月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第58話 思わぬ反響

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 トゥレイス第二皇子の評価があがっている。理由は体育祭でのルイミラ第三妃とのやり取り。トゥレイス第二皇子はルイミラに対し、臆することなく意見を述べた。皇子の実の母であればまだしも、第三妃に臆することがなかったことなど特別でもなんでもないはずなのだが、皇太子であるフォルナシスが何ら意見を言えないことと相対的に比較され、評価を高めることになったのだ。
 実際のやり取りも評価に値するものではない。だがトゥレイス第二皇子派、とまではいかなくてもルイミラに不満を持つ臣下、その彼女に意見を言えないフォルナシス皇太子に不満を持つ誰かが、脚色して話を広めたのだ。

「やはり、お戻りになられたほうが」

 その状況をトゥレイス第二皇子の側近は喜んでいない。対抗する力もないのに、反ルイミラの旗印にされても困るのだ。皇子という立場でも安全ではない。ルイミラによって地位を追われるようなことになれば、側近たちも巻き添え。巻き添えまで行かなくても職を失ってしまう。

「体育祭での健闘を称えるだけだ。何の問題もない」

 トゥレイス第二皇子は騎士養成学校を訪れている。本人が言う「体育祭の健闘を称える」を口実にして、優秀な騎士候補生と接触しようと考えているのだ。

「普通はそうですが……」

 何の問題もないことでも大問題にしてしまうのがルイミラだ。小さなことで地位を追われた臣下は何人もいる。トゥレイス第二皇子の側近たちもそれを知っている。

「兄上がやらないのであれば、私がやるしかない」

「それも問題なのです」

 もしトゥレイス第二皇子の思惑通り、優秀な騎士候補生を取り込むことが出来たとして、それをフォルナシス皇太子は、皇太子派どう受け取るか。トゥレイス第二皇子に野心が芽生えたと考えてしまうことを側近たちは恐れている。
 彼らはトゥレイス第二皇子の側に常にいる身なので、彼に野心などないことを、フォルナシス皇太子に成り代わる力がないことも知っているのだ。

「何が問題だ?」

「皇太子殿下に野心を疑われるような真似は控えるべきだと思います」

「兄上が私を疑う? それはない。今日、養成学校を訪れることも伝えているのだ」

 トゥレイス第二皇子も兄であるフォルナシス皇太子と争うことは望んでいない。出来るだけ事前に自分が何を、どういう目的で行うのかを説明するようにしていた。

「それは知っておりますが……」

 事前に説明したからといって、それで疑いが絶対に生まれないという保証はない。そもそもトゥレイス第二皇子の説明を信じていない可能性もあるのだ。

「もう良い。すでに来ているのだ。今更、引き返すわけにはいかない」

 ここで訪問の是非を議論することに意味はない。すでに騎士養成学校に到着しているのだ。皇家の物だと一目で分かる馬車に乗って。
 騎士養成学校の職員がそれに気づき、慌てた様子で動き出している。すでに来訪は、皇帝家の誰かは分かっていなくても、知られたのだ。

「この時間は?」

「演習場にいるはずです」

 騎士養成学校関係者の出迎えを待つことなく馬車を降り、先に進もうとするトゥレイス第二皇子。畏まったことを嫌う彼の性格、ではなく、そういう人間だと周囲に思わせる為のポーズだ。
 側近の案内で目的の場所に向かう。事前に調べさせてあるのだ。

「これは殿下。本日はどのような御用ですか?」

 途中で騎士養成学校の職員が追いついてきた。

「たいした用ではない。体育祭で一年生の頑張りを見て、普段どのような鍛錬を行っているのか見てみたくなったのだ」

「一年生ですか……騎士団長も、もう間もなくいらっしゃると思います。来賓室にご案内いたしますので、そちらでお待ちください」

「無用だ。帝国騎士団長にも、構わず職務を続けてくれと伝えておけ」

 ワイズマン帝国騎士団長に側にいられては思うように話が出来ないとトゥレイス第二皇子は考えている。ワイズマン帝国騎士団長の不器用な、とトゥレイス第二皇子が考えている、真面目さは帝国や皇帝への悪口も許さないかもしれないと思うのだ。

「しかし……」

「授業の様子を見たら、すぐに帰る。無用なことに時間を使わせるな」

「……はっ」

 了承を返したがそれで納得しているわけではない。自分ではどうにもならないと考え、ワイズマン帝国騎士団長の到着を待つことにしただけだ。
 さらに先に進み、目的地に到着したトゥレイス第二皇子。

「階段を登ったほうが良く見えると思いますが?」

「……いや、近くで見たほうが熱気が伝わる」

 二階に登っては騎士候補生たちと話す機会が作れない。職員の提案を拒否して、トゥレイス第二皇子は授業を行っている演習場に足を踏み入れた。

「これは……」

 実際に熱気が伝わってくる。トゥレイス第二皇子は少し圧倒された様子だ。
 今は剣術の授業時間。演習場のあちこちから気合いの入った声が聞こえてくる。授業といっても全員が同じことをしているわけではない。各自、好きな鍛錬方法を選び、教官たちは歩き回って、それぞれに合わせて助言を与えるというやり方なのだ。

「体育祭以降、さらに熱の入った授業が行われるようになったようです」

「騎士団長……」

 騎士候補生たちに接触する前に、ワイズマン帝国騎士団長が到着してしまった。それに、内心、トゥレイス第二皇子は忌々しさを感じている。

「少し歩き回っても良いか?」

「どうぞ、ご自由に」

 トゥレイス第二皇子の訪問目的は分かっていないワイズマン帝国騎士団長だが、視察の邪魔をする必要性も感じていない。皇家の人間が帝国騎士養成学校に、帝国騎士団に興味を持つのは良いこと。結果、トゥレイス第二皇子では望み薄ではあるが、予算が増えてくれれば万々歳だ。

「おい?」「えっ?」「まさか?」

 トゥレイス第二皇子が演習場を歩き始めると、さすがに気が付く騎士候補生も出て来た。

「トゥレイス殿下。ご挨拶が遅れまして申し訳ございません」

「私も。失礼いたしました」

 さらにグラキエスとディルビオは鍛錬を中断し、挨拶する為に集まってきた。

「良い。私こそ、授業の邪魔をしてすまない。気にすることなく続けてくれ」

「はっ」「承知しました」

 トゥレイス第二皇子が話をしたいのはグラキエスでも、ディルビオでもない。二人との交流を深める意志はあるが、それは今日でなくても出来る。それぞれの屋敷を訪れた時の応対の仕方でそれは分かっている。
 問題は屋敷を訪れた時に素っ気なくされた相手だ。実際、今も挨拶に来る様子がない。

「……あとの二人はどこだろう?」

「あとの二人と申しますのは?」

「イザール侯爵家とネッカル侯爵家の二人だ」

 アネモイ四家の人間だから話をしようとしている。トゥレイス第二皇子は必要のない誤魔化しを行っている。

「ああ……申し訳ございません。私は授業に出ているわけではありませんので、彼らがどこで授業を行っているか把握しておりません。分かるのは……」

 教官たちだ。近くにいた教官に視線を向けて、近づくように促すワイズマン帝国騎士団長。

「何か御用ですか?」

 教官はすぐに視線の意味を察して、近づいてきた。

「ローレル・イザールとトゥインクル・ネッカルはいつもどの辺りで鍛錬を行っている?」

「二人でしたら、あの集団の中にいます」

「そうか……いつもああして、まとまって鍛錬を行っているのか?」

 演習場ではいくつもの集団が形成されているが、ローレルたちがいるという集団はひと際大きい。ワイズマン帝国騎士団長も戸惑うほどの規模だ。

「はい。トゥインクル・ネッカルのようにガンマ組の騎士候補生以外も加わっております」

「そうか……分かった。ありがとう」

 何故そのようなことになっているのか。集まって行ったほうが鍛えられる。そう騎士候補生たちが思う何かがあるのだ。トゥレイス第二皇子に関係なく、ワイズマン帝国騎士団長も授業の様子を見たくなった。だが。

「……私に構わず授業を続けてくれ」

 ローレルたち、ガンマ組の集団はトゥレイス第二皇子が近づくと鍛錬を止めてしまった。

「……今日は何かございましたか?」

 一同を代表して、トゥレイス第二皇子に声をかけるのはローレルの役目。トゥインクルは今回も表に出る気はないようで、後ろのほうに控えている。

「いや、特別なことは何もない。普段どのような授業を行っているか気になったので見に来ただけだ」

「そうでしたか……では、失礼します」

 トゥレイス第二皇子の説明を聞いて、鍛錬に戻るローレル。他の騎士候補生たちも動き出した。大半が二人一組での立ち合い稽古を行っている中、リル一人で何人もの相手をしている。実際はリル一人ではなく、トゥインクル、シュライクも大勢を相手する側だ。

「あれは?」

「恐らくは、やや技量に劣る者たちの相手をしているのでしょう」

「彼が教官になっているということか?」

「教官の数には限りがあります。個々への指導は限られた時間になってしまいますので、それを補ってくれているようです」

 これもワイズマン帝国騎士団長の悩みのひとつ。帝国騎士団全体が人手不足。現場を優先すれば、帝国騎士養成学校がさらに手薄になる。優秀な騎士候補生、従士を育てようにも十分といえる指導が出来ていないのだ。

「……あの者は他人に教えられるくらいの実力を持っているということか?」

「少なくとも教えて欲しいと思うくらいの技量はあるのだと思います」

 ただ強いというだけでは人に教えることに向いているとは言えない。相手の技量に合わせて、相手が理解しやすい助言が出来る必要がある。生まれた時から強いなんていう天才では、まず出来ないことだとワイズマン帝国騎士団長は思う。リルはそれが出来る努力を続けてきたのだと。

「あの者はローレルの従士だったな?」

「はい」

「騎士団長の目で見て、彼はどうなのだ? 帝国騎士団の中で、どの程度に位置づけられる?」

「彼はまだ一年。入学して半年過ぎた程度です。今、彼の実力を評価する意味はないと私は考えます」

 ワイズマン帝国騎士団長も高く評価している。だが、今の評価に何の意味があるのかという思いもある。卒業までの二年と少しで更に成長するのか。期待しているほどの成長はしないのか。リルに限った話ではなく、騎士候補生は卒業時点で評価されるべきだ。そうでなければ騎士養成学校で学ぶ意味がないとワイズマン帝国騎士団長は考えているのだ。

「ん? あの女子は……トゥインクル・ネッカルだな」

「そのようです」

 指導役がリルから別の騎士候補生に代わった。それがトゥインクルであることに気が付いて、トゥレイス第二皇子の顔がしかめられる。トゥインクルは自分に挨拶もしなかった。それを知ってしまったのだ。
 その点ではローレルも似たようなものだ。グラキエスとディルビオとは異なり、トゥレイス第二皇子が近づくまで、近づいても声をかけるまで反応しなかった。

「……騎士団長。帝国が帝国を統べるに相応しい力を示すこと、というのはどういうことだと思う?」

「……強くあること。アルカス一世帝が為されたように、圧倒的な武を人々に知らしめることだと思いますが?」

 帝国騎士団の再生はワイズマン帝国騎士団長が強く求めていることだ。トゥレイス第二皇子が同じ考えであることは、良いことと言える。

「そうだよな。そういうことだ」

 こうして騎士候補生が集まっているのは、そうしたくなるだけの実力を示したから。では彼らの忠誠を、自分を軽視しているのではないかと思ってしまうような態度を見せる彼らを従わせるにはどうすれば良いのか。難しく考える必要はない。答えはすでに聞いている。実力を知らしめることだ。

「ただ……時間には限りがございます」

 十年単位の時をかけることが許される状況ではない。いつ反乱勢力が蜂起したという情報が帝都に届いてもおかしくない。

「分かっている。時の経過は我らの味方ではない。分かっているのだ」

 だがトゥレイス第二皇子にはどうにも出来ない。皇太子である兄に危機感を伝えても、トゥレイス第二皇子が望む反応は返ってこないのだ。周囲が、自ら力不足を痛感している自分に期待をかける気持ちも分からなくはないと思ってしまう。
 それでもどうにかしなければならない。この想いがトゥレイス第二皇子にはある。結果それが周囲に伝わり、期待を膨らませてしまうことになるのだ。

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