月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第45話 夏季合宿?

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 ローレルとリル、そしてプリムローズの夏は毎日毎日、鍛錬鍛錬。いずれある騎士養成学校の課外授業のひとつ、訓練合宿でもやっているようだ。実際に今日は、宿泊こそしないが、それに似ている。イアールンヴィズ騎士団の拠点に来ているのだ。
 夜明けから日が暮れるまで、リルが考えたそれぞれの基礎体力作りメニューから始めて、剣術の基礎訓練。どれも少し独特なもの。他では行われていないだろう訓練メニューが予定されている。

「……それに何の意味が?」

 その内容には、イアールンヴィズ騎士団の人たちも戸惑っている。彼らも初めて知る鍛錬方法なのだ。

「やってみれば分かります。かなり足にきますので」

「……確かにそうかもしれないが」

 教わった訓練はただしゃがんでは立つを繰り返すだけ。実際にやってみたことを想像すれば、確かに疲れるだろうとは思う。

「とにかく、やってみましょう」

「分かった」

 それぞれ、好きな場所でリルに教わった鍛錬を始める。しゃがんでは立つ。この繰り返した。

「ああ、最後までしゃがまないで下さい。膝を曲げて、太ももが地面と同じくらい平らになるまで。そこで立ち上がる」

「……ああ」

 リルに言われた通りの形になるように気を付けて、再開。

「速ければ良いというわけではありません。しゃがむのは丁寧に。太ももが平らになったのを確かめてから立ち上がるくらいで」

 さらに速度にも指摘が入る。実際にリルはその場でやってみせ、周囲の人たちはその動きに合わせていく。一回一回丁寧に。なんて感じで続けているうちに。

「はい、頑張って! まだ終わりではありません! ゆっくりで良いので、最後まで立ち上がって!」

 かなり辛くなってくる。周りのペースから遅れ始める人たちが出て来たが、それでもまだ終わりにはならない。

「頑張りましょう! もう少し! 最後まで!」

 リルが励ましても、続けられない人はいる。何人かはすでに地面に座り込んでいた。それでもまだ終わらない。それぞれが限界ぎりぎりまで行うのが、この鍛錬なのだ。

「……じゃあ、休憩で。少し休んでから同じのをもう一度やります」

 誰も立っている人がいなくなったところで、リルはようやく休憩を宣言した。それを喜ぶ人はいない。「同じ鍛錬をもう一度」という言葉の衝撃のほうが強かった。

「……こ、これはどこで?」

「どこで? ああ、どこで教わったかですか? 本で読みました。最初はちょっと変わった鍛錬だなと思ったのですけど、実際にやってみたら力がついたので」

 リルが考えた訓練メニューの基は本で学んだ知識。幼い頃からずっと持っている本からの知識だ。

「本か……誰が考えたものなのだろう?」

 本から得た知識と聞いて、訓練メニューについての信頼感が増した。正しい訓練方法だと思えた。怪しげな、いつの時代に書かれたものかも分からない、空想日記のような本だと知っていれば、また違った思いが浮かんだのだろうが。

「さあ? どういう人かは分かりません」

「リル殿はこういう訓練をずっと続けてきたのか?」

「殿はいりません。リルと呼び捨てにしてください。始めたのは三、四年前からです。時間があった時に本を読み返してみて、知りました」

 幼い頃は訓練メニューになど興味を持てず、ほとんど読み飛ばしていた。鍛錬はイアールンヴィズ騎士団の大人たちが考えてくれていた。本に書いていることなどやる必要はないとリルは思っていたのだ。
 だが旅に出て、有り余る時間の中で本を読み返してみると、幼い頃には興味を持てなかった記述をいくつも見つけることになった。訓練方法もその中の一つだ。

「三、四年前から毎日これを……」

 まだ訓練は始まったばかり。それでもかなり辛い内容であるのは想像できる。それをずっと続けてきたというリルに驚いている。

「ああ、毎日ではありません。こういうのは毎日ではなく、体を休めることも必要なようです。今日は下半身をやったら、明日は上半身という感じで変えたり」

「それは毎日では?」

 鍛える部位が変るだけ。辛い思いをするのは同じだと相手は思う。

「……鍛錬も休みますよ。週一日はのんびり過ごす日を作っています」

「なるほど……」

 自分たちはどうか。任務がない日は休みだ。個人的に鍛えている団員はもちろんいる。だがその鍛錬は本当に役に立っているのか。こうしてリルが考えた訓練メニューを行っていると、疑問に思ってしまう。
 分かっていたことだ。自分たちは、いつの間にか、強くなる為の努力を怠るようになっていた。諦めていた。それに気付いたから、こうしてリルと一緒に鍛錬を行っているのだ。

「さて、そろそろ始めますか」

「あ、ああ」

 二セット目が始まる。また限界まで続けて休憩を取り、三セット目。それが終わると、震える足でなんとか立ち続けて、片手素振り。これも腕がパンパンになるまで続ける。逆の手で同じように行う。また手を替えて。

「はい! では休憩を兼ねて、素振り!」

「えっ!? 今、素振りは……」

「ああ、説明はこれから。両手でゆっくりと、体の動きをひとつひとつ確かめながら行います。こんな感じです」

 剣を両手で持って振りかぶる。そこから足を踏み出し。

「足がかなり辛いと思います。ふらつかないようにするには、どこに力を入れなければならないか。確かめながら、ゆっくりと」

 振り上げた剣をゆっくりと降ろしていく。

「振り下ろす位置はずっと同じで。わずかな狂いもないように。難しいですけど、出来るように頑張ってください」

 また剣を振りあげて、足を踏み出し、ゆっくりと振り下ろす。最初と同じ軌道を描くように。また剣を振り上げ、今度は逆の足を踏み出す。交差する軌道で、またゆっくりと。

「……これは何の意味が?」

「体の動きを覚え込ますこと。あと、自分の体の弱い部分も分かります。ふらついたら、どこに力が入らなくてふらついたのかを確認する。そこがもっと鍛えなければならない場所です」

「こんなことを考えているのですか……」

「俺が考えたわけじゃありません。本に書いてあったことを真似ているだけです……ほんと、どういう人なのですかね?」

 この世界にはない筋トレの知識を持っている人だ。最初は拙い知識だったが、自分を鍛える中で様々な工夫をし、このような鍛錬方法を編み出した。常人を超える力を手に入れる為に。その人は鍛え始める前にすでに常人ではなくなっていたが。

「はい。では……あれは?」

「……まさか……ガラクシアス騎士団か?」

 突然、姿を現した集団。イアールンヴィズ騎士団の団員はそれをガラクシアス騎士団だと判断した。

「……こういう事態も想定しておくべきでした。これからはグループを分けて、日替わりで訓練を行うことにしましょう」

「そうだな。だが今日は……」

 すでにイアールンヴィズ騎士団の団員たちは訓練で疲弊している。立っているのも辛そうな団員ばかりだ。この状態で再戦して勝てるとは思えない。リルも平気な顔をしているが、鍛錬で体は疲れているのだ。

「えっ? プリムローズ様?」

 近づいてくる集団の前に立ち塞がった人影。それがプリムローズであることは、すぐに分かった。慌てて、少しよろけながら駆け出していくリル。

「何だ、お前…………か、可愛いじゃないか」

 邪魔をしようとするプリムローズに文句を言うとした男だが、彼女の可愛さに文句ではなく、心の声が口から出てしまう。

「プリム! でしゃばるな!」

 ガラクシアス騎士団の行く手を塞ぐプリムローズに声を掛けたのはローレルだ。

「……えっ? はあ!?」

 そのローレルを見て、ガラクシアス騎士団の男は驚いた。彼はローレルを知っているのだ。

「……どうして貴方がここに?」

「い、いや、ちょっと用があって……えっと、シュライクこそ、どうしてここに?」

 男はシュライク。騎士養成学校の同級生だ。ガラクシアス騎士団の団長の息子でもある。

「俺は……」

「また、やられに来たのか?」

「……誰だ、お前は?」

 さらに別の人間、シュライクが知らない人間も目の前にやってきた。挑発的な態度にシュライクの表情が厳しくなる。

「坊ちゃん。こいつです。イアールンヴィズ騎士団のハティ」

「彼が……」

 シュライクを挑発したのはハティ。シュライクは知らなくても、他のガラクシアス騎士団の団員は知っている。彼らは前回、ハティに勝ちが決まっていた勝負をひっくり返されたのだ。

「それと、あいつです」

「……えっ? 彼も?」

 さらに団員がもう一人を指さす。近づいてくるリルだ。リルのことは当然、シュライクも知っている。ただ、自分たちの騎士団と戦った相手の一人だということは、今初めて知った。

「あっ……えっ? どうしてここに?」

 リルはシュライクがガラクシアス騎士団の関係者であることを知らなかった。ローレルが教えるのを忘れていたのだ。

「俺は……ガラクシアス騎士団の人間だ」

「ああ……それは知らなかったなぁ……」

「そうなのか? ローレル様には伝えてあるが」

「…………」

 ジト目でローレルを睨むリル。その視線から顔を背け、素知らぬ顔を装うローレル。意味のないやり取りだ。知っていようと知っていまいと、今の状況は避けられなかったのだから。

「それで今日は? また戦いですか?」

「いや違う。手打ちに来た」

「てうち……?」

 「手打ち」という言葉がリルには分からない。ハティに視線を向けたが、彼も分かっていない。当然、ローレルとプリムローズに二人が分からないことが、分かるはずはない。

「簡単に言うと、仲直り。この間の争いを終わらせにきた」

「ああ……それは俺の出番ではないですね? 団長は……もうすぐ来ます」

 足を引きずるようにして、イアールンヴィズ騎士団の団長グラトニーは近づいてきている。

「お前はイアールンヴィズ騎士団の団員なのか?」

「違います。依頼主の従者です」

「ローレル様が依頼主……しかし、前回の戦いに参加していたのではないか?」

 その場にはいなかったシュライクだが、戦いの様子は詳しく聞いている。父親から交渉役を任されたのだから当然だ。

「あれは……成り行き? 成り行きは違うか。任務を行えなくなると困るので、助っ人?」

「助っ人……それで、こちらは負けた」

 リルがいなければ、ハティ一人であれば逆転はなかった。これもシュライクは聞いている。

「それは……すみません。こちらにも都合があって」

「いや、謝罪は必要ない。負けは負けだ」

「では、この先は団長と話を」

 騎士団同士の話し合いにリルが出る幕はない。手打ちというものが、どういうものなのかも分かっていないのだ。話をしようがない。

「……話というのは?」

「なんか、てうちというものを行いに来たそうです」

「ああ……そうだったのか」

 グラトニー団長としては、まずは一安心。このまま戦いになることはない。戦いになれば、今度こそ負けなのだ。

「そちらがイアールンヴィズ騎士団の団長?」

「ああ。団長のグラトニーだ。お前は?」

「ガラクシアス騎士団のシュライク。今回、交渉責任者を任されてきました。一応、団長の息子です」

「……そうか。それで、どういう話だ?」

 手打ちであればガラクシアス騎士団も団長が出てくるべき。それに不満を持ったグラトニー団長だが、ここは文句を言わないことにした。揉めて手打ちを止めることになって困るのはイアールンヴィズ騎士団のほうだ。

「そちらが望むなら、我々はイアールンヴィズ騎士団の傘下に入る用意がある」

「……嘘だろ?」

「戦いに負けた側が下につくのは当然だ」

「いや、そうだが……」

 実際はガラクシアス騎士団のほうが強い。規模も大きい。小が大を支配下に置くという形に、支配する側であるが、グラトニー団長は戸惑いを覚えている。

「それとも賠償金の支払いが希望か?」

「金か……」

 傘下に置いてもいつか必ず背かれる。立場が逆転する。それであれば金を得て終わりにしたほうが良い。グラトニー団長はこう考えている。

「……どう思う?」

「俺は部外者ですけど?」

 だがグラトニー団長は返事も躊躇った。決断を一旦、待ち、リルに意見を求めた。なんとなくそうしたくなったのだ。

「その部外者の意見を聞きたい」

「……ひとつ聞きたいことが」

 リルもすぐには意見を決められない。交渉の前提が違うと考えているのだ。その前提を確かめる為に、リルはシュライクに問いを向けた。

「何を聞きたい?」

「イアールンヴィズ騎士団に喧嘩を売ってきたのは、誰かの依頼だと思うのですけど、そっちは問題ないのですか?」

「依頼? そんなことは……そうなのか?」

 シュライクが問いを向けたのはガラクシアス騎士団の団員。彼はこの事実を聞かされていないのだ。

「……坊ちゃんが知る必要のないことです」

「知る必要はある。俺は交渉責任者だ」

「……団長に聞かないと」

 これは依頼があったことは事実だと認めているようなものだ。シュライクもそう受け取った。

「……すまない。俺には答えられないことだった」

「では交渉は出来ない。傘下に入ることは選択しないと思うけど、だからといって金もまだ受け取れない。まず今後一切、イアールンヴィズ騎士団に手を出すことはしない。これが約束出来るか確かめてからで」

 この交渉の裏に依頼主の意志がある可能性。これをリルは考えている。傘下に入るというのは、何か企んでいるから。そうであれば賠償金を選んでも、また何かが起こる。争いは終わりにはならない。

「そうだな。そうする」

「では、交渉はその後で」

「分かった……ひとつ聞きたい。ローレル様とお前、それと……このお嬢さんは、ここで何を?」

 ローレルとリル、さらにプリムローズがイアールンヴィズ騎士団に関わっている。その関りをシュライクは知りたい。

「訓練。合同訓練というやつです」

 リルとしては隠すことではない。シュライク個人としては知らなくても、ガラクシアス騎士団はある程度の情報を知ることが出来るはずなのだ。

「……それに俺も参加しても良いか?」

「はい?」

「い、いや、夏季休暇中なので。それでも鍛錬はしっかりと行いたいと思っていて」

 リルはどういう鍛錬を行っているのか。興味があるだけでなく、出来れば自分も一緒にやりたいという思いが生まれた。強くなる為には、それが必要だと考えたのだ。

「……同級生としてであれば……お坊ちゃま」

「ば、馬鹿野郎! その呼び方は二度とするな!」

「それは、まず団員の人に言うべき。どうして注意しない?」

「それは……二度と呼ぶな」

 言われてみれば、その通り。幼い頃から「坊ちゃん」と呼ばれるのが当たり前だったからだが、さすがにもうそれはないと、今更だが、シュライクも思った。

「それでどうします? 明日から、それとも、今から?」

「今からで頼む」

「じゃあ、訓練を再開しよう」

 この日からイアールンヴィズ騎士団とガラクシアス騎士団の合同訓練が始まる。ガラクシアス騎士団で参加するのは若い従士見習いばかりで、騎士養成学校が休暇の時だけだが、この夏に限らず、続くことになる。どちらがどちらの傘下ということはなく、対等な関係として。