月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第71話 片鱗

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 帝都第三層、商業地区の表通りにある酒場でベンティスカは元コープス騎士団の仲間と会っている。イアールンヴィズ騎士団に勧誘する為だ。相手はグラトニー団長に指定された通り、二人。ベンティスカとしてはもう少し人数を増やしたところだが、団長の指示を無視するわけにはいかない。考えてもっとも適任だと思う二人を選んだ。
 ただ、ベンティスカが一方的に選んだというだけのこと。相手はイアールンヴィズ騎士団への入団を求めているわけではないのだ。

「どこかの騎士団には入る。それ以外、俺には出来る仕事はないからな」

「だったらうちの騎士団を選べ。俺が推薦すれば確実に入団は許される」

「イアールンヴィズ騎士団だろ? 許されない者などいるのか?」

 イアールンヴィズ騎士団の評判は悪い。未熟な若造たちが騎士団の真似事をしている、というのが私設騎士団関係者の間での評価なのだ。帝都周辺で活動する私設騎士団では最低ランク。望んで入団する騎士などいない。騎士とは呼べない未熟者が入団する騎士団だと思われているのだ。

「俺は最初、拒否された」

「それは別の理由だ。そうでありながら入団を許可されたことが、イアールンヴィズ騎士団の質を示している」

 イアールンヴィズ騎士団には自分たちは誘拐犯だと知られている。それも護衛対象を誘拐した相手だ。そこにいたベンティスカの入団を許可しなければならないのは、切羽詰まっている証。相手はそう考えた。

「それがそうでもない。訓練は真面目にやっている。個人の技量については鍛える余地は多いにあるが、部隊行動はそれなりだ」

「それなりと言ってもな……」

「じゃあ、また強ければ中身がどうでも良いという騎士団を選ぶのか?」

「それは……」

 コープス騎士団で悪事に手を染めた。騎士と称するのが恥ずかしくなるような仕事ばかりだった。それでも
辞めなかったのは、ホープが許さないから。団を抜けようとすれば殺されるのだ。

「働き甲斐はあると思う。若い奴らが多いってことは、まだまだ成長する可能性があるということだ。俺たちで団を強くすることが出来る」

「……だから?」

「だからって……今言った通りだ」

「嘘をつけ。何か企んでいるのだろう?」

 ホープは悪知恵が働くほうだ。剣の腕だけでなく、その点で死んだ団長のホープに重宝されていた。その彼の口から「働き甲斐」なんて言葉が出て来ても、そのまま受け取ることは出来ない。

「何も企んではいない」

「では何故、イアールンヴィズ騎士団なのだ? もっと条件の良い騎士団はある。いや、ほとんどの騎士団がイアールンヴィズ騎士団に比べれば、条件が良いはずだ」

 まともな依頼など来ない。結成当初は「災厄の神の落し子たち」の噂に期待した依頼主も多くいたが、それらの依頼をことごとく失敗したことで、期待は失望に、そして蔑みに変わった。これがイアールンヴィズ騎士団に対する一般的な見方だ。

「さっきも言った通り、まともな騎士団で働きたいからだ」

「本当のことを言え。嘘をつき続けるのであれば、俺はイアールンヴィズ騎士団を選ばない」

「嘘ではないのだがな……笑わないか?」

 ベンティスカは嘘をついているつもりはない。だが、「本当のこと」となると少し中身が違ってくる。

「良いから言え」

「……あの日、部屋に飛び込んで来たあいつを見て、俺は心が震えた」

「……何の話だ?」

 話し始めたベンティスカだが、何の話か分からない。どうしてこの話がイアールンヴィズ騎士団入団に繋がるのかなど、まったく分からない。

「だから、お嬢ちゃんを助けに来た彼の話だ」

「それは分かるが、心が震えた?」

「ああ、そうだ。捕らわれているお姫様を助ける為に、敵のアジトに単身で乗り込んでくる英雄。現実にそういう人間がいるのだと知って、俺は感動した」

「……嘘だろ?」

 嘘をつくにしてももっとまともな嘘をつけ。相手はこう思っている。彼の知るベンティスカは、こんな子供みたいな思いを持つ人物ではないのだ。

「これは本当だ。俺だって最初から今のような生き方をしたかったわけじゃない。唯一他人に誇れる剣の腕で、成り上がりたいと思っていた。もっと言えば、英雄になりたかった」

「それは……子供の時はそうだろうが」

 子供の頃はそんな夢を見ていた。自分も同じだった。だが、もう自分たちは大人だ。汚い現実を知り、自分の手も汚した。

「そうだ。大人になって現実を知り、諦め、忘れた。でもな……あの瞬間に、何故か知らないが、思い出した。俺はこういう騎士になりたかったのだと、何故か思ってしまった」

「……それが本当のことだとしても……あの娘を助けたのは彼ではない。あの娘が自分の力で助かったのだ」

 単身で乗り込んで来たものの、リルは何もしなかった。自分たちを倒したのはプリムローズの力だ。リルを英雄視するのは違うと思っている。

「分かっている。でも、ホープを殺したのはお嬢ちゃんじゃない」

「なんだと?」

「ホープは焼け死んでいた。彼女の力は風。風で焼け死ぬことはないはずだ」

 ベンティスカはホープの死体を見ている。怪我をしている身で、とにかく身を隠そうと考えた彼はすぐ隣の部屋にある隠し通路を使うことを選んだ。リルたちが先に行っていることは気にしなかった。自分を殺すつもりであれば、とっくに殺されていたはずだからだ。

「……どうやって?」

 ホープの守護神獣の力は炎。その力を持つ彼を焼き殺すには、どういう方法を用いれば実現できるのか。まったく思いつかない。

「これは後から聞いた話だが、ホープは自らの炎で焼け死んだことになっている」

「あり得ない」

 守護神獣の力は扱う者の意志そのままに動く。距離感を誤って軽い火傷を負うことはもしかするとあるかもしれないが、死ぬまで焼かれ続けることなどあり得ない。火傷の痛みを感じた瞬間に、守護神獣の炎は消えるはずなのだ。

「その通りだ。つまり彼は何らかの方法で、一対一でホープを倒した。そういう力が彼にはある」

「……彼もまた守護神獣の力を持つ存在か」

「その可能性が高いだろうな」

 ホープの守護神獣に対抗できる、それを上回る力を持つ守護神獣の力をリルは持っている。こう考えて間違いないとベンティスカは思っている。

「俺からもひとつ聞きたい。その彼はイアールンヴィズ騎士団の人間ではないとお前は言った。それでもイアールンヴィズ騎士団に入団するのか?」

 ここで、これまで黙って話を聞いているだけだったもう一人が問いかけてきた。

「イザール侯爵家に仕えることは出来ない。それに、これも聞いた話だが、彼がイザール侯爵家で働くのは後二年で、その後にイアールンヴィズ騎士団に入団してくれることを全員が強く望んでいる」

「……入団が決まっているわけではないのだな?」

「ああ、実際にどうなるかは分からない。だが、少なくとも彼と接する機会を得るにはイアールンヴィズ騎士団が一番だ」

 イザール侯爵家に万が一仕えることが出来たとしても、それでは逆に接点がまったくなくなる。イアールンヴィズ騎士団にいることが一番、リルの近くにいられるのだ。最低でも週一回、訓練で会えることをベンティスカは確認している。

「良いだろう。俺は入団する」

「本当か?」

「俺はお前と違って、嘘はつかない。イアールンヴィズ騎士団に入団すると言ったら入団する」

 質問を投げた時に、半ば以上気持ちは決まっていたのだ。そうでなければ一言も発することなく、この場を終えるつもりだった。

「イアールンヴィズ騎士団だぞ?」

 もう一人はまだ決めかねている。もっと条件の良い騎士団はある。それは間違いない。職場を選ぶ判断基準とするには、ベンティスカの説明は具体性に欠けているのだ。

「そのイアールンヴィズ騎士団だが、案外、本物も混じっているのではないか?」

 入団を決めたもう一人も説得する側に回った。

「本物?」

「災厄の神の落し子たちと呼ばれた子供たちだ。根拠があっての話ではないが、外の奴等を相手にしていた俺にしてみれば、まんまとやられたという思いがある」

 彼は建物入口で騒いでいたイアールンヴィズ騎士団を追い払う側だった。たいした苦労もなく、うっとおしい奴等を追い払ったと思って建物に戻ってみれば、まさかの事態だ。誘いであることに気付けなかった自分の愚かさを悔いることになった。

「……まさか? いや、まさかなのか……」

「真実は分からん。知りたければ、懐に飛び込むしかない」

「……ああ、分かった! 入れば良いのだろ!? 入れば!」

 真実を知りたいという気持ちが入団の決め手、ということではない。そういう気持ちもあるが、彼もまた夢見たいのだ。普通とは異なる環境の中で、自分が何を出来るのか。残せるのか。試してみたいという気持ちがあるのだ。
 イアールンヴィズ騎士団の中では年長組になる彼らだが、世間一般では、まだ若者の側。心は冷めきっていなかった。

 

 

◆◆◆

 プリムローズ誘拐事件に対して、強い興味を持って、情報を集めているのは帝国騎士団公安部だけではない。プリムローズ本人はもちろん、イザール侯爵家も想像出来ない人物がそれを命じていた。皇帝、そしてルイミラ妃だ。

「事件の訴えは取り下げられましたが、誘拐されたのは事実です。公安部の調査でもこれは明らかになっております」

 報告を行っているのは皇帝直轄の諜報組織。その時代の皇帝個人に絶対の忠誠を誓う組織の一人で、何度かローレルを城内に案内している男だ。

「イザール侯は何故、事件をないものにしようとしているのだ?」

「調べはまだ進めておりませんが、おそらくはイザール侯爵家内に犯人がいるからだと思われます」

「……夫人か?」

 プリムローズは落とし子、妾の子だ。正妻がそういう子供の存在を疎ましく思うのは、珍しいことではない。だからといって誘拐事件を起こすのは普通ではないと皇帝も思うが。

「その可能性は低いと思われます。理由は、いくら正妻でも自家の騎士団を動かすことは出来ないと思うからです」

「……公安部からの報告では、実行犯は私設騎士団の可能性が高いとなっていたが?」

「はい。ですが、エセリアル子爵屋敷から連れ出したのはノトス騎士団の騎士です。それを命じた者がいるはずで、その者が本当の犯人だと考えます」

 誰かが命じなければノトス騎士団は動かない。買収や弱みを握られて、実行犯であるコープス騎士団に命じられた可能性は完全には否定できないが、そうであった場合、イザール侯が訴えを取り下げたことの説明がつかなくなる。

「夫人以外に誰がいる? イザール侯自身か?」

「……今回の件は後継者争いではないかと私は考えております」

「プリムローズがイザール侯爵家を継ぐ可能性はない」

 プリムローズは、皇帝は不満に思っているが、認知されていない。公式にはイザール候の子と認められていないのだ。この先、届け出がなされたとしても女性であり、一番年下である彼女に次期当主の座が巡ってくることなどない。こう皇帝は思っている。

「いえ、可能性は無ではありません。かなり異例なことではありますが」

「そんなこと……いや、ある。守護神か……」

 守護神の加護を得ること。この事実を覆すことが出来る者は誰もいない。プリムローズが守護神の加護を得ていると証明されれば、イザール家の当主になれる可能性は生まれる。

「プリムローズ殿が守護神獣の力を使え、その事実を知っている者がいれば、動機は生まれます」

 守護神の加護を得ていることの証明。その最たるものは守護神獣の力を使えること。その事実が明らかになれば、女性であることや正妻の子ではないことなど些事。守護神獣の力を得られる当主は、今となっては、滅多にいるものではないのだ。

「使えるのか?」

「現場の状況はその可能性を示しております。ですが、その事実は公になっておりません。恐らく隠そうとしているのではないかと」

 詳しく調べれば、コープス騎士団の拠点内で守護神獣の力であろうものが使われたことは分かる。部屋の中の様子が異常な力が振るわれたことを示している。なにより、目撃者がいるのだ。隠れ潜んでいる者がほとんどだが、それを見つけ出す力が皇帝直属の諜報組織にはある。公安部にとっては悔しいことだが、調査能力は遥かに上なのだ。

「……家中が揉めるからだな?」

「いえ。隠そうとしているのは本人です」

「本人? それは何故だ?」

「これは想像ですが、イザール侯爵家に縛られることを恐れてではないかと。彼女の望みは、彼と旅することですので」

 守護神獣の力を持つプリムローズをイザール侯爵家は手放そうとしないだろう。当主にすることなく、ノトス騎士団の一員として働かせる可能性が一番高い。後継者争いという言葉を使った彼だが、現実にプリムローズが当主となることはないと考えているのだ。

「守護神獣の力を愛する者の為だけに使うか……なんとも、どう言って良いのか、分からんな」

 皇帝という立場では許せることではない。アネモイ四家の守護神獣の力は帝国の為、皇帝家の為に使われるべきだなのだ。だがそんな守護神獣の力を、好きな人と一緒にいるには邪魔なものと考えるプリムローズの思いはいじらしくもある。

「その彼のほうはどうなのです?」

 ルイミラはリルについて尋ねてきた。今回の件で分かることがあると期待しているのだ。

「作戦と呼べるほどの規模ではありませんので、判断は難しいところですが、囮を使うやり方は記録に残っているイアールンヴィズ騎士団の戦術と同じと言えば同じです」

「その程度の分析結果ですか……」

「恐れながら、比較対象が少なすぎます。イアールンヴィズ騎士団で記録を確認出来ているのは、わずか二件ですから。弱者の戦術という考え方は共通していると言えますが、そこまでです」

「そうですか……」

 過去の、本物のイアールンヴィズ騎士団の作戦と今回のプリムローズ救出作戦を比較した結果だ。囮を使って相手の隙を作るなど、共通する部分はある。だが、そういった作戦はイアールンヴィズ騎士団だけが使ったものではない。他に同じような作戦を実行した例は数えきれないほどあるのだ。

「もっと踏み込んで調べれば、真実は明らかに出来ると思います」

「……いえ、大きな動きは相手に気付かれます。それは避けねばなりません」

「承知しました。では、これまで通りに」

 ルイミラにとって残念なことに、今回の件で得られたものは何もなかった。だが今はまだ焦る状況ではない。時は残されているはずなのだ。

www.tsukinolibraly.com