月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第68話 秘密

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 部屋の中を激しい風が吹き荒れている。その中心にいるのはプリムローズ。猿轡も体を椅子に縛り付けていたロープも、その風によって切り裂き、自由の身となったプリムローズだ。立ち上がった彼女の髪が風に靡いて、ふんわりと浮かんでいる。周囲の風の勢いとはまったく異なる様子だ。

「しゅ、守護神獣……どうしてこの娘が守護神獣の力を!?」

「決まっている。イザール家の守護神、南風の神ノトスの加護を受けているからだ。強い加護を」

 プリムローズが宿していたのは守護神獣の力。それをリルは知っていた。もっとも、イザール家の守護神と言ったのは確証があってのことではない。

「そんな……じゃあ、これは旋風のっ! ぐあっ!!」

「「「うわぁああああっ!!」」」

 ホープ、彼だけではなく部屋にいた部下たちも一斉に突風に吹き飛ばされた。そのままの勢いで壁に、床に叩きつけられる彼ら。さらに勢いを増す風はプリムローズを中心にして渦を巻く。せまい部屋に竜巻が発生したような状態で、ありとあらゆる物が吹き飛ばれて、壁に叩きつけられていく。中心にいるプリムローズ、そしてリルを除いて。

「ち、ちくしょう!」

 竜巻には意志がある。間違いなく守護神獣の力だとホープは判断した。こうなれば自らの守護神獣の力でプリムローズを倒す、という選択をホープは選ばなかった。帝国建国の力となったアネモイ四家の守護神獣の力。それと戦って勝てる保証はない。まず負ける。
 ホープが選択したのは、逃げることだった。

「えっ……?」

 立ち上がったホープを見て、反撃に出ると思って身構えていたリル。だがホープは身を翻すと、そのまま逃げ出してしまった。それに対してどう動くべきか判断に悩むリル。

「リル!」

 そのわずかな間に、プリムローズが懐に飛び込んできた。そのままリルに抱きつくプリムローズ。

「大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫。助けにきてくれてありがとう」

 リルの体を抱きしめたまま、上目遣いで礼を告げるプリムローズ。

「……い、いえ……御礼は……」

 「いりません」という言葉をリルは飲み込んだ。自分を見つめるプリムローズの瞳が、すぐ目の前にある可愛らしい唇が、言葉を失わせた。自らの腕をプリムローズの体に回すリル。プリムローズの顔が、少し躊躇いを見せながらも、ゆっくりと上を向く。閉じられた瞳が受け入れる意志を示していた。

「フェン! 大丈夫か!?」

 そこにタイミング悪く、もしくは良く、ハティが飛び込んできた。

「……えっ、あっ、悪い……えっと……大丈夫そうだな?」

 気まずそうな様子のハティ。気まずいのはリルとプリムローズも同じだ。だが、こうなったからには甘い時間は終わり。やるべきことはまだあるのだ。

「……依頼主を教えろ」

 プリムローズから離れたリルは、床に倒れているコープス騎士団の騎士たちの中から意識がある者を選んで、依頼主が誰かを問い質した。

「……知らな、ぐっ、あっ!」

 最後まで答えを聞くことなく、相手の肩に剣を突き刺すリル。

「教えろ」

「可愛い顔しておっかない奴だな? 依頼主は団長しか知らない」

「……教えろ」

 表情を変えることなく、剣をさらに男の肩に押し込む。

「や、止めろ! 本当だ! 本当に知らない! 逃げた団長に聞いてくれ! 団長なら隣の部屋の隠し通路から逃げたはずだ!」

 痛みに顔をゆがめながらも、相手は依頼主の情報を明かさなかった。本当に知らないのだ。その代わりに、というより、命を助けてもらう代わりにだが、ホープが逃げた場所を伝えてきた。

「そうか……」

「ぐぁああああっ!」

 肩から抜いた剣をリルは男の足に突き刺した。予想していなかったリルの行動に、たまらず相手は叫び声をあげた。

「……他に動けそうな奴はいないな。ハティ。プリムローズ様を頼む。俺は先に逃げた奴を追う」

「えっ? おい! 待て、フェン!」

 ハティに追ってきた理由を話す間も与えずに、リルは逃げたホープを追いかけて部屋を出て行く。かなり時間を使った。追いつく為には、もう一秒たりとも無駄な時間は使えないと考えたのだ。

「あの馬鹿……嬢ちゃん、走れるか?」

「大丈夫」

「お~い。俺はこのままか?」

 リルの後を追いかけようとした二人に、足を刺された男が声をかけてきた。肩と足に怪我をしているにしては元気だ。他のコープス騎士団の者たちは、皆、気を失ったままだというのに。

「その怪我じゃあ、死なねえだろ? それに死んでも俺たちは困らねえ」

「酷いな……可愛いお嬢ちゃんは助けてくれるよね?」

「私も困らないから」

 プリムローズは優しくはあるが、自分を殺そうとした相手を助けるほどのお人好しではない。それに同情するには、相手は平静過ぎるのだ。命の危機にあるとは思えない。

「お嬢ちゃんまで……ああ、大外れだ。あんな馬鹿の下についたのが間違いだったな」

「一つの依頼が失敗しただけだろ?」

 今のところ、相手を殺すつもりはハティにはない。殺したほうが良いとは思っているが、一人一人殺していくには時間がかかる。また、コープス騎士団の団員はここにいるのが全てではない。建物の外にいる者たちが戻ってきてもおかしくない頃だ。

「確かにそうだ……やり直せるかな?」

「……嬢ちゃん、行くぞ。こいつ時間稼ぎをしているだけだ。逃げた奴は守護神獣使いらしい。早く追いついて、フェンに知らせないと」

「……はい」

 男が会話を続けようとしているのは団長のホープが逃げる時間を稼ぐ為。ハティはこう考えた。守護神獣使い相手ではいくらリルでも勝つのは難しい。戦いを止めなくてはならない。その為にハティは追ってきたのだ。
 部屋の外に駆け出していく二人。

「……お嬢ちゃんにきっちりホープを殺してくれと頼めなかったな。さて、どうするか……」

 男にとって団長のホープがどうなろうと知ったことではなかった。ハティとプリムローズに話しかけたのは本当に助けて欲しかったのだ。
 彼には今の状況が分からない。普通であれば誘拐はすでに帝国騎士団公安部に届け出られているはずで、今にもこの場所に公安部が踏み込んでくるかもしれない。捕まりたくなければ、この場から逃げなくてはならないのだ。だが足の怪我はプリムローズが思ったよりも深い。リルは動けなくする為に足を傷つけたのだ。その目的は果たされていた。

「……離れたほうが良いのだろうな……さて、頑張ってみるか」

 壁を支えにしてなんとか立ち上がった男。痛む足を引きずるようにしながら歩き出す。この男だけではない。目を覚ました他の者たちも、周囲の様子を見、団長のホープがいないことが分かるとこの場から逃げ出すことを選んだ。外から戻ってきた者たちも。彼らも皆、公安部に踏み込まれる可能性に気付き、それを恐れた。団長のホープがいなければ、彼らがここに留まる理由はなかった。

 

 

◆◆◆

 逃げ出した団長のホープを追ったリル。隠し通路はすぐに見つかった。普段は隠されている通路だが、ホープは使った後に入口を隠すことをしなかった。余裕がなくて、出来なかったのだ。
 地下に続く通路を走るリル。ホープに追いつくのには、思っていたよりも時間がかからなかった。ホープのほうが足を止めていたのだ。

「ふざけやがって。お前だけは殺してやる」

 ホープが足を止めたのは追いかけてきたリルを殺す為。依頼は未達成。プリムローズを売って大金を手に入れることにも失敗した。その原因を作ったリルが許せなかったのだ。リルが作戦を考えたことを分かっているわけではない。実際に目にしたのがリルだけで他のイアールンヴィズ騎士団の団員がいないから、そう思うのだ。

「依頼主は誰だ?」

「教えてもお前はここで死ぬ」

「そう思うなら教えろ」

「その手に乗るか! 死ね!」

 依頼主を教えてしまえばリルは逃げる。自分がリルに負けるという結果はホープの頭にはない。そう思えるだけの力がある。同じ守護神獣、それも格上であるイザール家の旋風の大鷲からは逃げても、力を持たない相手を恐れる理由はないのだ。
 ホープの口から炎が吐き出される。炎が彼の守護神獣の力だ。皇帝家やアネモイ四家の守護神獣のように知られた名はない。

「嘘っ!?」

 予想外の攻撃に焦るリル。ただ焦るだけではない。炎の軌道を読んで、体を躱した。

「無駄だ!」

 だが炎は逃げたリルを追うようにして向きを変えた。炎の、守護神獣の動きはホープが思うままに変えられる。そんな炎から逃れる術はない。
 地を駆け、転がり、炎を避け続けていたリルだが、それにもやがて限界が来る。空を自由に走る炎の動きには、さすがのリルも敵わないのだ。炎がリルの体を包む。その瞬間、さらに激しく燃え上がる炎。

「はっはっはっ! 馬鹿め! 大人しく俺に忠誠を誓っていれば、死ななくて済んだものを!」

 すでにこの声はリルに聞こえない。そう思っていてもホープは言葉にしないではいられなかった。声にすることで口惜しさを少しでも薄れさせたいのだ。だが、失敗の口惜しさが消えることはない。消えるどころか。

「……誰がお前なんかに忠誠を誓うか」

「なっ……何故? どうして生きている!?」

 リルは焼け死んでいなかった。それどころか服に焼け焦げているところがあるくらいで、リル自身はどう見ても、まったくの無傷。あり得ない結果にホープは驚きの声をあげた。

「……馬鹿な……馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な! 今度こそ、死ねぇええええっ!!」

 再びホープの口から噴き出される炎。それはまっすぐにリルに向かって行った。だが、今度のリルはそれを避けようともしない。
 そして結果は、同じだった。リルは無傷だ。

「……そ、そんな……な、なんなのだ、その力は!? お前は……お、お前は……な、何……ぎっ、ぎやぁあああああっ!!」

 信じられない事態に声を震わせるホープ。その声はすぐに絶叫に変った。炎に身を焼かれるのはホープのほうだった。

「…………」

 炎に巻かれたまま地面に倒れていくホープ。その様子をリルは虚ろな表情で見つめている。勝利の喜びなどまったく浮かばない。心に浮かぶのは悪夢の光景。何度も、何度も夢に見た悲劇の光景だ。

「うっ……うえっ……おえっ……」

 込み上げる吐き気。リルは地面に四つん這いになり、喉にせり上がってくるものを吐き出した。吐いたからといって、それですっきりするわけではない。胃の中のものを全て吐き出しても嘔吐は続く。

「おい!? フェン! 大丈夫……か?」

 追いついてきたハティの目に映ったのは苦しそうにしているリルと、焼け焦げた死体。死体が、リルが追いかけていた相手であろうことは分かる。だがどうしてその相手が炎で焼かれているのか。リルが苦しそうにしているのか。ハティには分からない。

「おい? 大丈夫なのか?」

「……だ、大丈夫……しばらくすれば……治る」

 体に異変があるわけではない。心の問題だ。時間が経てば収まることをリルは知っている。何度も経験していることなのだ。

「この死体は?」

「……自滅。自分が、吐いた炎で燃えた。こいつ、うえっ……」

「守護神獣使いだ。とりあえず、良かった。さすがに守護神獣使い相手ではヤバいと思って、焦った」

 状況はまだ良く分からないが、リルが無事であったことは喜ぶべきことだ。守護神獣使い相手に戦って命があったことは、普通、あり得ないことなのだ。

「……リル……大丈夫?」

 プリムローズも追いついてきた。苦しそうなリルを見て、心配そうな顔をしている。

「大丈夫です……前と、同じですから……」

「そう……分かった」

 前回と同じ。プリムローズを襲った男たちを皆殺しにした後もリルは同じように吐き気をもよおし、苦しそうにしていた。それをプリムローズは思い出した。少しだが、安心することが出来た。

「前と? 前にも同じことがあったのか?」

 だがそれを聞いたハティは安心というわけにはいかなかった。

「以前、私を助けてくれた時。その時もリルは助けてくれた後、今と同じように苦しそうだったの」

「……フェン、いつからだ?」

 今回が特別ではないということ。いつも同じようになるということだ。恐らくは人を殺した後は。これにハティは気が付いた。

「いつからだ、フェン!?」

 答えを返さないリルに苛立つハティ。彼がこうなった理由にハティは心当たりがあるのだ。それ以前のリルは人を殺して、今のようにはなっていなかったはずなのだ。メルガ伯爵屋敷を襲撃し、メルガ伯爵とその家臣たちを皆殺しにした時は。

「……お前が思っている通り、あの時からだ。正確にはあの日から数日後。夜、思い出す度に吐いていた」

「どうして言わなかった?」

「言えるか? 俺はもう人を殺せません、騎士団では働けませんなんて」

 毎晩、悪夢にうなされるようになった。夜中にうなされて、目覚めるたびに胃の中が空っぽになるまで、空っぽになっても吐いていた。それを仲間たちに言えなかった。

「現場に出なくても、お前には考える頭がある」

「そしてまた、頭の中だけで多くの人を殺せと? それは出来ない。俺は自分が何をしたのか知らないままでいたくない」

「フェン……お前……」

 ハティにはフェンの想いが分からない。彼はフェンを信じて、その命令通りに動くことが自分の役目だと思っている。命令を発する側ではないのだ。

「……あの時まで知らなかった。人がどんな風に死んでいくかなんて……殺したことに後悔はない。でも……あの殺し方が正しかったのかは、ずっと疑問に思っている」

 全身を炎に包まれて絶叫する人々。苦し紛れに地面を転がっても、油をかけられた体の火は消えない。足掻いて、苦しんで、泣き叫びながら死んでいく人たちをリルは初めてその目で見た。自分が考えた殺し方はどのようなものなのかを思い知ったのだ。その時だけでなく、それ以前の、大人たちの為に考えた作戦も同じだったことを知ったのだ。

「家族の仇だ」

「分かっている。だが……俺は関係ない人も巻き込んだ。その人も同じように苦しめた」

「それは……お前の責任じゃない」

「俺の責任でもある」

 仇と思う人々を殺しただけであれば、このようにはならなかったかもしれない。だがメルガ伯爵の娘を仇とは思っていなかった。それどころか女性や子供は巻き込まない。そう誓って実行した計画だったのだ。
 だが実際には、いるはずのない女の子がいて、その彼女を傷つけてしまった。彼女の体を焼き、苦しめてしまった。彼女の恨みが毎晩、フェンを苦しめているのだ。
 これがフェンが仲間たちから離れた理由。こんな自分が一緒にいては周りに迷惑をかける。だからといって自分は安全な場所にいて、仲間に人を殺させるなんて真似も出来ない。恨みもない人たちを殺すのに、自分だけが手を汚さないなんて許されない。こう考えた結果、フェンは全てを一人で行うことを決めた。それで死んでもかまわない。こう思った。罪の意識がこう思わせたのだ。

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