月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第42話 四候会議

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 帝国建国の功臣の裔。それがアネモイ四侯爵家だ。彼らの祖先は帝国初代皇帝アルカス一世と同じく、守護神の加護を得て、守護神獣を使え、その力を持って敵対勢力との戦いを勝利に導いた。
 イザール侯爵家の守護神は南風の神ノトス。収穫の神とも呼ばれる。守護神獣は旋風の大鷹。魔法の系統にすると風系だ。
 セギヌス侯爵家の守護神は東風の神もしくは恵みの神エウルス。守護神獣は氷結の白馬。水系の魔法。ネッカル侯爵家は西風の神、豊穣の神ゼピュロスを守護神に持ち、守護神獣は砂嵐の大熊で土系魔法。そしてムフリド侯爵家の守護神は北風の神ボレアース。貪欲の神とも呼ばれ、守護神獣は暴流の大蛇。水系魔法だ。
 だが、もう何代もアネモイ四侯爵家の当主は守護神獣の力を得られてこなかった。最初こそ問題視されたが、それも数代続くとそうであることが当たり前になり、逆に「力を必要としないほど帝国は平和なのだ」と言われるようになった。言われるようにアネモイ四侯爵家が陰に日向に働きかけたというのが正確な情報だ。
 だが今の時代、それは通用しなくなった。帝国は平和ではない。帝国統治は不安定で、いつ内乱が起きてもおかしくない。またアネモイ四侯爵家の守護神獣の力が必要な時代になったのだ。

「今頃、息子たちも集まっている頃だな」

「そうなのか?」

 ディルビオの父、セギヌス侯爵家当主ポルックスの言葉にイザール侯は驚いている。そんは話は聞いていないのだ。

「なんだ、相変わらずか?」

 イザール侯爵家の親子関係については、セギヌス侯も知っている。同じアネモイ四家であり、かつ同い年の子を持つ間柄だ。そういう情報も噂で聞くだけでなく、実際に見て、知っているのだ。

「関係は相変わらずのようだが、今回は少し違うな。ローレルには訪問は知らせていない。知らないものは教えられない」

 イザール候をフォロー、になっているかは分からないが、したのはグラキエスの父、グラフィアス・ムフリド侯爵だ。グラキエスたちがローレルに会いに行ったのも、こうして四家の当主が集まっているのもムフリド侯の働きかけによるものなのだ。

「ローレルがいるのはエセリアル子爵家だ。急な訪問は迷惑だと思うが?」

 イザール侯爵家を訪れるのであれば、あらかじめ連絡がなくてもかまわない。アネモイ四家はそういう関係性であるべきだとイザール侯も考えている。だがローレルはエセリアル子爵家にいるのだ。迷惑を掛けていないかが気になった。

「そうさせているのはローレルだ。近頃はグラキエスとの関りを避けているように聞いている。グラキエスに限った話でもないそうだ」

「……近頃ではなく、以前からだ。幼い頃は断る勇気がなかっただけだな」

 イザール候はローレルの気持ちを知っている。他家の幼馴染と一緒にいても劣等感を刺激されるだけ。比べられるような状況は避けたかった。だが幼い頃のローレルにはそれが出来なかっただけだ。

「それでは駄目なのだ。だから無理やりにでも話す機会を増やすように、息子には伝えた」

「これも同じか? 我々は息子たちとは違う関係だと思っていたが?」

 当主の四人はローレルたちのように同い年ではない。だが当主となってからは年齢による序列は作らないようにしている。敬語は使わないという小さなことから徹底している。アネモイ四家の関係性を良好なものに保つ為、何代も前から続いている約束事だ。

「この集まりは息子たちより、もっと具体的なことを話し合う為だ」

「では、それを始めよう」

「分かった。まずは各地の情勢についての共有からだ。帝国南部は私から説明しよう」

 帝国各地の情報収取をアネモイ四家は行っている。人員不足を補うために、帝都から見たそれぞれの領地の先を担当として。南に領地を持つムフリド侯爵家は帝国南部だ。

「前宰相ヴィシャスが動き始めている。いくつかの力ある私設騎士団を配下に治めたようだ」

 前宰相のヴィシャスは反帝国勢力の有力者の一人。動向を注視すべき人物だ。

「中途半端な真似をするからだ。恨まれるのは分かっているのだから、領地など与えず、身一つで追い出せば良かった」

 ムフリド候の報告に不機嫌さを露わにしたのはトゥインクルの父、ミルザム・ネッカル侯爵。彼のこの言葉は帝国批判と言えなくもない。それを口にすることを躊躇わないでいられるくらい、アネモイ四家の関係は良好なのだ。

「今更だ。取り上げようとしてもヴィシャスは拒否するだろう」

「拒否させるのもひとつの方策だ。命令を拒否したことを理由に討伐軍を送れる」

「確かにひとつの案ではある。だが詳細な検討が必要だ。今ならまだ討てるかもしれない。だがそれはヴィシャス一人を相手にした場合のこと。本当にそれで済むと思うか?」

 反帝国勢力はヴィシャス一人ではない。各地に無視できない存在がいる。ヴィシャス討伐に軍を送った時、それらの勢力は黙って見ているのか。一斉蜂起などという事態に陥った場合、帝国は対処出来るのか。考えなければならないことは山ほどある。

「難しいだろうな。これについては後で説明する」

 セギヌス候は討伐軍を送ることに否定的だ。彼はそう考える情報を持っている。帝国西部の情報だ。

「分かった。続ける。まだ何者かは掴めていないがヴィシャスには支援者がいる。領地の財力だけで大きな騎士団を複数抱え込むことが出来るとは思えない」

「その騎士団も帝国打倒を目指している可能性はないのか?」

 私設騎士団は金で雇われて動く。だが全てがそうとは限らない。今の帝国は倒さなければならない。こんな想いを持つ私設騎士団もいるかもしれない。帝国を倒したあとの地位を求めてというのもあるだろう、とイザール候は考えている。

「その可能性は否定しない。だが調査はより多くの反帝国勢力がいる前提で進めている」

 支援者の存在を考えず、対応策を考えるわけにはいかない。それでは間違いなく誤った判断になる。正しい判断の為に、手に入れられる全ての情報を手に入れる。その為にムフリド侯爵家は全ての可能性を否定することなく、調査を進めているのだ。

「分かった。続けてくれ」

「十分な戦力が揃ったと判断すれば、ヴィシャスはより大きな動きを見せるだろう。他領への侵攻だ」

 それは本格的な内乱の始まり。まずは帝国と戦う力を得る為の戦いが始まる。反帝国勢力同士の戦いも起こるはずだ。

「対抗出来る者は? もちろん、帝国を守る側の人間だ」

 帝国騎士団を動かせないのであれば、代わりにヴィシャスと戦う者が必要になる。ヴィシャスとの戦いに勝てるように、支援しなければならない。

「見極められていない。間違った相手を支援すれば、その者がヴィシャスに成り代わるだけだ」

 支援する相手は絶対に裏切らない人物でなければならない。アネモイ四家の支援によって得た力を帝国打倒に向けるような事態に、絶対になってはならないのだ。

「……そうだな」

 見極めが難しいのは理解出来る。今の帝国には臣民のほとんどが不満を持っているはずだ。帝国を良くしてくれる人物であれば、別の国であっても自分たちの暮らしを良くしてくれるのであれば、現皇帝に成り代わって欲しいという想いがあることは、間違いない。

「支援すべき相手がいない場合、自家の騎士団を送り出すことも考えるべきだと私は思う」

「無理だ。自領を守ることさえ難しいのに、他領に送り込めるはずがない」

 イザール候の考えにネッカル侯もセギヌス侯も頷きで同意を示している。アネモイ四家の騎士団は代々、その規模を縮小してきた。今となっては自領を守ることさえ困難な規模。他領に送り出すことなど不可能。仮に送り出しても反帝国勢力を倒せるはずがない。

「だから規模を拡大する」

「……そうしようとしていることは知っている。だがまさか、地方に送り込む為だったとは……」

 ムフリド侯爵家は騎士団を増強しようとしていることは知っている。嫡子のグラキエスは守護神獣の力を得ている。その息子に期待してのことだとイザール候は考えていた。

「今はまだ十分とは言えないが、この先、グラキエスが力を伸ばせば、不可能ではない」

「ムフリド侯爵家はそうだろう」

「そうではない。別に息子の自慢をしているわけではないのだ。グラキエスだけでは駄目だと私は言いたいのだ」

「自慢ではなくても、我らを頼りなく思っていることに変わりはなかろう?」

 ムフリド侯爵家以外、嫡子で守護神獣の力を得ている跡継ぎはいない。成人前にそれが出来ているグラキエスが異常なのだが、他家の嫡子は成人しても力を得る保証はない。現当主も含め、何代も得られていない力なのだ。

「それも違う。頼りにしたいのだ。グラキエスが力を得たのはそれが必要な時代だからだと私は思っている。そうであれば、これから成人を迎える子供たちも期待できる」

「これからか……」

「アイビスはまだか?」

 イザール侯爵家はまだ一人も成人式を行っていない。長男のアイビスが最初になる。

「来年の予定だ」

「そうか。セギヌス侯のところは?」

「もう終わった」

 すでにセギヌス侯爵家の嫡子は成人式を終えている。それはムフリド侯も知っているはず。そうであるのにあえて聞いてきたことに、セギヌス侯は不満顔だ。

「次男の成人式だ」

「……長男以外に守護神の加護が与えられると?」

「可能性は無ではないと思っている。成人式を執り行い、守護神の加護を得る前にグラキエスは守護神獣の力を得た。この事実も可能性を示している」

 守護神の加護と守護神獣の力を得ることは別。ムフリド侯はこう考えている。これまでの常識から外れた考えだが、息子のグラキエスがすでに、その常識外れの存在なのだ。

「家内は大きく揺れるな」

 仮に次男が守護神獣の力を得た時、跡継ぎの座はどうするべきなのか。すでに守護神の加護を得たことになっている長男は、後継者の座を明け渡すことを納得しないだろう。長男と次男を支持する家臣で、セギヌス侯爵家は割れるかもしれない。

「あらかじめその覚悟をしておいてもらいたいということだ。守護神獣の力を得られても家中がバラバラではどうにもならない。アネモイ四家が一つになって難局に立ち向かわなければならないのだ」

「……守護神獣の力を得られない可能性もある。普通に考えれば、その可能性のほうが高い」

 ネッカル侯は自分の子供が守護神獣の力を得られなかった時のことを考えている。そうなった場合、ネッカル侯爵家はアネモイ四家の中で一段低く見られる。そうなることを恐れているのだ。

「そうであっても戦わなければならない。そうだろ?」

「……そうだな」

 帝国を守る為に戦う。それがアネモイ四家の使命だ。守護神獣の力を得られなかったとしても帝国の矛となり、盾となって戦わなければならない。

「それに守護神獣の力だけで勝敗が決するわけではない」

「分かっている。だから、ローレルなのだろう?」

「そうだ。ローレルの力が必要だ」

 ローレルが守護神獣の力を得られることはない。例外にはならないとネッカル侯とムフリド侯は考えている。それでも彼らは帝国を守る為にローレルの力が必要だと考えている。戦場以外の場で、その力を発揮してもらいたいのだ。

「……何を考えている?」

 父であるイザール候には、二人が何を求めているか分からない。この先の内乱において、ローレルが特別役に立つとは思っていないのだ。

「陛下を動かしてもらう」

「無理だ」

「出来る出来ないではない。やってもらう以外にないのだ。我らがいくら頑張っても帝国が今のままではどうにもならない。帝国は変わらなければならない」

 出来ることなら速やかに皇帝には退位してもらい、皇太子に新帝として立ってもらいたい。さすがにこれはこの四人だけの会話でも言葉には出来ない。

「それをローレルに? 無茶を言うな。そんな真似をすれば……」

 ローレルは殺される。代替わりをされると都合の悪い人間は大勢いる。それも力を持った人間だ。イザール侯爵家であっても守りきれない。そもそも暗殺を防ぎきるのは困難なことなのだ。

「戦場で戦うのと同じだ」

 命の危険が伴うのは戦場も同じ。ローレルだけに危険な仕事を任せようとしているつもりは、ムフリド侯にはない。

「……先ほど南部には戦いを任せられる人物はいないと言った。皇太子であれば、そういう人物はいるのか?」

「それは……期待は大きい」

 いない。だが現皇帝の体制を維持するよりは遥かに良いとムフリド侯は考えている。

「ヴィシャスや他の追放された者たちを元の地位に復帰させるのか?」

 多くの重臣たちが追放された。そのことに恨みを抱いた元重臣たちが、いくつもある反帝国勢力の核となっている。彼らの恨みを消すには、元の地位に戻す必要があるとイザール候は考えた。

「……それで内乱の恐れが消えるのであれば、検討するべきだ」

 絶対とはムフリド侯は言えない。すでに彼らは帝国への反意を示している。そんな彼らが今更、帝国に仕えることを良しとするか。元の地位に戻すと伝えても、信じないかもしれない。

「話は分かった。だが失敗すれば、最初に内乱が起きるのは帝都になるな」

「分かっている。拙速に進めるつもりはない」

 現皇帝を支持する勢力もいる。追放された重臣たちに代わって、要職に就いた者たち。地位と権力と金を手に入れた者たちだ。彼らは現皇帝の退位を受け入れない。皇太子の反乱と受け取る可能性もある。そうなれば皇帝派と皇太子派の戦いが勃発だ。
 これも内乱。アークトゥルス帝国以前から、歴史上、何度も起きた内乱の形だ。動乱の時代は避けられないのだ。

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