月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第66話 失態

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 油断。今の状況に陥った原因は何かと問われれば、この言葉が思い浮かぶだろう。護衛任務についてから十か月が経過している。その間、危険を感じることはなかった。屋敷の外を見張っている仲間たちが怪しい動きを見つけることもなかった。
 平日の昼間はプリムローズと鍛錬を行っている以外は談笑をしたり、何もせずに体を休めているくらい。夕方になってリルが帰ってきたあとは、また鍛錬。ハティにとってはこの時間が本当の鍛錬だ。週末もひたすら鍛錬。毎日が単調ではあるが、充実していた。
 自分が何の為にここにいるのか。忘れていたつもりはなかったが、今それを訴えても言い訳にもならない。プリムローズは誘拐されてしまった。その事実が全てだ。

「謝罪はあと。それに謝る相手が違う。とにかく状況をもっと詳しく教えてくれ」

 リルも追及はしない。今は一秒でも速くプリムローズを見つけること。無駄に出来る時間はまったくないのだ。

「……イザール家の騎士が嬢ちゃんを、いや、プリムローズ様を迎えにきた」

「間違いなくイザール家の騎士なのか?」

「常駐している騎士が相手を知っていた。だから、間違いないと思った」

 信じても仕方がない状況。エセリアル子爵屋敷に常駐していた騎士は間違いなくイザール侯爵家の家臣。ローレルたちと最初から一緒にいたのだ。疑う余地はない。
 さらにローレルが父であるイザール侯に、プリムローズに好意的な騎士だけを選んでもらったこともハティは知っていたのだ。

「……同行しようとはしなかった?」

「そうしようとしたら相手に拒絶された。いや、言い訳だな。護衛なのだから相手が何と言おうと側を離れるべきではなかった」

「プリムローズ様を乗せた馬車は騎士養成学校に向かった。これは間違いないのか?」

「はい。ただ途中で振り切られました」

 ハティとシムーンは同行しなかった。だが、外にいた見張り役は自分の任務を全うしようとしていた。馬車の後を付けたのだ。だが全力と思われるほどの速度で駆ける馬車を、徒歩で追うことは出来ない。

「当然だけどプリムローズ様は騎士養成学校には来ていない。途中で方向を変えて、どこに行ったのか……」

 イザール侯爵家の騎士はプリムローズを騎士養成学校に連れて行くとハティたちに告げていた。先に騎士養成学校に向かっているイザール侯が、ローレルもいれて三人で会いたいと言っているということだった。
 だが、騎士養成学校にいたローレルはプリムローズにもイザール侯にも会っていない。騎士が告げたことは嘘だったのだと、それで判断された。

「実家に向かったという可能性はないのですか?」

 シムーンは実家、イザール侯爵家の屋敷に向かった可能性を尋ねてきた。そうであって欲しいという願望もあってのことだ。

「ローレル様が確認に向かっている。そうであって欲しいと思うが、それを期待して、ただ待っているわけにはいかない」

「……責任逃れをするつもりはねえが。本物のイザール家の騎士がプリムローズ様を誘拐するなんてことが本当にあるのか?」

 相手の顔は割れている。誰かはすぐに分かるはずだ。命じられているだけだとしても、その命じた相手もすぐに辿れるはず。すぐに捕まる方法で罪を犯すのか、ハティは疑問に思っている。

「最初に伝えたはずだ。俺が一番警戒しているのはイザール侯爵家の人間だと。そしてこの懸念はイザール侯も持っている。ローレル様にも俺にも知らせることなく、プリムローズ様を連れ出すなんて真似をするとは思えない」

「そのイザール侯が命じた可能性はねえのか? そうであれば、顔が知られている家臣だろうが気にしねえ」

「……可能性は無ではない。だが、恐らくは違う。顔を知られていても問題ない方法はある。もみ消す必要のない方法だ」

 もっと前からそれを思いついていれば、という後悔がリルにはある。ハティに、イアールンヴィズ騎士団の人たちに伝えておくことが出来れば、対応は違っていたはずだ。

「ちなみに、どんな方法だ?」

「連れ出した騎士を殺す。皆殺しにすれば黒幕が誰か分からなくなる。イザール家は当たり前に、誘拐事件として届け出るだろうな」

「実行犯は別にいるということか……そうなると手がかりが……」

「目撃者がいれば良いけどな。四人の騎士を皆殺しにするとなると、それなりの数が必要となるはず。一瞬で終わるということもないはず。絶対そうとは言えないけど」

 改めてプリムローズを乗せた馬車を実行犯は襲うことになる。それは秘密裏にというわけにはいかないはず。街中であれば、だ。帝都を出て、人気のない場所で襲撃されたのであれば目撃者の存在は期待できない。

「……調べてみるか?」

 リルの話を聞いて、ハティはある方法を想いついた。

「どうやって?」

「情報屋に聞く」

「ユミルか……居場所は知っているのか?」

 幼馴染のユミルは帝都で情報屋をやっている。ワーグが教えてくれた情報だ。だがリルは情報屋をやっていることしか知らない。どこにいるのかまでは聞いていなかった。

「ああ、知っている。行くか?」

「もちろんだ」

 プリムローズを助ける為であれば、あらゆる手段をとる。ユミルに情報を求めることを躊躇う理由など、まったくない。リルはハティと共にユミルがいるはずの場所に向かうことになった。

 

 

◆◆◆

 リルとハティが向かったの帝都の第三層。古本屋に偽装しているユミルたちの拠点だ。ユミルたちが暮らしているのは別の場所で、ここは情報を求める客が仕事を依頼する為の場所に過ぎない。
 すでに日が沈みかかっっている時間だが、ユミルはいた。

「……久しぶりだな?」

「貴族の犬が何か用?」

 再会を懐かしむリルとは違い、ユミルはいきなり悪意を剥き出しにしてきた。リルへの信頼の想いが強かった分、裏切りに対する恨みもまた強いのだ。

「……ここに来れば情報を得られると聞いた」

「残念。一見さんはお断りでね。出直してきて。出直しても何を教えないけど」

 リルの頼みをユミルは聞くつもりがない。彼にとっては、勝手すぎる頼み。自分たちを捨てた人間がどの面下げて、という思いだ。

「ユミル! 大事なことなんだ!」

「裏切者に協力する気はない! 誰がお前なんかの為に仕事をするか!」

「……頼む。どうしても助けたい人がいるんだ」

 恨まれているのは分かっている。頭を下げて謝ったくらいで許されるとも思っていない。だがプリムローズを救うための情報が、どうしても必要なのだ。

「……その人は僕にとって赤の他人だ。お前もな」

「どうしてもか?」

「どうしてもだ」

「……そうか。分かった」

 プリムローズを助けることを諦めるわけにはいかない。だが、力づくでユミルから情報を引き出すような真似も、リルには出来ない。リルにとってはユミルも大切な存在なのだ。相手がどう思っていようと。
 扉を開けて、外に出て行くリル。

「……お前もさっさと出て行け」

 だがハティは残ったままだった。そのハティも追い出そうとするユミルだが。

「ひでえな、客に向かって」

「聞いていなかったのか? 仕事は受けない」

「俺が頼みたいのは別のことだ。ここに書いてある奴らのことを調べてもらいたい」

 こう言ってハティは懐から一枚の紙を取り出して、ユミルの座る机の上に放り投げた。

「……何だ、これ?」

「ここ三年の間に不審死、もしくは不審死と疑われる死に方をした貴族だ。こいつらとメルガ伯爵との繋がりを調べろ」

「メルガ伯爵だって?」

 メルガ伯爵についてはユミルも知っている。襲撃には直接参加していないが、その前準備は彼も手伝っていた。屋敷について、そこにいる家臣の数などなど、襲撃を成功させるのに必要な情報を集める役目を担っていたのだ。

「何人か繋がりがある奴がいるはずだ。もしいれば、そいつらを殺したのはフェンだ」

「なっ……?」

「おそらくフェンの奴は敵討ちを続けている。帝都に来たのもその為だ。あいつだけが、たった一人で、続けている」

 自分たちは止めた。メルガ伯爵を殺したことで満足しようとしていた。リル、フェンがいなくなっただけで家族の敵討ちを諦めてしまったのだ。それをハティは恥ずかしく思っているのだ。

「じゃあ、頼んだぞ」

「お、おい?」

 それ以上、何も告げずにハティは建物を出て行ってしまう。彼も時間を無断にするつもりはない。すぐにプリムローズの捜索に戻らなければならないのだ。

「……ふざけるな……ふざけるなよ」

 机の上に残された紙を、じっと見つめながら呟くユミル。彼の心は揺れている。今に始まったことではない。ずっと揺れているのだ。フェンを恨んでいる。これは間違いない。だが心の奥底ではフェンを求めてもいる。それを、ユミル自身も分かっているのだ――

「……悪い。待たせたな」

「いや……」

「手がかりも得られなかった。これも謝る」

「悪いのは俺だ。ハティのせいじゃない」

 自分が恨まれるようなことをしたのが悪い。リルはこう思っている。

「これからどうする?」

「……なんとなく方向は分かる。あっちだ」

 どこか遠くを見るような表情でリルは指さした。

「はっ? 今、何て言った?」

 ハティには理解出来ないことだ。

「なんとなく、プリムローズ様がいる方向は分かる。その方向をしらみつぶしに探すしかない」

「……何だ、それ? 二人はそんな風に繋がっているのか? 運命の相手ってやつなのか?」

 ちゃかしているつもりはハティにはまったくない。本当に驚いているのだ。そんなことがあり得るのか。こう思うが、この状況でリルが嘘をつくはずがない。

「そういうのじゃあ……あれ? ミウ? ミウじゃないか?」

「はっ? ミウがこんなところに……まさか、あれのことを言っているのか?」

 少し離れたところに子供がいる。物乞いにしか思えない粗末な服を着た子供だ。リルの言うミウもまた幼馴染。年はかなり下で、帝都になどいるはずはない。とハティは思っていた。

「さすがフェン兄ちゃん。すぐに分かってくれた」

「大きくなったな。元気そうで良かった……元気だよな? もしかして困っている?」

 フェンにもミウは物乞いにしか見えない。生活に困窮しているのかと心配になった。

「ああ、食うのには困ってないよ。この恰好は仕事の為、ユミルの手伝いをしている」

「そうだったのか」

「ということで、はい、これ」

「……何?」

 ミウがフェンに渡したのは小さな紙切れだった。

「ここしばらく怪しい動きをしていた騎士団。今日は特に慌しかった。そうかと思えば、全員が拠点に籠ったまま出てこない。いつもであれば盛り場に遊びに行くのに」

「……ありがとう、ミウ。拠点の場所は?」

「あっち」

 ミウが指さす方向はフェンがプリムローズの気配を感じ取った方角と同じだった。

「分かった。あっ、情報料は?」

「それは再会出来たお祝いのプレゼント。ただであげる。私に気付かなかったらあげなかったけどね」

 ミウも情報屋として強かに生きている。最初からタダで情報を提供しようと考えていたわけではない。だがフェンは三年以上会っていなかった自分を一目見ただけで気付いてくれた。体も大きくなり。物乞いに扮装しているというのに。ミウはそれがたまらなく嬉しかった。いなくなった恨みは、一瞬で消えた。

「ありがとう。今は時間がないからまた今度、ゆっくりと話そう」

「本当?」

「本当。この約束は必ず守るから。これは絶対に」

 一度は裏切った。言葉だけで信じてもらえるとは思えないが、それでも今は言葉にして伝えるしかない。

「信じてあげる。じゃあ、またね」

 ミウは、ユミルとは違い、心のわだかまりが消えている。年下であるので共に何かを成し遂げようというものはなかった。ただ一緒にいてくれれば、遊んでくれれば、それで良かったのだ。また一緒にいる時間が作れる。それで満足だった。

「一旦、戻ろう」

「ああ」

 プリムローズの居場所は、まだ確定ではないが、分かった。次はどのようにして救出するかだ。それを考え、実行に移す為の準備が必要。フェンとハティはエセリアル子爵屋敷に戻ることにした。

 

 

◆◆◆

 イザール侯爵家屋敷にプリムローズを探しにいったローレルは、目的を果たすことなく帰って来た。イザール候には会えた。帝都にいるはずの彼に。
 イザール候はそのような指示は出しいないとローレルに告げた。それが事実であれば、やはりプリムローズは誘拐されたということになる。事態を知ったイザール候も家臣に捜索を指示したが、ローレルはその結果を待つことなくエセリアル子爵屋敷に戻ってきた。ローレルも、さすがに家中を強く疑うようになっているのだ。

「……えっと……何が?」

 戻ってみると皆が部屋に集まって、真剣に話をしていた。普段屋敷にいないイアールンヴィズ騎士団の団長グラトニーも話し合いに参加している。その中心にいるのはリルだ。
 到着したばかりのローレルは状況が分からず、何故か話し合いに参加せずにお茶を飲んでいるハティに問いかけた。

「救出作戦を考えている」

「居場所が分かったのか?」

「目で見て確かめたわけじゃねえが、まず間違いなさそうだ」

 リルが本当にプリムローズの気配を感じられるのであればだが、ハティはもう疑うことを止めている。信じて動くしかないのだ。

「そうか……作戦はイアールンヴィズ騎士団だけで行うのか?」

「奴はそのつもりみたいだな。公安に訴えても動くまでに時間がかかる。それだけじゃねえ、公安が動いたと知られれば……あれだ」

 誘拐犯はプリムローズを殺すかもしれない。

「……そうか。大丈夫だよな?」

「任せておけ、と言いたいところだが、かなり厄介な相手だ。うちよりも遥かに規模が大きく、強い」

「……それは騎士団が誘拐したということか?」

「そのようだ。汚れ仕事を厭わない奴等らしいからな。どんな依頼でも引き受けるのだろうよ」

 帝都の治安を悪化させている原因のひとつ。犯罪組織と変わらない私設騎士団のひとつだ。その中でも規模が大きい騎士団。この時点では分かっていないが、裏社会に食い込み、勢力を広げようとしている騎士団だ。

「……た、助けられるよな? あ、あれだ。災厄の神の落し子たちと言われたお前たちであれば、騎士団を倒すくらい」

「ああ、まだ分かっていなかったのか? あいつらはイアールンヴィズ騎士団を騙っているだけ。本物とは何の関係もねえ」

「そ、そんな……」

 ローレルも薄々は勘づいていた。だが、プリムローズを助けたいという想いが強く、彼らが本物であって欲しかったのだ。

「……本物だって同じだ。イアールンヴィズ騎士団がちょっと名が知られるようになったのには訳がある」

「訳とは?」

 何故いきなりハティはこんな話を始めたのか。疑問に思っているローレルだが、ここは続きを聞くことにした。救出作戦の検討に自分が加わっても、なんの役にも立たない。それが分かっているのだ。

「一人の天才がいた。戯れに考えた作戦で困難な任務を成功に導いたのは、確か……十歳くらいだったかな? その後もいくつかそいつが考えた作戦でイアールンヴィズ騎士団は難しい任務を成功させた。そいつのお陰だ」

「…………」

「誰が言い始めたのか、そいつは災厄の神の落とし子と大人たちに呼ばれていた。災厄の神の落とし子”たち”じゃねえ。一人のことなんだよ」

 災厄の神の落とし子という言葉はメルガ伯爵屋敷襲撃事件のあとに生まれたのではない。ずっと以前から、イアールンヴィズ騎士団の大人たちが健在だった時から、ある男の子を示す言葉だった。

「……そ、その男は……今どこに?」

 ハティが何故こんな話を始めたのか。ローレルは分かった気がした。自らの問いの答えも。

「……嬢ちゃんは運が良い。運が良いなんて言ったら不謹慎か。不幸中の幸い? そういうことだ」

「…………」

 はっきりとした答えを返さなかったハティだが、その視線がローレルに答えを教えてくれた。イアールンヴィズ騎士団の人たちに向かって、これから実行する作戦を説明しているリル。ハティはそのリルを見つめていた。

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