月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第49話 お忍び

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 ローレルたちの今日の訓練はエセリアル子爵屋敷内で行われている。イザール侯爵家やエセリアル子爵家の人たちの手前、さすがに毎日イアールンヴィズ騎士団の拠点に入り浸っているわけにはいかない。イアールンヴィズ騎士団の通常訓練の邪魔、とは相手はまったく思っていないのだが、になってもいけないとも考え、週の半分はエセリアル子爵屋敷内に留まることにしているのだ。
 そうであってもハティとシムーン二人の常駐組以外のイアールンヴィズ騎士団の団員たちも参加しての訓練だ。さらにトゥインクル、護衛役のイザール侯爵家の騎士、ガラクシアス騎士団からシュライクと他数人、さらにエセリアル子爵家の若い騎士や従士も参加しているので、それなりの人数になっている。訓練場所の広さには制約はあるものの、小部隊同士の訓練も可能。内容的にはイアールンヴィズ騎士団の拠点で行うことと大きく変わりはない。
 問題は、今日に限ってのことだが、邪魔が入ったこと。また招かざる訪問者がやってきてしまったのだ。それも、ローレルも拒絶出来ない相手が。

「そのように畏まらなくても良い。今日は無礼講だ」

 地面に跪き、頭を垂れているローレルたち。相手は「無礼講だ」なんて言っているが、それをそのまま受け取ることは出来ない。本人が許しても同行してきた者たちが、きっと許さない。なんといっても相手は皇家の人間、トゥレイス第二皇子なのだ。

「……困ったな。本当に邪魔をするつもりはないのだ」

 自分の言葉にもローレルたちは反応することなく、黙って頭を垂れたまま。そうなるのも当然だ。今、屋敷の中庭にいる人たちの中には、直答が許される立場の者は一人もいないのだ。
 屋敷内まで広げるとエセリアル子爵がいるのだが、その彼はトゥレイス第二皇子に言われ、屋敷内に残っている。若い者たちだけで話したいというトゥレイス第二皇子の意向を尊重しているのだ。

「ローレル・イザーク。頭をあげよ。殿下は話し相手を求めておられる」

 この事態の解決に動いたのは同行してきた近衛騎士。ローレルたちが固まってしまっている理由に気付いたのだ。

「……どのようなご用件でしょうか?」

 近衛騎士が仲介役を務めてくれるのであれば、ローレルも話が出来る。ローレルはあくまでも近衛騎士と話しているという形だ。

「帝国の未来を背負う者たちと語り合う時間を持ちたいというご希望だ」

「……何を語り合うのでしょう?」

 ローレルにとっては、他の人たちにとっても、なんだか良く分からない用件。そんなことでわざわざ皇子が会いに来るとは思えない。仮に本気でそう思っているのだとしても相手が違う。ローレルたちはまだ無位無官の身。帝国の未来など語れる立場ではない、と彼らは思っている。

「何をというものはない。ずいぶんと熱心に鍛錬を行っているのだな?」

「…………」

「ああ、もう! 直答を許すと言っている! 命令に従わなければ罰することになるぞ!」

 礼儀を頑なに守ろうとするローレルに焦れたトゥレイス第二皇子。普通はこんなことを言わなくても話は始まっている。これまではそうだったのだ。

「……騎士養成学校で学んでおりますので」

 罰するとまで言われて、ようやくローレルも直答を受け入れた。

「全員がそうなのか?」

「いえ。護衛を頼んでいる騎士団の者もおります。訓練相手をしてもらっています」

「それは……イザール侯爵家の騎士団だけではないな?」

 侯爵家の騎士は恰好で分かる。騎士服や武装が統一されている。今目の前にいる者たちの装いはバラバラだ。いくつかの騎士団の寄せ集めであることが分かる。

「はい。殿下のお考えの通りです」

「どこの騎士団だ?」

「……ガラクシアス騎士団。私の同級生の親が騎士団関係者です」

 ローレルはイアールンヴィズ騎士団の名を伏せた。さらに聞かれれば答えなければならないが、言わなくて済むのであればそうしたい。帝国関係者はイアールンヴィズ騎士団に対して、決して良い印象を持っていないはず。帝国貴族を殺害した疑いがある騎士団なのだ。

「そうか……丁度良い。その者に聞きたい。そのガラクシアス騎士団の者たちは帝国の現状をどう捉えている?」

「…………」

 問われたシュライクは無言。直答を遠慮しているのではない。答えようがないのだ。

「殿下。恐れながら、そのような問いに答えを返すことが出来る平民はおりません。貴族家の私であっても即答は出来ません」

 助け舟を出したのはローレル。彼以外にトゥレイス第二皇子と話をしようとする人間はいないからだ。同じアネモイ四家の一員であるトゥインクルは話をする気がない。今も頭を垂れたまま、「訓練の邪魔なのでさっさと帰れ」と頭の中でずっと考えている。

「……では考えて答えろ」

「はっ?」

「私は帝国の今を憂いている。荒れる世の中を立て直すにはどうすれば良いかを考えている。お前たちにも一緒に考えて欲しいのだ」

 これは半分本当で半分は嘘。トゥレイス第二皇子はすでに答えを得ている。だがその答えを現実のものにするには、どうすれば良いかが分からないのだ。

「……くっだらねえ」

「誰だ!? 今、呟いたのは!」

 この近衛騎士の問いに応える者はいない。誰が呟いたか、トゥレイス第二皇子と彼の同行者たち以外は、分かっているが、それを声にする人は誰もいないのだ。

「くだらない……何がくだらないのだろう?」

 トゥレイス第二皇子は、内心では不快に感じているが、それを表には出さなかった。心の内を隠すくらいのことは、当たり前に出来るのだ。

「ローレル、お前はどう思う?」

「…………」

 答えを求められてもローレルは口を開けない。呟いた人間、ハティなのだが、が何を考えて文句を言ったのか分からない。思いつくことはいくつかあるが、それは全て帝国批判だ。口には出せない。

「何を聞いても怒らない。罰することは絶対にない、させない。今もこの先も。これは皇家の人間として約束する」

 不快ではあるが、トゥレイス第二皇子が聞きたいのはこういう話なのだ。帝国に対する批判。臣民が実際にどう考えているのか。自分の、皇家の耳には届かない声を聞きたいのだ。

「……私には分かりません」

「では呟いた人間に聞いてみろ。もちろん、呟いた人間も罪には問わない。逆に正直に話さないほうが罪だと私は考えるな」

「…………どう思う?」

 悩んだ結果、ローレルが問いかけたのはすぐ後ろに控えていたリル。ハティに直接聞くのは躊躇われた。トゥレイス第二皇子の約束などローレルは信じていないのだ。リルは、この距離であれば、呟いた本人ではないことは分かるはず。皇帝とルイミラに対面した時のように上手く誤魔化してくれるのではないかと期待してもいる。

「どうするかは帝国が、陛下がお決めになること。我々の考えなど何の役にも立ちません」

「……そうだな」

 実際にそうだ。ここで本気で意見を述べたからといって、何も変わらない。トゥレイス第二皇子がここでの意見を持ち帰ったとしても国政に繁栄されることなどないのだ。

「それに我々が考えることなど、たかがしれています。世の中が安定するには、帝国が帝国を統べるに相応しい力を持っていることを示すこと。これくらいです」

「……それなら僕でも思いつく。何の役にも立たないな」

「はい」

 ローレルは咄嗟に誤魔化したが、リルの言葉は帝国批判。「帝国に国を治める力がないのが悪い」と言っているのだ。もっと言えば、「国を統べる資格を失っている」という意味にも受け取れる。

「どうやら我々では殿下のお役に立てないようです」

「……ここに来る前に他の三家に行ってきた。ネッカル侯爵家では目的の人物に会えなかったが、他の二人は真剣に考え、意見を述べてくれたがな」

「そうですか。二人は優秀ですから。幼い頃から自家でも落ちこぼれと言われてきた私とは違います」

 ローレルのプライドを刺激しようとしたトゥレイス第二皇子の試みは失敗。他家の幼馴染と比べられることには、もう慣れきっている。以前はそれに怒りを覚えたが、そういう感情も消えた。大人になったというだけでなく、「アネモイ四家の一員として」という意識がローレルの心の中で薄れた結果だ。

「それで良いのか?」

「殿下が意見を求められるべき相手は私ではなく、兄のアイビスです。兄とはお会いになられましたか?」

 そもそも自分と会って、このような話をしようというトゥレイス第二皇子の考えがローレルには理解出来ない。イザール侯爵家の将来を担うの兄のアイビス。帝国の現状と今後について語るのであれば、次期当主であるアイビスを相手にするべきだと思っている。

「いや。今回は帝国騎士養成学校に通っている者たちに会っている」

「そうでしたか。無駄足となってしまい、誠に申し訳ございません」

「……いや、私が勝手に押しかけたのだ」

 ローレルは話を終わらせようとしている。それでは本当に無駄足だ。意見を聞けなかったというだけでなく、距離を縮めることも出来ていない。
 だがこの状況から話を弾ませる方法がトゥレイス第二皇子は思いつかない。そもそも最初から躓いているのだ。皇子らしくない振る舞いで相手の気持ちを和ませる予定だったのだが、それも失敗している。

「……ああ、最後にひとつだけ聞かせてくれ。正解はない問いだ。どんな答えでも良い」

「お答えできることでしたら」

「今の状況で帝国騎士団はどう動くべきだと思う?」

「……はっ?」

 さらに、絶対に自分に尋ねるべきではない内容。トゥレイス第二皇子が何を考えているのかローレルは、ますます分からなくなった。

「地方にはいくつか不穏な動きがある。放置しておけば大事になる可能性が高い。そうならない為に帝国騎士団はどう動くべきだと思う?」

「お答えできません」

「どんな答えでも良いと言っている。正解はないのだ」

 グラキエスとディルビオにも同じ問いを行っている。正しい間違いはどうでも良く、思考能力を確かめる為の問い。それが出来るのであれば内容はなんでも良かったのだ。訪問のきっかけとなった帝国騎士団長との話の中から選んだだけだ。

「はい。正解はありません」

「だから答えを」

「答えようがありません。選択肢がいくつかあり、その中からどれかを選ぶには情報が不足しております」

「……情報とは?」

 ローレルの「答えられない」は自分が思っている意味ではない。トゥレイス第二皇子はそれに気が付いた。

「それもいくつもあるのですが……たとえば、敵として見ている相手の関係性です。協力して帝国と戦おうという考えなのか、それぞれ自分こそがと考え、競い合うことになるのか」

「前者であれば?」

「離間を仕掛ける必要があります。敵が一つにまとまることを許しては、その……かなり厳しい戦いとなります」

 帝国に勝ち目はない。本当はこう言いたいのだ。四方八方を敵に囲まれるような状況になっては、今の帝国騎士団の戦力では勝利は得られない。帝都防衛に専念し、粘るのがせいぜい。だがそれでは地方全てが敵になってしまう。それはもう帝国ではない。

「離間……」

「ただ引き離すだけではなく、衝突させる。敵同士で戦っている間に、帝国騎士団は対象を絞り、討伐に動きます。それでも厳しい戦いだと思いますが」

「各個撃破というものだな。それが実現出来ても厳しいか?」

 そのような状況を簡単に作りだせるなら苦労はしない。ワイズマン帝国騎士団長であればこう思うだろう。トゥレイス第二皇子にもその思いがあるが、ようやく意見を述べるようになったのだ。否定は出来ない。

「帝国騎士団が一戦、二戦、勝利すれば、また敵はひとつに纏まろうとすると思います。まず倒すべきは帝国で覇権争いはその後、という風に考えさせたら、どうにもなりません」

「なるほど……」

「偽情報を流して、帝国が敗勢にあるように思わせるというのも手ですが、それを行えるだけの組織があるのかは我々には分かりません」

「……そうだな。それがどれほど難しいことかは私にも分からない」

 皇子であっても帝国組織の全てを把握しているわけではない。特に皇帝直轄とされている諜報部門については、その規模を知る者は極わずか。宰相職にある者でも知らされていない情報だ。

「不確定要素が多すぎますので、答えらしい答えにもならないのです」

「分かった……それでも面白い話が聞けた。また邪魔する」

「……はい?」

「では、これで」

 ローレルの戸惑いを無視してトゥレイス第二皇子は振り返って歩き出す。まだ話を続けたい気持ちはあるが、今日はここまでにしておこうと考えた。トゥレイス第二皇子にとっても不確定要素が多いのだ。

「……第三妃となんどか会っているのだったな?」

 ローレルたちに声が聞こえない距離に離れたところで、トゥレイス第二皇子は同行した近衛騎士に問いかけた。

「把握しているだけで三度。うち二回は二人だけで会っております」

「イザール家が取り込まれたということはないのだろうな?」

 トゥレイス第二皇子の懸念はこれだ。ローレルとルイミラが密談していることは知っている。ルイミラに隠す気がないので、訪問者の記録を調べれば、すぐに分かることだ。
 ローレルの自分に対する素っ気ない態度は、彼がルイミラ側の人間だから。その可能性を考えている。

「それはないと思います。取り込まれたとしてもローレル・イザーク個人でしょう。彼は、自分でも言っていた通り、家中の評判が悪く、いずれ家を出る身です。イザール侯爵家に代わる後ろ盾を求めているのかもしれません」

「そうか……評判というのは当てにならないものだな?」

「それは……?」

「さて、次はどのような口実を作って会いに来るか……」

 自分の問いに悩むことなくすぐに、それも離間の策などを答えたのはローレル一人。グラキエスとディルビオは真剣に考え、悩みながら答えを出したが、それはあくまでも帝国騎士団だけの戦略、戦術。帝国全体を見てはいない。
 ローレルには特別な才能があるかもしれない。もし、そうであればルイミラの側に置いておくわけにはいかない。トゥレイス第二皇子はこう思った。
 誤解だ。

「ああ、良かった。少しはまともなことを話せた」

「ええ、私は驚いたわ。よくあんなこと思いついたわね?」

 最後のやり取りはトゥインクルも聞いていて驚いた。咄嗟によくトゥレイス第二皇子が納得する答えを思いつけたものだと考えていた。

「思いついたわけじゃない。前に皆で議論したことを、そのまま話しただけだ」

 ローレルはトゥレイス第二皇子の問いを受けて考えたのではない。以前、皆で考えたことと同じ問いだったので、元からあった知識を話しただけだ。

「あんなことを普段から考えているの?」

「たまたま。戦略戦術の勉強で例題が思いつかなくて、じゃあ、現状で考えてみようということになったのだけど、情報がなさ過ぎて演習にならなかった」

「それだって驚きだわ。次は私も参加させてよね?」

「別に良いけど……そういえばトゥインクルは良かったのか? ずっと黙ったままだった。多分、気付いていないと思う」

 トゥインクルがすっと名乗りを上げることなく、沈黙したままだったのが、ローレルは不思議だった。トゥインクルの性格であれば、ここぞとばかりに自分をアピールしようとすると思っていたのだ。

「ローレルが言った通りよ。私に聞くことじゃない。私の意見なんて採用してもらえない。万一、採用してもらえることになっても、その時は、別の人が考えたことになっているわ」

 アネモイ四家の一員とはいえ、無位無官の身。さらに女性ということで、決して重用はされない。トゥインクルはこう思っているのだ。

「ああ、それありそう。そういう目的だったのかな?」

 トゥレイス第二皇子が訪れた目的は、色々な人から考えを聞いて、それを自分の手柄にすること。トゥレイス第二皇子の為人は良く知らないローレルだが、そういうことはあり得ると考えた。ローレルも基本は他人を信用していないのだ。

「継承争いには興味がないという噂だったけど……こういうことを始めるからには、気が変ったのかしら?」

「内でも揉めるってこと? それじゃあ……あれだ」

「自滅ね。リルが言ったとおりなのに。帝国の始祖、初代皇帝アルカス一世陛下はどのようにして帝国を建国したのか。帝国が帝国としてあり続けようと思えば、原点に帰るしかないわ」

 初代皇帝アルカス一世は武の力で人々を統べ、帝国を造りあげた。今の帝国はその武が弱まっている。それで帝国が帝国のままでいられるはずがない。
 再び、帝国がかつての威光を取り戻したいのであれば、やはり帝国は帝国と思わせる武を示すしかない。それが出来ないのであれば、出来る者が成り代わるだけ。
 誰も口にはしないが、こう思ったのは一人二人ではない。

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