イアールンヴィズ騎士団の拠点をリルたちは訪れている。団長のグラトニーに、至急ということで呼び出されたのだ。そのような呼び出しは初めてのこと。何事が起きたのかと思い、慌ててやってきたリルたちだったが、状況は想定外のものだった。いるはずのない人間が先にイアールンヴィズ騎士団の拠点を訪れていたのだ。
「……あっ、分かった。殺されに来た?」
「違う! どうしてそういう発想になる?」
そこにいたのはコープス騎士団の騎士。リルもはっきりと顔を覚えている、肩と足に剣を突き刺した相手だ。
「じゃあ、何しに来た?」
「先にそれを聞け。イアールンヴィズ騎士団に世話になりたいと思って、怪我の身でわざわざやって来た」
「却下。といっても俺が決めることではないけど」
男の用件はイアールンヴィズ騎士団に入団したいというもの。それを受け入れる気にはリルはなれない。実際に決めるのは団長のグラトニーであり、他の団員たちだが。
「少しは考えてくれ。自分で言うのも何だが、俺は腕が立つ方だ」
「それは知っている。あの状況で動ける状態だったのは二人だけ。お前はそのうちの一人だからな」
プリローズの守護神獣による攻撃でほとんどが、一時的にだが、戦闘不能になった中、この男は動ける状態でいた。ホープスとこの男だけだ。リルはそれを分かっていた。分かったから警戒すべき相手と判断し、傷つけたのだ。
「だったら考えてくれても良いだろ?」
「だから俺が決めることじゃない。俺はイアールンヴィズ騎士団の団員でもないからな」
「はっ? 嘘だろ?」
男は、リルはイアールンヴィズ騎士団の人間だと思っていた。あの日、プリムローズと抱き合っていた姿を見ているのだから疑問に思ってもおかしくないのだが、この男は助けられたことへの感謝からの行動だと思っていたのだ。
「こんなことで嘘ついてどうする? 俺は、一応、イザール侯爵家に仕える身だ」
「ああ……えっと、イザール侯爵家にも騎士団は当然あるよな? そこに入団というわけには?」
男が今日ここにやってきたのはイアールンヴィズ騎士団に入団したいから。だが、もっと正確に言えば、リルがいる騎士団に入団したいからなのだ。
「許されるわけないだろ? どこに誘拐犯を雇う親がいる?」
「イザール侯の娘だったのか……じゃあ、お嬢ちゃんからの推薦ということで」
諦めが悪い男だった。
「嫌。貴方、私を殺せと言ったもの」
椅子に縛られ、猿轡をかまされていても耳は聞こえる。この男が団長のホープに「殺すべきだ」と進言したことをプリムローズは聞いていたのだ。
「あっ、えっと、それは……あの場合は、正しい判断だったわけで……」
「い~やっ」
「だよな……まいったな。じゃあ、仕方ない。やっぱり、イアールンヴィズ騎士団で」
「お前な。そんな言い方されて、誰が歓迎する?」
仕方ないからイアールンヴィズ騎士団に入団する。男はこう言っているのだ。団長のグラトニーとしては、他の団員も、侮辱されているようで良い気がしない。
「そこを何とか。頼む」
「頼まれても……どうしてうちに入団したい?」
「働き場を求めて」
「うちである必要はない。それにお前を匿ったら、うちまで罪に問われるだろ?」
この男は誘拐犯の一味だ。いずれ捕まる。そういう立場でこの場所に来たことが驚きなのだ。グラトニーにしてみれば、自首するのと何が違うと思ってしまう。
「ああ、それは平気です。イザール侯爵家は事件の届け出を取り下げました」
「はっ? どうして?」
「家の事情ってやつじゃないですか? 詳しいことまでは俺は教えてもらえません」
これは嘘だ。リルは取り下げた事情を知っている。
「お前は知らなくても」
「僕も知らない。当事者であるプリムも、何も聞かされていない」
ローレルは後半だけ事実を伝えた。プリムローズも薄々気付いていると分かっているが、あえてはっきりと「お前の命を狙っているのはイザール家の人間だ」なんて言う必要はないと思っているのだ。
「……だったらうちに入団する必要もなくなる。コープス騎士団を続ければ良い」
「それは無理。団長だったホープは大勢に恨まれているからな。死んでそれで終わりにはならない。コープス騎士団を続けても恨まれている奴等から袋叩きにされるだけ。依頼も来ないだろう」
守護神獣の力を背景に、横暴な振る舞いが多かったホープ。裏社会で勢力を伸ばす為には悪逆非道なこともかなり行った。そのホープの力を失ったコープス騎士団に残ったのは周囲から向けられる恨みだけ。長くは続かない。
「だからといって……」
「どうしてそこまで嫌がる? さっきも言ったように俺はそれなりに腕が立つ。必ず役に立つ。それに俺を雇えば他にも何人か付いてくる。イアールンヴィズ騎士団は一気に強くなれる」
「そうして、いずれはイアールンヴィズ騎士団を乗っ取る。そういうことか?」
男の説明をリルは乗っ取りに繋がると言って、否定した。実際に男が企んでいるかは分からないが、そうなる可能性はある。力のある者の発言力は強くなる。元コープス騎士団の人間が優秀であればあるほど、元々いた人たちは隅に追い込まれることになるのだ。
「……どうして、ここで邪魔を、いや、乗っ取りの邪魔じゃないからな? 入団の邪魔のことだ」
「働き場を求めているのなら、仕方ないからノトス騎士団を紹介してやろうか? イザール侯爵家の騎士団」
「……どうして気が変った?」
「いや、無事に入団が叶えば面倒はなくなる。遅くても半年後には、お前は事故死、不審死? とにかく死ぬだろうからな」
この男を生かしておけない人物がイザール侯爵家にはいる。何も知らないと言い張っても、疑われただけで男は命を落とすことになる。
「それは……まさか……そうなのか?」
「はい。これで惚けても無駄。お前は知ってはいけないことを知ってしまった。そして、そうであることをここにいる皆が知った」
「お、お前……嵌めたな!?」
男は本当に知ってしまった。黒幕が誰かまでは分かっていなくても、イザール侯爵家にいる人物であることは分かってしまった。
「これでお前はイアールンヴィズ騎士団を裏切れない。邪魔になった時はお前が真犯人を知っているという噂を流せば、それで解決だ」
「……ほんと、可愛い顔しておっかない野郎だな」
「帝都から逃げ出すか、イアールンヴィズ騎士団で自分と仲間の身を守るか。選択肢は二つ。ただし選ぶのはお前じゃない。団長のグラトニーさんだ」
危険にさらされているのはイアールンヴィズ騎士団も同じ。リルは巻き込んでしまったことに責任を感じている。何かあった時は力を尽くすつもりだが、常に一緒にいるわけではない自分では限界があると思っていたのだ。
この男が本当にイアールンヴィズ騎士団の役に立つのであれば、味方に引き込むのも有りかもしれない。リルはこう思い直したのだ。
「リルはどう思う?」
「……実力は本人が言う通り、あると思います。まあまあ、頭も回る。人材としては悪くないと俺は思います。ただ、この男の仲間も入れるのは考えたほうが良い。許すにしても二、三人? 少数にするべきです」
「数は関係あるのか?」
二、三人でも十人でも同じではないかとグラトニーは思う。コープス騎士団の人間は全員この男と同じ。命を狙われる身だ。裏切ることは出来ないはずだと考えている。
「この男たちがどう思っているかに関係なく、数が多くなれば依存することになります。稼ぎ続けるには、この男たちの力が絶対に必要。こんな風になってしまうと、乗っ取られたと同じだと俺は思います」
「……それでもリル、お前がいてくれれば」
リルがイアールンヴィズ騎士団にいてくれれば、そのようなことにはならない。これはリルに依存しているようなものだが、それでも良いとグラトニーは思っている。リルであれば団長の座を譲っても良いと。
「それは無理。俺はいずれ帝都からいなくなる身です。だから、グラトニーさんが自分の考えで決めてください」
「……分かった。入団を許可する。仲間を連れてくるのであれば、二人までにしてもらおう」
「それ、そのまま、あっ、いや、ありがとうございます。真面目に頑張る。これは本気だ」
グラトニーの言葉はリルの意見そのまま。それに少し呆れたが、とにかく入団は許可されたのだ。それについては礼を伝えなくてはならない。団長としてグラトニーを立てなければならない。
「名前は?」
「ベンティスカだ」
「では、ベンティスカ。よろしく頼む」
イアールンヴィズ騎士団に新しい仲間が、この時点で仲間と呼ぶのが適切かは怪しいところだが、加わることになった。これがこの先、どのような意味を持つのか。今の彼らには分からないことだ。