月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第65話 必然の再会

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 帝国騎士養成学校で関係者以外が観戦できるイベントは年に二回ある。ひとつは秋の体育祭。今年はすでに終わっている。残る一つは三年生の卒業イベント。帝国騎士団との模擬演習だ。
 三年生全員、およそ百五十名と帝国騎士団の同数が正面から戦う模擬演習。実戦的な演習で、かなりの迫力なのだが、観客の数は体育祭とは比べものにならないくらい少ない。帝都周辺の貴族家の人間、あとは私設騎士団関係者が見に来るくらいで、庶民には人気のないイベントなのだ。
 その理由は明らか。力の差があり過ぎることだ。開始当初こそ迫力を感じられるが、すぐに帝国騎士団側が圧倒することになる。三年生はどれだけ頑張っても反攻の機会を得られない。一方的に倒されていく様子は、迫力を感じるどころか、凄惨にさえ思えるものだ。三年生が可哀そうで、見ていて楽しいものではない。そんなものが庶民に受けるはずがない。
 どうしてそのようなイベントが行われているのか。騎士養成学校設立当初は違ったのだ。普通に三年間の鍛錬の成果を披露する場で、帝国騎士団側も力量を合わせて従士を中心に編成した上で三年生の見せ場も作っていた。その当時は一般庶民にもそれなりに人気のあるイベントだった。
 それが近年、帝国騎士団の実力を見せつけるものに変わった。三年生の多くが帝国騎士団ではなく、私設騎士団に入団する。そんな彼らに帝国騎士団の実力を思い知らせ、敵側に立とうなんて思わせないようにする。そういう意図だ。
 もちろん、それだけではない。帝国騎士団に進む三年生にこの先の厳しさを分からせるという意味もある。帝国騎士団が置かれている状況は厳しい。卒業したからといって一人前にはほど遠い。これから更に努力を積み重ね、強くならなければならないことを知らしめたいのだ。

「そうだとしても、えげつないね? 自信喪失して騎士団に入るの止めてしまわない?」

「その程度の奴はいらないってことだろ?」

「入学前にどれだけ鍛えていたか知らないけど、三年程度で強くなれるのであれば、誰も苦労しないと思うけどね」

「三年でも強くなれる奴は強くなる。重要なのは時間ではなく、鍛錬の質だ」

 模擬演習の様子を見て、話をしているのはレヴェナント騎士団のワーグとエクリプス騎士団のライラプス。
 全滅目前の三年生。今年も例年と同じ三年生の惨敗だ。それでも見に来た意味がある人たちもいる。私設騎士団の関係者の多くはそうだ。彼らは分かりきっている勝敗などどうでも良く、帝国騎士団の実力を確かめに来ている。二人も所属する騎士団と一緒に観戦しに来たのだ。

「生まれた時から強い奴もいるしね?」

「ああ、憎らしくなるほど強い奴がな」

「……それ、俺が何か言ったほうが良いのか?」

 明らかに二人は自分のことを言っている。それは聞いているリルにも分かる。彼ら二人は幼馴染。幼い頃から一緒に鍛錬を行っているのだ。

「別に。初めて会った人に話しているつもりはないから」

「そうだな」

「それは気を使っているのか? それとも嫌味か?」

 二人は、実際はもう一人ファリニシュもいて、三人は体育祭も見に来ていた。だが体育祭に参加していたリルは彼らと会っていない。会って話をしたのはハティとだけだ。

「嫌味に決まっている。このガラガラの観戦席で誰に話が聞こえると思っているの?」

 リルは彼らに会う為にローレルも含む同級生たちから離れた場所に座っている。自ら望んでのことではない。三人に強く文句を言われたハティが、半ば無理やり、ここに連れて来たのだ。

「そのガラガラの観戦席で固まって座っているだけで疑われると思うけど?」

「それは大丈夫。僕たちはイアールンヴィズ騎士団のハティ殿と話しに来ただけだから」

「あっ、そう」

 そんな説明は誰も聞いてくれない。それは分かっているはず。つまり、疑われても構わないと考えているのだ。

「何か聞かれたらスカウトされたと言っておけば良い。お前なら納得してもらえるだろ?」

「それはそれで面倒なことになりそうだけど、悪くない口実だな」

 もう一人はそれなりの言い訳を考えてくれた。自分で認めるのは少し恥ずかしい思いもあるが、リルは体育祭で目立った。スカウトしようと考える騎士団がいてもおかしくない。

「二年後はお前もあそこに立つ。勝てるのか?」

「……難しいだろうな。ライラプスの言う通り、三年では帝国騎士団の正式団員との実力差を埋められるはずがない。帝国騎士団のほうが厳しい鍛錬をしているはずだからな」

 従士にもなれていない養成学校の騎士候補生のほうが帝国騎士団の騎士より強いはずがない。三年間、頑張って鍛えても帝国騎士団の人たちはそれ以上に鍛えているのだ。

「お前でも?」

「……あれは個人戦ではない」

「確かに」

「個人戦であれば勝てるという意味ではないからな。帝国騎士団の中にも実力差はある。今戦っている中にもヤバそうなのがいそうだ」

 そういう相手でなければ勝てる。こう言っているようなものだ。少なくともこの場にいる四人はそう受け取った。勘違いではない。彼らはリルの実力を知っているのだ。

「……あのさ、フェン、もう正体がバレているのではないの?」

 これまでほとんど言葉を発していなかったファリニシュが、素性を知られている可能性を指摘してきた。

「えっ? どうして……嘘だろ?」

 ファリニシュがそう思った理由はリルにもすぐに分かった。四人のところに近づいてくる人物がいる。近くにいるはずのない人物で、わざわざ話しに来る用などないはずの人物。ワイズマン帝国騎士団長だ。
 まだ距離はあるが、間違いようがない。彼が纏う雰囲気は常人とは明らかに違うのだ。

「体育祭の時も来たよね?」

「俺じゃなくて、そのせいじゃないのか? 所属が違うのに集まっているから疑われた」

「それは集まっていることを気にする理由があるってことだよ。つまり、その前からフェンは目をつけられていた。ハティの馬鹿かもしれないけど」

「馬鹿は余計だ。バレているなら俺とフェンは今ここにいられない。少し怪しまれているってところじゃねえか?」

 何もないのに帝国騎士団長という立場にある者が私設騎士団の、それも立場としては下っ端の自分たちに接触しようとするはずがない。何かあることはハティも認めるところだ。

「どうする?」

「どうしようもねえだろ? 逃げても意味はねえ。逆に疑いを強めるだけだ。何をしているか聞かれたら、さっきの。後は出たとこ勝負だ」

「出たとこ勝負って……これだからハティは……でも、まあ、それしかないね」

 こうして話している間にワイズマン帝国騎士団長はすぐ近くまで来ている。今更何をするもない。このまま座って、ワイズマン帝国騎士団長の出方を見るしかないのだ。

「体育祭以来だな。私のことは覚えているか?」

「帝国騎士団長の顔を知らない奴は、私設騎士団の従士でもいないと思うけど?」

「そうだと良いが。今日は名を教えてもらえるかな?」

 実際はすでにワイズマン帝国騎士団長はここにいる全員の名を知っている。ワイズマン帝国騎士団長が命じていないのに側近のヴォイドが調べ上げていたのだ。

「僕はエプリプス騎士団のライラプス」

「ワーグ。レヴェナント騎士団だ」

「ファリニシユです。ルクス騎士団に所属しています」

 三人それぞれが名と所属騎士団を告げた。隠すつもりはない。素性を調べられても問題ないと思っている。所属する騎士団に伝えている生まれ育ちや家族の情報は全て出鱈目。それで通用するのだ。帝国騎士団でさえ、似たようなものだ。

「模擬戦について三年生と年齢の近そうな君たちの意見を聞きたいと思った。教えてくれるか?」

「わざわざ僕たちに?」

 口実に過ぎないとライラプスは考えている。こんなことでわざわざ帝国騎士団長が、まだイベントが終わっていない今、席を離れるはずがないのだ。

「騎士養成学校の騎士候補生たちにはいつでも話を聞ける。それに私が知りたいのは、私設騎士団の同世代の君たちがどう見たかだ」

「意味ある話は出来ないと思うけど?」

「私はそう思わない。少なくとも君たちは、私に怯えることがない。自分で言うのも何だが、未熟な騎士であれば、剣を抜くこともさせない自信がある」

 ワイズマン帝国騎士団長の言葉に、リルも含めた全員が顔をしかめることになった。ワイズマン帝国騎士団長は目の前に来る前から周囲を威圧するような気を放っていた。それは分かっていた。
 だが彼らにとってそれは戦意を失うほどのものではない。ワイズマン帝国騎士団長が言う未熟な騎士とは違うのだ。そうであることを気付かせてしまっていた。

「正直に言おう。私は今年の卒業生の実力がどの程度かを知りたい。まだまだ未熟であることは分かっているが、他の騎士団と比較してどうなのかを知りたいのだ」

 これはワイズマン帝国騎士団長の本音。卒業時に騎士候補生たちがどれほどのレベルにあるかはおおよそ分かっている。そこに到達する為の授業が考えられている。だがそれが今、通用するものかは分からない。多くが私設騎士団を選ぶ。規模は別にして、帝国騎士団よりも私設騎士団のほうが質で優れている可能性は否定できないのだ。

「……それほど変わらないと思うけど? ただ、実戦経験に関しては僕たちには遠く及ばない」

「実戦経験はそうだな。それだけか?」

 すでに仕事をこなしているだろう彼らに騎士養成学校の騎士候補生が実戦経験で優るはずがない。騎士候補生たちの実戦経験は無に近いのだ。

「……部隊行動に統一性がない。おそらく指揮系統が確立していないことが原因」

 これはリルが「あれは個人戦ではない」と言ったことと同じ理由。三年生の指揮系統は確率していない。連動して動けるのは、せいぜいクラス毎の三十人から四十人。そのクラスも誰が一番上か明確ではなく、最初に決めた動きが通用しないとなると、もう個々が勝手に動き始める。これでは勝てるはずがないのだ。
 これも帝国騎士団に進む騎士候補生が少なくなったことが少し影響している。貴族は誰かの下に付くことを受け入れない。そういう貴族に私設騎士団に進むつもりの騎士候補生は従おうとしない。帝国騎士に相応しく、という意識は薄い、もしくはまったくないのだ。

「その通りだな。教えていない騎士養成学校が悪いと思うかもしれないが、自発的に組織されることを望んでのことだ。だが今年の三年生はそれが出来なかった。残念だ」

 これも帝国騎士として模擬演習にどのように取り組むかを考えさせる意図があってのこと。帝国騎士団に入団すれば自ら考えなくても、強制的に指揮命令系統に組み込まれる。最初のうちはただ命令されるがままに動くだけの立場だ。だがいずれは指揮命令する立場になる。そうなってもらわなければ困る。
 その資質を卒業前に確かめる意味もある。指揮官候補として入団後すぐに英才教育を行う為だ。

「……さて、では君たち五人が指揮官となったとすればどうだ? 模擬演習の結果は変わるだろうか?」

「……四人の間違いでは?」

 確かにここにはワイズマン帝国騎士団長以外に五人いる。だがその内の一人はリル。リルは私設騎士団の人間ではなく、騎士養成学校の学生だ。数に含めるのはおかしい。

「いや、五人だ」

 ワイズマン帝国騎士団長は分かっていて五人という数を告げたのだ。リルを含めた五人ではどうかと聞きたいのだ。

「それは……」

「分からない。我々はお互いの能力を知らないからな」

 答えに迷ったライラプスに代わって、ワーグがワイズマン帝国騎士団長の問いに答えた。彼はワイズマン帝国騎士団長が五人と指定した意味を「引っかけ」だと受け取った。自分たちがお互いの実力を詳しく知る関係だと疑っていて、それが事実が確かめる為の問いだと考えたのだ。

「……それはそうだな。すまなかった。さて、さすがにこれ以上は席を離れられない。また会った時にもっと話そう」

「また?」

「帝国騎士団は今後、私設騎士団の各団と積極的に交流を行うことを決めた。君たちが所属する騎士団とも交流する機会があるはずだ」

「そういうことが……」

 これは事実。皇帝の命令を受けて帝国騎士団が考えた帝都治安改善策の一環だ。まずは各私設騎士団を知ることから始めなければならない。味方に出来る騎士団、そうではない騎士団、討伐すべき騎士団を判別する為に。

「また話す機会はある。その時に貴重な意見を聞かせてくれ。では」

 やや速足で離れて行くワイズマン帝国騎士団長。元いた席では帝国騎士団の側近たちが焦っているはずだ。模擬演習が終わったあと、ワイズマン帝国騎士団長は講評として言葉を述べなければならないのだから。

「……完全に疑われているな。何が原因だ?」

「フェンが普通じゃないから」

「俺のせいにするな。それに俺は特別なことはしていない」

 特別なことはしていないかもしれない。だが目立っていることは否定出来ないはずだ。

「自覚がないだけだろ? さてどうする? ああ、スパイがいるから、そいつにどこまで掴まれているか調べさせるか?」

「ワーグ。スパイ扱いしていると知られたらスコールに殺されるぞ?」

「実際にスパイかもしれないだろ? スコールがばらした可能性だってある」

 帝国騎士団に入団したスコールをワーグは良く思っていない。帝国騎士団に恨みがあるわけではないのだが、権力の側に付いたような気がして、なんとなく気に入らないのだ。

「それだと死亡確定だ。今日明日に捕まるなんてことはないだろうけど、警戒はしておいたほうが良いな」

「そうだな。別のスパイにも調べさせておこう」

「別のスパイ? 誰だそれ?」

 スコール以外にも帝国騎士団に入団した仲間がいるのかとリルは思った。間違いだ。

「ユミル」

「えっ? ユミルも帝都にいるのか? まさか、帝国騎士団に?」

 ユミルはイアールンヴィズ騎士団の従士見習いではなかった。本人はなりたがっていたが、許されなかった。鍛錬の真似事は行っていたが、リルたちほどの実力は見つけていない。リルが知っている頃のユミルは、だが。

「あいつは今、情報屋をやっている。最近、その筋では注目されるようになっているそうだ」

「情報屋……」

「まあ、さっきのは冗談で、本当にヤバい状況ならスコールが教えてくれるだろ?」

 気に入らないがそれは帝国騎士団の従士という立場に対してであって、スコール自身は今も信頼している。何か問題があれば自分たちに知らせてくれるはずだとワーグも考えているのだ。

「そうだな……さて、俺も戻る」

「ああ、じゃあ、またな」「またね」「また会おう」

「……ああ、また」

 彼らと「また」という言葉を交わす機会がまた来るとは、リルは思っていなかった。二度と会うことはないと思っていた。だがこうして彼らと再会した。
 運命とはリルは思わない。リルはまだ分かっていないのだ。分かりたくないのかもしれない。自分が宿命を背負っている人間だということを。

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