月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第62話 気まぐれに翻弄される人々

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 帝国の重臣会議。定期的に行われている会議だが話し合うことは沢山ある。問題は山積みなのだ。だがどれだけ話し合いを重ねても、ほとんどの事柄は結論が出ないままに次回に持ち越しとなってしまう。問題は認識している。だがこれがベストだという解決策がない。解決策を思いついても実行に移す力が、今の帝国にはないのだ。

「徴兵を急ぐべきだ」

 帝国騎士団は戦力不足。それを少しでも補う為に徴集兵の数を増やすことを提案した重臣がいる。

「無理な徴兵は生産力を落すことになる。行うべきではない」

 だがその提案はすぐに否定された。

「軍事力を高めなければ、反抗勢力はさらに勢いを増すことになる。帝国には戦う力が必要なのだ」

 この考えは間違いではない。帝国を安定させるには反抗勢力を圧倒する軍事力が必要。元々、力で大きくなった帝国なのだ。

「ただ兵を増やすだけでは戦力はあがらない」

「分かっている。だから急ぎ徴兵し、訓練を重ねるべきなのだ」

「そうではない。物資もないのに、どうやって戦うつもりかと聞いているのだ」

 帝国の財政は破綻寸前。騎士や兵士を増やせば戦力は増すかもしれないが、継戦能力という点では今よりも状況は悪化することになる。食わないで戦い続けることが出来る騎士も兵士もいないのだ。

「それは……」

「まずは物資の蓄積。その為には農業生産力を落すべきではない」

「それはそうだが……しかし、時が過ぎれば……」

 時の経過は反抗勢力に有利に働く。この臣下はそう考えている。この考えも間違いではない。だが今の帝国騎士団、帝国軍に帝国全土で戦う力はない。力を蓄える時間が必要なのも事実だ。

「結論を出すのは難しい問題だ。次回までにそれぞれ意見の裏付けとなる情報を集め、報告するのが良いのではないか?」

 採決に持って行こうとは現宰相は思わない。彼は前宰相ヴォイスが失脚させられたことで今の地位を得た人物。それも能力を評価されたわけではなく、皇帝に、ルイミラに取り入ることで宰相となった人物だ。
 皇帝の気分ひとつで自分の首が飛ぶことを知っており、成功を求めるのではなく失敗しないことを優先している。これも重臣会議で何も決まらない原因のひとつだ。

「……さて、今日の議題は以上であるな。では陛下、最後にお言葉を」

 これで重臣会議は終わり。今日もつつがなく、と思うのは宰相の視点で、良いことも悪いこともなく終わった。

「……帝国騎士団長」

「えっ……?」

 そう考えたのは宰相の早合点。いつもは「ご苦労」の一言で終わるはずが、今日の皇帝は違う言葉を口にした。

「……はっ」

 それに驚いているのは宰相だけではない。呼ばれたワイズマン帝国騎士団長も、他の重臣たちも驚いている。不安を覚えている人も中にはいる。皇帝はまたろくでもないことを言い出すのではないかと思っているのだ。

「帝都の治安が悪化していると耳にした」

「申し訳ございません。私の力不足が招いた事態であります」

「謝罪を求めているのではない。朕は事実を知りたいのだ。治安の悪化には悪質な私設騎士団が関わっているとも聞いた。どうなのだ?」

 皇帝はリルから聞いた話をワイズマン帝国騎士団長に尋ねている。そうであることなど、この場にいる人は想像も出来ないだろうが。

「……事実であります」

「ふむ……それは良くないな。帝都で暮らす臣民の為に、速やかに対処すべき問題だと朕は思う。帝国騎士団長はどうだ?」

「陛下の仰せになられた通りでございます」

 考えるまでもない。帝都の治安改善は急務。皇帝に問われる前からワイズマン帝国騎士団長は思っていたことだ。

「同じ思いか。そうであるのに対処出来ていない」

「申し訳ございません」

「だから謝罪を求めているのではない。手が回らないのか? 帝国騎士団は人手不足だと聞いている」

「……定員を割っているのは事実であります」

 皇帝の考えがワイズマン帝国騎士団長は分からない。この件はかなり前から会議の話題になっていたことだ。それを皇帝は無視し続けてきた。それがどうしてこのタイミングで取り上げられるのか。理由が思いつかない。思いつくはずがない。

「では、いつなら出来る?」

「それは……帝国騎士団本隊を動かすことを許可頂けるという意味でしょうか?」

 これを邪魔してきた、当人に邪魔という意識はなくても許さなかったのは皇帝自身。それでいて「いつなら出来る」という問いを向けるのは、自分への嫌がらせではないかとワイズマン帝国騎士団長は疑った。

「それで出来るのであれば、そうすれば良い」

「なんと……?」

 だが皇帝は本隊を動かすことを許可してきた。嫌がらせではなく、考えを変えたということだ。

「お、恐れながら、陛下!」

「なんだ?」

「栄光ある帝国騎士団を野盗と変わらないような私設騎士団討伐に使われるのは、いかがなものでしょうか? 帝国騎士団の権威が失われることを私は懸念致します」

 皇帝の決定に宰相が異議を唱えてきた。彼には珍しいことだ。なんでも皇帝の言いなり。現宰相はそういう人物で、そうであるからこそ宰相の地位を与えられたのだ。

「ふむ……そういう考えもあるか。だが、公安部という組織はどうなのだ? 公安部の仕事は臣民の暮らしを守ることではないのか?」

「それは……そうですが、公安部は力のない組織ですので」

 治安維持は公安部の仕事。その為に創られた組織だ。公安部に私設騎士団討伐を行わせることを宰相は否定出来ない。

「そうなのか? それはいかんな。では、急ぎ組織を強くする方策を進めよ」

「……承知しました。進めます」

 とりあえず了承を口にしておけば良い。この件は皇帝の気まぐれ。時が経てば忘れる。覚えていても適当に誤魔化せば良い。こう宰相は考えた。これまでいくつかの件で通用したやり方だ。

「では計画の策定は……帝国騎士団長に任せる」

「えっ……?」

 皇帝はワイズマン帝国騎士団長を指名した。帝国騎士団長はこの場限りの話として済ませるような人物ではないことを宰相は知っている。

「承知しました。しかしながら陛下。人員の補充などは短期で出来ることではございません」

 命令をされたからにはやらなければならない。やるべきだという思いもワイズマン帝国騎士団長にはある。だが帝国騎士団全体の組織強化もままならない現状で、公安部の強化は難しい。皇帝を満足させる為に、本隊を手薄にしても公安部の人員を増やすなんて方法は、ワイズマン帝国騎士団長は選ばない。

「分かっておる。焦ることなく、着実に進めることだ。二年もすれば有望な若者たちも加わることになる。それまでに良くしておけば良いだろう」

 ワイズマン帝国騎士団長の説明に、皇帝はあっさりと納得した。それがまたワイズマン帝国騎士団長を、周囲の重臣たちを驚かせる。

「……承知いたしました。陛下にご満足いただける結果を残せるよう精一杯努めます」

 ワイズマン帝国騎士団長が驚いたのは、皇帝が時間がかかることを受け入れてくれたことだけではない。何故、二年後なのか。有望な若者とは誰を指しているのか。ワイズマン帝国騎士団長の頭の中には思い当たる人物がいる。
 そして他の重臣の中にも気づいた者がいる。以前、皇帝に自らの決定を覆させた人物がいる。今回もその人物が絡んでいることを。

 

 

◆◆◆

 ローレルは帝国騎士養成学校内のワイズマン帝国騎士団長の執務室に向かっている。呼び出しを受けたのだ。叱られる心当たりがないわけではない。近頃、食堂での悪ふざけが過ぎる。自分がその中心人物の一人、周りがそうさせているのだが、である自覚もある。
 だがそれは帝国騎士団の頂点に立つワイズマン帝国騎士団長に叱られるほどのことなのか。これは疑問に思っている。
 この疑問は正しい。呼び出されたのは別の理由なのだ。そうであることは執務室に入った瞬間に分かった。

「わざわざ来てもらってすまなかった」

「いえ」

 ワイズマン帝国騎士団長の声掛けに応えるローレルの視線は別の人物、トゥレイス第二皇子に向いている。食堂で騒いだだけでトゥレイス第二皇子が出てくるはずがない。別件で呼び出されたことは明らかだ。

「お前に聞くことがある。最近、陛下に会ったな?」

 皇帝がエセリアル子爵屋敷を訪れたことをトゥレイス第二皇子は調べてある。城外に出たのだ。隠せることではない。皇帝に隠すつもりもなかった。しっかり記録に残っていたのだ。

「……はい。エセリアル子爵殿の御屋敷を訪れになりました」

 用件は皇帝に関わること。これは分かった。だが皇帝に会ったことの何が問題なのかまで、ローレルは分からない。重臣会議の出来事など知るはずがないのだ。

「そこで何を話した?」

「何を、と言われましても……」

 様々なことを話した。皇帝とルイミラは、ローレルやエセリアル子爵らが当初考えていた以上に、屋敷に滞在した。特に何かあったわけではない。本当にその場にいた人たちと二人は普通に話をしていた。五十人を超える人がその場にいたのだ。少し言葉を交すだけでも、結構な時間が必要だった。

「帝都の治安について話をしたのではないのか!?」

「えっ? あっ、それは僕では……いえ、少し話しました」

「何を話した!?」

「ですから、何をと言われましても……」

 どうやらリルの発言に問題があったようだ。それは分かった。そうなるとローレルの頭の中は、どうやって誤魔化すかを考えることで一杯になる。

「殿下。この場は詰問するような場ではありません。ただ事実を聞くだけに彼を呼んだのです」

「しかし」

「彼は何か問題を起こしましたか? そうではないと私は思っております」

 トゥレイス第二皇子の詰問口調はワイズマン帝国騎士団長には受け入れられない。皇帝の考えにローレルから聞いたことが影響を与えたとしても、それは悪い影響ではない。ワイズマン帝国騎士団長としては喜ばしい結果をもたらしたのだ。

「……いや。問題は起こっていない。まだ」

 最後の言葉はトゥレイス第二皇子の小さな抵抗。素直に自分の態度を反省出来ないのだ。

「リルはどうした? 一緒に呼んだつもりだったのだが?」

「リルはこの時間、厩舎に行っております。呼び戻すには時間がかかると思い、一人で来ました」

 これには少し嘘が混じっている。リルを呼ばなかったのは、叱られるのは自分だけで良いと思ったからだ。

「帝都の治安について話をしたのはリルだな?」

「それは……」

「咎めるつもりはない。先ほども言ったように、我々はただ事実を知りたいだけなのだ」

「……はい。そうです。陛下に答えるように命じられて、リルが話をしました」

 ワイズマン帝国騎士団長はリルが話したのだと分かっている。分かっている相手に嘘をついても状況は悪くなるだけだと考え、ローレルは事実を告げた。

「どうしてそのような話になったのだ?」

「その日はクラスの仲間と訓練を行っておりました。その場には同級生のシュライクの家の騎士団の人たちもいたのですが、それに対して陛下がお尋ねになりました。私設騎士団と訓練を行うことは帝国の為になるのかと」

「……それで?」

 皇帝の問いの意味がワイズマン帝国騎士団長には分からない。あるとすれば皇帝は私設騎士団を帝国の敵と見ている可能性。私設騎士団が強くなることに協力していることに不快感を覚えたのかもしれないとワイズマン帝国騎士団長は考えた。

「私はどう答えて良いか分からず、それを感じ取られた陛下はリルに答えるように命じました」

「何故、リルに?」

 皇帝がリルに答えさせようとしたことが、そもそも普通ではない。イザール侯爵家のローレルであればまだしも、リルを含めた他の騎士候補生たちは皇帝と話す資格がないのだ。

「陛下は、本来話すことのない相手と話すのだから、そこで話し合われたことはなかったことと同じだと。正直、僕には意味が分からなかったのですが……」

「……とにかく何を話しても不問にするということか……それで彼は何と答えたのだ?」

「帝国の為になるかは帝国次第と」

「なんだと!? それに対して陛下は!?」

 ワイズマン帝国騎士団長だけでなくトゥレイス第二皇子の感覚でもリルの発言は無謀。皇帝に死を命じられたいのかと思ってしまうような発言だ。

「詳細を話せと申されました」

「……お怒りにならなかったのか?」

「はい。リルは私設騎士団には良い騎士団と悪い騎士団があると言いました。良い騎士団にはもっとやりがいのある仕事を与え、悪い騎士団は討伐すべきだと。それによって帝都の人々は安心して暮らせるようになるとも話しました」

「それか……」

 何故、皇帝は重臣会議で帝都の治安悪化とそれに私設騎士団が関わっているかについて尋ねたのか。帝国騎士団公安部の強化を命じたのか。その理由が分かった。分かったが信じられないことだ。

「ひとつ聞きたい。その場にはルイミラ妃もいたはずだ。彼女はどうしていた?」

「帝国騎士団に進むのかは問われました。話はそれだけで終わり、あとは皆と雑談をされていました」

「なんだ、それは……?」

 ルイミラが考えていることも分からない。ローレルの話が事実であれば、リルが皇帝に意見を言ったことに対して、何の反応も示していないことになる。結果、皇帝はリルの意見を受け入れた。自分以外にそういう存在がいることをルイミラが許すとはトゥレイス第二皇子には思えないのだ。

「あの……もしかするとこの件で、また騒がれているのかもしれませんが、大したことではないと僕は思います。陛下は案外、思ったことをそのまま言ってくる相手を好んでいるのではないかと」

「陛下はそうだとしてもルイミラは?」

「……興味がないことには興味がないのではないですか?」

 そうではない。ルイミラには、なんだか分からないが、思惑がある。皇帝家の宝を盗んだのはリルの関係者で、その宝を持っているのはリルだと、まだ疑っている可能性もローレルは考えている。

「当たり前だろ? 興味が……可能性はあるか。しかし……他の者とも話をしたと言ったな……興味があったのはそちらかもしれない」

 ローレルのクラスは体育祭で活躍した。本人たちはまったく満足していないが、周囲の見方はそうだ。若手の有望株を取り込むこと。ルイミラの狙いはそれであった可能性をトゥレイス第二皇子は考えた。

「ローレル。君とリルは帝国騎士団公安部志望なのか?」

「えっ? あっ、僕はそうです。リルは、どうでしょう? あの場を収める為に嘘をついた可能性はあります。私設騎士団の話もその場の思いつきでしょうから」

「その場の思いつき……その結果がこれとは……少し笑えるな」

 治安悪化の懸念は何度も伝えてきた。帝国騎士団本隊を動かしたいという要望も。だがそれはずっと無視され続けてきたのだ。それが「その場の思いつき」によって動くことになった。ワイズマン帝国騎士団長も笑うしかない。心弾む笑いではないが。

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