月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第55話 番狂わせ

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 帝国騎士養成学校の体育祭もいよいよ終盤。競技は最後の騎馬戦を残すのみとなった。一回戦の第一試合、第二試合は、これの前の棒倒しと同じで二年生クラスの順当勝ち。これから第三試合が始まろうというところで、会場にわずかではあるが、騒めきが起こっている。棒倒しの時と同じように一年ガンマ組の騎士候補生が何かやらかすのではないか。それを期待する声だ。

「……おい。ここは立ち入り禁止区域だ」

 立ち入り禁止区域の席に、ハティたちのすぐ隣に座ろうとする男に警告するスコール。

「すでに座っている奴がいる」

「彼らは許可を得ている」

「では、俺にも許可しろ」

 だが男はスコールの警告に、まったく意味のない反論をして、そのまま席に座ってしまう。それを見てスコールも、わざとらしく溜息をつくだけ。それ以上、何も言わなかった。

「……彼女は?」

 席に座るとすぐにハティに、プリムローズについて問いかける男。

「……イザール侯爵家のお嬢様。護衛任務の対象だ」

 その問いにハティは、普通の答えを返す。今は冗談で返して良い場ではない。こう考えているのだ。

「ええ!? 可愛い! ねえ、君、誰? 今度食事に行かない?」

 続いて、最初の男とは正反対の騒がしい男が現れた。その彼が真っ先に話しかけたのはプリムローズだ。

「行かない」

 戸惑うプリムローズの代わりに、苦々しい顔でハティが答えを返す。場の状況を気にしていない相手に、少し苛立っている。

「……僕はこの可愛い女の子に聞いている」

「直接断られると傷つくかもしれないから、代わりに答えてやった。彼女にはもう決まった相手がいる。これから試合をする一年生の一人だ」

 相手があっさりと諦めるだろう理由を伝えるハティ。そうなるだろうことをハティは知っているのだ。

「……それは……もしかして、黒髪の?」

 相手も「一年生の一人」というだけで誰のことか分かった。これまでのやり取りでは、周囲には関係性ははっきりとは分からないだろうが彼も、最初に現れた男も、イアールンヴィズ騎士団関係者。ハティたちの幼馴染なのだ。

「そうだ」

「へえ……」

 表情から笑みが消え、真っすぐにプリムローズを見る彼。プリムローズが怯えてしまうほどの冷たい視線だ。

「……とりあえず見た目は合格ってことしか分からないね。まあ、良いか」

 勝手な評価を口にして、この彼も席に座る。さらに。

「あれあれ? 考えることは同じか」

 次の男は、これだけを口にして先の二人と同じように席に座る。それに対してスコールは何も言わない。自分が何を言っても、この三人が素直に従わないことは分かりきっているのだ。

「……どうでも良いけど、何をしに来た?」

 文句を口にしたのはハティのほうだ。

「……私設騎士団間の交流」

「僕も同じ、あと、仲間と一緒にいると先輩騎士の使い走りをやらされるから。ゆっくりと見れないでしょ?」

「えっと……交流?」

 ハティの問いに対して、それぞれ適当な口実を返す。ハティもきちんとした答えが返ってくるとは思っていない。これまで一切接触してこなかった彼らがリルの、フェンの存在を知った途端に近づいてきたことに文句を言いたいだけだ。

「私設騎士団間では交流が盛んなのか?」

 その彼らの口実をまともに受け取った、かどうかは分からないが、人がいた。

「はあ……? げっ?」「だ、団長!?」

 ワイズマン帝国騎士団長だ。いつの間にか近づいてきていたワイズマン帝国騎士団長に驚くハティとスコール。

「おい。お前ら、お偉い人がお怒りだ。さっさと、どこかに行け」

「かまわない。別に私は君たちに注意をしに来たわけではない。もう少し落ち着いた席で対戦を見たいと考えたのだ」

 自席にいると、明らかに興味のなさそうな様子の皇帝に解説を行わなければならない。本当に興味を思っているのか分からないが、何かと質問してくるトゥレイス第二皇子の応対もしなければならない。落ち着かないのは事実だ。
 だが、だからといって、この席を選ぶ必要はない。ここに来たのはハティたちの周りに人が集まったのを見て、気になったからだ。

「質問に答えてもらえるか? 交流は割と行われているのか?」

「……団同士の関係にもよるが、頻繁とは言えない」

 重ねたワイズマン帝国騎士団長の問いには、最初に現れた男が答えた。彼が最初に「私設騎士団間の交流」という口実を考えたのだ。

「だが君たちはこうして集まっている」

「これは個人的な交流だ。団としては親しくなれなくても個人では接触出来る。ただの建前だが、そうして騎士団は情報を得ている」

 この説明は嘘ではない。いくつかの私設騎士団は生き残りの為に情報収集を積極的に行っている。特にこの先は選択を間違うことは許されない。そういう危機感を持っている騎士団は、様々な形で他騎士団と、騎士団だけでなく貴族家などとも接触しているのだ。

「なるほど……帝国騎士団は蚊帳の外か」

 帝国騎士団も私設騎士団以上に情報収取を行っている。だが私設騎士団が情報元になることは少ない。ワイズマン帝国騎士団長の認識ではそうだ。

「そちらは選択を迫る側だ。我々とは違う」

「そう見られているのか……それはそうだな」

 帝国で内乱が本格化した時には、帝都近辺の私設騎士団に味方に付くことを求めることになる。その帝国騎士団の要請に対して、どう応えるか。私設騎士団の情報収集はその為のものだ。帝国騎士団と共有出来るものではない。

「はじまるぞ」

 第三試合が始まろうとしている。ハティの言葉に、ワイズマン帝国騎士団長もそれ以上、会話を続けることは止め、視線を会場に移した。
 すでに騎馬を組み、動き出している両チーム。その中でもっとも大きく動いたのはローレルの騎馬。傾斜を駆け上がり、高所に立った。

『LL1M2! ML1M2! RM2S2!』

 ローレルが何かを叫んでいる。

「あれは何だ?」

「知らねえ。何かの命令だろ?」

 問われてもハティには分からない。彼らが練習している様子は見ていた。だが、それはエセリアル子爵屋敷で行われている時だけ。他の場所で彼らが何をしていたかまでは知らないのだ。

「……恐らくは敵の配置を伝えたのだろう。味方が反応して動き出している」

 答えを返したのはワイズマン帝国騎士団長だった。彼の推測だが、正解だ。ローレルに伝えられた敵の配置に合わせて、味方は動いている。

「初期配置を知ってどうするのかな? すぐに敵は動くよね?」

「ああ。誰が指揮官か、もう分かっているからな」

「なるほどね。そういう意味もあるのか」

 この先の展開を予想する二人の会話。それにワイズマン帝国騎士団長は耳を傾けている。この場にいる彼らは皆、若い。だがその彼らが放つ雰囲気は並みの騎士、従士ではないことをワイズマン帝国騎士団長に教えていた。

「行ったな」

「さて、どう動くのかな?」

「もう動いている。まあまあ速そうだな」

 指揮官役であろうローレルの騎馬に向かって、対戦相手の騎馬二騎が動いている。指揮官役を最初に潰して、相手を混乱させようという思惑だ。だがその動きに一年ガンマ組も反応している。

「あれ……見えているのかな?」

「多分、見えていないのだろうな。戦場の把握は一年のほうが上を行っているのか」

 一年生の騎馬は相手の死角を選ぶようにして動いている。会場は、元は帝国騎士団の演習場。実際の戦場を想定して、地面をならすことなく、丘陵地の地形をそのまま残している。観覧席からは見えても地面に下りると死角がかなりあるのだ。

「どうせ、奴の指示だろ?」

「速い。先行した」

 ローレルの騎馬に襲いかかろうと傾斜を駆けのぼる敵騎馬二騎の背後をつく、こちらも二騎。ただ二年生の反応も速い。存在を知るとすぐに反転。高地から攻めかかる態勢をとった。

「……逃げたか」

 二年生が圧倒的に有利な態勢。だが一年生の二騎もすぐに反転。追いかける二年生の騎馬を振り切って、離脱した。それを確認した二年生はまたローレルの騎馬に攻めかかろうとする。
 だが結果は同じ。一年生の騎馬が後背を突こうとし、それに二年生が反応。そうなるとまた一年生は離脱する。

「予想通りだね? 問題は二年がいつ気付くか」

「もう気が付いたかもな。速そうなのが行った」

 二年生の騎馬の中で、比較的小柄な騎馬が高地にいるローレルの騎馬に向かう。敵の速さに速さで対抗しようという作戦だ。

「ああ……まんまと嵌ったかもね」

 だがそれも一年ガンマ組の想定内。こう彼らは考えている。

「偵察騎として送り出すべきだったな」

 死角で動く一年ガンマ組の動きを二年生は把握しきれていない。それは致命的な差になる。まずはそれをなんとかすること。こう考えた案だが。

「それはそれで狙われるでしょ?」

 それも通用しないともう一人は考えている。

「ではどうする?」

「意味のない質問しないでくれる? それは僕に、彼に戦術で勝てと言っているようなものだよ? 正解は戦いになる前に勝負を決める。それを二年は怠った」

 ローレルの騎馬に近づいた対戦相手の騎馬に、ローレルの背後から現れた味方の騎馬が襲い掛かる。一騎はシュライクの騎馬。一年ガンマ組の騎馬の中ではもっとも大柄な騎馬だ。高所から攻めかかるシュライクの騎馬ともう一騎。不利な状況に陥った二年生の騎馬は、その急襲を回避できず、鉢巻きを奪われてしまう。

「……なるほど。軽騎兵と重騎兵を編制し、軽騎兵は敵を陽動する役目。決戦は重騎兵という分担か」

 ここまでずっと黙って対戦を見ていたワイズマン帝国騎士団長が呟きを漏らした。

「まだ敵戦力は健在です。主力と思われる騎馬も残っております」

 他は誰も反応しないと考えて、スコールはワイズマン帝国騎士団長の呟きに応えた。

「騎馬戦の勝敗は対戦時間終了時に残っていた騎馬の数で決まる。すでに一年生は二騎、相手を上回っている。勝敗に拘るのであれば、この先は正面から戦う必要はない」

「そうでした。申し訳ありません」

 第三戦の結果はワイズマン帝国騎士団長が予想した通り。一年ガンマ組は残り時間を、軽騎兵役の騎馬による攪乱も用いて、正面からの戦いを回避。騎馬数で上回り、準決勝に進むことになった。

 

 

◆◆◆

 騎馬戦は準決勝となり、シードとなっていた三年生が登場。準決勝の第一戦と第二戦は三年生の勝利。順当な結果だ。そして第三戦、一年ガンマ組の対戦が始まる。
 会場の騒めきがまた大きくなる。一回戦で番狂わせを起こした一年ガンマ組。更なる大番狂わせに期待する声だ。開始の合図と共に、この対戦でもローレルの騎馬が素早く高所に移動する。意味不明の言葉を発するまでも同じだ。

「乱戦を避けての力押しか」

「そうなるだろうね」

 対する三年生は十騎を等間隔に並べて前進している。陣形を固めて奇襲をさせない作戦だ。

「動いたな。だが、通用するか?」

 一年生も動き出す。縦一列に並んで、三年生の陣形を左側から攻めようとしている。一点に戦力を集中して、個の力量さを埋める作戦。そう見ているが、はたしてそれが通用するか。所詮は十騎だ。陣形を整えてはいても、実際の戦いは個人戦のようなもの。三年生が優勢なのは間違いない。

「どちらが陽動だ?」

 一年ガンマ組にはもうひとつの動きがある。二騎が縦列になっている味方とは別に、右側で動いていた。三年生の騎馬からは距離をとり、大きく後ろに回り込む。
 その動きを把握している三年生は三騎を背後の警戒に回らせた。

「堅いな。あれをどう崩す?」

「見ていれば分かるのじゃない?」

 三年生は守りを固めて隙を見せない。攻撃に出た一年生がそれをどう崩すのか。興味津々なのは彼らだけではない。観客の多くが同じ想いだ。
 両陣営がいよいよ激突する。そう思われた時、一年生側が動きを変える。三年生の右翼を攻めると思われた一年生の騎馬の群れは、進路を変更。後方に回り込むとそこから更に進路を右に変える。
 その数秒後、観覧席から大きな歓声があがった。

「あれは……有り?」

「鉢巻を取られるか、騎馬から落ちたら退場。さらに相討ち覚悟で体当たりをしてはならないというルールもない」

 質問にはワイズマン帝国騎士団長が答えた。
 一年ガンマ組は後背を警戒していた騎馬に襲い掛かった。鉢巻を取ろうという動きではない。駆けてきた勢いそのままに体当たりをかけたのだ。結果、崩れた騎馬は双方、一騎ずつ。最初の接触は痛み分けという結果だ。

「奇襲は失敗だね? これで三年生も警戒する」

「警戒しても避けられなければ意味はねえ。それに……あの手はせいぜい、あと二回だ」

「どういう意味?」

「誰でも良いから体当たりを仕掛けているわけじゃねえってことだ」

 お互いに一騎ずつ減らした。結果は五分、とハティは見ていない。一年生は体当たりを仕掛けるのに相手を選んでいる。体当たりを行う騎馬も選んでいる。こう考えている。

「また行った。今度は中央……あの一番大きいの狙いか……」

 さらに攻撃を仕掛ける一年生。狙いは三年生の主力騎馬の一騎。指揮官役の騎馬だ。敵陣形の中央に突入するという大胆な攻め。

「判断が速いな」

 それを可能にしたのは判断の速さ。一騎倒れて三年生が動揺している間に、次のターゲットを決めて動き出している。
 そしてまた相討ち。

「三年が動いた」

 三年生も新しい動きを見せる。高所にいるローレルの騎馬を討とうという作戦だ。地理的には有利な場所にいるローレルであるが、それで一対一の戦いに勝てるかとなると、かなり怪しい。三年生の判断は正解だ。

「嵌ったな」

 罠が仕掛けられていなければ。ローレルの騎馬と組み合うかとなった瞬間、もう一騎が死角から姿を現した。側面から攻撃をしかけて、これでまた相討ち、と多くが思ったのだが。

「……はっ? 何がどうした?」

 現れた騎馬だけでなく、ローレルも地面に落ちていた。三年生の騎馬は無事のままだ。

「相手に届く前に崩れた、もう一騎は地面に落ちる味方に手を伸ばして、巻き込まれたように見えたな」

「お坊ちゃま……頼むぜ」

 地面に落ちる味方を助けようとして自滅。ローレルらしいとは思えるが、この場合は無用な優しさだ。これで一年生は二騎、対戦相手より下回ることになってしまった。

『集結! 陣形を固めろ! 円陣だ!』

 三年生の新たな指揮官役が指示を出す。

「賢い選択だ。決まりだな」

 相打ちとなる体当たりでは一年生は逆転出来ない。勝利を確実にするのに三年生は無理をする必要もない。

「……作戦は悪くなかったが、戦力不足だったな」

「戦力が整っていれば、また違う作戦を考えたでしょ? もっと勝率の高い作戦を」

 こう言いながら席を立つ二人。さらにもう一人も席を立つ。一年ガンマ組の敗因は戦力不足。当たり前のこの評価には、別の意味が込められている。自分たちがいれば勝てた。この想いだ。

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