月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第56話 祭りの後、も盛り上がっています

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 エセリアル子爵屋敷に一年ガンマ組の騎士候補生たちが集まっている。体育祭前のように訓練を行う為ではない。ローレルが主催、といってもエセリアル子爵家にお世話になりっぱなしだが、の体育祭の打ち上げだ。
 体育祭の結果については皆、満足していない。騎馬戦において一年生クラスでは唯一、準決勝に進めた結果は誇るべきことなのだが、負け方が悪かった。不完全燃焼というのが皆の想いだ。
 ローレルは、自分の失敗に責任を感じていることもあって、そういう皆の暗い想いを晴らそうと、打ち上げを企画したのだ。

「ご面倒をおかけして申し訳ございません」

 場所を借りるだけでなく、食事も全てエセリアル子爵、子爵夫人に用意してもらった。そのことにリルは謝罪を伝えた。

「謝罪なんて良いのよ。こうして若い人たちに集まってもらえると屋敷に活気が生まれるわ。こうした催しは大歓迎」

 子供たちが屋敷を離れ、使用人の数も減らした。他家のご夫人を呼んで宴を行うことも今はない。子爵夫人としては賑やかな催しは、本当に、大歓迎なのだ。しかも貴族の宴のように気を遣う必要もない。

「ありがとうございます」

「さあ、温かいうちに、どんどん料理を運んで。皆の口に合うと良いけど」

「絶対に皆、喜びます。夫人の料理はとても美味しいですから」

 全てを子爵夫人が作ったわけではない。凝った料理はエセリアル子爵家に雇われている料理人が作ったものだ。リルはそれを知っているが、こういう言い方をした。貴族家で暮らすようになり、子爵夫人のような気取らない人もいることを知り、こういう愛想を見せられるようになったのだ。
 会場となっている部屋に料理や飲み物を運び終えて、打ち上げが始まる。

「今日は体育祭の打ち上げということで、皆に集まってもらった」

 まずは主催者であるローレルの挨拶から。段取りに拘っているわけではない。ローレルには話をしたい理由があるのだ。

「まずは僕の失敗を詫びる。僕のせいで負けてしまった。本当にすまない」

 謝罪を告げたかったのだ。深々と頭を下げるローレル。これには謝られたほうは驚いた。ローレルは帝国貴族の最上位、イザール侯爵家の人間だ。平民もいるこの場で、このような謝罪を行うなど、誰も考えていなかったのだ。

「僕は失敗したが、皆は頑張った。一回戦を勝った一年は僕たちのクラスだけだ。これは誇って良いことだと思う」

 実際に誇って良いことだ。騎馬戦の勝利は、誰よりも学校関係者、帝国騎士団を驚かせた。体力作りしか行っていない一年生が勝てるはずのない競技と思われていたのだ。

「ということで賞を用意した」

 ローレルの謝罪に驚き、続く言葉で少し気持ちが明るくなった同級生たちから驚きの声があがる。この場は残念会だと皆思っていた。賞が与えられることなども、まったく予想していなかったのだ。

「皆に行き渡らないことは許してくれ。全員に渡しては、賞にはならないからな」

 商品はローレルが用意した。イザール侯爵家に頼ることはしておらず、予算に限りがあったので、全員分を用意するというわけにはいかなかったのだ。

「では発表する。第一、第二騎馬の皆だ」

「おおっ!」「えっ……?」

 喜びの声と戸惑いの声。二つの声が入り混じった。

「あ、あの……俺たちも?」

 戸惑いの声をあげたのは第二騎馬の面々。軽騎兵の役目を担い、対戦相手の陽動を担当した人たちだ。ただ第二騎馬は敗因のきっかけも作っている。三年生の騎馬に届く前に崩れ、ローレルが支えようとして巻き込まれた騎馬なのだ。

「当然だ。第一戦の勝利は第一、第二の皆の頑張りがあってこそ。賞を受けるのに相応しい」

「でも、俺たちは……」

 自分たちが自滅しなければ準決勝も勝てたかもしれない。彼らはこう思っているのだ。

「責任は私にあります。自軍の戦力を正しく把握することは戦術立案の基本。一戦目の疲労を考慮することなく、作戦継続を判断した私の失敗です」

「リル……」

 ローレルに続いてリルも敗戦の責任は自分にあると言ってきた。彼らを慰める為ではない。本気でこう思っているのだ。
 ただ周囲は善戦出来たのはリルが作戦を考えてくれたおかげだと思っている。賞されるべきなのはリルだと。

「でも惜しかったですよね? あれで勝てたとまでは言いませんが、三年生を焦らせることは確実に出来たはず」

「……そうだな」

 もっと体力があれば。勝利を確信して一瞬の気のゆるみもあったかもしれない。ローレルとリルが責任を負ってくれても、後悔の気持ちは消えない。

「だから次は勝ちましょう。皆でもっと鍛えて。私も、もっと良い作戦を考えられるように勉強します」

「次か……そうだな。頑張ろう!」

 また次がある。体育祭は毎年行われるのだ。次こそは三年生に勝利する。それにとどまらず優勝をする。リルの言葉に応えた彼だけでなく、この場にいる皆が心に誓った。

「では商品の授与だ」

 ローレルの言葉を受けて、第一、第二騎馬を編制していた八人が並ぶ。

「頑張ってくれて、ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございます」

 一人一人に頑張りを称える言葉を伝えて、商品を渡していくローレル。

「えっ……あっ……プリム様」

「おめでとうございます。これ、つまらないものだけど」

「これは?」

 プリムローズから渡されたのは糸を編み込んだ紐。いくつもの色が使われていて鮮やかではあるが、何に使うものか分からない。

「エセリアル子爵夫人に教えて頂いて私が作りました」

「プリム様がっ!? あっ、ありがとうございます!」

 プリムローズが自らの手で作った物だと聞けば、使い道などどうでも良い。自分が商品を渡した時とは比べものにならない喜びの反応を見て、ローレルが不機嫌そうにしていても関係ない。

「えっと……役には立たないけど、こうして腕に巻くと綺麗だと思うの。髪が長い人は髪を束ねるのにも使える」

「お、おおお」

 さらにプリムローズが自分の手首に紐を巻いてくれたことで、完全に舞い上がっている。そうなると後の人たちも同じことを期待する。ローレルに商品を渡されている時も、そわそわして落ち着かない。

「……プリム。わざわざ巻いてやる必要ないだろ?」

「「「巻くまでが恩賞です!」」」

「えっ? あっ、ああ……分かった」

 ローレルの言葉は、わずかの間も空くことなく、賞を受ける全員に否定された。

「良し。授賞式はこれで終わり。乾杯して食事にしよう」

「「「おおっ!」」」

「あっ、ローレル兄上。紐は皆の分を作ってあるの」

「「「「おおおおおおおおおっ!!」」」」

 ということでプリムローズが作った紐は全員に配られることになった。

「頂いておいて、こんなこと言うのは失礼かもしれませんけど、これ、体育祭の時にあると良かったですね?」

「ああ。なんか一体感が生まれるよな」

「ずっと大切に持っていて、来年、再来年の体育祭の時に皆でつければ良いのではないですか?」

「そうだ……ん? リル、お前のはどうして首飾りになっている?」

 皆が手首に紐を巻いている中、リルだけでは紐を首にかけている。先には陶器と思われる飾りまでついた、他の人たちは明らかに異なる物だ。

「……さ、さあ?」

「お、お前ぇええええっ! そうなのか!? まさか、そうなのか!?」

 リルだけが特別扱い。特別扱いされる理由はひとつしか思いつかない。

「なんだ知らなかったのですか?」

「その言い方……シュライクは知っていたのか?」

「ああ、俺は前から会っていますから。まあ、知った時は俺も同じ気持ちでした」

 プリムローズの行動は分かりやすい。ただ最初は、侯爵家の令嬢と使用人に恋愛など許されるはずがないと思いが強かった。だが今はそんなものがどうでも良いと考えるようになっている。プリムローズが、ローレルも、身分を感じさせない態度で接してくれるのだ。

「リルのどこが良くて? ちょっと顔が良くて、ちょっと強くて、ちょっと頭も良さそうで……止めた。言ってて虚しくなってくる」

「あの、別に俺とプリムローズ様は」

「そういう言葉はいらない。逆にむかつく。絶対に幸せにしますのほうが納得だ。それと……敬語もいらない」

「えっ?」

 これを言う相手は貴族家の人間だ。立場として貴族家の使用人であるリルがため口を使って良い相手ではない。

「騎士養成学校では身分はない。同級生に敬語は無用だ。リルだけじゃない。全員で敬語を使うの止めないか?」

 騎士学校の規則では皆、平等。だが実際は身分差は意識して、それぞれ相手と接している。だがこれを言う彼は、それが嫌になったのだ。クラス一丸となって頑張った体育祭が、そう思うようにさせたのだ。

「おお、良いな、それ。僕も賛成だ。あっ……僕がこれを言ったら駄目か」

 真っ先に賛同したローレルだが、彼が同意してしまえば、それに逆らえる同級生はいない。イザール侯爵家の意向に逆らう勇気などない。

「それも気にする必要はない。嫌だと思えば、誰に遠慮することなく、嫌だと言える。そういうことではないですか?」

「そうか……リルも敬語は」

「嫌です。騎士養成学校のルールと主従関係は別です。私と同じ立場の人たちも、ため口を強要されては困ると思います」

 主従関係は騎士養成学校内でも変わらない。仮に言葉遣いだけを他と同じにするとしても、騎士養成学校から一歩外に出た途端に敬語に戻すという面倒な対応を強いられることになる。それは他の人も望まないだろうとリルは考えている。

「……そうか。では仕方ないな」

「敬語を使う使わないと相手への尊敬の想いは別だと思うけどな」

「ああ、それも……ハティ、どうしてお前がここにいる?」

 割り込んできたのは、この場にいるはずのない人物。ハティだった。

「美味いものを食えると聞いたから。さっさと始めようぜ。お預けは、もうごめんだ」

「まったく……でも、ハティの言う通りだな。では、食事を始めよう!」

「「「おおおおっ!」」」

 

 

◆◆◆

 騎士養成学校も体育祭当日を過ぎれば、それで全て終わりというわけではない。打ち上げなどは、それぞれ気の合う者たちで勝手に行われているとして、仕事も残っている。
 ワイズマン帝国騎士団長はその仕事のひとつ。体育祭についての報告書に目を通していた。

「三人の身元が分かりました」

 そこに別件で報告に来たのはヴォイドだ。

「三人?」

 ワイズマン帝国騎士団長が命じたことではない。ヴォイドが独断で行ったことだ。

「体育祭の際、プリムローズ・イザール殿に近づいてきた三人のことです」

「ああ、彼らか」

 三人のことはワイズマン帝国騎士団長も覚えている。当然だ。すぐ近くに座り、会話もしているのだ。だがワイズマン帝国騎士団長は、彼らについて調査するつもりはなかった。

「別々の騎士団に所属しております。レヴェナント騎士団のワーグ、エクリプス騎士団のライラプス、ルクス騎士団のファリニシュの三人です」

「良く調べたものだな」

 ヴォイドは三人の所属騎士団と名前を調べてきた。言葉にした通り、「良く調べられたものだ」とワイズマン帝国騎士団長は感心している。

「出自などもっと詳しく調べれば、彼らの関係も分かると思います」

「そこまでする必要があるか?」

「イアールンヴィズ騎士団に関係する者たちである可能性を考えております」

「……今のイアールンヴィズ騎士団がメルガ伯爵殺害に関与していないことは証明されたはずだが?」

 ヴォイドが三人について調べたのはイアールンヴィズ騎士団との関り、メルガ伯爵殺害事件への関与を疑ってのこと。これが分かってもワイズマン帝国騎士団長は追加調査には乗り気ではない様子だ。

「そうですが……調査当初はそうであっただけの可能性もあります」

「……なるほど。だが調査は公安部に任せるべきだな。公安部であれば効率的に、そして確実に調べられる。マグノリアには私から伝えておこう」

「……承知しました」

 ワイズマン帝国騎士団長の考えをヴォイドは否定できない。この件の調査は公安部が担当するのが最適。そうである理由もヴォイドは知っているのだ。

「……それは体育祭の報告書ですか?」

「ああ、そうだ。今年に関しては報告書を作成するのも少し苦労したようだ。なんといっても、あの終わり方だからな」

「騎馬戦ですか……」

 体育祭の報告書は騎士候補生の評価報告となっている。個人の能力だけでなく、各クラスがどういう戦い方を考え、それをどのように実践したか。問題点はどういうところにあったかなどを教官たちが検証した結果だ。
 だが今年の騎馬戦準決勝は中途半端な形で終わった。一年ガンマ組は失敗がなければ、どういう戦い方をしようとしていたのかが分からないのだ。

「それでも分かったことはある。一回戦と準決勝で一年ガンマ組は組み合わせを変えていた」

「気づきませんでした」

「上に乗る人間は変わっていないからな。それに二人が入れ替わっただけだ」

「……どういうことでしょう?」

 二人が入れ替わっただけ。それが戦い方にどのような影響を及ぼすのかヴォイドは分からない。ただこれはヴォイドの考えが浅いだけ。もっと考えれば分かることだ。

「誰が指揮官であったかを示している。一回戦は高所から全体を見て指揮。準決勝は前線指揮官、あの数では小隊長か。立ち位置を変えている」

「……リルですか」

「少なくとも判断の速さは三年生を上回っていたな。あとはもう少し個の戦力差がなければ。まあ想像でしかない」

「はい」

 椅子を回し、ヴォイドの視線を逸らすワイズマン帝国騎士団長。これは話が終わった合図。一人にしろという意味でもある。
 椅子の背中に一礼して、部屋を出ていくヴォイド。

「……災厄の神の落とし子たちか」

 扉が閉まる音が部屋に響いたとほぼ同時にワイズマン帝国騎士団長は呟いた。ワイズマン帝国騎士団長は知っているのだ。体育祭の時、ただ一人、たった一言だが、口を滑らしたことを。
 その彼は「それは僕に、彼に戦術で勝てと言っているようなものだよ」と言った。分かっていたのだ。一年ガンマ組の作戦は一人が考えたものであることを。自分がその一人に戦術立案能力において遠く及ばないことを。

「……彼らが何者であるかは問題ではない。問題は敵か味方かだ」

 動乱の時を迎えることが明らかな今、ワイズマン帝国騎士団長にとっての最優先事項は帝国騎士団の戦力を少しでも増強すること。一つでも多くの私設騎士団を味方に引き込みこともそれを実現する方法のひとつだ。
 それに比べればメルガ伯爵殺害事件の犯人が誰かなど些末なこと。メルガ伯爵が卑怯な手段でイアールンヴィズ騎士団の幹部を殺害したことが事件のきっかけであることも判明している。同情する気持ちもない。
 問題は彼らを味方に出来るのか。まだ子供であった彼らは護衛の騎士もいたメルガ伯爵屋敷の襲撃に成功した。たった一人、メルガ伯爵の娘以外は全滅させるという結果を残した。そんな異常ともいえる戦闘力を持つ「災厄の神の落とし子たち」を帝国の側につけることが出来るか。ワイズマン帝国騎士団長が求めているのは、それを実現する為の方策、情報なのだ。

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