月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第43話 父子の会話

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 現在、反帝国勢力の中でも力を持つのは三人。一人は前宰相のヴィシャスで帝国南部で勢力を広げようとしている。ヴィシャスは現皇帝を無視して善政を行おうとしたことで地位を奪われ、地方に追放されたということになっており、反帝国勢力の中でも良識派とされる人たちの支持を集めている。もっぱら同じく追放された元重臣たちの支持だが。
 ヴィシャスとは異なり、自らの野心を露わにして力をつけてきたのはヘルクレス。帝国西部に本拠地を構えるシムラクルム騎士団の団長だ。ヘルクレスは力でいくつもの小騎士団を吸収。シムラクルム騎士団を大きくした。こういった騎士団は他にもあるのだが、その中でヘルクレスが注目されているのは、彼がかなり強力な守護神獣の力を使えるから。実際のところどうかは別にして、アネモイ四家に匹敵すると評価されているのだ。帝国西部の情報収取を担当しているセギヌス侯が、ヴィシャス討伐に帝国騎士団を派遣することに否定的なのは、彼の存在を知っているからだ。
 もう一人、ヴィルベルヴィント・アコナイトも私設騎士団の団長だ。帝国北部に領地を持つアコナイト公爵家の三男だった彼だが、家を出て、スノーグース騎士団を結成。実績をあげて騎士団を大きくすると、その武力でアコナイト公爵の座を兄から奪った。
 簒奪という形なので帝国は認めていないが、ヴィルベルヴィントは勝手にアコナイト公爵を名乗っている。アコナイト公爵家は元は帝国に滅ぼされたアコナイト王国の国王だった家系。彼はアコナイト王国再興を決起の大義名分にしているので、公爵に拘る必要はないのだが、周囲をまとめ上げるには地位も必要。亡国の王の家系よりは公爵のほうが役に立つということだ。
 まだまだ単独では帝国の脅威にはならない三人だが、着実に勢力を広げている。武力ではヘルクルスが一番。ヴィシャスは潜在支持者の数が圧倒的だ。帝国南部以外にも追放された元重臣がいて、その彼らがヴィシャス支持者を増やしている。ヴィルベルヴィントは二人に少し遅れをとっているが、同じように帝国に滅ぼされた国の子孫たちをまとめようとしている。ただそれが上手く行っても、いくつもの国が再興し、小国乱立になるだけなので、彼は覇者にはなれない。味方を増やすには、今はそれしか方法がないので、妥協しているのだ。

「……でっ?」

「でっ、て……今、説明したのが帝国を取り巻く状況だ」

「いや、それは分かりますけど、それを僕に説明して、何の意味があるのですか?」

 父のイザール候がわざわざエセリアル子爵家にやってきて、話を始めた。それがこの内容だ。ローレルにはこの説明に何の意味があるのか、まったく分からない。

「帝国の危機においてアネモイ四家は一致団結して対応に当たらなければならない」

「そうだとしても、それは父上とアイビス兄上の役目です。僕には関係ありません」

 自分に説明することではない。知ったからといって、何か出来るわけではないとローレルは考えている。

「関係ないとは何だ? お前も帝国臣民の一人だ」

「イザール侯爵家としての働きは僕の役目ではないと言っているのです。僕は僕自身として帝国に仕えます。そういう立場です」

「それは……止めだ」

 ローレルの言う通り。自分のほうに無理があることをイザール候は知っている。そうであるのに今ここにいるのは他のアネモイ四家当主の手前、何もしないわけにはいかないと思っただけだ。

「はい?」

「遠回しに言うのは止めた。他の侯爵家がお前に意見を述べて欲しいと言ってきた。相手は言わなくても分かるだろう?」

「……ああ、なんとなく」

 ローレルが「なんとなく」と言ったのは皇帝かルイミラ妃のどちらか分からないから。意見を届かせたい相手は間違いなく皇帝なので、どちらでも良いと思ったのだ。

「出来るか?」

「答えは言わなくても分かると思いますけど?」

「そうだな……エセリアル子爵との同居の件は、どうして受け入れて頂けたのだ?」

 未だに、どうして皇帝がローレルの「エセリアル子爵を帝都から追い出すのは止めて欲しい」という願いを聞き届けてくれたのか分からない。ローレルの話ではルイミラが支持してくれたらしい。それで、まずます分からなくなった。

「おそらくだけど、プリムに同情してくれたのだと思います」

 ローレルも考えた。その結果、これが一番の理由だろうと思ったのが、プリムローズの話だ。

「プリム? どうしてそうなった?」

「詳しい会話の内容まで話していませんでしたが、実は交渉のほとんどはリルが行いました。咄嗟にリルがエセリアル子爵と同居するということにし、その理由も考えました。プリムが寂しい思いをしないようにというのが、その理由です」

 交渉のほとんどをリルが行ったことをローレルは隠していた。自分ではなくリルの望みを皇帝は叶えてくれた。周囲にこう思わせたくないからだ。事実が明らかになれば、自分ではなくリルに危険が及ぶことになると考えたのだ。

「……なるほど。プリムを一人にしない為……咄嗟に考えたにしては良く出来た話だ」

「はい。ですから二度と同じ真似は出来ません」

 政治に関わることで皇帝がローレルの話に耳を傾けることはない。二度と会うこともないかもしれない。ルイミラに会うことはあっても同じだ。彼女が政治に関わる件、それも自分の立場を脅かすような話など聞くはずがない。そんな話をすれば、自分の身が危うい。ローレルじゃなくても分かりきったことだ。

「それは私も分かっている。こうしてお前に話しているのは、悪いが、説得はしようとしたという言い訳を作る為だ」

「そこまでする必要がありますか?」

「ムフリド候はアネモイ四家全体で騎士団を強化し、地方の反乱勢力討伐を行おうと考えている。だが当家にその力はない。軍事で貢献は出来ない」

 だからせめて政治事で貢献しようとしている。それをイザール候は示そうとしているのだ。ローレルの件については無理だと分かっているが、他に出来ることは行うつもりなのだ。

「……その考えが間違っています。強化すべきは帝国騎士団です。反乱の鎮圧は帝国騎士団が行うのです。それなのにムフリド侯爵家は帝国騎士団を差し置いて、自家の騎士団に騎士候補生を勧誘している。間違っている」

「そう言うな。ムフリド侯は帝国騎士団が動けない状況を考えているのだ。帝国騎士団を動かせるのは、たった一人だからな」

 皇帝が討伐命令を発しない可能性もある。そんな馬鹿な話があるかとイザール候も思うが、そういうあり得ないことがまかり通るのが、今の帝国なのだ。

「でしたら、帝都に拠点を持つ全ての私設騎士団を雇ったらいかがですか?」

「信用出来ない」

「信用出来る相手もいます。そういう相手を探そうとしていないだけです」

 イアールンヴィズ騎士団は、意外なことに、真面目に護衛任務に取り組んでくれている。金の為というのはあるとしても、それで任務を全うしてくれるのであればそれで良いではないかとローレルは思う。

「……なるほど。お前の言う通りだ」

「のんびりしていると他に雇われてしまうかもしれません。その『他』が問題ある相手であった場合、帝都は大変なことになります」

 反乱勢力に雇われ、帝都内で争乱を起こされる可能性。雇われていることを隠し、いざという時に裏切るというのもある。まっさきにやるべきことは私設騎士団の色分け。危険な私設騎士団は帝都から追い出すか、もっと強硬手段に出るか。どう対処するにしても早めに手を打つべきなのだ。

「……それはお前が考えたのか?」

「何か問題が?」

「いや、大人になったな、と思っただけだ」

 こんなことにまで考えを巡らす子供ではなかった。大人になって視野が広くなったのだとイザール候は考えた。

「……正直に話すとリルと二人で考えました。誰が敵で誰が味方か分からない。こんな状況を放置している帝国の気が知れないと言っていましたよ」

 元はローレルの状況についてだった。ローレルを狙うのは誰なのか。誰が敵なのか、まったく分からない状況は厳しいという話から発展したのだ。

「色分け出来るのは、もう少し先だろう。まだ不確定なことがある。それを見極めないまま決断して、敗者になってから後悔しても遅いからな」

 お膝元の帝都周辺は皆、まだ様子見だ。反乱の意志ありとみなされれば、すぐに帝国騎士団が動く、距離という壁がない帝都周辺の貴族や騎士団は、安易に旗幟を鮮明に出来ないのだ。

「イザール家はどうするのですか?」

「我が家はアネモイ四家の一員だ」

 帝国の臣下であり続ける。これは考えるまでもなく決まっていること。勝敗の計算など無用のものとイザール候は考えている。

「他家もそう思っているなら良いのですけど……」

「……疑心暗鬼になって輪を乱すわけにはいかない……が、忠告として受け止めておく」

「分かりました」

 誰が敵で誰が味方か。今はまだ決めつけられる状況ではない。アネモイ四家であっても同じだ。自家が生き残る為の決断が、四家全て同じになるとは限らない。異なる絵を描いている可能性は否定できない。
 信じられるのは自分だけ。ただこう思うにはイザール家は力が足りない。自家だけでは何も出来ない。この事実がイザール候を苦しめる。どうしてもっと前から、という後悔の思いが心に広がってしまうのだ。

 

 

◆◆◆

 イアールンヴィズ騎士団が護衛任務に就くことになってリルにとって良いことがあった。ハティと立ち合い稽古が出来ることだ。実力が近い、と思っているのはリルだけだが、相手との立ち合い稽古は長く出来ていなかった。イザール侯爵家に仕えて少しの間、騎士団の従士たちと稽古する機会があったが、リルにとっては物足りない相手だ。自らに制約をかけて稽古になるようにもしてみたが、それでもやはり物足りなさは消えなかった。
 だがハティは違う。気を抜ける相手ではない。

「あああああっ! 全然駄目だっ!」

 相手をしているハティのほうは、まったく納得していないが。

「何が駄目?」

「お前じゃねえ。俺のほうだ。少しは強くなったつもりなのに、全然、差が縮まっていねえ」

 稽古の中身は成長していても、手応えは子供の頃と変わっていない。ハティはそう感じている。リルとの実力差が縮まっていないのだ。

「俺だって前よりは強くなっている。簡単に追い越されてたまるか」

「結構、実戦経験積んだつもりだけどな……お前、この三年間、何をしていた?」

「気ままな旅」

「嘘つけ! まったく……」

 自分と同じかそれ以上にリルはこの三年間、実戦経験を積んできた。数か質か、両方か。とにかく、ただ旅をしていただけであるはずがない。もっと追及したいところだが、他人がいるところではそれも出来ない。ハティは不満顔で黙ることになった。

「じゃあ、次の人」

「おい?」

 自分との稽古を終わらせようとしている。それが分かって、ハティは更に不満そうになった。

「おい、じゃない。一緒に稽古して欲しいと言ってきたのは、そっちだろ?」

「俺じゃねえ。騎士団だ」

 イアールンヴィズ騎士団はリルに稽古をお願いしている。常に常駐しているハティとシムーンだけでなく、他の騎士や従士の相手もして欲しいと頼んで来たのだ。
 イアールンヴィズ騎士団が護衛任務に就いていることはすでに隠すべき相手に知られてしまっている。こう考えてリルは要請を受け入れ、二人ずつ交代で騎士か従士がやって来ている。

「同じだ。では、次の人」

 まだ不満そうなハティを無視して、リルは別の騎士と向き合う。自分の番になるのを待ちわびていた相手は、すぐに剣を振るってきた。

「……まったく」

 仕方なくリルから離れて、休憩に入るハティ。

「兄貴は何がそんなに不満なのですか?」

 そのハティにシムーンが声をかけてきた。

「聞いていただろ? 自分では結構、鍛えてきたつもりなのに全然、通用しねえ」

「そうですか? 俺には良い勝負のように見えましたけど?」

 他の騎士と稽古をしている時に比べて、明らかにリルには余裕がない。ハティとリルの実力差は紙一重だとシムーンには見えるのだ。

「……もう一段、上がある」

「もう一段と言うのは?」

「言葉の通りだ。本気のあいつはもっと強い。良い勝負をしているように見えるのは、まだ全力ではないからだ」

 ハティはリルの実力を、三年以上前の情報だが、知っている。今稽古を行ったリルよりも、もっと強い彼を知っているのだ。

「えっと……兄貴相手に手を抜いているということですか?」

 そうは見えなかったからシムーンは「良い勝負」だと思ったのだ。ハティはシムーンから見て、かなり強い。イアールンヴィズ騎士団の中では頭一つ抜けている。そのハティを相手に手抜きが出来るなど、信じられなかった。

「……ちょっと違う。だが、まあ、そんなものだ」

 手を抜いている、というのは違う。だが、どう違うのかをハティは上手く説明出来なかった。

「意味分からないのですけど?」

「あいつは強い。それが分かれば良いだろ?」

「……どう強いのかが分からないと」

「その内、分かるさ……きっと……」

 それは強大な敵との戦いを意味する。はたしてその時は本当に来るのか。その時が来た時、自分はリルの側で戦えるのか。「絶対」という言葉をハティは使えない。すでに一度、絶対なはずのことが失われているから。
 それでもまた機会を得られた。この機会を失わない為に自分は何を為さなければならないのか。答えはまだない。

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