだ。

「どうかしら?」

 グラキエスはトゥインクルの言葉の意味を正確に読み取れなかった。わざとぼやかしたのだから仕方がない。トゥインクルが口にした「今の立場にいる」は「今の立場に留まっている」という意味。トゥインクルは、ローレルはリルを必要としているが、リルはそうではないと考えている。ローレルが持つイザール家の一員という権威がなくても、リルであれば同級生を一つにまとめてしまうのではないかと考えているのだ。
 トゥインクルはそれを肯定的に見ていない。平民のリルが実力で貴族もいる同級生の上に立つ。それは現秩序の否定。帝国の秩序とは異なるものだ。
 帝国の中心都市、それも皇帝が住まう皇城のすぐ側、お膝元ともいえる帝国騎士養成学校で従来の秩序が乱されようとしている。これもまた動乱の兆し。実力の前には従来の権威など何の意味も持たない乱世の兆しではないかと。

 

 

◆◆◆

 エセリアル子爵屋敷のハティたちが暮らす使用人部屋にイアールンヴィズ騎士団の仲間たちが集まっている。今のイアールンヴィズ騎士団ではない。本物のイアールンヴィズ騎士団で共に騎士見習いとして働いていた仲間たちだ。それぞれ今は別の騎士団で働いている彼ら。こうして集まるのは、騎士養成学校のイベント以外では、初めてだった。

「いやあ、一気に名を挙げたね?」

 話題はコープス騎士団との戦いのこと。ライラプスは、やや揶揄するような口調でその件について話し始めた。コープス騎士団を解散させたイアールンヴィズ騎士団は、その評価を一気に変えた。団長のホープ個人の力が大きかったとはいえ、並みの騎士団では勝負にならないはずのコープス騎士団に勝ったのだ。周囲の見方も変わる。

「別に嬉しくない。有名になったからといって良いことなんて何もねえからな」

 それを受けたハティは不満顔だ。彼にとっては周りの評価などどうでも良いことなのだ。実利が伴わない評価は。

「依頼、増えてないの?」

「さあな。それに依頼が来ていても今は受けられねえ。護衛任務は続いているからな」

 コープス騎士団を解散させたからといってプリムローズの身の安全が保証されたわけではない。絶対に大丈夫という時が来るまで護衛任務は続く。守護神獣の力を使うことを躊躇わなくなったプリムローズに護衛が必要なのか、という問題はあるのだが、彼女が守護神獣の力を持つことは公にされていない。イザール家にも伝えていないのだ。

「それは残念。じゃあ、感謝している騎士団はいくつかあるから、御礼を求めてみれば?」

「それって裏の仕事をしている騎士団だろ? そんなところと仲良く出来るか。痛い目に遭うだけだ」

 コープス騎士団の裏社会進出は失敗した。手に入れていた権益も全て手放すことになった。捨てる者がいれば、拾う者がいる。コープス騎士団と同じように裏社会に勢力を広げている騎士団だ。

「それは帝国騎士団に討伐されることになるから?」

「ああ、それマジで始まるのか?」

「あれ? 元はハティたちが護衛しているお坊ちゃまくんの発案じゃないの?」

 ライラプスは、ライラプスが所属するエクリプス騎士団はこの情報を入手している。私設騎士団も情報収集には力を入れているのだ。

「正確にはフェンが言ったことだ。奴自身はその場を誤魔化すために適当なことを言ったつもりらしいけどな」

「それを真に受けた? どうしてフェンはそうかな? 出鱈目もフェンが言うと真実に聞こえる。得なのか、損なのか」

「それについては真面目にやっている騎士団は得だろ?」

 仕事の依頼が増える。それも帝国直々の依頼だ。悪い話ではないとハティは思っている。

「面倒ごとを押し付けられるだけで終わる可能性もある」

 ワーグは否定的な考えだ。帝国騎士団は損害を私設騎士団に押し付けようとしている。そう受け取る私設騎士団もあり、ワーグがいるレヴェナント騎士団はそちら側の考えなのだ。

「それに今時、帝国騎士団お抱えってのはリスクも伴うから」

 ファリニシュは更なる問題を指摘してきた。そう遠くないうちに帝国内で争いが起きるのは間違いない。帝国とその帝国を奪おうという勢力との戦いだ。そうなった時、どちらの勢力に付くべきか。多くの私設騎士団は迷っている。帝国が絶対に勝つとは思えないのだ。

「依頼は依頼。敵味方は依頼によって変わるもんだ」

「ああ、それ。なんだか懐かしいね?」

 イアールンヴィズ騎士団の大人たちが言っていたこと。私設騎士団の騎士の心得として教わったことだ。実際にはそんな風に割り切れるものではないということを、彼は知った。好き嫌いで依頼を選ぶこともあることを。

「……ただ、恐らく帝国は」

「やっぱりそういうことだよね? 帝国か……」

 帝国は敵。所属している騎士団は関係なく、彼ら個人にとって、おそらくは敵。家族の仇である可能性を考えている。

「……フェン次第だ」

「そうだな」

 敵を敵として戦うのか。それを聞かれれば、この答えになる。フェンが帝都に来た理由は分かっていない。だが敵討ちに絡む理由であることは、まず間違いない。自分たちと別れてからの三年間、フェンはその為に旅をしていたのだ。自分一人で全てを終わらせるために。
 彼らはそれを知ってしまった。知ったあとまで彼一人に背負わせるつもりはない。敵が何者であろうと、帝国であろうと戦う。そう決めているのだ。