月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第53話 ちゃんと観戦しましょう

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 開会式での挨拶を終えたワイズマン帝国騎士団長は、今回特別に皇帝の為に用意された観覧席に移動した。ここから先、ワイズマン帝国騎士団長の仕事は帝国騎士養成学校の最高運営責任者としてではなく、皇帝の護衛兼接待役ということになる。絶対に言葉には出来ないが、ワイズマン帝国騎士団長にとっては迷惑なことだ。

「……彼らは?」

 観覧席に戻ってすぐにワイズマン帝国騎士団長は、いてはいけないはずの場所に座っている者たちに気が付いた。プリムローズとハティたちだ。結局、座る席のない彼らは、皇帝かルイミラのどちらの好意か分かっていないが、それに甘えることにしたのだ。

「プリムローズ・イザール。イザール侯爵家のご令嬢で、一年生のローレルの妹であります」

 ワイズマン帝国騎士団長の問いに、ずっとこの場に残って、護衛を続けていた帝国騎士団の騎士が答える。

「どうして彼女があそこに座っている?」

 少なくとも一人は身元はしっかりしている。それは分かったが、だからといって立ち入り禁止のエリアに座って良いことにはならない。

「それが……陛下がお許しになりました」

「陛下が? どうして彼女だけを?」

「それは分かりません。ただ、妃殿下はローレルをご存じのようで、彼から話を聞いていた彼女と話すことを望んでおられたようです」

「……陛下ではなく妃殿下か」

 部下は皇帝が許したと伝えたが、実際にはルイミラの意志。ワイズマン帝国騎士団長はそれを知った。ルイミラに視線を向けるワイズマン帝国騎士団長。彼女が何もかも自分の思う通りにしようとするのはいつものこと。護衛の為のルールさえ、例外ではなかったということだとワイズマン帝国騎士団長は理解した。

「残る二人は……ノトス騎士団の騎士、いや、従士か」

「恐らくは」

 部下はハティたちが何者かを知らない。プリムローズと一緒にいるのでイザール侯爵家の騎士団、ノトス騎士団の従士だというワイズマン帝国騎士団長の間違いを正せなかった。

「分かった」

 事情は分かった。分かったが、これで終わりというわけには立場上、出来ない。こう考えながらワイズマン帝国騎士団長は自分の席に向かう。皇帝のすぐ前の席だ。

「陛下。お待たせして申し訳ございません」

「謝罪は無用だ。退屈をしていたわけではないからな」

「……恐れながら陛下、あの者たちが、あの場所に座るのをお許しになられたと聞きましたが?」

 体育祭の実行責任者として、言うべきことは言わなければならない。現皇帝に向かって、相手の意に反するようなことを伝えるのは勇気がいることだが、ワイズマン帝国騎士団長は自分の職務を全うするつもりだ。

「ああ、プリムローズか。可愛い娘だ。もっと近くに座ってもらいたかったのだがな。遠慮したようだ」

「護衛の観点から望ましくないと考えます」

「あの娘が朕を害すると? それはない。無用の心配だ」

「可能性がわずかでもあれば、それを避けるのが護衛の務めであります」

 これを言うワイズマン帝国騎士団長の視線は、皇帝ではなく、周囲の近衛騎士たちに向いている。本来、彼らが先に皇帝を制するべきなのだ。

「ふむ……それでもあのままで良い。何かあっても帝国騎士団長の責任ではない。朕の我儘の結果だ。良いな」

 最後の言葉はトゥレイス第二皇子に向けたもの。自分に何かあっても帝国騎士団長の責任を追及するなという意味。自分が例外を許したことの証人になれという意味もある。

「……しかし」

「陛下が良いと言っているのです。素直に従うべきではありませんか?」

 まだ話を続けようとするワイズマン帝国騎士団長に、ルイミラが黙るように言ってきた。

「……妃殿下。プリムローズ殿については心配無用かと私も思います。ですが残る二人は従士。戦う力を持つ者たちです。いくらイザール侯爵家の従士とはいえ、例外を許すべきではないと思います」

「あら? 彼らはイザール侯爵家の従士ではありませんよ?」

「……では何者ですか?」

 イザール侯爵家の人間でなければ誰なのか。イザール侯爵家が皇帝に刃を向けるとは、ワイズマン帝国騎士団長も本心では思っていない。言うべきことを言って、それでも皇帝が考えが改めないのであれば、引くつもりだった。だが、二人がイザール侯爵家と関係のない人物だとなれば話は違ってくる。

「イザール侯爵家が護衛として雇った者たちです。確か……イアールンヴィズ騎士団だったかしら?」

「イアールンヴィズ騎士団ですと……?」

 ワイズマンは公安部を下部組織に持つ帝国騎士団の団長だ。イアールンヴィズ騎士団のことは知っている。メルガ伯爵殺害事件が未解決であること。容疑者がイアールンヴィズ騎士団関係者であることを。

「何を驚いているのです? 彼らが何者であろうと陛下がお許しになったのです。問題ありませんわ」

「……承知しました」

 まったく納得いっていない。それでもワイズマン帝国騎士団長は引き下がった。ルイミラは、これもいつものことだが、譲る気はない。さらに食い下がるような真似をすれば、何をしてくるか分からない。

「妃殿下。帝国騎士団長は自分の職務を全うする為。陛下をお守りする為に注意喚起しているのです。忠義の言葉を無視するような真似はいかがかな?」

 ワイズマン帝国騎士団長に助け舟、になるか分からないが、を出してきたのはトゥレイス第二皇子。彼はルイミラに傍若無人な振る舞いを許さない為に、体育祭に出席したのだ。ここで黙ってはいられない。

「私は帝国騎士団長の忠義を疑っておりませんわ。責めてもいない。ただ、問題ないという事実を伝えているだけですわ」

「絶対はない」

「あら? 殿下はプリムローズを疑っているのですね? あり得ないことで疑いをかけられるなんて、彼女も可哀そうに」

「そんなことは言っていない! 護衛する側の立場であれば、何もかも疑わなければならない。こう申しているのです!」

 このようなやり取りでは、ルイミラが何枚も上手だ。そもそもトゥレイス第二皇子には、このような経験がない。これまで何度も自分に批判的な相手とのやり取りを行っているルイミラに敵うはずがない。

「ですから私は、疑う必要はないと教えてあげているのです。情報提供ということです」

「その情報が誤っている可能性がある」

 実際にトゥレイス第二皇子は疑っている。イアールンヴィズ騎士団については、トゥレイス第二皇子もまったく知らないわけではない。信用出来る騎士団ではないのだ。

「殿下がそこまで心配なさるのであれば、あり得ませんが、万が一があった時は、私が身を挺して陛下をお守りいたしますわ」

「なんだと……?」

 予想していなかったルイミラの反論。それにトゥレイス第二皇子が戸惑った間に。

「おお、嬉しいことを言ってくれるな、ルイミラよ。だが朕はお主に守られるのではなく、お主を守る男になりたいな」

 皇帝が割って入ってきた。

「陛下こそ。そのようなお言葉を頂けた嬉しさで私の胸は、これ以上ないほど高鳴っていますわ」

 緊張感のある、感じていたのはトゥレイス第二皇子と周囲の人たちだけだが、雰囲気を壊す二人のやり取り。知る人は知っている。これも良くある展開だ。

「もう競技が始まっておる。無駄話は止めて、皆の頑張りを見てやろう」

「はい」

 暗に皇帝は「これ以上の議論は無用」と言っている。トゥレイス第二皇子は、ワイズマン帝国騎士団長も、それは分かった。ここでさらに訴えるのは、さすがに二人とも躊躇われた。

「……誰か」

「はっ、自分にお任せください」

 ワイズマン帝国騎士団長の言葉を最後まで聞くことなく、返事をしたのは従士のスコール。

「……分かった。任せる」

 命令を最後まで確認することなく答えたスコールに、やや不安を覚えたワイズマン帝国騎士団長だが、求めを受け入れることにした。命じようとしたのはプリムローズたちの側に行って、動きを見張ること。難しい任務ではない。
 ワイズマン帝国騎士団長の許可を得たスコールは、そのままプリムローズたちが座る席に近づいていく。

「……何か用か?」

 それに気づいたハティが問いかけてきた。

「用はない。自分は不審者の見張りを命じられただけだ」

「不審者ね……まあ、良い。丁度良かった。聞きたいことがある。あんたも騎士養成学校の出身か?」

「……今年の春、卒業したばかりだ」

 聞かなくてもハティは分かっているはずのこと。疑問に思いながらスコールは問いに答えた。

「騎士養成学校の奴らは、とんでもなく走るのが速いのか?」

「どうしてそのようなことを聞く?」

 さらに続いた質問もスコールには意味不明の内容。ハティの思惑が分からない。

「いや、知り合いがいて。俺が知る限り、かなり走るのは速いはずだったのに、さっきの駆けっこで負けた」

「……駆けっこではなく徒競走だ。訓練を行って鍛えている。普通の人に比べれば走力はあるはずだ」

 ようやくスコールはハティの考えが分かった。走力を尋ねた理由だけでなく、余所余所しい話し方をする理由も。知り合いだということを、周囲に分からせない為だ。それが帝国騎士団にいる自分の為であるかまでは分からないが。

「つまり、きちんと鍛えている奴らの中では普通と。あの野郎、手を抜いたか」

「全ての競技で結果は出せないって」

「えっ、どういう意味?」

 リルが負けた理由と思えることを、プリムローズはハティに伝えてきた。だがこれだけではハティには詳しい事情は分からない。

「二年生や三年生とは鍛え方が違うから全部で結果を出そうとしても無理だろうって。だからひとつの競技を選んで、それに全力を注ぐつもりみたい」

 ローレルが結果を残したいという希望を叶える為に、真剣に考えた結果だ。入学してまだ半年程度。一年以上長く訓練を行っており、すでに体育祭を経験して競技内容を知っている上級生相手に全ての競技で結果を残すのは無理だと考えたのだ。

「……ああ、あの、なんだっけ? 屋敷で練習していたやつ」

「騎馬戦。騎馬戦は最後の種目だから体力を温存しているのだと思う」

 リルが選んだのは騎馬戦。最後の種目なので、そこで結果を残すことが出来れば、見ていた人たちの印象に残るだろうと考えたのだ。

「つまり、最後の競技までは手を抜くってことだ。それまでつまらないじゃねえか。折角、見に来たのに」

「退屈なら他の候補生も良く見たらどうだ? 他の騎士団はそうしている」

「はっ? 他の?」

 割り込んできたスコールの言葉の意味が分からない。周囲に目を配っていない証だ。本来、護衛としてあってはならないことなのに。

「兄貴。かなりの数の騎士団が見に来ています。俺も全部を分かっているわけではないですけど、有名どころはほとんど」

 シムーンはきちんと観覧席の様子を見ていた。彼も全ての騎士団と付き合いがあるわけではないが、顔を知られている有名騎士団の騎士については、帝都の住人のひとりとして、知っている。そういう騎士が何人も観覧席に来ていた。

「……スカウトってことか?」

「私設騎士団だけでなく、今年は貴族家の騎士団も来ているようだ。ぼんやりしていると一人も入団してもらえなくなるぞ」

 特に今年は騎士団の参加者が多いことをスコールは知っている。アネモイ四家の騎士団だけでなく、他家も騎士団の団員を送り込んできている。騎士団強化の必要性を感じるようになったということ。内乱は確実に起きるという考えが広まっている証だ。

「別に構わねえ。うちが欲しいのはただ一人だ。そいつさえ来てくれたら、それで十分だな」

「……その欲しい一人と約束は出来ているのか?」

「出来てたらどうする? なんなら、あんたもうちに来るか? 帝国騎士団の騎士様を辞めて」

「……自分はまだ従士だ」

 ハティに投げられた「うちに来るか?」の問いへの返事をスコールは避けた。否定が出来なかった。
 イアールンヴィズ騎士団の再興は、とっくに諦めたつもりだ。大黒柱だった父を失くした家族の為に、別の仕事に就くことを選んだ。それでも強くなることは諦められなかった。
 選んだのは帝国騎士団だ。幸い帝国騎士養成学校の身元確認は簡単なもので、帝都で家族と、母の働きだけで慎ましく暮らしているという事実だけで、問題ないとされた。詳しく調べられても、家族が拷問でも受けない限り、イアールンヴィズ騎士団の関係者であること、スコールがメルガ伯爵屋敷襲撃に関わっていることは、すぐに分かることではないだろうが。
 帝国騎士団に入団し、騎士団長の従士という立場を得た。最初から出世の道が開けたのだ。だがそれと同時にリルの、フェンの存在を知った。行方不明になっていた彼が目の前にいた。
 だから何だ、という気持ちがスコールにはある。もう終わったことだと。それでもスコールは、ハティの誘いに拒絶を返せなかった。

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